第一章 対称性と非対称な自然界

§1 対称性という考え方と物理学

 自然界には、人間が手を加えないにもかかわらず見事な「対称性」を持つ存在がいくつもあり、それらの存在に対してなぜか我々は美や安定といった特別な感情を抱く。この章では、対称性を持つ自然界の存在を題材にして、それから物理が見出した対称性の本質をむずかしい数学は使わずに、わかりやすい言葉で紹介する。しかしながら、正しい理解を得るために最小限の数学的手段を使わなければならない場合もある。そのときは事前に本質だけを抜き出して簡単化した数学処方を与える。それでも難しく感じたらその部分を飛ばして読み進んでも構わない。

【身の回りにある対称性】
 自然界には、雪の結晶、ヒトデ、蝶々など、見事な対称模様を持つ自然の造形がたくさんある。そのような自然の姿や紋様が持つ対称性や規則性から、我々は「調和と美しさ」や「純粋性と完全性」を感じるようである。
 蝶々は胴体に沿った直線に関して左右を反転させたときに同じ形が現れる「左右対称性」または「鏡映対称性」とよばれる対称性を持つ。その蝶々の対称性を人工的に作り上げたのがフランスのベルサイユ宮殿である。その見事な対称性の創造はそこを訪れる人々の心を奪った。一方、対称性をわずかに破ることで対称性がもたらす美の感情を強調した建造物もある。京都にある竜安寺の石庭である。竜安寺の左右対称な長方形の庭には庭石が非対称に配置され、それが対称な庭を見る人の心に生じる安定感をわずかに乱し、それによって庭の対称性を際立てている。どちらも、人間が対称性に魅せられることが紛れもない事実であることを示している。

【物理における対称性】
 物理や数学で対称性を扱う時には、その厳密な定義が必要になる。数学者のワイルは「対称性」を次のように定義している:

(ワイルによる対称性の定義)
 何等かの“行為”を施すことの出来る“対象物”があり、その行為が終了した後の対象物が行為を施す前と“変わらない”とき、対象物はその行為に対して対称であるという。

 ここで“対象物”とは「興味を持った対象」で、具体的な形を持ったものである場合もあれば、抽象的なものである場合もある。“行為”とは興味を持った対象に対する何らかの働きかけ(操作)を意味する。そして物理ではこの操作を「変換」と呼ぶ。変換を行った後に対象物が変換前と変わらなければ、それを「変換に対して不変である」あるいは「変換に対して対称である」という。
 操作をほどこす対象物が幾何学的な図形や幾何学的な形態である場合もあり、そのときは操作もやはり幾何学的である。以下の表に具体例を示す:

対象対称操作(変換)対称性の名称
雪の結晶結晶面の中心に垂直に立てた軸の回りに行う60°の倍数の回転回転対称性
蝶々胴体に沿った軸に対して行う左右の反転鏡映反転対称性
塩のような結晶一定距離の並進あるいは一定角度の回転並進あるいは回転対称性
(注意)「鏡映反転」と「裏返し」は異なるので注意すること。「鏡映反転」は対称軸(蝶々の例では胴体に沿った軸)に立てた鏡に映る像(実像の左右を取り換えた像)を考えることで、「裏返し」は裏から見ることである。両者は一致することもあれば、一致しないこともある。

 変換を行なおうとしているものが数学を言語とする物理学の法則であるときは、法則を表す数式(方程式)の変換を行なうことになる。そのときの変換は表にあるような具体的な事象に対する変換操作をノート上の数式に施すことではない。たとえば平面上の原点からある点までの距離 rを表す式

<1-1> (1.1.1) r=x2+ y2

は「回転させても変わらない」あるいは「回転対称性を有する」と言うが、その意味はこの数式をノート上で物理的に回転させることではない。 360回転させるなら別だが、(1.1.1)式自体を物理的に回転して元の形と同じになるはずがない。
 この数式に対する角度θの回転操作とは、 xを横軸、yを縦軸とする平面上に一つの点Pをとり、その点を原点の周りに θ回転してP'点に移すことである。P点の座標を (x,y)として少し考えればP' 点の座標(x',y')(x,y)と回転角 θを使って簡単な式で表すことが出来るが、今その導出は重要ではないので、結果だけを与えよう。どのようにして以下の式が得られたか理解できなくても気にせずに先に進んでかまわない。

<1-2> (1.1.2)  x'=xcosθ-ysinθy' =xsinθ+ycosθ

このとき、少し計算すれば分かるように、原点から回転後のP'点までの距離 x'2+y'2 は回転前に原点から測ったP点までの距離 x2+y2 に等しい:すなわち<1-3>x'2 +y'2=x2+ y2である。このことを

原点からの距離は回転によって不変である

あるいは

原点からの距離を表す(1.1.1)式は回転不変である

と呼び、(1.1.1)式は、あるいは(1.1.1)式を与える法則は

回転不変性を有する

または

回転対称性を有する

と言う。
 このように「物理法則の対称性」を問題とする場合は、「(1.1.1)式の与える法則は原点からの距離を意味している」というように、法則が表す物理内容を知らなければならない。例えば「クーロンの法則」の対称性を考える時には、「クーロンの法則」は「電荷を持つ 2物体間に働く力の大きさがそれらの距離だけで決まる」ことを知らなければならない。そうすれば、ある直径を持つ球を考え、その直径の両端に電荷を持つ2物体を置いたとき、その直径が球のどこにあっても「クーロンの法則」があたえる力の大きさは変わらない、すなわち「クーロンの法則は球対称性(回転対称性)を有する」ことが理解できる。
 しかし奇妙なことがある。クーロンの法則と同じように、地球が太陽から受ける万有引力の大きさもやはり 2物体間の距離だけで決まるので、万有引力の法則もまた球対称性を持つ。それにもかかわらず、万有引力の法則にしたがって地球が太陽の周りに描く公転軌道は球でも円でもなく楕円であり、太陽系の他の惑星軌道も全て楕円である(楕円は面上に回転させると形を変えるので回転対称でも球対称でもない)。このように、法則が持つ「対称性」は実現する結果に必ずしも現れていない。なぜこのようなことが起きるのであろうか。それは、太陽系に惑星が出現したとき、その惑星が太陽系のどこに現れてどのように運動を始めたかという条件(数学的には初期条件)が必ずしも回転対称あるいは球対称でないからである[1]。このように、現実に自然が示す姿がその運動を支配する基本的な法則の対称性をそのまま表わしていることはむしろ少ないのである。それを考えたとき、物理学が対称性を持たない現実を観測して、その現象を支配する対称性を持つ自然法則を数多く見い出してきたことは驚くべきことかもしれない。
 対称性を実用的に活用することもある。一つの例は対称性を持つプリント模様の作成工程である。たとえば、蝶々のプリント模様は原理的に次のように作成される。

  1. 胴体に沿った軸を境目にした蝶々の半分の図を半透明なトレーシングペーパーにていねいに描く。

  2. 境目に沿ってトレーシングペーパーを折り、蝶々を描いていない半面の裏から透けて見えるもう一つの半面に描かれた蝶々をなぞって写す。なぞるだけであるから、慎重に半分を描いた最初の工程より速く描けるはずである。

  3. 写し終わったら折り目を元に戻すと(半分は表に、もう半分は裏に描かれた)蝶々の全体図ができあがる。

これにより蝶々を描く仕事の量がほぼ半減する。これと同じ手続きを使えば、多くの対称軸を持つ模様のプリント原図を作成する仕事量をかなり減らすことができる。この考え方はプリント製作会社で実際に使われている。
 対称性の考え方は「結晶学」の分野でも威力を発揮する。「結晶学」はX線を結晶に照射し、結晶を透過して来たX線を調べてその特徴により結晶を分類し、それから結晶のミクロな構造を知る学問である。そのようにして調べられた結晶構造は原子配列の三つの空間対称操作(「並進」、「回転」、「反転」)を組み合わせて分類される。それによって複雑な構造を持つ数え切れないほど多くの結晶がわずか 230個の群に分類され、結晶の分子構造を理解する第一歩となった。
 接着剤で貼りつけ壁や床を保護あるいは装飾する建設資材の一つにタイルがある。タイルの多くは面に垂直な中心軸の周りに 360の回転を行うと途中で何回か(正方形なら 4回)同じ形が繰り返される。そのような対称性を「回転対称性」という。「回転対称性」は360回転する間に何回同じ形が現われるかによって区別される。たとえば正三角形のタイルは360の回転を行う途中で3回同じ形が繰り返されるので 3回対称、正五角形のタイルは 5回同じ形が繰り返されるので5回対称であるという。
 このような考え方をすると面白いことがわかる。n回対称なタイルには、それを使ってすき間なく床を埋め尽くすことができるタイルと、どのように工夫しても必ず隙間ができてしまい床を埋め尽くすことができないタイルがある。たとえばn=1,2,3, 4,6回対称なタイルを使って床を埋め尽くすことは出来るが、 n=5,7,8,9,回対称なタイルは床を埋め尽くすことができない。回転対称性を持つタイルで床を埋め尽くせるかどうかを考える問題は数学の幾何学問題であり、それを「二次元タイル問題」という。
 平面の「二次元タイル問題」と似た問題が空間の立体にもある。すなわち、正4面体、正6面体、正8面体、正12面体はそれを使って空間をすき間なく埋め尽くせることが紀元前から知られており、それらは「プラトンの立体」といわれる。そして興味深いことには、実在する結晶の多くは「プラトンの立体」で組み立てられているのである。
 プラトンの立体ではない正20面体は一つの面に垂直な軸の周りに 360回転するともとの形が 5回繰り返される5回対称性を持つ。しかし正20面体[2]はプラトンの立体ではないので、それを組み合わせてできる結晶はこの世に存在しないと思われていた。ところが1984年、イスラエルのシェヒトマンは14% Al86%Mnを含む Al14Mn86という合金の構造を解析し、その結晶が正20面体からできていることを発見した(「準結晶」の発見)。多くの追試がこれを確認し、プラトン立体以外からできた結晶もこの世に存在することがわかった。[3]
 数Aの複雑で微細な構造を持ち、可視光 (波長103 A)では識別することができない結晶の構造は X線や電子線の回折を利用した構造解析法を使って行なわれる。また、蛋白質や DNAなどの生物分子は結晶ではないが、もしそれをなんらかの方法で結晶化することができれば、同じ構造解析法を使ってその構造を知ることができる。分子生物学が物理学の研究対象になるといってもよい。実際にヘモグロビンの分子構造はそれを結晶化することによって解析された。
 現代物理学で極めて重要な役割を果たした特殊な対称性の一つに「並べ換え対称性」またの名を「交換対称性」とよばれる対称性がある。それを理解するために、連立方程式

<1-4> (1.1.3)  x2+y2=13 x+y=5

を考える。この方程式は簡単に解くことができ、解は二つの可能性がある。すなわち

<1-5> (1.1.4)  x=3,y=2 あるいはx =2,y=3

である。(1.1.3)式の方程式はx yの交換に関して対称であり、(1.1.4)式の解もxyの交換に関して対称である。したがって(1.1.4)式の二つのどちらが解であると決めることはできない。言えることはx yの一方が3であり、他方が 2であるということだけである。
 「交換対称性」の例をもう一つあげる。トランプのスペードの2を想像してほしい。スペードはラテン語で「剣」を意味する。したがってスペードのマークもそれを表すように、鋭い切っ先を表す尖った先端と、握る部分(柄)を表す左右対称な模様からできている。スペードの2はカードの中央に二つのスペードのマークが柄の底部を向かい合わせるように上下逆転した形で縦に配置されている。カードの左端上には数字の 2とその下にスペードの小さなマーク一つが縦に並んで配置され、それを上下逆転させたものが右端下に配置されている。したがって、カードはその中心で面に垂直に取った軸の回りにを 180回転させても、まったく同じ図柄が現れる。言いかえると、カードは 180の回転対称性を持っている。このとき、この回転対称なカードは上下に鏡映対称でないことに注意せよ。
 今、4個の同じカードセットからスペード 2のカードだけを抜き出して、机上に左から右に一枚づつ並べる。置かれた位置を左からa,b,c, dと名づける。そして4枚のカードを力学的な状態が a,b,c, dにある4個の同じ“粒子”であると考える。そうすると、今与えられた状態は4個の同じ“粒子”から成る物理系が持つ一つの力学的“状態”を表す。そこで、この状態でaにあるカードと cにあるカードを bの位置を中心にして時計の針が回るように180 回し交換したとする。交換されたacのカードは互いの位置にそれぞれが 180回転して交換された位置に現れるが、カードが同じであり、またそれぞれが180の回転対称なために交換後の全体の様子は交換前とまったく区別がつかない。
 したがって、もしカードを交換している過程を知ることができなければ、何かの操作が加えられたことが分かったとしても、その操作でカードが交換されたかどうかをだれも判断することはできない。わかることは操作の前にa ,b,c,dの位置に一枚づつ同じカードがあり、操作の後にも a,b,c, dの位置に一枚づつ同じカードがあると言うことだけである。言いかえると、操作の前後に a,b,c, dの状態に同じ粒子が1個づつあった同じ状態が存在することだけである。
 同じ微視的粒子を多数含み、交換過程を直接知る手段がない系にはこの「区別出来なさ(不可別性)」が必ず存在する。この「不可別性」こそが、粒子の個別観測が不可能な量子力学系の特徴である。
 ここで理由を詳しく説明することはできないが、粒子を入れ換えた場合に生じるこの不可別性は、量子力学で重要な波動関数と呼ばれる関数の符号に現れる。すなわち、粒子が入れ換わった時、粒子の種類によって波動関数が符号を変える場合と変えない場合が出て来る。もし符号が変わったとしても、通常の状況ではそれが直接観測されることはない。
 自然界に存在する全ての粒子はこの波動関数の符号が変わるか変わらないかで二つのグループに分けられる。

  1. 粒子の交換で波動関数の符号が変わる粒子を「フェルミ粒子(フェルミオン)」とよぶ。電子、陽子、中性子、ニュートリノ等がフェルミ粒子である。

  2. 粒子の交換で波動関数の符号が変わらない粒子を「ボース粒子(ボソン)」とよぶ[4]。光子、 4He原子、偶数個のフェルミ粒子をまとめて一つの粒子として扱った場合、等がボース粒子である。
これによって特徴づけられる2種の粒子にはとても重要な以下の性質の違いがある。
  1. 【フェルミ粒子】
     同種の二つのフェルミ粒子は全く同じ力学的状態にあることは許されない。この性質を「パウリの排他原理」という[5]。

  2. 【ボース粒子】
     この粒子には「パウリの排他原理」は働かない。すなわち、ボース粒子は何個でも同じ力学的状態にあることができる[6]。
 この二つの性質を物理では「統計」(フェルミ統計とボース統計)とよび、「電子はフェルミ統計にしたがう」のように表現するが、この「統計」は数学で使う「統計」とは異なる意味を持つ。粒子に二つの「統計」がある理由を知るためには「相対論的場の理論」の学習が必要である。その詳細はかなり複雑で高度な数学と量子力学の知識が必要になるので、ここではそれに立ち入ることはせず、そこでわかったことを与えるだけにする。
 統計の決め手は「スピン」とよばれる物理量の存在である。「スピン」は今後も出てくる概念なので簡単に説明しておく。全ての粒子はそれが誕生した時から、決して止まることがない“回転(自転)”をしている(これは実際の回転でない。それについては脚注[7]を参照せよ)。我々が知っている「回転」運動は一般に次の三つの要素(「大きさ」、「速さ」、「向き」)で特徴づけられる(簡単のため質量 mの粒子の円運動を考える)。
  1. 回転は回転の大きさを持つ:これを円運動の半径aによって表す。

  2. 回転は回転の速さを持つ:これを円周上を運動する粒子の運動量(p mv)vは速さ)によって表す。

  3. 回転は回転の向きを持つ:粒子が回転する面はこの紙面上であるとして、時計の針と同じ向きに粒子が回転する時は「回転の方向は紙面に垂直に紙面の裏側こ向く」とし、時計の針が回る向きと反対に粒子が回転する時は「回転の方向は紙面に垂直にこちら側に向く」とする。これは回転の中心に右ネジを回転の向きと同じ向きに回した時に、右ネジが進む方向に一致する。
回転の三要素を、積(ap)を大きさとし、回転の向きと同じ向きを持つ一つのベクトルとして現わすことができる。そのベクトルを角運動量とよび

<1-6> L=a ×p

と書く。角運動量の次元[8]はa(長さ)の次元と p(運動量)の次元([質量の次元]×[長さの次元]/[時間の次元])の積であるから、

<1-7> [角運動量の次元]= [質量の次元]×[長さの次元]2× [時間の次元]-1

となる。右辺の次元は「作用」とよばれる物理量が持つ次元と同じであり、「プランク定数」と呼ばれる定数 (hと書く)がその次元を持っている。したがって角運動量の大きさを hの何倍といったように表すことができる。実際には h2πで割ったhを単位として表すのであるが、そうすると粒子が持つスピンは勝手な値を持てないことがわかった。すなわち、フェルミ粒子のスピンの大きさは h 12,32,52, 倍の値を持ち、ボース粒子のスピンの大きさは h0 ,1,2,倍の値を持つ。このように粒子の統計はスピンの大きさによって決まる。たとえば電子は12h の大きさのスピンを持つフェルミ粒子であるが、その値は符号まで考えると +12h(時計回り)であるか、-12h (反時計回り)である以外ないのである。したがって電子に対する「パウリの排他原理」を「同じエネルギーを持つ 2個の電子は同じ方向を向いて回転することはできない」と表すこともできる。
 ボース粒子の場合は状況が異なり、多数の粒子が同時に同じ運動をすることができる。この性質が我々の世界をとても豊かにしている理由であり、しばしば話題になる「ボース‐アインシュタイン凝縮」もその性質ゆえに発生する現象である。様々なボース粒子の「ボース‐アインシュタイン凝縮」がどのような現象となって現れているかを知ると、それがいかに我々の生活に豊かさをもたらしているかは理解出来るであろう。そのいくつかを下の表に与えた。

ボース粒子とそのボース‐アインシュタイン凝縮
ボース粒子ボース‐アインシュタイン凝縮状態の名称
光子(スピン0のボース粒子)レーザー
4He超流動
2個の電子の対超伝導


[1] もし地球が太陽系に現れた約46億年前、地球が最初に動いた方向が地球と太陽を結ぶ直線に垂直であったら、地球は回転対称な軌道を描いた可能性はあったかもしれない。しかし、その動く方向が地球と太陽を結ぶ直線に垂直な方向から少しずれていたために地球の軌道は楕円になったのである。これがニュートンの運動方程式が教えるストーリーである。

[2] 正20面体は 20枚の正三角形で囲まれた、三次元空間で最大の面数を持つ正多面体である。 辺の数が3012個の頂点を持つ。

[3] 1931年に数学者でありかつ宇宙物理学者であるペンローズが、 2種類のタイルを使って平面をすき間なくしきつめることができることを発見した。それは準結晶の二次元版であり、「ペンローズ・タイル」といわれる。ペンローズはこの他にも「ペンローズの三角形」と呼ばれる奇妙な三角形を作ったことでも有名である。

[4] 「ボース」はインドの物理学者である。「Bose」を彼の母語であるベンガル語では「ボース」と発音し、(インド系)英米人は「ボーズ」と発音するが、この本では彼の母語であるベンガル語の発音にしたがい「ボース」に統一する。

[5] 「パウリの排他原理」はフェルミ粒子に対する「相対論的場の理論」から得られる数学的に厳密な結論であり、フェルミ粒子の性質を律する自然原理の一つと考えられる。

[6] 1924年、まだ大学生であったボースがこのことに気がつき、アインシュタインのもとにそれについて書いた論文を送り、アインシュタインがそれをまとめたことから「ボース・アインシュタイン凝縮」の存在が世に知られた。

[7] ここで言う“回転”は粒子が存在している状態を回転している状態になぞらえているだけで、地球やこまのように実際に粒子が回転しているわけではない。

[8] ここでの「次元」は「三次元」や「四次元」のように空間の拡がりを表す「次元」ではなく、物理量が基本的な物理量(質量、長さ、時間)をどのように組み合わせたもので作られているかを表す概念である。もし二つの物理量が同じ「次元」を持てば、それらを加え(減じ)たり、一方を他方で表したりすることができる。また「次元」が分かり、基本的な物理量に使う単位を決めれば、細かな計算をせずにそのおおよその大きさを知ることができる。


§2 鏡映対称性

 ある像を鏡に映し、映った像(鏡映像)が元の像と同じであるとき、その像は「鏡映対称」であるという。鏡映対称性を持つ典型的な例は前節の表に与えた蝶々である。一方、鏡映対称ではない身近な例は我々の手である。右手を鏡に映してできる像はほぼ左手の形をしており、右手とは異なる。したがって手は鏡映対称ではない。物理や化学ではこの手のように左右の区別があることを「カイラリティ(物理ではカイラリティだが化学ではキラリティと呼ぶ)がある」と言う[9]。
 鏡映対称性が重要な意味を持つ例は化学反応にある。例としてメタン分子( CH4)を考える(分子記号がわからなければ無視してよい)。メタン分子は 1個の炭素原子に4個の水素原子が結合してできている。その4個の Hをそれぞれ C2 H5 OHH CH3という分子に置き換えるとブタノール(C4 H9OH)という分子ができる。天然に存在するブタノールにはカイラリティ(すなわち左右の区別)があって二種のブタノール(「異性体」といい、右巻きブタノール・左巻きブタノールで区別する)が存在し、それらは同じ物理特性を持っている。ところが、ブタノールを化学的に合成すると、天然の存在とは違って二種の異性体が同じ量で混合したブタノールが必ずできる。これは化学合成反応を支配する基礎的な物理法則が鏡映(反転)対称性を持っている(すなわちカイラリティがない)からである。この他、多数の類似した実験は「化学反応のように小さなエネルギーで起きる現象を支配する物理法則は鏡映対称である」ことを表している。
 一般に、カイラリティがある物質に光を当てると、以下に説明するように、異性体によって異なる結果の生じることがある。このような物質は「光学活性」であるという。そのような物質の代表例は砂糖(ショ糖)である。砂糖に光を当てると何が起きるかを理解するために、少しだけ光(電磁場[10])について予備的に知っておかなければならないことがある。
 光はその進行方向に垂直に立てた仮想的な面の上で互いに直交する二つの方向に振動しながら進む「横波」と呼ばれる波動である(その二つの振動が電場と磁場に対応する)。この二つの方向に振動しながら進行する波動をある割合で組み合わせると、仮想面上で特定の方向に振動しながらそれに垂直な方向に進行する光ができる。このような光を「直線偏光」という。一方、二つの振動の組み合わせ方を光が進行するのにしたがって規則的に変えると、面の位置が移動するのにしたがって仮想面上の振動方向が回転する(回転と進行の方向を一緒にするとスクリュウのように回りながら進む)光ができる。これを「円偏光」という。回転には左右の回り方があるので、回り方にしたがってそれぞれ右偏光、左偏光の光という。直線偏光や円偏光の光は自然にも存在するが、それらを人為的に作ることもできる。また「偏光板」を使って任意の光から一つの面で振動する光だけを取り出すこともできる。
 さて、いま次のような実験を行い、その結果を検討する。

  1. 二種の異性体を等量含んだ砂糖溶液を作る。二種の異性体は等量が乱雑に分布しているので、カイラリティによる特性は平均されてしまい溶液に現れないはずである。
  2. 別に、右巻き異性体だけを使って砂糖溶液を作り、そこに左偏光の光を入射して溶液中における光の速度を測ると、 速度はvLであった。
  3. 次に左巻き異性体だけを使って砂糖溶液を作り、それに右偏光の光を入射して再び溶液中における速度 vRを測ったら、その速度は vLと同じであった。これは化学反応に対する物理の基礎法則が鏡映対称であるからである。
  4. 次に偏光版を使って特定の面だけで振動する直線偏光した(すなわち右偏光の振動面と左偏光の振動面が特定の組み合わせを持った)光を作り、その光を2右巻き異性体だけで作った砂糖溶液に入射した。溶液を通過した後で光を調べたら光はやはり直線偏光であったが、その振動面は入射したときの振動面と異なっていた。この結果は右巻き異性体だけでできた溶液を光が通過した後に、互いに直交する右偏光と左偏光の振動面が変わったことを表している。
このように、右巻き異性体だけでできた砂糖溶液は右偏光と左偏光の振動面を変える性質を持っている。このようなことを起こす能力を持っている溶液のことを「光学活性」がある溶液という。すなわち、砂糖の化学構造を支配する物理の基本法則は鏡映対称であるが、なぜか出来上がった砂糖は鏡映対称性を失い、その結果カイラリティを持って光学活性になっているのである。
 物理の基本法則は鏡映対称性を持つが、物質が現実に現れたときにその対称性が破れている例は少なくない:
  1. 人間の体内にあり蛋白質を形成する20種のアミノ酸は全て左巻きで、右巻きは自然界に存在しない。もし右巻きのアミノ酸が体内に入ると、腎臓がそれを“毒”と認識して体外に排出する。

  2. 蛋白質の螺旋構造は必ず右巻きで、左巻きは自然界に存在しない。

  3. DNAの二重螺旋は右巻で、左巻きの DNAは自然界にない。

  4. タバコに含まれるニコチンは有害であるが、その鏡映異性体は(癌細胞を致死させるなどの作用を示す)有益な物質である。

  5. レモンには良い香りがあるが、その香りの鏡映異性体は似ても似つかぬ嫌な臭いである。

  6. 薬品が持つカイラリティは時として深刻な結果を招く。1950年代に日本で深刻な薬害を引き起こしたサリドマイド(睡眠薬)は薬剤に異なるカイラリティ成分が混入したことによって引き起こされた。

  7. 砂糖の右巻きグルコース(R砂糖)は動物体内で生成されるが、左巻きグルコース(L砂糖)は化学合成でしか作れない。この例が示すように、特定のカイラリティを持つ物質を人工的に(意図的に)生成することは極めて難しい。
上の例でわかるように、化学物質はなぜか例外なくカイラリティを持ち、それによって生じる特性を持つ。これは化学物質に限られたことではない。例えば、右偏光と左偏光を等量含む砂糖にバクテリアを入れてしばらく時間をおくと、砂糖は光学活性になる。すなわちバクテリアはなぜか特定のカイラリティを持つ砂糖だけを選んで食べていることがわかる。
 自然界の基本法則は基本的に鏡映対称性を持ちカイラリティはないが、それが現実に現れるとなぜか例外なくカイラリティを持つ。その理由はまだ完全には分かっていないが、おそらくは宇宙の始まりにあったごく微細な鏡映対称性の破れが、 138億年の時を経て大きく増幅された結果であろう。
 「物理学」の一分野である「熱力学」は「同じエネルギーを持つミクロな状態は全て等しい確率で実現する」という仮定に基づいて作られている[11]。したがって鏡映対称な系のミクロな状態が同じ確率で実現する限り、熱力学の法則にカイラリティは生じない。「熱力学」は現実に存在する我々の世界を記述する科学であるが、これでは観測する現実と熱力学の結論が矛盾すると思うかもしれない。しかし心配するには及ばない。通常の熱力学が扱う物理系はそれが出現してから十分時間が経ち、全体として物質やエネルギーの流れがなくなった状態(平衡状態)にある系だけである。生体系や現実の世界は極度に平衡でない状態にあり、物質やエネルギーの流れが絶えず起きている。そのような物理系を通常の熱力学で扱うことはそもそもないし、またできない。
 そのような意味で言えば「生物の死とは右巻きDNAのらせんがほどけて徐々にカイラリティを失い、生命体が熱力学に従う平衡状態になることである」ということができる。これを利用し、 DNAのカイラリティがどれくらい失われているかを測ることによって、 14Cを使う方法[12]よりも精度の高い生命物質の年代測定ができる。
 物体を鏡に映した姿で置き換える変換(「鏡映変換」またの名「パリティ変換(P 変換)」)は物体の平行移動(並進)や回転のように連続的に行なうことができる変換と違い、中間的な状態がない「不連続変換」である。このような不連続変換が他にもいくつかある:
  1. ある粒子と同じ質量とスピンを持ち、他の全ての性質が反対の粒子を「反粒子」という。粒子と反粒子を含む物理系から粒子と反粒子を交換した物理系を作る変換を「荷電変換」とよび、Cで表す。たとえば電子 e-と陽電子 e+を入れ替える変換はその例である[13]。理論的に宇宙には粒子と反粒子が同数存在し、宇宙は荷電変換に対し不変のはずである。しかし観測する限り宇宙には反粒子よりも粒子が圧倒的に多く存在し、荷電変換の対称性が破れている。これがなぜなのかは現在の「宇宙物理学」でも大きな謎の一つである。

  2. 時間の進行を反転する操作(それを「時間反転」といいTで表す)は不連続変換であり、ミクロな世界は時間反転に対して不変であると考えられている。したがって、もしミクロな反応に ABという反応があれば、進行を反転した BAの反応も可能なはずであり、観測されるミクロな世界の現象も確かに可逆である。しかし「熱力学」が扱うマクロな世界は、例えば老化があるように可逆でない。なぜ可逆な法則を基にするマクロな世界の現象に時間の向きが生じるのか、これまた未だに答えがない基本的な問題の一つである。
 ミクロな世界はP変換、 C変換、T変換に関して対称であるとずっと思われていた。しかしこの半世紀の間にミクロな世界でもそれらがわずかに破れ非対称であることがわかった。しかし驚いたことに、適当な反応に対し、三つの変換を同時に行った反応を行なわせると、それが変換前と同じ結論を示すことがわかった。いま現代物理学はこの意味を理解しつつある。

§3 ゲージ対称性

 この節では説明のため、それほど複雑なものではないが少しだけ数学を使うことになる。出て来る式の証明や計算を行なう必要はないが、もし理解に困難を感じたら次の節まで飛ばしても構わない。しかし、多少困難を感じても読み進むことができれば、現代物理学の核心を知ることができるので、頑張って読み進むことをすすめる。
 過去の半世紀で人類が理解したことの一つは、自然を支配する全ての法則が「ゲージ変換」と呼ばれる変換に対する対称性(ゲージ対称性)を持っていることである。「ゲージ対称性」という言葉を初めて聞くに違いない。しかし、この言葉と考え方が我々の世界に現われてすでに半世紀以上の時が経っている。我々の身の周りにある自然現象や生命現象を支配する電磁気学の法則、原子核の世界を支配する法則、原子力発電などに使われる原子核の崩壊を支配する法則、天体の誕生や運行を支配する万有引力の法則等々、全てはこの「ゲージ対称性」を有するようにできている。それだけ重要な考え方であるにもかかわらず、「ゲージ対称性」が高度な数学的概念を含むため研究者にしか理解できないと思われていて、物理を専門としない学生にそれを理解させようと工夫されていない。ここでは、できるだけ簡単に自然の全てを支配する「ゲージ対称性」がどのようなものであるかを紹介する。少しだけ数学の知識が必要なので、先にその考え方だけを簡単に与えることにする。
 平面上にx軸を適当にとって、その正の側から左回りに 90の方向を正の y軸とする座標系を考え、その平面上の点 P(x,y)の成分がそれぞればねのように直線的な単振動をする運動を考える。すなわち、いま

<1-8> (1.3.1)  x=acosωt y=asinωt

とする。ここでωは正の定数で、 tは振動が始まった時からの時間である。このxyを解に持つ微分方程式(ニュートンの運動方程式)は

<1-9> (1.3.2)  md2xdt2 =-kx md2ydt2 =-ky d2xdt2+ ω2x=0 d2ydt2+ ω2y=0

で与えられる。ただしωは二つの定数 (m,k)によって与えられ、 <1-10>ω=k/ mである。また(1.3.1)式が(1.3.2)式の解であることはそれを(1.3.2)式に代入することによって簡単に確かめられる。
 (1.3.1)式で与えられるx yを実数部と虚数部に持つ複素数z=x+ iyを作ると、それを

<1-11> (1.3.3)  z=acos(ωt)+i sin(ωt) =aeiωt

と書くことができる[14]。<1-12> a=x2+y2z大きさである。 ωt(θ)z偏角とよばれ、 P点と原点を結ぶ直線がx軸となす角度を表す。複素数の等式はその実数部と虚数部に対する等式を同時に成り立たせるので、(1.3.2)式の二つの方程式をz に対する一つの方程式

<1-13> (1.3.4) d2z dt2+ω2z=0

で起き換えることができる。
 偏角(θ)を測る基準線(いまは x軸)を決めることを「ゲージ」を定めるというが、その基準線を x軸から正方向にα傾いた直線に変更し、それを新しいx軸とする。これを「ゲージ変換」という。P点の偏角をこのゲージ変換を行った軸から測り、それを θ'と書くと、

<1-14> (1.3.5) θ'=θ-α

である。x軸からα だけ傾いた直線を新しいx軸として P点の座標を表したといってもよい。 新しいx軸に直交する新しい y軸も必然的に元のy軸から αだけ傾く。新しい座標系で表された P点の座標を(x' ,y')とすると、それは

<1-15> (1.3.6)  x'=acosθ'=acos(θ-α) y'=asinθ'=asin(θ-α )

であり、それらを実数部と虚数部に持つ複素数をz'とすると

<1-16> (1.3.7)  z'=x'+iy'=aeiθ' =aei(θ-α) = ae-z

となるので、z'はゲージ変換前の zと定係数(e- )だけしか異ならないことがわかる。この定係数はtに関する微分に関係しないので、(1.3.4)式を使うと

<1-17> (1.3.8) d2z' dt2+ω2z'= 0

であることがわかる。すなわち、zz'は同じ方程式を満足する。したがって P点の角度をどこから測っても、その運動を決める方程式は変わらない。(1.3.5)式のように、古い基準軸と新しい基準軸の角度が時間によらないゲージ変換を「大局的ゲージ変換」という。まとめると

・ 方程式(1.3.4)式、または、(1.3.4)式を与える物理法則は大局的ゲージ変換によって変わらない(不変である)。

 基準軸の変更が時間によらない大局的ゲージ変換に対して、基準軸の変更が時間によって変化するゲージ変換、すなわち x軸から角度が時間とともに変わる α(t)であるような軸を新しいx軸とするゲージ変換を行うこともできる。そのようなゲージ変換を「局所ゲージ変換」という。そのときは新しい座標系で測られた偏角も時間によって変化する。それを(1.3.5)式の代わりに<1-18>θ' (t)=θ-α(t)とすると、(1.3.7)式に対応する式は

<1-19> (1.3.9)  z'=x'+iy' = aeiθ'(t) = aei(θ-α(t)) =e-(t)z

となる。このときはe-(t )が定数でないため、z'を時間で微分すると今度はdα(t)dt d 2α(t)dt2の項が現れるために、具体的に書かないが、z'zと同じ方程式を満足しなくなり、したがって

<1-20> (1.3.10) d2z' dt2+ω2z' 0

である。すなわち、P点の運動を定める基礎方程式(1.3.4)式が表す法則は局所ゲージ変換に対して不変でない。
 しかしそれでもなお、(1.3.4)式が表す法則が局所ゲージ変換に対して不変でないのはそれが正しい法則でないためであって、あくまでも「正しい法則は局所ゲージ変換に対して不変でなければならない」と考えたとする。そうすると元々の方程式((1.3.4)式)

<1-21> (1.3.11) d2z dt2+ω2z= 0

は局所ゲージ変換で変わってしまうので、これは正しい方程式ではないことになる。それでは方程式がどのような形をしていれば局所ゲージ変換((1.3.9)式)に対して不変になるのであろうか?それを探すことにする。それほど難しいことではない。
 正しい方程式を求めるために「演算子」という考え方を使う。演算子は「量子力学」で重要になる数学の概念であるが、初めて耳にする言葉かもしれない。しかしその考え方は中学や高校の数学で何度も出てきており、特別に新しいことはない。最も簡単な演算子の一つは (+)演算子である。もし (+)記号の前後に二つの数が現われたら、我々は二つの数を加える。すなわち (+)は「その前後にある数を加えよ」と我々に命じる記号である。この記号を「和の演算子」というのである。このような演算子はすでにいくつも現われている。(-)(×)(÷)もすべて演算子であり、説明しなくてもわかるようにそれぞれ行うべき演算の明確な意味を持っている。
 ここでは「微分演算子」とよばれる演算子が必要になるのでそれを与えよう。t の関数f(t)に対し、

<1-22> (1.3.12) limΔt0 f(t+Δt)-f(t)Δt df(t)dt

を計算し、f(t)から微分係数 df(t)dtを作る演算子を

<1-23> (1.3.13) ddtD

と書くことにして、それを「微分演算子」とよぶ。すなわち

<1-24> (1.3.14) Df(t)=ddt f(t)=df(t)dt

である。実際には、Df(t)とあったら、(1.3.12)式左辺の計算を行なって右辺を求める。同様にしてtによる二回微分は

<1-25> (1.3.15)  D2f(t)=d2dt2 f(t)=d2f(t) dt2

として与えられる。このDを使うと(1.3.4)式は

<1-26> (1.3.16)  D2z+ω2z=( D2+ω2)z =0

と書かれる。
 いま行いたいことは、元々の法則を表す(1.3.16)式がどのような形をしていれば局所ゲージ変換((1.3.9)式)に対してそれが不変になるか、言い換えれば、局所ゲージ変換に対し(1.3.16)式に変わる不変な方程式を探すことである。途中の試行錯誤を省略して結果を与えると、答えは二つのことを要求する。

  1. 第一の要求は、(1.3.16)式中の演算子Dを <1-27>ddt- iA(t)DCに置き換えて(1.3.16)式を

    <1-28> (1.3.17) DC 2+ω2z=0

    と書き換えることである。DCDが違う点はtの関数A(t)Dに含まれたことである。

  2. 第二の要求は、(1.3.18)式に対してゲージ変換((1.3.9)式)を行うとき、D CのなかにあるA(t)が同時に

    <1-29> (1.3.18) A(t) A'(t)=A(t)-dα(t)dt

    と変わると約束することである。もちろん α(t)はゲージ変換で変えられたx軸の角度である。

この要求にしたがって少しだけ面倒な計算を行うと、(1.3.9)式の局所ゲージ変換で(1.3.17)式は

<1-30> (1.3.19) (DC2 +ω2)z'=0

と変わり、座標が新しい座標で置きかわったことを除けば、方程式の形は(1.3.17)式と変わらない。すなわち、ゲージ変換を行った時に(1.3.18)式のように変わる関数A(t)が初めから微分演算子の中に存在していたとすれば、(1.3.17)式は局所ゲージ変換で形を変えないのである。この式を導く必要ない(もしやろうと思えば高校数学の知識があれば導くことは可能である)。ここで理解してもらいたいことは、

・局所ゲージ変換に対し不変な基礎法則は必ず関数A(t)を含まなければならない

ことである。局所ゲージ変換に対して基礎法則を不変に保つために現われたこのA(t) を「ゲージ関数」あるいは「ゲージ場」という。このゲージ場がなければゲージ変換に対して不変な方程式を作ることは決してできない。
 局所ゲージ変換に対して不変な方程式である(1.3.17)式を元の不変でない(1.3.4)式、したがって(1.3.2)式の形と比べられるように少し変形すると、 A(t)があるために元の方程式に存在しなかった項が(1.3.2)式の右辺に現われることがわかる。物理ではこれらの項は“力”と解釈される。言い換えると、ある法則に対し局所ゲージ変換に対する不変性を要求すると、どのような基本的な法則もそれが発生した時点でゲージ場を起源とする力(ゲージ力)を必ず含んでいなければならないことになる。
 ニュートンの時代に、我々は自然界に2つの力(①万有引力と②電気・磁気力)が存在することを知った。 20世紀半ばには、この二つに加え自然界にはさらに二つの力(③弱い力と④強い力)が存在することを我々は知った。そして、ゲージ変換に対する不変性を基本法則に要求するとゲージ力が現れることを知ったとき、人々はこれら 4つの力はすべてゲージ力ではないかと考え始め、さらに全ての力は一つの方程式のゲージ変換に対する不変性から発生した一つの力が何かの理由によって異なった姿で現れているのではないかと考え始めた(大統一理論)。実際に 1979年、①と②は同じ力の違った姿であることが証明された。さらに 2013年には①、②、③が一つの力の違った姿であることを示す証拠の粒子(ヒッグス粒子)が発見された。もし宇宙には元々何の“力”もなく、宇宙誕生のときにゲージ変換に対して不変なたった一つの基本法則だけがあったのかもしれない。そしてすべての力はその基本法則をゲージ変換に対し不変とするようなゲージ場から発生したのかもしれない。それが分かるのはそれほど遠い先のことではないであろう。
 ゲージ変換に対する不変性と同じ考え方が材料物質を扱う物理の分野に適用され、それからスピングラスとよばれる、金属であるにもかかわらず磁石の性質を持たない物質の存在が予言されている。近い将来、これが人類に新しい文明を提供し、それが我々の生活をより豊かにするかもしれない。

§4 自発的対称性の破れという考え方‐対称性の思想を越えて‐

 惑星軌道のように、法則が球対称性を持つにもかかわらずその対称性が破れた運動が実現するのは、対称性を破った条件で運動が開始されるからであると言った。系が元々持つ対称性が破れたこのような運動を「法則の対称性より“低い”対称性を持つ運動」といい、もし運動を開始する条件が物理的に決められたものでなければ「系の対称性は自発的に破れている」という。以下に対称性が自発的に破れた運動の簡単な例を示す。すべて想像上の状況である。
 長さ30cmくらいの形を自由に変えることが出来る柔らかい透明な管を用意して、それを曲げて上にひろがった左右対称な放物線形(U の文字に似た形,U字管)を作る。そのUの文字をこちらに向けて、机の上に垂直に立てることができたと考える。この状態で、U字管の真ん中に両面鏡を左右の管が映るように垂直に立てる。鏡の両面それぞれにはU字管の一方の側が映るが、 U字管は左右対称だから、どちらか片面に映る菅の像は鏡のもう一方の側にある U字管の像と必ず同じになる。机の上に今の状態で置かれたこのようなU 字管の状態を「鏡映対称」であると言う。
 今U字管の一方の上端から小さな金属の球を落とす。小球は管を滑り落ち、その最下点を境に菅内を左右に上り下りする。管と小球の間には小さくても摩擦があるため、しばらくすると小球は管の最下点(鏡映対称の点)で静止する。小球が静止した位置は重力による位置エネルギーが最小の点であり、力学ではこのような点に物体が静止した状態を「平衡状態」と呼ぶ。 U字管内にある小球に働く重力は、小球が菅のどちら側にあっても最下点からの高さが同じなら同じ大きさを持ち、その方向はU字管の面に沿って下方に向かう。すなわち、 U字管が鏡映対称であるから、小球の運動を支配する力の大きさも方向も「鏡映対称性」を持つ。また小球が静止した位置はU字管の中間点であるから、平衡状態もU字管と同じ「鏡映対称性」を持っている。
 次に、U字管を少し変形する。すなわち、いま、放物線形をしている U字管の最下部を上に少し押し曲げて、そこに左右対称の凸部を作る(すなわち文字 Wにある三つの尖った部分を丸くしたような形を作る。出来上がった形がワイン瓶の底部に似ているので、それを「ワイン・ボトル形」という)。この形もまた、元のU字管と同じ「鏡映対称性」を持っている。
 今度は小球を変形したU字管の左右対称な中間点(すなわち凸部の最上点)にそっと置く。ワイン・ボトル形は理想的な左右対称性を持っているとしているので、理想的な注意深さで行えば、小球を中間点に置くことができる。しかし現実には小球はその点にいつまでもとどまらず、時間がたてば必ず左右いずれかの側に滑り落ちるはずである。滑り落ちる原因はわからないが、左右対称に作ったと思っていたワインボトルの最上部が気がつかないほど微妙に左右対称性を破っていたのかもしれないし、あるいは小球自体が気がつかないほど微妙に球形でなかったのかもしれない。あるいは、ワインボトルの対称点に置いた小球とワインボトルが接する点にある原子がほんの少し動いたことによるのかもしれない。いずれにせよ、原因は管や小球の大きさよりはるかに小さなスケールで起きることであり、言ってみればワインボトルの対称な一点に置いた小球に“原子の一蹴り”が働いたためである。このように、ある対称性を持つ状態が“原子の一蹴り”によってその対称性を破ることを「自発的に対称性が破れた」という。
 「自発的対称性の破れ」をわかり易く説明するもう一つの例に「ビュリダンのロバ」とよばれる例え話がある。お腹の空いた一頭のロバを二つの干草の山から正確に同じ距離だけ離れた場所に連れて来る。ロバは早く干草を食べたいが、ちょうど中間にいるため、どちらの干し草を食べに行くか考えあぐねている。しかし悩んでいるからといって、ロバはそこに永遠にとどまって飢え死ぬことは決してない。ロバはそのうち必ずどちらかの干草を食べに行く。干草の山から等距離にいたロバの最初の状態は左右対称性のある状態であるが、どちらかの干草に向かってロバが動くとその左右対称性が破れる。すなわち「対称性が自発的に破れた」ことになる。この「ビュリダンのロバ」の「自発的対称性の破れ」も限りなく小さなきっかけで発現する。
 「自発的対称性の破れ」はたとえ話ではなく、現実の物理の世界でも現われる。特にそれが重要になるのは熱力学的な平衡状態で多くの粒子が存在する物理系である。その一つの例が「磁石(強磁性体)」である。磁石は地磁気のようにはっきりとした南北の方向性 (N極とS極)を持っている。その性質は磁石を作っている原子に起因する。たとえば鉄の磁石は鉄の原子から出来ていて、原子自体が「磁気能率」という小さな磁石(原子磁石)の性質を持っていることがわかっている。そして、鉄内部にある大量の原子磁石がいっせいに同じ方向を向くと、鉄全体に磁石の性質(磁性)が現われる。原子に磁気能率の性質を生じさせているのは原子内部にある電子の運動であるが、重要なことは電子の運動を支配する力学の基礎法則には磁石のように特定の方向を選ぶ性質がないことである。
 N極とS極を持つ二つの棒磁石を並べると、異なる極が引き合い同じ極が反発する力が働く。そのため二つの棒磁石は反対の方向を向くように並ぶことは日常的に経験する。ところがそれと違って、電子運動によって生じる原子磁石の間には極の向きが揃うような力が働く[1]。鉄の温度が高いときは、その熱エネルギーが同じ方向を向こうとする原子磁石の動きを乱し、原子磁石は鉄内部で乱雑(無秩序)な方向を向いて分布した状態ができる。そのため温度が高い時、鉄は全体として磁性を持たない。言いかえると、鉄内部の原子磁石は乱雑にあらゆる方向を向き、特定の方向を持たない球対称な状態にある。すなわち、原子磁石はそれを作る電子の運動がしたがう基礎法則と同じ球対称性のある状態ができている。この状態を鉄の「常磁性」の状態という。
 鉄を冷やし、それがある温度まで冷えると、原子磁石の極の向きをそろえようとする力が磁石の方向を乱雑にしようとする熱的な力に勝って、原子磁石が互いに平行に並び始め、電子運動を支配する基礎法則の球対称性(すなわち特定の方向を持たない性質)が失われ始める。そして鉄全体の磁性を示す磁気能率の和の値が徐々に大きくなっていく。さらに温度を下げそれがある温度に達すると、特定の方向を向いた原子磁石が急激に増加して、鉄が「強磁性」とよばれる磁石の性質を明確に示すようになる。磁石に限らず、このような急激な性質の変化を示す現象は自然界にしばしば起こり、それを「相転移」という[2]。
 鉄が「強磁性」を示し始める温度を「強磁性の臨界温度」または「キュリー温度」といい、磁石の強さを決める同じ方向を向いた原子磁石の数(あるいは磁気能率の和)を強磁性相転移の「秩序パラメータ」という。相転移は現代物理学で最も精力的に研究が行われている重要な物理分野の一つである。後の章で取り上げる「超伝導」も「ボース‐アインシュタイン凝縮」も相転移であり、この宇宙の出現も相転移の結果であると理解されている。
 ここで興味深いことがある。自然界で起きる多くの相転移を、相転移を起こす系が持つ対称性と、相転移を起こす瞬間に現われる秩序パラメータの現れ方(「臨界指数」という)を使って分類すると、相転移がわずかないくつかの組みに分かれることがわかった。これは相転移が起きる仕組みと密接に関係しており、現代物理学で精力的に研究されている魅力的な一分野であるが、ここではそれに触れず先に進むことにする。
 鉄が強磁性を示し始めるときは、鉄の内部で多くの原子磁石(磁気能率)が一気に特定の方向に配列し始める。しかしその方向は必ずしも地球磁気の南北方向と一致しているわけではなく、南北の軸から傾いている。傾く方向は決まらず、原子磁石の先端は南北の軸を中心としたある半径の円周上のどこにあってもよい。 1962年にゴールドストーンは、物理系の対称性が自発的に破れたとき、それに伴って必ず起きる「ゴールドストーン・モード」とよばれる特殊な運動が存在することを指摘した。強磁性相転移の場合それは、多くの原子磁石それぞれの先端がこの円周上をゆっくり回転することによって、原子磁石が特定の方向に揃うことで失った元々ある球対称性を少しでも回復しようとする。この「ゴールドストーン・モード」は外力によって生じるのではなく、また原子磁石間に働く力によって生じるのでもない。いわば、自発的に失われた自然が本質的に持つ対称性を忘れないための自然の記憶装置である。
 このように「ゴールドストーン・モード」を観測することで「自発的対称性の破れ」に基づいた多くの相転移を理解することができるとわかったことにより、相転移は現代物理学における最も重要な分野の一つになった。自然の中には「ゴールドストーン・モード」と思われる存在が多数あると思われるからである。この半世紀で、宇宙の誕生、我々が置かれている自然、将来迎える我々の宇宙の死までも「自発的対称性の破れ」の枠組みで理解できることが判明した。

[1] 棒磁石にはN極と S極があり、両極を平行にして近づけると棒磁石間に反発力が働き、両極を互いに反対にして近づけると二つの棒磁石は引き付け合うことは経験したことがあるであろう。原子磁石はそれと反対の性質を持つが、これは原子磁石の性質が電子に起因するためであり、原子磁石間に働く力にも電子が関係するためである。これを理解するためには「量子力学」の知識が必要になる。

[2] 水素と酸素の混合体を大気圧の下で温度0 C以下に冷やすと氷(固体)になり、その温度を上げると水(液体)になり、さらに100C まで温度を上げると水蒸気(気体)になる。これも「相転移」である。