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「今物理学は」

編集: 障害学生支援プロジェクト(DSSP)
編集責任者: 鈴木公(元東京理科大学)


第0章 はじめに

 この別冊「いま物理学」はシリーズが目的にする物理学の入門教科書ではない。どちらかというと“読み物”である。教科書シリーズの別冊としてこの“読み物”を提供するのには以下の意図がある。
 一般に理工系と分類される大学の学部(理学部、工学部、農学部、薬学部、医学部など)では、入学初年度に必修科目として「物理学」の履修を義務づけている。文系学部とされる「経済学」が関係する学科でも「物理学」が必修科目に位置づけられることが多い。
 「物理学」は2500年以上もさかのぼる昔、人間を含む自然の全てを理解しようとする「自然哲学」として世の中に現れた。自然を理解するためには我々の前に現れる事象を正しく理解しなければならず、また人間を正しく理解しなければならなかった。そのためには、我々の前に自然や人間が提供する多様な現象を正しく理解する方法を持たなければならなかった。そのようにして「自然哲学」は発展し、その中から人間を理解する科学として「哲学」が生まれた。一方、自然現象を理解する科学には「自然」を意味する名称「Physics」が与えられ、それに日本語で「物理学」の訳を与えたのは明治政府の文部省(現文部科学省)であったらしい。
 「物理」の「理」は「道理(正しい筋道)」の意味で、したがって「物理」とは「正しい筋道の立て方」を学ぶ学問であり、全てのことに必要である。これが多くの大学学部で、理系・文系に関わらず「物理学」を学生に必修として学ばせる理由なのである。日本の高校で「物理学」が「理系科目」とされ、「文系」には必要ないと考えられたり、「物理学」が暗記の学問であると勘違いされてしまったのはとても不幸なことであった。
 このように、物理学を学ぶ目的は我々の前に現れる自然現象や社会現象からそれらを支配する隠された仕組みを探り出し、現象の真の理解を得るための「考える作法」を得ることにある。このようにいうと「考える作法」は直接的に知覚できる現象を前提とするように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。直接知覚することが出来なくても、もしそれが存在する十分な証拠があれば、そのような現象も対象となる。実際にそのような例、特に自然科学における例が二十世紀の社会に相次いで現れたが、しかし高校までの物理学ではそのことに全くと言ってよいくらい時間がさかれることはない。その理由ははっきりしている。知覚し得ない現象なので従来の物理学が用いた実験手段や観測手段が使えないため、数学的な手法と想像力に強く頼った手段が使われ、高校までの物理ではその手段のほとんどを使うことが制限されているからである。
 この別冊「いま物理学は」では、「物理学」が二十世紀の自然科学に現れた直接知覚し得ない現象の理解をどのようにして得たかを特殊な数学を可能な限り使わずに紹介する。やむを得ず数学を使う場合もあるが、わからなくてもその詳細にこだわらず、現象に対する理解が視覚や聴覚のような知覚なしに得られることを知り、それを通じて「考える作法」を身につけてほしい。
 本章中でかぎカッコで括られた数字番号(例えば<100> )が付いた数式は以下のどちらかの方法で理解することが 出来る。

(1) パソコン画面に表示された数式を音声読み上げソフトを使って読む方法
(2) 数式のTeXプログラムを音声読み上げソフトを使って読む方法

である。(2)の方法を使いたい読者のために、数式のTeXプログラムが巻末に与えられている。もしそのTeXプログラムを使って数式を再現したければ、適当なTeXのオンライン翻訳サイトにある数式翻訳機能を使うことができる。例えば

  1. http://www.sciweavers.org/free-online-latex-equation-editorにある「Online Latex REquation Editor」を開く。
  2. その数式ウィンドウに巻末のTeXプログラムをそのまま貼り付ける。
  3. ウィンドウ横の「Convertボタン」をおす。
これで、数式ウィンドウの下部の「to」以下に数式を再現することができる。