この章では物理学の学習には欠かすことができない「汎関数」の意味と、それを用いた「変分法」について学ぶ。
【汎関数とは】
【汎関数の例】
変数の関数をとするとき、この関数をからまで積分した値を与える操作
を考える。すなわち、ここでのに対する「操作の内容」は「から
までの積分」である。といってもこの結果がどのような値になるか分からない。が何か分からないので積分が実行できないからである。もしが与えられれば、むずかしいかやさしいかは別にして積分を実行することができ、その結果を得ることができる。すなわちの値は関数
を与えることによって初めて定まる。これが
「は関数を変数とする汎関数」の意味である。そしてそれを
<9-1>
と書くのである。の意味は[…]内の関数の形を変えると結果が変わることを表している。たとえば、もしであれば<9-2>であり、もしであれば<9-3>であり、もしであれば<9-4>である。
これをもう一段階複雑にした汎関数が物理では重要になる。つまりを与えて直ちにが決まるのではなく、関数 を与えるとまず の汎関数 が決まり、さらにの関数である を積分して得られるを問題にすることがある。したがってこの場合は、が与えられてもがわからなければ が決まらない。たとえば、 をから まで積分した
<9-5>
はその例であるが、これはの形を与えたとしても を与えない限り決まらないので、結局は の汎関数である。例えば上の場合で が関数 に を加える操作
<9-6>
であるとする。この時はもしであればであるから、 <9-7>であり、もし であれば<9-8>であり、もしであれば<9-9>である。
物理では「関数を与えた時に決まる を最も小さくする関数 を知りたい」というような場合がある。それに使われるのが「変分法」という方法である。
【変分法】
「汎関数は関数を変数とする関数」であることと「変分法の基本的な考え方は関数の微分計算と同じ」を合わせて、「変分は関数による汎関数の微分である」と簡単に言っても良い。「汎関数は関数を変数と考えた関数である」ことを理解し、「変分法の基本的な考え方は関数の微分計算と同じである」ことを理解するために、上に与えた汎関数の例を使って具体的に説明しよう。例ににあるように関数
の汎関数
を積分の形で含む汎関数、すなわち
<9-10> (9.1.1)
から始める。汎関数の微分を理解するには、汎関数の意味をしっかりと理解していないといけない。そのために(9.1.1)式を使ってもう一度、汎関数の意味を確かめておく:
物理学で重要になるのは、を少し変えたときその変化が を通して左辺のに与える影響である。すなわち、に小さな関数をつけ加え、 を とする。必要なのはに を加えたことによってがどれだけ変わったか、すなわち
<9-11> (9.1.2)
を知ることである。物理学を学ぶときにはそれを知ることがなぜ重要であるかを理解することは必要であるが、今は数学の問題としてこの式を考えよう。(9.1.2)式の両辺に対して以下の二つの考察を行なう。
<9-12> (9.1.3)
と書き表すことができる。
「物理学」でしばしば、(9.1.1)式のに最も小さな値を与える関数
を求めることが必要になる。いま関数
を与えたときに
が最も小さくなってとなったとする。その値を与えるをわずかに変えるとは
から必ず大きくなるので、(9.1.3)式の
は
でない値を与えるはずである。したがって
にの値を与える関数は(9.1.3)式の
を
とするであるということになる。もし(9.1.3)式右辺の積分の中にあるをにするような
があれば、それは必ずをにする。したがって、もしを満足するを探し出すことができれば、それが求めるを与えることになる。
物理で生じる実際の状況はもう一つ複雑になる。それは
がの微係数
を含む
の形をし、その結果
がとなる時、それに最も小さな値を与える関数を求めることが必要になる。この時には、(9.1.3)式以下で与えたと同じ議論をていねいに行えば、の中にあるとが関係式
<9-13> (9.1.4)
を満たせば、が最小となることが分かる。この方程式は一般に「オイラー方程式」と呼ばれ、物理学では「最小作用原理」を表す「オイラー‐ラグランジの方程式」として現われる。
はのなかにある関数を普通の変数と考えて偏微分を実行して得られる偏微分係数といった。同様には
のなかにある関数を普通の変数と考えて偏微分を実行して得られる偏微分係数である。したがって、に最も小さな値を与える関数は、とによる
の偏微分を実行して得られた偏微分係数を(9.1.4)式に代入し、その方程式を満足するを求める問題に帰着する。どのようにこれが実行されるかを理解するため、簡単な練習問題をひとつあげる。
<9-15>
である。したがってからまでの距離は、から短い直線距離 を加えながらにたどり着いたときのの総和に等しい。この総和は (したがってと)を短くすればするほど考えている曲線の距離を正確に表すことになる。数学的にこれを実行してからに至る曲線の距離を与えると、 は
<9-16> (9.1.5)
となる。ここで、からに至る曲線上の座標と
座標の関係を表す与える式(曲線の方程式)を
と書いたとき、
は
におけるその曲線の傾きを表すの微分係数である。したがって、もし(9.1.4)式のを最小にする右辺の中にあるがわかれば、それは
とを最短でつなぐ曲線の座標と座標の関係を表す微分方程式を与えることになり、それを解けば曲線がわかる。
(9.1.5)式右辺で積分される関数はのみを含むので、それを(9.1.1)式の
と考え、と書くことができる。よってのに関する微分は
である。したがってをで微分したものを(9.1.4)式のオイラー方程式に代入すれば、が満たす微分方程式がただちに得られる。のに関する微分を実行すると
<9-17> (9.1.6)
となる。これとを(9.1.4)式に代入すれば、と を最短でつなぐ曲線を表す関数が満足するオイラー方程式は
<9-18> (9.1.7)
となる。したがっては定数であるから、それをと置きを求めれば となる。右辺は定数であるから、それを改めて とすれば
<9-19> (9.1.8)
である。に関する一階の微分係数が定数 となるを一般に
<9-20> (9.1.9)
と書くことができる。ここで、はもう一つの定数である。これは直線を表す方程式であるが、この直線は原点と点を通るから
<9-21> (9.1.10)
であるから、よって二つの定数は
<9-22> (9.1.11)
でなければならない。したがって原点と点をつなぐ最短曲線は
<9-23> (9.1.12)
で与えられる直線になることが変分の考え方を使って証明できた。
[1] これが物理で現れたときは、空間のある点からある点まで光がたどる経路を求める問題になる。その時には、もし空間が真空であれば答えはこの練習問題の結論のように直線になるが、もし空間に質量を持つ物質があれば、光の経路は物質の存在によって曲げられて、最短経路は曲線になる。そのような例は宇宙物理に現れる。