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第一章 位置を測るということ、そして速度、加速度とは

  ある直線上を運動する物理系の「位置」の表し方から始めて、それを使って「速度」と「加速度」の表し方を学び、そしてそれらを平面や空間を運動する物理系の場合に拡張する。考えている物理系の大きさがこれから行う議論の結果に影響を与えなければ、その物理系は大きさを持たないと考えても良い。物理ではその大きさを持たない系を「質点」と呼ぶ。「質点」は文字通り点の様に小さな粒子であることもあれば、天体のように大きな物体であることもある。ようは「物理系の大きさが議論の結果に影響を与えるか与えないか」であり、結果に影響を与えなければそれが天体であっても“点”として扱うことが出来る。その意味で、この章で扱う物理系は“質点”である。
  最初に直線上を運動する質点を考える。その直線をx軸とする。 x軸上に距離を測る基準となる点を適当に選び、それを「原点」と呼ぶ。距離を測る原点を適当に選んで良い理由は、運動で重要なのが「質点がどこにあるか」ではなく、「ある時間に質点がどれだけ移動したか」にあるからである[1]。「質点がどこにあるか」は質点の位置をどこから測るかによって 異なるが、「質点が移動した距離」は二点の位置の差で決まり、どこを基準にして二点の位置を測ってもそれらの差は変わらないからである[2]。よって自分が最も都合の良いと思う点を原点にするとよい。物理では「質点が移動した距離」のことを「変位」と呼んでいる。

§1. 位置、速度、加速度

 いまx軸が水平にあるとする[3]。 x軸上に適当な長さの成分をとり、それをいま考えている座標軸の「単位長」であるとする。原点から質点までの距離が単位長の何倍 あるかを測ったとして、それをxと書き質点の「位置座標」と呼ぶ。もし質点が原点から右方にあればxは正、もし原点から左方にあれば xは負であると約束する。すなわち、もし質点の位置座標 xが与えられたとして、x が正なら質点は原点の右方に、xが負なら質点は原点の左方にあって、原点から単位長さの|x|倍離れたところにあることになる。 質点の位置が時刻とともに変わる時は、時刻tにおける質点の位置座標を x(t)と書く。
  質点の位置座標の時刻tに関する微分係数(変化率) dx(t)d tを「速度」いい、

<1-1> (1.1.1) dx(t) dtv(t)

と表す。vは「速度」を表すす英語(velocity)の頭文字である。座標 xと同じように、vの符号にも意味がある。すなわち、 もしvが正(正の速度)ならば質点は時間の経過とともに右方に向けて移動し、負 (負の速度)ならば質点は時間の経過とともに左方に向けて移動することを意味する。移動の方向を問わずに速度の大きさだけを問題にすることがある。その時は大きさ |v(t )|s(t)と書き、それを「速さ」という:

<1-2> (1.1.2) s(t)=|v (t)|

速度と同じように、速さのsも「速さ」を表す英語(speed)の頭文字である。このように物理では「速度」と「速さ」を厳密に区別する。
  もし(1.1.1)式の右辺にあるv(t)tの関数として与えられたら、(1.1.1)式の両辺は tの関数なので、両辺をt で積分することが出来る。そうすると左辺はx(t) を与えるから、

<1-3> (1.1.3) x(t)=v (t)dt+C1

となる[4]。右辺の第一項目はv(t)の不定積分であり、もしv(t)が分かれば原理的に計算出来る。 C1は微分方程式を解く際に現れる積分定数であって、適当な時刻tにおける位置xを知ることによって決まる。運動を開始するとき (t=0 )の位置からC1を決める時は、定数を決めるために与えるこの条件を「初期条件」と言い、その時に与える質点の位置 x( t)を「初期位置」と言う。このように任意の時刻tにおける質点の位置x(t)を知るためには速度 v(t)を知らなければならない。
  ある時刻のv(t)を与えることが出来なくても、それを別の量から知ることが出来る。すなわち位置の場合と同じように、もし時間とともに変化する速度の微分階数 

<1-4> (1.1.4) dv(t) dta(t)

が分かれば、これはv(t)に対する一階の微分方程式であるから、もし a(t)が分かれば

<1-5> (1.1.5) v(t)=a (t)dt+C2

を計算してv(t)を得ることが出来る。この a(t)を「加速度」と言う。 C2は積分定数で、適当な時刻 tにおける速度vを与えることによって決まる。もし初期条件として運動開始の時の速度を与えることでC 2を決める時は、その速度を「初速度」と呼ぶ。
 このようにv(t)を知りたければ a(t)=dv( t)dt=d2 x(t)dt2を与えなければならない。もしある時刻のa(t)を与えることができなくても、その微分係数da(t) dtがわかれば、それを使ってa( t)を知ることができる。もしda (t)dtがわからなくても、 da(t)dt の微分係数、すなわちd2 a(t)dt2がわかれば da(t)dtを知ることができる。もしd2a( t)dt2がわからなければ……。このように位置や速度、加速度といった概念を使って質点の運動状態を表わす数学的な考え方を「運動学」という。
  上のやり方を続けて行くと同じようなことがいくらでも続ききりがないように思うであろう。しかしながら、この無限に続きそうな作業は加速度、すなわち位置の時間に関する二階微分を知る段階で終るのである。なぜなら、加速度が別な手段で与えられることが分かったからである。それを発見したのがニュートンである。すなわち、次の章で学ぶように、加速度が運動学と違った考え方を使って得られるのである。その違った考え方を物理学では「力学」と言う。以下ではこの「力学」について学ぶ。
 「速度v」や「速さs 」のように、物理学では物理量を表すために様々な記号を用いる。この記号を憶えるだけで四苦八苦し、物理学を学ぶことに嫌気がさす学生は少なくない。しかしこの記号を憶えるのに大変なとはない。なぜなら、物理量を表すほとんどの記号は対応する英語の頭文字を使うので、その英語を知ってさえいればすぐに出て来るものばかりである。力学に現れる代表的なものを以下に与えておこう。

【よく使う物理量を表す記号とその英訳】

物理量 よく使う記号 英訳
質量
m
mass
長さ
l
length
半径
r
radius
面積
A
Area
体積
V
Volume
速度
v
velocity
速さ
s
speed
加速度
a
acceleration
f
force
張力
T
Tension
重力加速度
g
gravity



[1] 物理学では使用する全ての言葉を厳密に定義する。例えば、日常的に「いま時間は 12時です」と言う言葉の使い方をするが、これは正しくない。時計の針が指し示す文字盤の数字は「時刻」であって、「時間」は2つの時刻の間隔である。英語では「時刻」は「time」、時間は「time interval」または「a period of time」と、明確に異なるので誤解することはないが、日本語では区別なしに仕様されることが多い。物理でそれをそのまま使うと誤解どころか間違いになる可能性もある。そのためこの教科書では意識して「時刻」と「時間」を使い分ける。

[2]  「ある時間に移動した質点の移動距離は移動前後の位置を測る基準点に影響されない」は非常に厳密に言うと正しくない。基準点から測る距離は質点の運動状態によって僅かに影響される。その結果ある時間で移動する距離も質点の運動状態によって僅かに影響される。しかしその影響は我々の日常的状況では非常に小さく、考えなくても良い。それを明らかにしたのが「相対性理論」である。

[3] 必ずしも水平である必要はないが、以下で「右方」「左方」と言う表現を使うので便宜上水平であるとしておく。

[4] (1.1.1)式はx(t) に関する微分方程式で、(1.1.3)式はその解のような形をしている。しかしv (t)が分かっていないのでtの関数として x(t)が実際に求まったわけでわなく、したがって(1.1.3)式は(1.1.1)式の「形式的」な解である。