(図4.4)【角運動量の図】
以下は図4.4に描かれている内容の詳しい説明である。
【(図4.4)角運動量の図の説明】
図にはベクトルを表す矢印付きの二つの線分が同じ始点から、一つは水平に、一つは斜め右上に向かって描かれている。二つのベクトルを二辺とする平行四辺形ができるように、二つのベクトルの先端から平行四辺形の他の二辺が点線で描かれている。二つのベクトルが共有する始点には中心に点がうたれた丸しるしが描かれている。丸印の中心にある点は、そこにあるベクトルが紙面に垂直にこちらに向かっていることを意味している。二つのベクトルのうち水平なベクトルを表す矢印付き線分の下にはそのベクトルを表す文字が記され、右上方に向かうもう一方のベクトルの左横にはそのベクトルを表す文字
が記されており、平行四辺形の始点の内側には二つのベクトルのなす角度を表す文字が記されている。二つのベクトルの始点を始点とし、紙面に垂直にこちら側を向く角運動量ベクトルを表す丸マークの下に文字が記されている。
角運動量という言葉を使って次の重要なことが理解できる:
外積の定義から、質点の位置と運動量すなわち速度は必ず
に垂直である。したがって、もし物体が一つの決まった平面上を運動し、物体のとがいつもその平面上にあれば、角運動量はその平面に垂直な方向をいつも向いている。反対に、もし角運動量がいつも決まった方向を向いていれば、質点の位置と速度はそれに垂直な平面内にいつもあり、したがって物体はその平面上でのみ運動する。
「いつも一つの方向を向く角運動量」を持つ典型的な運動は「
中心力」と呼ばれる力が働く系で起こる。実際に、角運動量という言葉は使わなかったが、「§3 等速円運動」では張力という中心力によって角運動量が常に一つの方向を向き、その結果として質点の運動が一つの平面に限られる性質を使って等速円運動を学んだ。ここではなぜ「
中心力」であれば角運動量がいつも一つの方向を向き、その結果平面運動が実現するかを説明する。
【中心力を持つ物理系】
質点に働く力の大きさも方向も質点の位置によって変わるが、その方向が常に特定の点を向いているとき、その力は「中心力」であるという。ここでは中心力が働く質点の運動を考える。
いまが中心力であるとして、それが向く特定の点を座標系の原点とし、の大きさは原点からの距離
によって決まるとする。力の方向は質点と原点を結ぶ線上にあるから、直交座標系における質点の位置をとした質点の位置ベクトル
<4-90> (4.6.3)
を使ってその力を
<4-91> (4.6.4)
と書くことができる。ここでは原点から質点がある位置に向いた長さがのベクトル、すなわち
方向の「単位ベクトル」であり、
<4-92> (4.6.5)
によって与えられる。もしの長さがであるとわからなければ、以下の演習をおこなうとよい。解は与えない:
【演習】 の内積
<4-93>を計算することによっての長さが1であることを示せ。
直交座標で表した質点の位置座標を極座標を使って表わしたとき、それらは互いに
<4-94> (4.6.6)
によって関係している((4.1.10)式と(4.1.11)式)。
複雑な軌跡を描く質点の平面運動を、質点が非常に短い時間に行う小さな直線運動の連続と考えることができる。荒っぽく聞こえるかもしれないが、決してそんなことはなく、この考え方がニュートンを微分の発見に導いたのである。同じように、どのような空間運動であっても、非常に短い時間を考えれば質点は一つの平面上を小さな直線運動を行っており、複雑な空間運動はその平面が短い時間で次々と変わる運動であると考えることができる。このことが平面の場合にはなかった重要な概念を生み出す。
もし力が「中心力」なら、(4.6.4)式のようにはいつも原点と質点を結ぶの方向を向いているために、それと同じ方向を持つベクトルと
の外積(ベクトル積))は必ず
となる。すなわち
<4-95> (4.6.7)
である。当たり前のことのように思えるが、これが運動方程式
<4-96> (4.6.8)
と結びつくと、とても重要な結論が出てくる。議論をわかり易くするために、を使って運動方程式を
<4-97> (4.6.9)
と書いておく。
もしが「中心力」であれば、とこの式の両辺との外積を作れば、(4.6.7)式より
<4-98> (4.6.10)
である。左辺かっこの中の式は、恒等的に成り立つ等式
<4-99>
の最後の式と一致するので、(4.6.10)式左辺かっこの式を上式の左辺で置き換え、さらにを使えば、(4.6.10)式は
<4-100> (4.6.11)
となる。ここでは角運動量に等しいことを使った。このように時間微分がであることから
は時間が経っても変化しないことがわかる。
はベクトル量であるから
が変わらないことには二つの意味がある。すなわち、
の大きさが時間によって変わらないのと同時に、その方向も時間によって変わらない。質点の位置と速度は必ず角運動量に垂直になるから、の方向が変わらないということは、質点がいつも一つの平面内にあって、その面内で移動することを意味する。以上をまとめると
中心力の下で運動する質点(物体)が持つ角運動量は保存される。その結果、質点(物体)の位置と速度は常に角運動量に垂直な面上にある。
自然界に現れる多くの力は中心力であるので、したがって自然を理解するためには、我々は質点(物体)の平面上における運動をよく理解しておかなけらばならない。
【道草】 2013年の11月に大西洋上で観測された金環皆既日食が日本でも大きな話題になった。皆既日食は太陽と地球の間に月が入り、それが太陽を完全に隠してしまうために起きる天体現象である。日本で観測されるのは珍しいかもしれないが、皆既日食自体はそれほど珍しい自然現象ではなく、地球上のどこかで毎年観測される。大学で「物理学」を学んだ人間は別なことに驚かないといけない。すなわち、ほぼ毎年のように変わらず皆既日食が起きるということは、地球が太陽の周りをまわる軌道の面と、月が地球の周りをまわる軌道の面が46億年前に太陽系が誕生して以来46億年間ずっと変わらずに同じ面であることを意味しているからである。もし二つの面が少しでも傾いていると、広い宇宙で小さな月と小さな太陽が一瞬でも重なるようなことは毎年どころか、滅多に起きることはないであろう。それが何十億年と変わら毎年起きるのである。これを今知った知識を使っていうと、何十億年と変わらず起きる皆既日食は地球と月が持つ角運動量が何十億年も変わらずに同じ方向を向いていることを意味している。したがってこれは、地球や月の運動を支配する力が中心力であることを表しているのである。実際にニュートンが発見した万有引力は中心力である。さらに最近の知識を使えば、我々の宇宙に拡がって存在する無数の星が円盤のように分布をしていることは、宇宙を作った力が中心力であったことを示す証拠でもある。
いま考えている質点に働く力が(4.6.4)式の中心力であるとする。したがって、質点の角運動量は保存され運動は常に一つの平面上でおきる。その平面にあって質点に力を及ぼす力の源を原点とし、そこから平面上に適当に
軸、平面上でそれに垂直に
軸をとり、質点の位置を
と表す。そして、そこにある質点に働く力を
とする。改めてこの平面直交座標系で質点の運動方程式を書くと、
<4-101> (4.6.12)
である。
ここで(4.1.4)式と(4.6.4)式を使ってと
の時間に関する二階微分を平面極座標を使って表す。
との時間に関する一階微係数は
<4-102> (4.6.13)
である。ここでは角速度である。複雑ではあるが決して難しくない計算を注意深く行うと、二階微係数は
<4-103> (4.6.14)
となる。したがって(4.6.12)式の二つの方程式を平面極座標を使って
<4-104>
と書くことができる。そこで二つのことを行う。
- 第一の式にをかけた式と、第二の式に
をかけた式を加える。
- 第一の式にをかけた式と、第二の式にをかけた式を加える。
これを実行すると次の二つの式が得られる:
<4-105> (4.6.15)
この式の右辺に現れた量をそれぞれ
<4-106> (4.6.16)
と書くことにする[4]。そうすると(4.6.15)式の二つの方程式は
<4-107> (4.6.17)
および
<4-108> (4.6.18)
に帰着する。(4.6.16)式に帰ると、(4.6.4)式からと
は
<4-109> (4.6.19)
と書けるから(4.6.16)式は結局
<4-110> (4.6.20)
となる。よって、中心力の下で運動する質点の運動方程式を極座標を使って書いた(4.6.17)式と(4.6.18)式は
<4-111> (4.6.21)
<4-112> (4.6.22)
となる。
話はこれで終わりではない。(4.6.22)式の左辺に注目する。いまという量を考え、公式
<4-113>
を使って、とが
の関数であることに注意しながらを
で微分する。そうすると
<4-114>
となる。この最後の式のかっこ内は(4.6.22)式左辺のかっこの式と完全に一致するから、それを上の式の左辺を
で割った式で置き換えると、(4.6.22)式は
<4-115> (4.6.23)
と書き換えられる。この式は時間の関数であるが一定であること、すなわちは定数であるから、
が運動の間は変化しない一定の量であることを表している。その定数をと書けば、よって
<4-116> (4.6.24)
である。後に実例で示すように、は運動が起きる時の条件から決められる。この結論は中心力の大きさに関係なく導かれたので、質点に働く力が中心力でありさえすれば必ず成り立つ。
(4.6.24)式はさらに重要な意味を持っている。その左辺の量が質点が持つ角運動量の大きさであり、しかも離れていても観測ができる量と関係しているのである。したがって、運動している物体の(4.6.24)式左辺の量が観測できてその値が一定であるとわかれば、その物体の運動を支配している力が観測できなくても、それが中心力であることがわかる。
そのことを説明する。まず、中心力を受けて面上を運動する質点が持つ角運動量をあらためて考える。
と、質点の
とが存在する面は直交するからは方向を向いているので成分しか持たない。したがっての
成分は
である。唯一
でないは、外積の定義<4-117>を使うと、
<4-118> (4.6.25)
である。ここでであることを用いた。(4.6.6)式の極座標を使ってこのを表すと、
の微分は(4.6.13)式で与えられるから、は
<4-119> (4.6.26)
である。よって(4.6.24)式の左辺は唯一でない角運動量の
成分であり、したがって運動方程式から得られた(4.6.24)式は角運動量が保存することを意味している。
次に、(4.6.24)式の左辺、したがってこの運動の角運動量が観測できる量と結びつくことを説明する。いま考えている運動では
の他にも原点から質点までの距離が時間によって変るが、(4.5.24)式のもう一つの意味を理解するために、は一定でだけが時間によって変わる運動、すなわち質点が半径
の円周上を運動する場合を考える。
半径の円の円周はであり、その面積はである。円周と面積に現れるは質点が原点の周りに一周した時の角度(ラジアン)を表すから、したがって質点が円周上を(ラジアン)のかわりに(ラジアン)だけ回転した時に質点が作る扇形の円弧の長さはを
で置き換えたであり、その面積はであることがわかる。
今の場合は円運動なので半径は一定であるが、質点が単位時間に動く角度
は時とともに変わってもよいし、一定で質点はいつも同じ角度だけ動いていてもよい。もし質点が単位時間にいつも同じ角度だけ変わるなら、単位時間に質点が円弧上を移動した前後の点と中心を結んでできる扇形の面積の大きさはいつも一定である。もし単位時間に質点が動く角度が時とともに変わればも時とともに変わり、それを表すためにと書かなければならない。そのときの面積が変わる割合(“面積が変わる速さ”)を「面積速度」という。上の円運動の場合の面積速度は、がいつも同じだから、
<4-120>
である。もう気がついたであろう。面積速度の(=定数)倍は
平面を運動する質点が持つ唯一
でない角運動量の成分である。すなわち
<4-121> (4.6.27)
である。地球や他の天体のように軌道が円と異なる場合でも、議論は少し複雑になるが、全く同じ結論が導かれる。以上をまとめる。
(1) 中心力の下で運動する質点(物体)の角運動量は保存される。
(2) したがって、その運動は角運動量に垂直な平面上に限定される。
(3) 運動する質点はそれと原点を結ぶ動径が平面上に掃く面積の割合を変えずに、軌道上を移動する。(「面積速度一定の法則」)
(4) 一つの平面内を運動する質点の面積速度が一定なら、その質点が受ける力は中心力である。
もし「面積速度」が一定なら次のようなことが起きるであろう。運動する質点が力をおよぼす源に近づくと
が小さくなる。その結果、面積速度を一定に保つように質点は角度の変化
を大きくする。その結果、質点は軌道上を大きく(速く)動くことになる。一方、質点が力の源から遠ざかると
が大きくなる。そのときは、面積速度を一定に保つように質点の角度変化
が小さくなり、軌道上にある質点の動きは遅くなる。
気をつけてカレンダーを調べると、「秋分の日」から「春分の日」までの日数(すなわち冬の長さ)は、「春分の日」から「秋分の日」までの日数(すなわち夏の長さ)よりわずかに短いことに気がつくはずである。詳しい説明は省くが、これは「面積速度一定の法則」に関係しており、
冬に地球が太陽に接近し、
夏になると地球は太陽から遠ざかることを意味している。同時にこのことは地球が太陽からの万有引力でその周りを軌道運動している結果であり、万有引力が中心力である結果である。なぜ
地球が太陽に近い冬が寒く、太陽から遠い夏が暑いのかを考えると地球のことが少しわかるであろう。
このように、天体の運動が季節や日照時間を通じて人間の生活に密接に関係するため、はるか数千年も昔から人々は天体の運行を注意深く観測し、その規則性を記録していた。それが科学として結実したのは中世の天文学者ティコ・ブラーエが残した膨大な天体の観測記録を若い共同研究者であったケプラーが分析し、それを基に以下の「ケプラーの三法則」を世にあらわしたときである:
- 【第1法則(楕円軌道の法則)】惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
- 【第2法則(面積速度一定の法則)】惑星と太陽を結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である(面積速度一定)。
- 【第3法則(調和の法則)】惑星が軌道を一周する時間(公転周期)の2乗は楕円軌道の長半径の3乗に比例する。
「ケプラーの三法則」はニュートンが万有引力の法則を導く基となった。特に「第二法則(面積速度一定の法則)」は天体に働く力が中心力であることをニュートンに気がつかせ、彼を万有引力の発見に導いた。
次節では自然界に存在する最も重要な中心力である万有引力による運動ついて学ぶ。
§7 距離の二乗に反比例する中心力
「距離の二乗に反比例する中心力」にある「距離の二乗」とは質点に働く力の源から質点までの距離の二乗の意味であり、「距離の二乗に反比例する力」とは、
その距離をとすれば「に比例する力」という意味である。考えている力は中心力であるから(4.3.7)式の形を持ち、
を比例定数とすれば、それを
<4-122> (4.7.1)
と書くことができる。中心力を受ける質点は平面内で運動することをすでに知っているので、その平面を面とし、その面上における質点の位置ベクトルを
とする。位置ベクトルの両辺を
で割ったは力の源から質点に向かう単位ベクトルである。また、の正負によって、
- もしが正ならの方向は原点(力の源)から外に向かうので、は質点を原点から遠ざけようとする「斥力」である。
- もしが負ならの方向は原点(力の源)に向かうので、は質点を原点に引きつけようとする「引力」である。
前節で理解したように、中心力を受けて運動する物体の運動は直交座標よりも極座標を使った方が扱いやすい。また中心力が支配する系には重要な特徴があり極座標を使うとそれが非常によく理解できることもある。そこで(4.1.4)式の平面極座標を(4.7.1)式に用いれば、
なので、力の成分は
<4-123> (4.7.2)
で与えられる。したがっては(4.6.20)式から
<4-124> (4.7.3)
となる。よって極座標で表した運動方程式((4.6.21)式と(4.6.22)式)は
<4-125> (4.7.4)
と
<4-126> (4.7.5)
となって、とても簡単な式になる。上の式では、もちろん角速度である。(4.7.5)式((4.6.22)式)は力が中心力であれば力の強さに関係なく成り立つ式であった。(4.6.22)式の下で示したように、それは中心力の下で運動する系の「角運動量保存」を表わす式でもあり、この系の面積速度が時間によらないことを表す式でもあった。「距離の二乗に反比例する中心力」の特徴は、したがって、すべて(4.7.4)式に反映される。
数学的には、(4.7.4)式と(4.7.5)式は時間の関数としてとを決める連立微分方程式である。
が(4.6.22)式(あるいは(4.7.5)式)の括弧内を書き換えた(4.6.24)式から得られる道筋はここでもまったく同じである。ここでは時間によって変わらない定数であった。この関係式を(4.7.4)式に代入すると、(4.7.4)式は
<4-127> (4.7.6)
に帰着する。ここでであり、
である。さらにこの式を少しだけ書き換えると
<4-128> (4.7.7)
となり、一般的な中心力に対して慣性力の概念を得た(4.3.11)式の具体的な場合となる。原点からの距離に関するこの方程式が§2.1でニュートンの運動三法則を学んだときに出てきた直線上を運動する質量の質点の運動方程式((2.1.3)式)と似ていることに気がつくであろう。ただし「同じ」とせずに「似ている」としたのは(4.7.7)式と直線運動の(2.1.3)式には重要な違いがあるからである。すなわち(2.1.3)式が表す直線運動をする質点は、その直線を軸とすれば
は正でも負でもよかったが、(4.7.7)式の
は原点から質点までの距離を表しているので必ず正でなければならない。この違いは小さなことのように思えるかもしれないが、対応する方程式の解に大きな違いを生じる。したがって(4.7.7)式と(2.1.3)式は「似ている」がまったく違った運動を表す方程式なのである。その違いの一つは(4.7.7)式右辺の第二項目の存在もある。この項は、(4.3.11)式の下で説明したように、平面運動をする質点の加速度から生じた「遠心力」と呼ばれる慣性力であったことをもう一度思い出しておこう。
を定める微分方程式の(4.7.7)式を次のようにして解くことができる。(4.7.7)式の両辺にをかけて、全ての項を左辺にまとめると
<4-129> (4.7.8)
となる。数学的には(4.5.5)式に使ったと同じやり方で得る関係式
<4-130>
を使い、さらに
<4-131>
および
<4-132>
の関係に気がつけば、(4.7.8)式は
<4-133> (4.7.9)
と書き換えられる。
【道草】
(4.7.9)式を得るのに、その上に「…の関係に気がつけば」とあり、またその他でも「…の関係に気がつけば」という言い方が時々現れる。しかしこのような複雑な関係式にただちに「気がつく」普通の人は誰もいない。「…の関係に気がつけば」は決まり文句であって、「何度も同じことに出合い、何度も同じことを繰り返しておけば、次に似たようなことがあったときに同じことを行うと、うまく行くかもしれない。そのために似たようなことを思い出せば…」という意味である。もし今気がつかなかったとしても、それで自信を失うことはない。大切なことは、どうしたかを記憶することではなく、似たようなことがあったと思い出せるほどに何度も同じことを繰り返す根気である。
(4.7.9)式は括弧内の量が時間によって変化しないことを表している。そこで、時間によって変わらないその定数を
と書けば、(4.7.9)式のかっこのなかは
<4-134> (4.7.10)
である。
この左辺第三項目は考えている系の力((4.7.1)式)から現れた項である。いま、この項を与えるの関数を
<4-135> (4.7.11)
と書いて、その勾配とよばれるベクトルを計算する。「物理数学」の『§3.3.4 ベクトル演算子を含むいくつかの公式』に与えた勾配の定義に従うと
の勾配は
<4-136>
で与えられる。今の場合は運動が面で起きるため、は変数
を持たないので最後の微分の項はである。であるから、
<4-137>
であり、同様にに関する微分は<4-138>であるから、よって
<4-139>
を得る。この括弧内は面にある質点の位置を表すの単位ベクトル<4-140>
であるから、よって
の勾配は
<4-141> (4.7.12)
であり、(4.7.1)式からこれはに等しい。すなわち、いま考えている系を支配する力と(4.7.11)式のは
<4-142> (4.7.13)
で関係している。言い換えると、もしが与えられれば、その勾配のマイナスから系の運動を支配する力が与えられる[5]。このが力を受けて空間運動をする物理系の「位置エネルギー(ポテンシャル・エネルギー)」である。すなわち(4.7.10)式左辺の三項目(すなわち(4.7.11)式)は距離の二乗に反比例する力の位置エネルギーである。
同様にして、遠心力に対しても勾配がその遠心力になるような“位置エネルギー”を与えることもでき、それが(4.7.10)式の左辺第二項目である。実際にこの項の勾配のマイナスが遠心力(慣性力)を与えることは(4.7.9)式を導くときに示した。遠心力に対する位置エネルギーを「遠心力ポテンシャル・エネルギー」ということがある。
すでに気がついているであろうが、(4.7.10)式が力の中心からの距離の二乗に反比例する力を受けて空間を運動する質点の「力学的エネルギー保存則」である。直線運動の場合と大きく違うのは、質点に働く力に対するポテンシャル・エネルギーに加えて慣性力である遠心力に対するポテンシャル・エネルギーが加わっていることと、動径変数であるが正の値に限られることである。
ここで注意すべきとても重要なことがある:
【注意】(4.7.11)式左辺の第一項目と第二項目は正であるが、第三項目はの符号によって正にも負にもなる。したがって、の符号が正なら定数
は正の値以外持ち得ないが、もしの符号が負のときにはその大きさによっては正にも負にもなる。この節の初めに注意したように、の符号は質点に働く力が引力
であるか斥力
であるかに関係していた。すなわち、もし力が斥力ならは必ず正となるが、もし力が引力であれば
は負にもなり得る。後に明らかになるが、これは(4.7.1)式の力を受けて運動する質点が空間に軌道を描いて元の位置に戻って来る条件に関係しているのでとても重要なことである。
(4.7.10)式を
について解くと
<4-143> (4.7.14)
を得る。であったから、この式は
についての微分方程式を与えていることを憶えておこう。あとでこのことを使って、質点が中心力の下でどのような軌道を描いて運動するかを考えることにする。は実数であるから、右辺の平方根の中は正でなければならない。これはそのなかに入っているが取り得る値に条件をつける。すなわちは
<4-144> (4.7.15)
を満足しなければならない。この両辺にをかけて適当に整理すると不等式
<4-145> (4.7.16)
を得る。これはに関する二次不等式であるから、この解が存在する条件より正の実数
は限られた領域でのみ存在が許される。これは考えている中心力の下で運動する質点が存在する領域が制限されることを意味している。
【道草】 (4.7.16)式の条件はニュートンの運動方程式にしたがって物理系の位置や速度が決まる古典物理学の世界のことである。ニュートンの運動方程式が適用出来ない原子や分子の世界、あるいは、極低温の世界では物理系の状態が量子力学にしたがって決まり、そこでは(4.7.16)式の条件を破る領域にも物理系が存在する「トンネル効果」と呼ばれる現象が起こる。これが二十世紀以降に発展した現代物理学が発見したことで、その「トンネル効果」を利用したのが半導体を使った制御回路の開発や原子力発電であった。
(4.7.16)式の左辺は
の二次関数であるが、(4.7.14)式の上で注意したように
が正(すなわち斥力)であれば
は必ず正になり、したがって左辺の二次関数は<4-146>
で極小値
<4-147>
を持つ、上に開いた放物線である。しかし
が負(すなわち引力)であれば
は正にも負にもなり得るので、その正負によって(4.7.16)式左辺の二次関数は下または上に開いた放物線となる。ここでは最も重要な場合、すなわち
の符号が負(引力)で、かつ
が負
となる場合を考える。
が負であるから、(4.7.16)式左辺の
の二次式は下に開いた放物線(ドンブリを伏せた形)になる。また(4.7.16)式左辺の二次式の判別式
<4-148>
は必ず正になる。したがって下に開いた放物線はつの
の値で(4.7.16)式の左辺をとし、(4.7.16)式の不等式はその点の間にある値を持つ
に対して満足される。(4.7.16)式左辺を
とする二つのをととすれば、根の公式を使ってそれらは
<4-149> (4.7.17)
である。したがって質点(物体)は限られた平面内の領域で運動する。
もし質点の原点からの距離が必要なら、それは(4.7.14)式を使って求められる。すなわち、(4.7.14)式の下で注意したようにであるから、(4.7.14)式はの微分方程式
<4-150> (4.7.18)
を与えるので、これを解けばが求められる。
もしが必要なら、(4.6.26)式、すなわち
<4-151> (4.7.19)
に(4.7.18)式を解いて得たと
を代入すると、についての微分方程式が得られるので、それを解くことによって求められる。
もし質点(物体)が描く軌道を知りたければ、と
の二つの式から
を消去してと
の関係を求めれば良い。途中の積分が数学的にやっかいだが、やってやれないことはない。ここでは結論だけを与えておく。(4.7.18)式と(4.7.19)式から得たとから
を消去した式は、ていねいに計算すれば最終的に
<4-152> (4.7.20)
を与える。ここで、を与える式の右辺分子にあるは時刻で運動を始める質点の動径が軸となす角である。
力の源(原点)から質点までの距離を表すを
の関数として表す(4.7.20)式は奇妙な形をしているが、数学では良く知られた式であり、「離心率」とよばれるの値によって、それが表す曲線の形が決まっている。たとえば、のときは簡単にわかるように、軌道は半径が
の円である。今はであると考えているからであり、このときの軌道は楕円であることがわかっている。が負である今の場合と違うが、が正の場合は
であり、もしであれば軌道は閉じずに放物線となる。
でかつの場合は惑星や彗星の様な天体の軌道を想像させるが、実際に次節で学ぶ天体間に働く万有引力は(4.7.1)式型の引力である。
§8 万有引力
どのような二つの物体もそれらが質量を持つ限り、質量の積に比例し、物体間の距離の二乗に反比例する大きさの力で互いを引き合う。この引力を「万有引力」という[6]。万有引力は、天体の観測からケプラーが発見した三法則(「楕円軌道の法則」、「面積速度一定の法則」、「調和の法則」を説明する力としてニュートンによって提唱された。空間内に適当にとった原点から質量
の物体の位置ベクトルを測り、それを、質量の物体の位置ベクトルをとする。このとき、が
を引く万有引力を、が
を引く万有引力をとすると、それらは
<4-153> (4.8.1)
で与えられる。は万有引力定数とよばれる定数で、国際科学会議の科学技術データ委員会によってその値がと与えられている。かつであるから、(4.8.1)式の力はであり、物体の間に働く万有引力は作用・反作用の法則にしたがう力である。万有引力は導かれたものではなく、数多くの観測データを説明する力として考え出されたものである。質量を持つ物体の間になぜこのような力が働くかはこの半世紀の間にわかったが、大学で学ぶ物理学の範囲を越えるので、ここでそれを説明することはしない。
万有引力で引き合う質量とを持つ二つの物体はどのような物体であってもよいが、もしそれらの質量が異なるときは、軽い物体の質量が
で、重い物体の質量がであるとしておこう。その方が頭に状況を描きやすいからである。たとえば地球と太陽の場合はが地球でが太陽であり、月と地球の場合は
が月でが地球である。ここでは、そのような質量を持つ二つの天体が万有引力で力を及ぼし合っているとき、ニュートンの運動方程式を解いて、ケプーラーが予言した法則が全て成り立つことを確かめる。
二つの天体に対するニュートンの運動方程式は
<4-154> (4.8.2)
である。座標原点をどこに選んでも良いので、今は質量が大きなから質量が小さな
が力を受けて運動する場合であるとして、の位置を原点、すなわちと選ぶことにする。あらためてと書き、と書けば、であるから、(4.8.1)式の最初の式と(4.8.2)式の最初の式から、の運動は、
<4-155>
によって決まる。この式は(4.7.1)式でとした式であるから、この置き換えでその後の議論がすべて成り立つ。したがって、前の説にある(4.7.10)式から、この系は保存量
<4-156> (4.8.3)
を持つことが分かる。が惑星や衛星のように重い星の周りを周回運動をする考えると、前節で学んだように、もしであればそれが実現する。具体的にどのような軌道が実現するかはの値によって決まる。
は一度与えられたら変わらないので、考えている天体が宇宙に現れたときにその天体に与えられたの値によって決まってしまう。今その天体が周回運動をするようにが与えられたとする。天体の軌道は(4.7.20)式での場合であり、
の値によって軌道は楕円または円になる。
のときに、確かに軌道が閉じた楕円または円になることを確かめるため、(4.7.20)式でと置いた式、すなわち
<4-157> (4.8.4)
から出発して、軌道をはっきりとした形で調べる。ただし簡単のため、結論に影響しない二つのことを行った。一つは(4.7.20)式で運動の開始位置を表す角度をとしたことで、もう一つはであることを明確に表すためにと書いたことである。
(4.8.4)式の両辺に分母のをかけ、と直交座標の変数に置き換えて式を整理すると、を得る。この両辺を二乗し、とし、さらに
<4-158> (4.8.5)
として少し変形すると、最終的に結局(4.8.4)式を
<4-159> (4.8.6)
と書き換えることができる。(4.8.5)式から
であり、からなので、(4.8.6)式は長径が軸上にあり、短径が軸上にある楕円を表す。
中心力の下では力の詳細に関わらず面積速度が一定であることをすでに示したので、これでケプラーの三法則のうち「楕円軌道の法則」と「面積速度一定の法則」が万有引力を受け運動する天体に対して成り立つことがわかった。それでは最後の第三法則「調和の法則(公転周期の
乗は軌道の長半径の乗に比例する)」は成立するのであろうか。以下でそれを調べる。
(4.8.5)式で与えられる天体の楕円軌道が描く楕円の面積は、長径
と短径の楕円の面積を与える公式から
<4-160> (4.8.7)
である。一方、中心力の下で天体と中心を結ぶ動径が単位時間に掃く面積(面積速度)<4-161>は一定であった。また(4.6.27)式から
<4-162>であったから、面積速度は
<4-163>である。今考えている天体が軌道を一周する間に動径はこの楕円の面積を一回掃くから、それにかかる時間が天体の公転周期を与えることになる。よって、(4.8.7)式が与える面積を動径が掃く時間、すなわち周期は
<4-164> (4.8.8)
となる。一方、(4.8.5)式が与えるとの式からを消去して
<4-165> (4.8.9)
を得るから、(4.8.8)式のを二乗してそれから(4.8.9)式を使って
を消去すると
<4-166> (4.8.10)
を得る。(4.8.10)式は物体の公転周期が長径
の乗に比例すること、すなわちケプラーの第三法則を表している。これによって、天体が万有引力の下で力を及ぼし合っていると考えると、ティコ・ブラーエの膨大な観測データを基にケプラーが発見した三つの法則はすべて成り立つことが分かった[7]。このように
ニュートンの運動法則を基に距離の二乗に反比例する万有引力で引き合う天体の軌道運動を求めると、ケプラーの三法則すべてと一致する結果が得られる。
この節の最後に、ケプラーの三法則のうち「第
法則(面積速度一定の法則)」は運動する物体の「角運動量の保存」と同じ意味を持ち、運動を支配する力が中心力でありさえすれば、その詳細にかかわらず必ず成り立つ法則であり、「第1法則(楕円軌道の法則)」と「第
法則(調和の法則)」はその中心力が力の源からの距離の二乗に反比例しているときにのみ成り立つ法則であることをもう一度強調しておく。
§9 地球上の物体に働く力
地球も我々人間も質量を持つ物体であるからそれらの間に万有引力が働く。したがって地上にあるどのような物体も必ず地球からの万有引力の影響を受けており、その運動を考える時にはそれに働く万有引力をいつも考えなければいけない。しかし都合が良いことに、地球のような大きく重い物体がその表面や外部にある小さく軽い物体に及ぼす万有引力を簡単な力で置き換えてよいことが証明できる。その結論は次のようになる。
地球の質量を、地表付近にある小さく軽い物体の質量を
、地球を球と考えてその半径をとすれば、が地球から受ける万有引力は、方向が地球の中心を向いて(鉛直下向きに)、大きさが
<4-167> (4.9.1)
で与えられる。
このなかにある万有引力定数
、地球の質量
、地球の半径
は全てわかっている定数であり、それらの値は
<4-168> (4.9.2)
であるから[8]、(4.9.1)式中のを除く定数をまとめて
と書けば、これらの数値はに
<4-169> (4.9.3)
の値を与える。改めてもう一度(4.9.1)式を書くと、地球上の質量を持つ物体に働く地球からの万有引力は方向が常に鉛直下向きで、大きさも一定の
<4-170> (4.9.4)
である。これは高校の物理でお馴染みの式であるが、忘れていけないのは、物体があくまでも地表近くにある場合であって、もし物体が飛行機やロケットに乗って地上から非常に高い位置に運ばれた場合には、それに働く地球の万有引力はこうはならないことである。物体の位置が地上近くであるかどうかは、地表から物体までの距離が地球半径
に比べ十分小さいと判断できるかどうか、すなわち
と判断できるかどうかによる。もしそう判断できれば、(4.9.4)式の力を用いて得た§2.2の自由落下、§4.2の投げ上げによる放物運動、§4.3の単振子の運動に対する結果は現実に生じる運動の観測結果と一致するであろう。(4.9.4)式のような一定の力が働く物体の運動を調べるときに必要なことはここまで学んだ中に全てあるので、今後必要になったらそれらを参照してほしい。
[1] ここでは糸を引く力によって地球上で回転運動を行っていると考えているが、実際には物体に鉛直下向きの重力も働いている。しかし、いまはその重力よりはるかに強い張力を働かせて物体を平面内に回転させると考えているので、重力の影響は無視している。もし重力の影響が無視できなくなれば、物体は平面から僅かに鉛直下向きにずれて回転し、その結果、糸の
回転中心を頂点とする
円錐面になる。
[2] 180°をラジアンで表わせばであるから、たとえばは<4-171>、は<4-172>である。一方、との値は<4-173>と<4-174>である。このことからどの程度の角度を小さいとみなしてよいか、状況に応じて自分で判断してほしい。
[3] 二つのベクトルと
の外積にあると
で作る平面を考えれば、それらの外積である
がとに垂直であるため、三つのベクトルは一つの平面におさまらない。しかし、これら三つのベクトルを紙面上で表現する方法がある。すなわち、
とをそれらの始点を同じ点に置いて紙面上に描き、紙面に垂直な
をとの始点に描いた○印で表す。が紙面からこちら側に向いているときは丸印の中心に点を打ち、紙面の裏側に向いているときは丸印の中に×印を描くと束する。
[4] (4.6.15)式の右辺をと
と書く理由は説明しないが、明確な理由があるとだけ述べておく。
[5] 実は話は反対で、そもそも自然界に存在するのはであって、「力」は古典物理学で扱うような日常的なできごとや、天体のように巨視的な物理系に
という形で現れる量についた名前である。
[6] 理由は説明しないが、質量を持つ物体間に働く「万有引力」と、時空の性質を表す「重力」という言葉は区別して使わないといけない。
[7] ケプラーの法則(1619年発見)はその後のニュートンの運動方程式(1687年)を使って初めて厳密に証明されたので、ケプラーが証明したのではないことを付け加えておく。
[8] 地球は正確な球でないので半径を厳密に定義することはできない。ここでの半径は平均値であると考えておく。