第二章 超伝導:物理学が創る未来

§1 プロローグ

 「超伝導」は理学、工学、医学を含む現代科学にとってもはや欠かせない「物理学」基礎知識の一つになった。超伝導現象を利用した技術は今や様々な分野で利用されているが、その背景にあるのは極微な世界を支配する「量子力学」である。日常的に語られる現象で「量子力学」の言葉を使った理解が必要となる現象はいくつかあるが、その中で超伝導は「量子力学」の意味を知る非常に良い題材の一つである。
 我々が日常的に接する物質は、それを構成する原子や分子といった小さな要素を(1 の下に020 個以上つけて表さないとならないほど)多数含んでいる。以降そのような物質を“巨視的な系(巨視系)”と呼び、それを構成する小さな要素を“微視的な系(微視系)”と呼ぶ。巨視系の状態が微視系の“秩序”という言葉を使って表現されることがしばしばある。すなわち「微視系があらゆる状態に存在する巨視系は「秩序を持たない」。微視系が特定の限られた状態に存在する巨視系は「秩序を持つ」という。この秩序という言葉を使って超伝導を表現すると、超伝導は不思議な秩序を持つ状態であることがわかる[1]。本章では数学的な議論を極力避け「超伝導は量子効果の現われ」という観点で、その本質を説明する。

[1]「超伝導はミクロな世界を支配する量子力学的性質がマクロなスケールで現れた現象」と表現されることがよくある。


§2 電気抵抗の消滅

 一般に電気を伝える金属は電流を流すと金属が持つ電気抵抗によって発熱し電流が持つエネルギーの一部を失う。しかし、どのような物質も温度を下げると電気抵抗が減少し、ついには絶対零度で抵抗が消滅すると考えられている。実際に多くの金属では、温度が低くなるにしたがってその電気抵抗は0に向かって単調に減少する。ところが金属のなかには、その温度を下げて行くと、「臨界温度」とよばれる温度TCで電気抵抗が突然消滅し、抵抗なしに電気を流す物質が存在する。電流が抵抗なしに流れることからこの現象を「超伝導」といい、その物質を「超伝導物質」という[1]。そのような物質に電気を流すと、抵抗がないために電流は発熱でエネルギーを失うことなく永久に流れ続けると予想される。実際に 105年以上流れ続けると見積もられる電流が観測されている。
 超伝導の現象は1911年オランダのライデンにある低温研究所で低温における金属の電気抵抗を研究してたカメルリング・オネスによって発見された。それに先立つ1908年に、オネスはヘリウム気体の温度を4.2K( -268.9C)まで下げ、それを液化することに成功していた。液体ヘリウムの液化は科学史上最も重要な出来事の一つであり、それを使って低温に冷やされた物質の振る舞いを研究する道が拓かれた。 1911年、液体ヘリウムを使って低温にした水銀の電気抵抗を測定していたオネスは低温の水銀にいつまでも流れ続ける電流を観測し、その現象を「超伝導」と命名した。しかし、オネスはこのような現象がなぜ起きるのか理解することができなかった。超伝導の理論的研究はここから始まった。以下で超伝導が起きる理由を説明する前に、電気抵抗について理解しておかなければならない。

【金属の電気抵抗】
 一般に金属は電気をよく通す物質であり、そのような物質を総称して「導体」という。銅、銀、金などは特に電気をよく伝える「良電導体」である。しかし、どれほどの良電導体であってもその内部に電気の流れを妨げる「電気抵抗」が必ず存在し、そのために起こる発熱によって電流が持つエネルギーを失う[2]。我々が日常的に使う電気も、その輸送中に送電線の電気抵抗によってエネルギーが失われる。もちろん失われたエネルギーの分も電気料金に含まれている。電気抵抗のある電線に電流を流したとき発生する熱量(すなわち失われるエネルギー)は

<2-1> (発熱量)= (電流)2× (電気抵抗)

で与えられるので、もし電気抵抗を減らすことができれば発熱量(失われるエネルギー)も減り、より安い電気料金で我々は電気エネルギーを使うことが出来る。この電気抵抗はなぜ生じるのであろうか。
 一般に、金属内部の1cm3には 1023個程度の電子が存在し、金属内部を動きまわっている。金属に電場を加え、その内部に電位差を作ると、負電荷を持つ電子は電場と反対の方向に力を受けて動き出し、電場の方向に(電子の動く方向と反対向きに)電流が発生する[3]。そしてこの電子の動きを少しでも妨げる要因があれば、それが電気抵抗となって現れる。電子の動きを妨げる要因には

  1. 金属内に混入した不純物や金属結晶の不均質な配列(欠陥)から電子が受ける影響

  2. 金属内部に存在するイオンの熱振動から電子が受ける影響

がある[4]。しかし、温度に関係なく存在する①に関しては、もし金属に混入する不純物を減らすことができれば、その影響を限りなく小さくすることができる。また②の要因であるイオンの振動は低温になると減少するので、その影響も金属を冷やすことによって小さくすることができる[5]。実際に、液化したヘリウムを使って銅を液体ヘリウムの温度(4.2 K)まで冷やし、その抵抗を測定して室温 (300K)における抵抗と比較したら

<2-2> (2.2.1) R(T=4.2 [K])R(T=300[K]) <10-3

となって、銅の電気抵抗は室温における電気抵抗の1000分の 1まで減少することがわかった。もし銅をさらに冷やすことができれば、その抵抗はついには消滅し、

<2-3> (2.2.2) T0 とするとR0

となると期待された。しかし理想的な物質(結晶)とは違って、温度を下げても現実の金属の抵抗は二つの理由で 0となることはない:

  1. 現実の結晶に混入する不純物(上記①)を除去することは完全にできず、さらに金属内の欠陥も温度に関係せずに残るので、それらから電子が受ける影響も最後まで残り、

    <2-4> (2.2.3) limT 0R0

    となる。この絶対零度における抵抗を「残留抵抗」という。

  2. そもそも絶対零度を実現させることは技術的にむずかしい。これまで人類が到達した最低温度は 2010年にヘルシンキ大学の低温研究所が得た<2-5> Tmin10-10 [K]0である[6]。
 ところが1911年に予期せぬことが起こった。オランダにあるライデン大学のカメルリング・オネスが低温で水銀(Hg)の電気抵抗を測定していたとき、それが温度 T=4.2Kで突然0になったのである。これが世界で初めての超伝導の観測である。最初これはあり得ることではないと思われた。なぜならT=4.2 Kは低温といえども絶対零度にはまだ遠いし、また -38C(199 [K])という高い温度で結晶化した水銀のなかには電気抵抗の原因になる欠陥も多数存在しており、それが電子の運動を妨げる抵抗になっているはずである。水銀結晶の化学的性質あるいは結晶構造が突然変化した可能性も考えられたが、それも実際には起こらなかった。
 ではなぜ水銀の電気抵抗が消滅したのであろうか。結晶内にあって電子の運動を妨げるイオンや不純物や結晶欠陥がその役割を放棄してしまったのであろうか。それとも何かの理由で電子がその運動を邪魔されているのを感じないのであろうか。じつは、すぐに説明するように、そこにはこれまで人類の知らなかった不思議なことがあったのである。

【超伝導自体はそれほど珍しい現象ではない】
 その後、低温で超伝導現象を示す金属が次々と見つかった。現在我々が知る安定な元素 92種中のうち金属は62種あり、そのうち超伝導体になるのは実に 42種もある。おどろくことに、金属の半分以上が超伝導になるのである。
 これまで超伝導現象が確認された金属や物質から共通する特徴を読み取ることが出来る。そこからわかったことは:

  1. 磁石になる性質を持つ金属(Fe,Ni,Co等)は超伝導体にならない。

  2. 軽いアルカリ金属(Na,K等)は超伝導体にならない。

  3. 電気をよく伝える貴金属(Cu,Au,Ag等)は超伝導体にならない。

  4. 半導体のSiは高圧 (105気圧)下で超伝導体になる。

  5. 電気をあまり通さない有機化合物やセラミクス等が超伝導性を示す。
35から分かるように、なんと“悪い”電導体が低温で超伝導体となるのである。実はこのことに深い意味があったことが後にわかる。

[1] この現象を表すのに「超伝導」と「超電導」の漢字がともに当てられるが、「超伝導」はおもに物理学の分野で使われ、「超電導」は工学系の分野で使われることが多い。ここでは「超伝導」を使うことにする。

[2] ニクロム線に電気を流し、その発熱を利用したのが「電気コンロ(電熱調理器)」であるが、最近は 「IHヒーター」の普及で電気コンロを見ることが少なくなった。

[3] 電気が発見されたとき正電荷の動く向きを電流の向きと定義し、実際に流れるのが負電荷を持つ電子であると分かったのがその後であったため、このような混乱の起きる状況ができてしまった。

[4] 金属内にある電子はこれらの他にその動きを妨げる二種類の電気的な力を受けている。一つは他の電子からの電気的な反発力である。他の一つは金属結晶を構成する、電子よりはるかに重い正イオン原子からの引力である。原子は金属の内部を動いて電気を運ぶ電子を放出したために正に帯電したイオンとなっている。これらの力を考えないか、あるいは力を受けていない電子の質量変化としてこれらを考慮にいれる考え方を「自由電子模型」といい、20世紀初頭における電気伝導の理解に大きな貢献をした考え方である。

[5] 実際には、この影響は完全になくならず、極めて小さな「量子力学」に由来する影響が残る。

[6] 2013年にミュンヘン大学の研究者が絶対零度より低い“負の温度”の気体をつくることに成功したというニュースを聞いたことがあるかもしれない。絶対零度が宇宙で最も低い温度と教えられていると不思議に思うかもしれないが、負の温度は十分あり得る。それが生じるのは、構成粒子(原子あるいは分子)の間に力が働いていない気体で、粒子の運動がとまり運動エネルギーが0となった状態を絶対温度の 0と定義したためである。したがって粒子間に引力が働いていて粒子が負のポテンシャル・エネルギーを持つような系で、粒子の運動が抑えられ正のエネルギーである運動エネルギーが小さくなるようなことがあれば、ポテンシャル・エネルギーと運動エネルギーの和である系全体のエネルギーは負となり、エネルギーに関連づけられる絶対温度も負となり得るのである。ミュンヘン大学の研究者が発見した“負の温度”は、粒子間に引力が働いている系で運動エネルギーが0 となった状態を発見したという意味である。


§3 超伝導体は完全反磁性体でもある

 物理で電気を通す物質は電気伝導体であるが、それが「導体」であると言う時がある。導体とは次のような状態にある電気伝導体を意味する:

  1. 電気的に中性で、内部の正電荷と負電荷が偏って存在しない時には、その内部に電場が存在しない。もし物質内に負電荷を持つ電子が偏って存在する場所が出来ると、物質全体の電気的中性を保つため正電荷が過剰な場所が必ずどこかに出来て、そこから負電荷過剰な場所に向かって電場が生じる。もし内部を自由に移動できる電子が物質内に存在すれば、その電場によって電場と逆向きの力を受けた電子は正電荷が過剰な場所に移動する。その結果、過剰な正電荷が打ち消されて、偏った電荷による電場は消滅し電子の移動が止まる。そして導体内部はどこも電子が持つ電気的な位置エネルギーの差がない状態になる。「電磁気学」でこの状態を「等電位の状態」という。もし何かの理由で電荷の偏りが出来ると、このようなことが起きる物質が導体である。

  2. 電気的に中性で大きさがある導体に外部から電子が供給された時、もしそれが導体の内部に存在するとすれば、導体内部に電気的エネルギーの差が生じ、電場が発生する。その結果、供給された電子は時間が経つと必ず導体表面に移動し、内部はいたるところ等電位になる。もちろん表面にある電子も表面に沿って移動しないように存在するので、導体表面も等電位になる。
様々な要因があって上の二つの状態を完全に実現させることは難しいが、もしそれが出来たとしたら、その導体を完全導体と呼ぶ。
 「導体」という言葉を使うと、超伝導体は電気を抵抗なしに流し続けるので完全な導体であると思うかもしれない。しかし 超電導体が完全導体であると 考えると奇妙なことになる。すなわち、もし超伝導体が導体であるとすると、その内部は常に電場が0でなければならない。そうすると、超伝導体を磁場のなかに置いても、磁場の磁力線は超伝導体内部に侵入することはできないはずである。なぜなら、もし導体内部に磁力線の束(以後、磁束と呼ぶ)が侵入すると、それによって磁束の増減が生じ導体内部に誘導起電力が発生して、電場ができてしまう[1]。したがって超電導状態になった導体内部に磁束が侵入することがもしあっても、それが増減することはないはずである。そこで、超伝導性を示すが磁石にならないSiのような金属を円柱形に加工して、それに対し先に述べた導体の仮定の下で次のような「思考実験[2]」を行う。
  1. 伝導状態(T>Tc )の金属を磁場のない環境(H=0) におく。磁場がないので金属の内部にも外部にも磁束はない。

  2. この状態で金属をT<Tcに冷やし伝導状態を作る。

  3. 超伝導状態になった円柱形金属の両底面を二つの磁極ではさんで磁場Hを円柱底面に垂直にかける。もし超電導状態にある金属が完全導体であるとすれば、その内部に電場が生じることはない。したがって、磁束がなかった金属内部に磁束が侵入し、内部の磁束数を増やして起電力を発生させてはいけないので、磁極の一方から出た全ての磁力線は金属の外部を通ってもう一方の磁極に入ることになる。

  4. T<Tcのまま磁場を H=0にすると金属外部にあった磁束が消える。
この後に残された金属はT<Tcであるから超伝導状態にあり、その内部に磁束はない。またH=0であるから、金属の内部にも外部にも磁束はない。
 次に、同じ金属に対してもう一つの思考実験を行う。
  1. 第一の思考実験と同じように、伝導状態(T> Tc)の金属を磁場のない環境(H =0)におく。磁場がないので金属の内部にも外部にも磁束はない。

  2. この状態で円柱金属の両底面を二つの磁極ではさんで磁場Hを円柱底面に垂直にかける。金属は T>Tcなので常伝導状態にあるからその内部に磁束が侵入できるので、一方の磁極から発した磁力線の一部は金属内部を通ってもう一方の磁極に入り、一部は外部を通ってもう一方の磁極に入る。

  3. 磁場を作用させたまま温度をT<Tcまで下げ、金属を伝導体状態にする。金属内部の磁束が増減すると導体内部に電場が発生するので、すでに金属内部に存在する磁束は増減せずそのまま残る。外部の状況はなにも変わらないので、金属外部にある磁束もそのまま残る。

  4. 金属の伝導状態を保った(T<T c)ままで磁場を0とする。金属内部にある磁束は増減できないからそのまま残るが、二つの磁極を湧き口と吸い込み口にする磁力線が作っていた金属外部の磁束は消滅する。金属内部にある磁束の磁力線は湧き口も吸い込み口もないので、磁束の一端から発した磁力線は金属外部を一回りして金属中にある磁束の他端につながる以外に磁束の本数を保つことができない。円柱形の金属に磁力線のリングが何本かからみついた状況を想像するとよい。これが磁力線の湧き出しも吸い込みもない H=0の状況で金属内部に存在する磁力線の本数を一定に保つ唯一の方法である。
この結果として磁力線のリングが何本かついた円柱形の超伝導体、すなわち円柱形の永久磁石が残される。
 二つの思考実験はともに磁場のない常電導状態(T> Tc,H=0)から始まり、磁場のない超電導状態 (T<Tc, H=0)で終わる。それにもかかわらず、一方は金属内部に磁束のない状態を生じ、一方は金属内部に磁束を保った状態を生じる。なぜこのようなことになったのであろうか。二つの思考実験で矛盾する結論に至る別れ道は、「超伝導状態の金属内部に誘導起電力による電場は発生しない」ことを前提にして状態 (T<Tc,H0)を得た過程 3にある。すなわち、超電導状態になった金属に磁場をかけて (T<Tc,H 0)の状態を作った第一の思考実験では

超電導状態にある金属が完全導体なら内部に電場が生じることはないので、元々磁束がなかった金属内部に磁束が侵入して磁束数を増やし、起電力を発生させないよう、全ての磁力線は金属内部を通らずに外部を通って、もう一方の磁極に入る。

とし、常電導状態で磁場がかかった金属を超電導状態にし(T< Tc,H0)の状態を作った第二の思考実験では

金属内部の磁束が増減すると内部に電場が発生するので、内部にすでにある磁束は増減せずそのまま残る。

としたことが最後の違いにつながっている。
 第二の思考実験を行うことが実際にできた。驚くことにそれは我々がまったく予期しなかった不思議な結果を与えた。第二の思考実験の過程 3で、常電導状態にある金属に磁場をかけそれを超電導になる低温まで冷やした時、金属内部に存在する磁束が電場を発生しないよう増減せずにそのまま残ると考えていたが、実際に起きたことは磁束が金属内部から排除され、外部に置かれた磁極の一方から出た全ての磁力線が金属の外部を通ってもう一方の磁極に入るという、第一の思考実験の過程 3とまったく同じ状態が現れたのである。
 その理由はすぐにわかった。なぜそのようなことが起きたかと言うと、常伝導状態の円柱型金属の底面に垂直に磁場をかけ、それを低温に冷やして超伝導体状態にすると、

  1. 金属の中にあって動き回ることが出来る電子は負の電荷を持っており、それが動くと金属円柱の底面に垂直な方向を持つ磁場からローレンツ力が働く。その力の方向は磁場の方向に垂直だから、力は側面に垂直な成分と平行な成分を持つ[3]。側面に垂直なローレンツ力の成分は電子を円柱側面に押しやり、側面に平行な成分は側面にある電子を側面に沿って動かす。側面に沿って動く電子は負電荷を運び電流となる。

  2. 金属側面に沿って動く電子が運ぶ電流は金属の内外に「アンペールの右ネジの法則」にしたがう磁場を作るが、その大きさは金属にかけられた磁場と同じで、方向は金属内部では磁場と反対を向き、金属外部では磁場と同じ方向を向く。その結果、金属内部にあった磁束は打ち消されて消え、等量の磁束が外部磁場の磁束に加わわる。すなわち金属内部の磁束がそのまま外部に押し出されたように見える結果が生じる。
これが、第二の思考実験を実際に行った時に第一の思考実験の過程3と同じ状態が実現した理由である。思考実験と異なることはローレンツ力によって超伝導体側面に電流が誘導されたことである。常電導状態にある金属を冷やして超電導状態にすると、内部の磁束が外に押し出され、側面に電流が発生するこの一連の現象を「マイスナー効果」という。
 超伝導体が内部に磁束の存在を許さないことは、超伝導体が「完全反磁性体」とよばれる磁性物質と同じ性質を持っていることを示している。したがって、「超伝導とは物質が低温で完全反磁性体になる性質」であると言ってもよい。物質が低温で「完全反磁性体」の性質を示すかどうかは、その物質が超伝導状態にあるか否かを判定する最も基本的かつ有効な方法である。
 超伝導体が持つ完全反磁性の性質を示すために「超伝導磁石」の上に棒磁石が浮遊するデモンストレーションが行われ、この現象がしばしば「超伝導磁石と棒磁石の磁気的反発力による」と説明されることがある。そして最近話題になっている「リニアモーターカー」がその例として引き合いに出されることがある。しかしこの説明は間違いである。棒磁石が「超伝導磁石」の上に浮遊するのは、後の章で説明する「第二種超伝導体」とよばれる物質に生じる「磁束ピンどめ効果」のためで、本質的には「マイスナー効果」による。

[1] コイルに磁石を近づけたり遠ざけたりするとコイルに誘導起電力が発生し電流が流れること(ファラデーの電磁誘導の法則)を知っていることを仮定しているが、もし知らなければ発電機の原理と思うとよい。

[2] 現代物理学は実験を実験室で行うことが簡単には出来ない物理系を扱う場合が多い。したがって、そのような実験を行うと何が起きるかは全て論理的に組み立てられた思考の下で導かれる。それを「思考実験」という。「思考実験」から発見された重要な「物理学」は「相対性理論」であり、「宇宙物理学」である。思考実験に基づいて理論を組み立てるやり方は現代物理学の特徴であり、物理学を学ぶために実験室で行う実験や視覚的な理解が必ずしも必要でないことを示している。

[3] 磁場から電子に働く「ローレンツ力」は電子が動いた時の速度と磁場の外積に比例するので、その方向は必ず磁場の方向に垂直である。


§4 超伝導円環による磁束の捕捉

 前節で超伝導状態にある物質はその内部に磁束の存在を許さない「完全反磁性」の性質を持っていることを知った。もしそうであるとすれば、超伝導になる物質でドーナツ形の円環を作ると次のようなことが理論的に起こり得る。超伝導状態にない、したがって常電導状態にあるこの円環を円の面に垂直な磁場のなかに置く。円環は常電導状態にあるから、円環の面に垂直な磁場の磁力線は円環の中空部分と円環内部を貫く。この状態のまま円環を冷やし超伝導状態にして、それから磁場を取り除く。そうすると、前節で説明したように、超伝導体側面に誘導された超伝導電流が物質内部の磁束を外部に押し出す「マイスナー効果」が超伝導状態にある物質に「完全反磁性の性質をもたらす。
 しかし前節と違って、この節で考えている物質はドーナツのように中心部がない円環であるため、前節と違った結果になる。少していねいな分析を行うと、磁場を取り除いても、穴の部分にあった磁力線とそれと同数で逆向きの磁力線がつながって、知恵の輪や耳につけるピアスのように円環にからまって残ることがわかる。磁力線が超伝導状態にある円環に補足されたこの状態はいわば一種の永久磁石であり、もし円環をこのまま低温状態に保っておくことができれば、この状態の円環は容易に持ち運びができる“エネルギー貯蔵装置”である。
 しかしながら、そもそも、なぜ物質は低温で超伝導体になるのであろうか。さらに、物質によって超伝導体になる物質とならない物質があるのはなぜであろうか。この節で見た円環が捕捉する磁力線の数(磁束数)にその謎を解く鍵がある。


§5 捕捉された磁束

 1961年に米国のディーバーとフェアバンクは前節の超伝導円環に捕捉された磁力線量(磁束)を、作用する磁場の強さをいろいろと変えて測り、それがある決まった磁束( φ0)を単位として捕捉されていることに気がついた。これを「磁束の量子化」といい、その単位φ0を「磁束量子」という。測定から φ0の大きさは <2-6>2×10-15 [Tm2] であることがわかった[1]。
 1935年、ロンドンは当時出来たばかりの量子力学を使って超伝導が持つであろう性質を理論的に予言した。そのなかでロンドンは補足される磁力線の磁束量子が<2-7> φ0=hce= 4×10-15[T⋅ m2]であると予言した。しかし、これはディーバーとフェアバンクが得た実験値の2倍である。言いかえると、ロンドンの理論式にある電荷e2e で置き換えると磁束量子の実験値に一致する。なぜなのであろうか。

[1] 日本のどこかの地点で、その面を南北に向けた直径 0.1mmの円面積を貫く地球磁気の磁束が φ0の約100倍であることを考えれば、このおおよその大きさが想像できるであろう。


§6 相転移と温度(道草)

 超伝導の仕組みを理解する前に、自然界で起きる「相転移」という現象と、普段我々が「温度」とよんでいる変数の意味を理解しておかなければならない。
 まず「相転移」であるが、その身近な例は水の相転移である。誰でも知っているように、水は 0C以下で氷(固相)であり、0Cから 100Cまでは液体(液相)、100Cを越えると水蒸気(気相)になる。すなわち水は温度によって(固相→液相→気相)と二度「」を変える。以下の表にそれをまとめておく。

絶対温度(K) 温度 (C) 温度の特徴 相転移
0 -273.15絶対零度
273.15 0水の氷点固相 ⇔ 液相
373.15 100水の沸点 液相 ⇔ 気相

このように、温度や圧力といった外的要因で生じる物質の質的変化が「相転移」であり、超伝導も金属が起こす相転移の一つである。相転移を微視的な観点で議論する物理学の分野は「統計力学」あるいは「物性物理学」とよばれ、現代物理学の中心的分野であり、「量子力学」がもっとも活躍する分野でもある。相転移では温度が中心的な役割を演じるので、以下で温度について少し考える。
 温度は我々の世界のエネルギーを測る物指しの一つである。すなわち、我々の世界を構成する全ての粒子が運動を停止した状態におけるエネルギーを基準にして(0として)測ったエネルギーをある量を単位に表した量が「絶対温度」である[1]。温度を測る“ものさし”が「温度計」である。基本的には温度によって変化する物質の性質を利用する。利用する物質の温度変化が一様でないため、測りたい温度によって適当な“ものさし”を選ばなければならない。たとえば水銀の熱膨張を利用するのが「水銀温度計」であり、金属や合金の電気抵抗の温度変化を利用するのが「測温抵抗体」とよばれる温度計である。その他にも多くの温度計がある。
 しかしながら、必ずしも一様ではない温度変化をする物質の性質を使って広い範囲で一定の温度間隔を決めることはそもそも容易なことではない。物質の性質を使わずに一定の温度間隔を定める問題に取り組み成功したのはケルビンである (1860)。詳しくは説明しないが、ケルビンは理想熱機関の熱効率を利用して一定の温度間隔を定め、広い温度範囲にわたり一定の間隔で温度を指定する方法を与えた。そのようにして定められた温度が「絶対温度」であり、その単位 (K)はケルビンの名前のイニシャルを単位記号としたものである。

【秩序パラメータ】
 相転移が起きる前には存在しなかった量が相転移後に現れることがある。たとえば磁性を示す物質が磁性を持つ状態と持たない状態の間を移り変わる「強磁性相転移」では、T=Tc (キュリー温度)を境に特定の方向を向く原子磁石の数が大きく変わる。特定の方向を向く原子磁石の数に比例し、磁石の強さを意味する「磁化」とよばれる量を強磁性相転移の「秩序パラメータ」という。多数の原子磁石が無秩序に勝手な方向を向いて、その結果(磁化=0 )である相は磁性を示さない相であり、多数の原子磁石が特定の方向を向いた結果として (磁化0) の相は強い磁性を示す相である。
 この章で取り上げている超伝導相転移を秩序パラメータの変化として捉え、研究を行ったのはロシア(当時ソ連)の天才物理学者ランダウであった(1950)。ここではこれ以上その内容について言及しないが、超伝導以外にも秩序パラメータを使った相転移の研究は今もなお新たな展開を示しており、それは現代物理学を形成する重要な分野の一つである。

【自由エネルギーとエントロピー】
 物理系の相を決める基本原理は何であろうか。たとえば、ドンブリのふちから小さなガラス球を滑り落とすとガラス球はしばらくドンブリの底を行ったり来たりし、小球とドンブリの間にある摩擦力のためしばらくすると小球は位置エネルギーの最も低いドンブリの底に停止する。我々はニュートンの運動方程式を解いて、この間に行なわれる小球の運動を完全に理解することができる。しかしながら、考えている物理系が数えきれないほどの構成要素や粒子を含んでいる場合には、ニュートンの運動方程式を解いて一個一個の運動を詳しく記述し、系の状態を与えることはできない。
 我々の周囲にある1023個ほどの粒子を含む系も、時間がたつと種々の物理量の値が変化しない安定な状態(平衡状態)に達する。しかし、小球がドンブリの中で最も位置エネルギーの低い所で静止するのとは違って、平衡状態にある原子や分子は位置エネルギーのかわりに「自由エネルギー」とよばれる量が最も小さな状態で存在する。 1個の小球が安定に存在する条件と、多数の粒子が平衡になる条件はなぜ異なるのであろうか。
 互いを区別できない粒子をとても多数含む物理系が温度Tにあるとき、粒子がどのようになって存在しているかを改めて考える。実は、粒子が同じか同じでないかを定義するのは結構難しいので、今は「区別できない粒子は同じ」と簡単に考えておこう。多数の同じ粒子を含み温度Tにある物理系は、その中で粒子個々が多様な運動をすることに対応して、エネルギーのいろいろな値Eを持ち得る。その中で系がどのようなEの値を持つかは確率的に決まると考えたのは後に古典統計力学を完成させたボルツマンであった。ボルツマンはその確率Pが二つの要素から決まると考えた。

  1.  第一の要素は、多数の粒子を含み、温度Tにある物理系が特定のエネルギー Eを持つ確率である。これがもし一個の粒子であれば、粒子は最も小さな力学的エネルギーを持って存在するが、粒子が多数ある時には必ずしもそれが正しくないことを以下で知る。
     多数の粒子を含む物理系のエネルギーEは粒子個々の運動エネルギーと粒子同士の相互作用エネルギーの総和であるが、それに対しボルツマンは英国の物理学者ジェームズ・マックスウェルが 1860年に与えた希薄気体に対する「速度分布測」をヒントにして、物理系は様々な大きさのEを持つことが出来ると考えた。
     「統計力学」の基礎を築いたマックスウェルは一つの仮定の下に、希薄気体の熱力学的性質が気体を構成する粒子の力学に基づいて理解できることを証明した。マックスウェルは、温度Tの気体は様々なエネルギーを持つが、それが Eである確率はe -E/(kBT)に比例すると考えた。ここでkBはボルツマン定数と呼ばれる定数である。マックスウェルは粒子が互いに自由に運動する希薄な気体では粒子のエネルギーは運動エネルギーだけであると考え、そのような気体の熱力学的性質が理想気体に対して観測される性質に一致することを見事に証明して見せた。
     ボルツマンはこれをヒントにして、温度Tにある一般の気体に対しても、それがエネルギーEを持つ確率P はやはりe-E/( kBT)に比例すると考えた。ただしこの場合、気体は必ずしも希薄ではないので粒子は互いに力を及ばしあっており、その力の位置エネルギーを持つのでEを具体的に与えることは簡単ではない。
     気体はe-E/(k BT)に大きな値を与えるE を持つ状態ほど実現しやすいことになるので、ボルツマンは結局大きなEよりも小さなEを持つ状態の方が実現しやすいと考えたことになる。

  2.  気体の安定した状態を決める第二の要素は、多数の粒子を含む系に特有な要素である。上に述べたように、系全体が持つエネルギー Eは粒子個々の運動エネルギーと粒子同士の相互作用エネルギーの総和である。言いかえると、個々の粒子は様々な力学的運動状態に在り得るが、その集団が一つあると0 E<にあるEの値が一つ決まる。そして粒子の数が多くなると、同じEの値を与える運動状態の集団が多数現われてくる。
     もし個々の粒子の運動状態がどれも同じように実現するとすれば[2]、系に一つのE が与えられた時、そのEを持つ運動状態の集団数が最大となる状態が実現すると考えられる。この最大集団数をg(E)とすると、 gEが系全体の粒子に行きわたる程度、すなわち系の乱雑さを表す量であると言っても良い。系のエネルギーが 0E<の範囲で変わる時、最大集団数を表す g(E)Eが大きいほど大きくなる[3]。エネルギーが増すにしたがって gが大きくる状況は、部屋に物が増えるほど部屋が乱雑になる状況とどこか似ている。その意味で、gは系の乱雑さを表す量であると考えても良い。
   ボルツマンは上の二つの要素を同時に考え、与えられた温度Tの下で系が エネルギーEを持ち安定した状態にある確率は

<2-8> (2.6.1) P=g(E)e- E/(kBT)

であるとした。物理系を構成する粒子はこのPを最大にする運動状態にあり、そして系はPを最大とするエネルギー Eを持つ。
 系が持つEを知るために(2.6.1)式を構成する要素の特徴をもう一度述べておく。第一の要素であるe-E/( kBT)E= 0で最大で、Eが大きくなると急速に小さくなる。したがって系は出来る限り小さなエネルギーを持とうとする。一方、第二の要素のg(E )E=0で最小で、 Eが大きくなると大きくなる。したがって系は出来る限り大きなエネルギーを持とうとする。粒子が一個ならばそれが系のエネルギーを全て担うから、粒子が系のエネルギーを担うやり方の数を表す g(E)は常に 1である。したがってP を最大にするEは第一の要素だけで決まり、それは E=0を与える。しかし粒子の数が多くなると、二つの要素が競争する結果、Pを最大にするE の値は、E=0E=の間のどこかにある。それを探すために、恒等式<2-9>x=e lnxを使って、 g(E)が <2-10>g(E)=e ln(g(E))=exp kBTln g(E)kBTと書けることを利用する。そうするとP

<2-11> (2.6.2) P =exp-E- kBTlng(E)kB T = exp-E-T SkBT = exp-F kBT

と書き換えられる。最後の式に出てきた量

<2-12> (2.6.3) F=E-TS

を系の「自由エネルギー」という。この二項目にある

<2-13> (2.6.4) S=kB ln[g(E)]

は系の乱雑(無秩序)さを表す量g(E)によって大きさが完全に決まるので、やはり系の乱雑(無秩序)さを表す量である。すなわち、g( E)が大きいほど系は乱雑(無秩序)になりSも大きくなる。このSを「エントロピー」という。 g(E)S、および系の乱雑(無秩序)さの関係を以下に表で与えておく。

g(E)の値 S=kB ln[g(E)]の値系の乱雑さの程度
g(E)=1 S=0秩序ある状態
g(E)が大きな値を持つ Sが大きな値を持つ乱雑で無秩序な状態

 与えられた温度の下で(2.6.2)式のPがもっとも大きくなるのは、小数の粒子を含む物理系のようにEがもっとも小さくなるときではなく、 Fがもっとも小さくなる場合である。 Eが多少大きくなっても、 Sが大きくなって(すなわち系が少し乱雑(無秩序)になって)増えた(2.6.3)式二項目の TSが一項目のEで大きくなった量を打ち消せばよい。このTSの出現が粒子を多数含む系の特徴である。
 自由エネルギーは、系がどのような相にあるかを決めれば、「統計力学」を使って計算することができる。そこで今、ある物質に二つの相 IIIがあると仮定して、温度Tの関数として自由エネルギー (FIF II)を計算したとする。そのときに物質によっては、ある温度を境にして FI FIIの大小が入れ替わることがある。どのような物質も自由エネルギーが小さな状態で存在するので、したがってこの物質はFI FIIが入れ替わる温度で、それが存在できる相を変えることになる。これを物質の「相転移」と呼ぶ。
 今、この物質に対しては温度TcFI FIIが入れ替わったとしよう。たとえば温度がT< TcのときにはF IIF Iより小さく、 T>TcであればF IF IIより小さいとする。そうすると、実現する物質の相が持つ自由エネルギーは

<2-14> (2.6.5) F= FII(T Tcのとき) FI(TT cのとき)

である。この温度のTcを相転移の「臨界温度」という。
 超伝導物質が常電導状態から超伝導状態へ相転移を起こす時でも、その自由エネルギーF は臨界温度Tcをはさんで常電導状態の自由エネルギー FNから超伝導状態の自由エネルギー FSへ移り変わる:

<2-15> (2.6.6) F= FN(常伝導状態) (T>Tcのとき )FS (超伝導状態)(T<Tc のとき)

となるはずである。
 20世紀における相転移研究の先駆者であるランダウは超伝導相転移を行う物質の自由エネルギーを計算する手段を開発した:

【超伝導相転移の自由エネルギーと温度】
 (2.6.6)式は、TTcの時、物質の状態は常伝導状態にあり、温度が下がって TTcになると物質の状態が常伝導状態から超伝導状態に変わることを示している。超伝導状態にある物質の自由エネルギーは、それが常伝導状態にある場合より

<2-16> (2.6.7) FN-FS ΔF0

だけ低い。このΔFを超伝導の「凝縮自由エネルギー」という。凝縮の名が付いているのは、ここで詳しく説明することは出来ないが、超伝導相転移の背景にボース•アインシュタイン凝縮が関係していることによる。
 ここの例で自由エネルギーは相転移が起きる臨界温度で二つの相の間を連続的に移り変わる。エーレンフェストはそのような場合でも、臨界温度における自由エネルギーの変わり方には特徴があって、それによって相転移が区別できることを発見した。しかしこれ以上の議論は複雑すぎるので、ここではその結果だけを与えておく。
 温度がTcより高い側から低い側に変わる時、 Tcで自由エネルギーが滑らかに FN FSの間を移り変わる場合と、Tc Fに棘(とげ、スパイクと呼ぶ)が生じる場合がある。数学的に言うと、前者はFTに関する一階微分係数がT=Tcで連続であり、後者はその値に不連続な飛びが生じている。

  1.  温度に関する自由エネルギーの一階微分係数が不連続な相転移を「一次相転移」という。(2.6.3)式で定義される FETSという二つの項を持つが、 Fの一階T微分係数(偏微分係数)はエントロピー (-S)であり、それが不連続であるとは、 ST= Tcで不連続に変化することを意味する。その結果Fの微分係数が不連続になり、Fに棘ができるのである。
     一方「熱力学」は、温度T Sが不連続に変化するときは、その時にSの変化量を Tで割った熱量が系に出入りすることを教えてくれる。すなわち、 T=TcSが不連続である時には、 T=Tcで熱が系から発生するか、あるいは系に吸収されることになる。この熱を一次相転移の「潜熱」という。水が水蒸気になるときに水が周囲から熱を奪い周囲が涼しくなる気化熱は潜熱の例である。また、この潜熱を利用したのが冷蔵庫である。

  2. 相転移が発生しても、F Tに関する一階微分が連続でFに棘がなければ潜熱の発生はないが、Fをもう一度微分した二階微分係数が Tcで不連続になる場合がある。「熱力学」で FTに関する二階微分係数は「比熱」とよばれ、物理系の温度を単位温度上げるのに必要な熱量を与える。したがって比熱が不連続であるということは、その物理系がT=Tcを境に突然暖めやすくなったり、暖めにくくなることを意味している。比熱が不連続なこの相転移を「二次相転移」と呼ぶ。
     超伝導はほとんどの場合は二次相転移であるが、「一次相転移」を行う超伝導体が2013 年に発見され話題になった。

[1] 実際には零点振動という量子力学的な影響が少しだけ残る。超伝導が現われる極低温ではこの量が重要になる。また§2の脚注5 も参照せよ。

[2] 「個々の粒子の運動状態がどれも同じように実現する」は「等重率の原理」と呼ばれる、多数の粒子を含む物理系に対して設定される。その正しさは、この原理に基づいて構築される「統計力学」が多数粒子系に対して観察される現象を見事に説明することによって、裏付けられている。

[3] なぜそうであるかを厳密に示すためには面倒な議論をしなければならない。ここでは、個々の粒子が持つ量子力学に由来するわずかなエネルギーのゆらぎが非常に多数の粒子が存在するために大きくなって現れるためであると理解しておけばよい。 「Eが大きくなればなるほど Eを分かち持つやり方g(E)も大きくなる」ことを確かめるためには、10個の粒子があって、個々の粒子が正の整数値(0,1,2, )だけしか持てない場合を考えるとわかる。0を分かち持つやり方は全ての粒子が0を持つ 1通りしかないが、 1を分かち持つやり方は10通り、 2を分かち持つやり方は 55通りと、数が増えればそれを分かち持つやり方が飛躍的に増えていく。


§7 二種類の超伝導体

 超伝導体は、それを磁場中においたとき内部に磁束を浸透させないので完全反磁性体と同じ性質を持つことを知った。このような特徴を示す超伝導体を「第一種超伝導体」といい、水銀(Hg)、アルミニウム(Al)、スズ (Sn)等がその代表である。これに対して、磁場中においたときの様子が第一種超伝導体と異なる超伝導体を「第二種超伝導体」(後述)という。ここではまず第一種超伝導体について考える。
 磁場の存在しない状態(H=0)で超伝導に転移する臨界温度がTcである超伝導性金属を Tc以下に冷やし超伝導状態にすると、自由エネルギーが FN-FS ΔF(>0)だけ減少する。いまこの金属を磁場 H中でT c以下に冷やして超伝導状態にした。§3で見たように、このとき金属表面に流れる超伝導電流によって作られた磁場が金属内部に存在する磁場を打ち消し、かつ金属内部の磁場と同じ磁場を外部に作るため、超伝導電流が金属内部の磁束をあたかも外に押し出したような結果を生じた。これが超伝導体に完全反磁性体と同じ性質を持たせる仕組みであった。
 「電磁気学」の知識を使うと、一般に金属内部に存在する磁場Hの磁束を金属外部に押し出すためにはある量のエネルギーを金属に加えなければならない。「電磁気学」を使ってそのエネルギー ΔEMを計算すると、 ΔEMH2に比例することがわかる。このエネルギーが金属に加えられるので、磁場中に置かれた超伝導状態になっている金属の自由エネルギーはΔ EMだけ大きくなる。だいじなことは、このエネルギーが存在する磁場の 2乗に比例して大きくなることである。
 磁場が強くなってエネルギーの増加(ΔEM )が転移で減少した自由エネルギー(ΔF )に等しくなると、超伝導状態であるエネルギーの利得がなくなる。そうすると超伝導状態が瞬間的に壊れ、外部に押し出された磁束が再び金属内部に戻ってくる。この超伝導状態が壊れる磁場の強さHc を超伝導の「臨界磁場」という。多くの超伝導物質の臨界磁場の強さは 0.1T程度である[1]。
 第一種超伝導体に対して「第二種超伝導体」とよばれる超伝導物質がある。第二種超伝導体の特徴はやはり磁場に対する特徴的な振る舞いである。すなわち、超伝導状態にある第二種超伝導体物質に磁場を作用させ磁場の強さを大きくすると、第一種超伝導体と同じように第二種超伝導体も超伝導状態が壊れ常伝導の状態に戻る。第一種超伝導体と違うのは、常伝導状態に戻るときに二つの段階を経ることである。

  1. 超伝導になる物質をTc以下に冷やして超伝導状態にし、これを弱い磁場H(<Hc1 )の中におく。超伝導状態は完全反磁性のため物質内部に磁束は存在できない。

  2. 磁場Hを強くして Hc1<H<Hc2 とすると、磁束が金属内部に侵入し始める。そのとき磁束は、§ 5で述べたように、大きさ

    <2-17> (2.7.1) φ0=hc2e

    の「磁束量子」を単位として、(φ0, 2φ0,3φ0,)といったように金属内部に局部的に侵入する。侵入した磁束量子が存在する金属内部の場所では超伝導状態が壊れて、そこだけは常伝導状態になっている。

  3. 磁場がさらに強くなりH>Hc2 になると、金属内部のいたるところに外部と同じ量の磁束が侵入し、超伝導状態が完全に壊れる。この Hc2の値は典型的に 110T程度である。

第一種超伝導体の臨界磁場が0.1T程度であることを考えると、第二種超伝導体で超伝導性が完全に消滅する磁場の強さは第一種超伝導体よりも 10から100倍も大きい。つまり、第二種超伝導体は第一種超伝導体よりも超伝導状態が壊れにくい。
 電気抵抗がない超伝導体の使途としてすぐ考えられるのは電気の送電線である。すなわち、超伝導体を送電線として使うと抵抗によるエネルギー損失がないので都合が良いように思える。しかしそうは問屋が卸さない。なぜなら、電線に電流が流れると電磁気学の「アンペールの定理」によって電線の周囲に磁場が発生する。その磁場は電流の強さに比例するので、電流が大量に流れれば流れるほど磁場も大きくなり、それが送電線として使っている超伝導物質の臨界磁場に達すると、超伝導状態が壊れてしまう。したがって超伝導物質で作った電線であっても大量の電流を流すことはできない。でもうまい方法がある。次にその話をする。

[1] 地磁気の強さは0.000046 Tである。


§8 臨界電流

 第二種超伝導体の臨界磁場は第一種超伝導体の10倍から 100倍ほど大きいと知った。したがって、電流によって発生する磁場が超伝導体にとって迷惑であることを考えると、送電線としては第一種超伝導体よりも第二種超伝導体を使う方が都合良いように思われる。ところがそうすると妙なことが起きる。少し複雑であるが何が起きるかを説明しよう。電線を流れる電流は電線の周囲に「アンペールの定理」にしたがって磁場を作る。第二種超伝導体の場合は第一種超伝導体と違ってその磁場は金属内部に部分的に侵入する。そして金属内部で電流を担っている電荷がその磁場からローレンツ力を受け、その反作用で金属内に侵入した磁束が押されて動く。金属内部で磁束が動くので、それによる誘導起電力が金属内部に生じる。注意深く考えると、その起電力の方向は元々の電流を作っている電場と反対方向を向き、したがって誘導起電力は電流を妨げるため一種の抵抗として電流に働くことになる。この抵抗は電流が大きくなればなるほど大きくなる。このため第二種超伝導体が電線の素材として必ずしも有利であることにはならなくなる。
 しかし話はもう一転する。今度は、物質内にあって電気伝導に対し別種の抵抗となるため迷惑な存在とされている不純物が、以下のようなトリックによって、電流が作る磁場の悪影響を抑制してくれる。すなわち、もし超伝導金属がその内部に超伝導性を持たない不純物を含めば、金属が超伝導の臨界温度以下に冷やされて超伝導状態になったとしても、不純物がある部分だけは常伝導状態のまま残る。そして、もし金属内部に磁束が侵入すれば、それは常伝導状態にある不純物の場所に集まる。なぜなら、磁束が不純物の場所にあった方がエネルギーが低いからである。不純物内部に集まった磁束は周囲にある超伝導領域に動くと系のエネルギーが上がるため、磁束は動かずに不純物内部にとどまる。これを不純物による「磁束のピンどめ」という。
 このように、超伝導状態の電線に流れる電流が作る磁場の磁束が送電線内に入ったとしても、もし内部に不純物があれば、磁束は不純物にピン止めされて動かない。そのため電線内に電流と逆向きに電荷を流す誘導起電力も生じないので、安定した大量の送電が可能になる(もちろん電流が臨界電流を越えると超伝導性は壊れる)。このようにして、より高い臨界温度を持つ超伝導物質が作成できる。現在は、大量の送電を可能にするさらなる工夫が実用に向けて考えられている。


§9 超伝導を理解するための準備

 超伝導がどのようにして起きるかを説明する段階にきた。当たり前であるが超伝導は電気伝導現象である。したがって金属内にある電子のあり方に密接に関係している。金属の内部には原子から離れ金属内部を自由に動き回ることができる電子(「伝導電子」)と、原子に強く引きつけられ自由に動けない電子があり、このうちの伝導電子が電流を担う。伝導電子は周囲の電子から電気的な力を受ける。また、正電荷を持つイオンは金属結晶を構成している原子の位置で振動しており、それが振動することによって変化する電場の影響を伝導電子は受ける。これらが伝導電子の運ぶ電流に対する電気抵抗となる。
 超伝導物質はT<Tcで電気抵抗が消滅し、何等かの“秩序”を持った状態に相転移を起こす。電気抵抗が消滅したときに現れる“秩序”の正体をこれから説明するが、そのための準備として①「統計」、②「超流動」、③「金属内で電子が受ける特殊な力」に関する予備知識を与えておく。まずは第一章でも現れた粒子の「統計」に関することである。

【準備1:フェルミ粒子とボース粒子についてもう少し】
 第一章「対称性と非対称な自然界」で、自然界に存在する全ての粒子は「フェルミ粒子」か「ボース粒子」のいずれかであることを知った。超伝導の主役である電子は「フェルミ粒子」であったが、復習をかねてその性質をもう一度思いだそう。
 電子の運動状態は二つの状態を指定すると決まった。すなわち、

  1. 一つは運動量p =(px,py,pz )である。

  2. もう一つはスピンの状態である。電子はスピン 12を持ち、それがフェルミ粒子の特徴であった。スピンは原子磁石のもとであり、電子が磁場中におかれるとスピンは磁場方向に向いた状態(スピンが +12の状態と呼ぶ)になるか、あるいはその反対方向に向いた状態(スピンが-12 の状態と呼ぶ)になるかのいずれかであって、電子の状態を指定するためには電子がどちらの状態にあるかを言わなければならない。
 電子の他に、原子核の構成粒子である陽子や中性子がフェルミ粒子であり、いずれもスピン 12を持つ[1]。また奇数個のフェルミ粒子から成る 3Heなどの粒子がフェルミ粒子である。フェルミ粒子のもっとも重要な特徴は、それが「パウリの排他原理」にしたがうことである。すなわち、もし二つの同じフェルミ粒子が同時にあれば、それらは同じスピンの向きと同じ運動量を持つことができない。したがって、もしそれらの運動量が同じならスピンの向きが違うか、もしスピンの向きが同じなら運動量が違わなければならない。フェルミ粒子がなぜ「パウリの排他原理」にしたがうか、それを簡単に説明することは残念ながらむずかしい。それがかなり難解な数学を使った理論形式を持つ「相対論的場の理論」に基づくからである。ここでは、「パウリの排他原理」は正しいことが実験的に十分に検証された自然原理の一つであると理解しておいてほしい。
 一方、水素分子(H2 )4He のように偶数個のフェルミ粒子が作っている粒子はボース粒子であり、「パウリの排他原理」にしたがわない[2]。そのためボース粒子が多数あっても、それらは同じスピンと同じ運動量を持つことができる。したがって、多数の粒子が一番小さな運動量すなわち一番低いエネルギーを同時に持つこともできる。もしそのようなことが起これば、系の最も低いエネルギーを持つ状態が出現する。そのような状態を「ボース・アインシュタイン凝縮状態」という[3]。ボース・アインシュタイン凝縮状態では多数の粒子が最も低いエネルギーを持つために、系に熱エネルギーを少しでも加えるとそれが最も低いエネルギー状態にある粒子に受け渡され、ボース・アインシュタイン凝縮が消滅する。したがってボース・アインシュタイン凝縮はある温度以下の非常に低い温度でしか実現しない。その温度をT BEと書き「ボース・アインシュタイン凝縮温度」という。たとえば 4Heのボース・アインシュタイン凝縮温度はTBE =3Kである。
   一方、ボース粒子である4He の液体には粘性が消滅する「超流動」とよばれる相転移が1937年に発見されている。その転移温度は2.17Kである[4]。以下の表に、ボース・アインシュタイン凝縮と超流動を含み、4 Heが持つ全ての相とそれが実現する上限温度を温度の低い側から順にまとめておく。

温度
2.17K(T λ)超流動相
3K(T BE) ボース・アインシュタイン凝縮
4.2K 液体相
4.2K以上 気体相

ボース・アインシュタイン凝縮温度(T BE)[5]と超流動相転移の臨界温度 (Tλ)がわずかにずれて現れているが、次節で説明するように超流動とボース・アインシュタイン凝縮は同じ相転移であり、本来ならTλ= TBEであると考えられている。観測されているわずかなずれは 4Heの分子間に働く弱い力によって生じる。

【準備2:ボース・アインシュタイン凝縮と超流動】
 二つ目は、ボース・アインシュタイン凝縮体がなぜ超流動性を示すかである。いま多数 (1023個程度)のボース粒子から成る流体を考え、そのなかで粒子は二つの状態ABのいずれかにあるとする。ただし、 Aは粒子がもっとも低いエネルギーを持つ状態を表し、 BA 以外の全ての状態を代表して表すとする。もし圧倒的多数の粒子が状態A にあれば、それは系がボース・アインシュタイン凝縮状態にあることを意味する。
 このAまたは Bの状態にある粒子が多数、管の中を流れているとする。粒子は管の壁とぶつかることで管とエネルギーのやり取りを行い、あるときは粒子の状態がAから Bに変わり、あるときはBから Aに変わる。低いエネルギーを持つ Aの状態にある粒子の数が非常に多い時は、低いエネルギーを持つ粒子が管と衝突することによって高いエネルギーを持つ状態に変わるよりも、高いエネルギーを持つ状態にある粒子が管と衝突することによって低いエネルギーを持つ状態に変わりやすいことが「量子力学」を使った計算からわかっている。したがって今のように、低いエネルギーを持つ Aの状態にある粒子の数が非常に多い状況では、 Aにある粒子が管と衝突して Bになったとしても、それは再度管と衝突してすぐ Aにもどることになる。つまり、多数の粒子が低いエネルギーの状態 Aにある状況は変わらず、結果的に粒子は管の壁からの影響を受けないのと同じことになる。衝突を通じAが管の壁とエネルギーのやり取りをして状態を変えることは流体の粘性となって観測されるから、粒子が管の壁からなんの影響も受けないということは、粒子が粘性を持たずに流れ続けることを意味する。つまり多数の粒子がAの状態にある(ボース・アインシュタイン凝縮状態にある)流体は粘性を持たずに流れる超流動体である。

【準備3:金属内で電子が感じる不思議な“引力”】
 最後は超伝導体になるような金属内部に存在する電子に働く力についてである。通常、電子は特定の原子に束縛されているが、金属のように多数の原子が接近して集まると、比較的緩く原子に束縛されている電子がいくつかの原子によって共有される。これが金属を構成する多数の原子におよぶと、そのような電子は原子の影響をあまり強く受けず金属内部を比較的自由に動きまわる。このような電子が金属の電気現象に関わる。したがって金属内部は、その内部を比較的自由に動き回り電気的な性質を担う電子と、その電子を手放して正に帯電した原子、すなわち金属内で規則正しく配列されている正イオンから成っていると考えてよい。
 金属内で電気的な性質を担う電子は3種の力を受ける。一つは電子同士の電気的反発力である。第二の力は、電子を手放して正に帯電した原子(正イオン)から電子が受ける電気的な引力である。第三の力は少し特殊な力で、超伝導電流を担う電子同士に働く、第一の電気的反発力とは違うみかけの引力である。この引力が電気的反発力に打ち勝つと、二つの電子がともに行動するようになり、二つの電子があたかも一つのボソンのように振舞って、その結果ボース・アインシュタイン凝縮が起き、それが超流動性を示す可能性が出てくる。
 その第三の力を説明する。いま、電子は金属の内部に規則正しく配列された正イオンのなかを動きまわる。重要なことは、電子よりはるかに重いイオンは規則正しく配列された位置から大きく動かないことである。そのようなイオンの中に電子がやって来ると、次のようなことが起きる。

  1. イオンが規則正しく整列している中に金属中を動き回っている電子がやって来ると、負電荷を持つ電子の近くにある正電荷イオンが電子に少しだけ引きつけられ、正電荷がわずかに濃い領域ができる(物理ではこれを「局所的に分極が生じる」という)。

  2. 電子がその場所を通り過ぎると、電子に引きつけられ動いたイオンは元の位置に戻ろうとする。

  3. イオンは電子に比べ数千から数万倍も重いのですぐには元の位置に戻れず、局所的に正電荷が濃い状態は比較的長い時間(すなわちイオンが元の位置にもどるまでの時間:<2-18>(τ10 -12[s]程度)続く。

  4. 金属内を動く電子が持つ最も大きな運動エネルギーは実験から<2-19> mv22 10-18[ジュール]程度であることがわかっており、これから電子の速さを見積もると<2-20>v 106[m/s]くらいになる。

  5. この速さを使って計算すると、電子は正電荷の濃い状態が続くτ 10-12[s]の間に金属の中を <2-21>v×τ 10-6[m]程度動くことになる。金属内部でイオンが並んでいる間隔は<2-22>3× 10-10[m]くらいなので、電子は正電荷の濃い状態が続いている間に約1万個ものイオンの位置を通り過ぎ、はるかかなたに走り去っていることになる。

  6. 言い換えると、局所的に正電荷の濃い状態が消えないうちに、金属内を自由に動きまわる別な電子がその場所に必ずやってくる。

  7. 新たにやってきた電子は局所的な分極がない場合よりも強い引力をその場所で感じる。一時的な分極がある場合とない場合の引力の差は、そこにやって来た電子がそこを走り去った電子から間接的に受ける“引力”であるとも言える。物理ではこの引力を「フォノン交換力」と言う(なぜそう言うかは重要でない)。
 1956年、米国の物理学者クーパーは、ある状況でこの引力が興味深い役割を果たすことに気がついた。すなわち、金属内でもっとも大きな運動エネルギーを持ち、かつスピンが反対方向を向いている電子の対(発見者である彼の名にちなみ「クーパー対」とよばれる)にこの引力が特に強く働いて、電子間の電気的反発力に打ち勝って電子の対を一緒に金属内を動きまわらせる程度まで大きくなるのである。ただこの引力はとても弱いので、クーパー対を作る電子の運動エネルギーが少しでも大きくなると、電子はその引力の影響を強く感じなくなる。

[1] もしフェルミ粒子が中性子のように電荷を持たなければ、「磁場の方向を向く(向かない)」という言い方は実は意味を持たなくなる。しかしスピンが+ 12であるか -12であるかという二つの状態は依然として存在する。

[2] 4 He2個の陽子と 2個の中性子から成る原子核と 2個の電子からできており、したがって偶数個のフェルミ粒子を含む。そのため一体になって振舞う限り、 4Heをボース粒子と考えることができる。

[3] ボースの発見した性質を持つ粒子(ボース粒子)からなる流体が「ボース・アインシュタイン凝縮」とよばれる性質を示すであろうことをアインシュタインが予言したのは1925年である。しかし、その存在が実験的に確認されたのは70年後の 1995年であった。ボース・アインシュタイン凝縮が発現する温度が極低温で、その実現が技術的に難しかったためである。

[4] 4 Heの超流動相転移が起きる臨界温度で比熱が λの文字の形で変化するので、多くの教科書や論文ではこの超流動相転移が起きる臨界温度を Tλと表している。

[5] 表にある凝縮温度の値T BE=3K は、4Heを理想気体と考えて理論的に得られた値である。


§10 クーパー対とBCS理論

 フェルミ粒子の対であるクーパー対は1個のボース粒子として振舞うことを思い出してほしい。したがって(-2e)の電荷を持つクーパー対は条件が揃えばボース・アインシュタイン凝縮を起こし、あたかも粘性のない流体のように金属中を移動することができる。簡単に言ってしまえば、これが超伝導の仕組みである。超伝導を示す金属ではこのようなことが起きていると、 1957年に超伝導の理論的解釈を与えたのは米国イリノイ大学の三人の研究者(Bardeen、Cooper、Schrieffer)であり、彼等の名前の頭文字をとって命名された「BCS理論」に対し 1972年にノーベル物理学賞が与えられた。オンネスが最初に超伝導を発見した 1911年から60年の時を経て超伝導の仕組みが分かったと認められたのである。
 BCS理論で一番重要なことは、イオンが引き起こした局所的な分極によって電子が影響され、それによってボース粒子のように振る舞うクーパー対が形成されることである。したがって分極し易い物質はクーパー対を作りやすく、超伝導にもなり易いことになる。ところが分極し易い物質は一般に電気抵抗が大きく、良い電導体ではない。したがって、逆説的な言い方をすれば、「“悪い”電導体ほど“良い”超伝導体になる」といえる。
 超伝導は、その担い手であるクーパー対が壊れると壊れる。実際に、温度が10 [K]くらいになると、ク-パー対を作っている電子の熱運動が大きくなり、それがクーパー対をつなぎとめている力に打ち勝って対は壊れてしまう。これが超伝導が低温でないと実現しない理由である。超伝導を実用化するためには、もっと高温でクーパー対が形成されるか、あるいは高温までク-パー対が維持されなければならない。いかに高温でそのような状態を作り「高温(または常温)超伝導」を実現するか、それが次の課題になる。


§11 超伝導、低温からの脱出!

 1986年のある日、衝撃的なニュースが世界中をかけめぐった(インターネットはまだなかったので、このときは米国の大学間で広く用いられていたBITNETが活躍した[1])。スイス IBM研究所の二人の研究者(ベドノルツとミューラー)がこれまで知られている相転移温度(数度 K)の10倍という高温(35K)で、しかも陶器(セラミクス)が超伝導体になることを発見したというのである。ただちに多くの追試が疑心に満ちた中で行われたが、彼らの発見の正しさが追認され、その後にさらに高温で超伝導体になる様々なセラミクスが続々と発見された。このようにして高温超伝導時代の幕が開け、発見者のベドノルツとミューラーには1987年のノーベル物理学賞が与えられた[2]。今や超伝導体の転移温度は 160K(-114 C)にまで達し、簡単に手に入る液体窒素の温度 (-147C )より高い温度で超伝導になる物質を作ることができるようになった。もし室温で超伝導になる物質が現われたら、それを利用して行われる技術革命はかつてのレーザー、原子力、トランジスターをしのぐ、想像もつかない結果になることことは間違いない[3]。

[1] インターネットのように一般人が手軽に利用出来る通信手段ではなかったが、電子メールは存在した。それはとても不便な方法であり、日本でも限られた機関でしかそれを使うことができなかったが、それにもかかわらずこのニュースは 24時間で世界を一周した。

[2] ノーベル物理学賞がその研究発表の翌年に与えられたのはノーベル賞が設けられて以来初めてのことである。このことをとっても、高温超伝導体の発見がいかに歴史的に重要な出来事と考えられていたかが分かるであろう。

[3] 普通のBCS超伝導物質を超伝導状態まで冷やすには液体ヘリウムが必要になる。液体ヘリウムの市販価格は1リットルあたり 12001400である。もし液体窒素の温度で超伝導になる物質があれば、液体窒素の市販価格は1リットルあたり 100200で、液体ヘリウムの 10分の1である。このことだけでも、高温超電導体の発見によって超伝導技術がいかに身近になるか理解できるであろう。


§12 終わりに

 もし超伝導の大規模な応用が可能になったとしたら、次のようなことが可能になるかもしれない。

  1. 電力発電は種々のエネルギー(水力、火力、原子力、人力等々)を使って磁石の二つの磁極にはさまれたコイルを回転させ、コイルに誘導電流を発生させる方法で作られるが、その磁石に軽量化された超伝導磁石を利用することで効率の良い発電機ができる。

  2. 電力を発電所から遠隔地に送るとき、送電損失を少なくするために何段階かの手続きを経て電圧を 2750万ボルトに上げて遠隔地まで電気を送り、そこで再び何段階かの手続きを経て電圧を100200ボルトに下げ、それから家庭に届けられる。これでも送電中に(510 %)の電力が失われるが、もし超伝導電線で送電が可能になれば送電損失が少なくなるのに加え、電圧を上げたり下げたりする面倒な手続きを行わなくてすむため、電気料金を大幅に下げることができる。また、貴重なエネルギー資源の大きな節約にもなる。

  3. 磁束閉じ込めを利用して手軽に(たとえば乾電池のように)効率よく大きなエネルギーをためる装置を作ることができる。たとえば 50[T/m3]の磁束を閉じ込めた手軽な装置ができれば、それだけで約1ヶ月に渡って 1[kW]の電力を利用することができる。

  4. 素粒子物理学のような基礎科学の実験に使われる高エネルギー加速器は超伝導磁石を使って制御される。また加速された重いイオン線照射がガン治療の有効な方法として近年脚光を浴びている。もしそれら加速器の制御を行なう超伝導磁石が手軽に作られ、手軽に使うことができれば、加速器の医学使用が簡単かつ低経費で可能になる。

  5. 核融合が原子力に代わるエネルギー生産手段として期待されているが、それを可能にする超高温 (1億度くらい)のプラズマを保持できる容器がない。容器を使う代わりに強い磁場を使ってプラズマを閉じ込めることができるのではないかと考えられているが、そのときには超伝導磁石を使ってその強い磁場を安定かつ容易に作ることができる。

  6. 超伝導磁石を使って発生する強い磁場の反発力を利用して浮上した車両を、やはり磁力を利用して時速 500[km/h]で推進させるリニアモーターカーはすでに現実になっている[1]。
 他にも超伝導の使い道はたくさんある。小規模な超伝導技術の使用が日常的になるのはそれほど先ではないであろう。さらには、超伝導の量子効果を利用して、人間の脳を制御する程度の微弱磁場(10 -8[ガウス])が検知できる「超伝導量子干渉計 (SQUID)」を作ることができる。それを使うと人間の脳と同程度の超高密論理回路が設計出来、人工知能がいっそう人間に近くなる[2]。

 このように超伝導技術応用のアイディアは限りなくある。それらが現実に現れるまで時間はかかるが、実現しようと思えば必ず実現できる。特に室温超伝導体は、まもなく枯渇する化石燃料(石炭、石油等)に代わり、原子力に頼らずにエネルギーを生成する手段の鍵を握っている。

[1] 東京と名古屋を40分でつなぐ「中央新幹線」は2027年に開業が予定されており、それが大阪まで延長され、 67分で東京と大阪を結ぶのが 2045年といわれている。

[2] 科学の成果を人間の生命や、特に脳が関わる領域にどこまで使うかは、科学を利用する人間が考えなければならない問題である。限りなく人間の脳に近い人工知能の作成と利用はそのなかでも特に真剣に考えなければならない問題であろう。