第三章 輝く星たちと物理学
§1 プロローグ
私たちの太陽系が所属する銀河は半径がで、厚さがの渦巻く円盤形をしている。銀河の中心部は円盤の約
ほどの直径を持つ小さな球が埋め込まれたように上下にふくらんでいて、「バルジ」とよばれている。
銀河にあるたくさんの星は、「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」[1]とともに銀河全体の質量を担い、銀河を安定に保つ重力の源になっている。この章では、なぜ宇宙には重い星や軽い星、大きな星や小さな星、明るい星や暗い星があるのか、それに対して「天体物理学」と「宇宙物理学」が与える説明を難しい数式を使わずに紹介する。話の前提として、それは「宇宙物理学」の大前提でもあるが、宇宙は我々が作り上げた「物理学」を使って理解することができると仮定する。以下では特別に複雑な数式は現われないが、その内容と結論は決して
的フィクションでないことを断っておく。
また本章で、最近話題になっているブラックホールが取り上げられると期待するかも知れない。しかしブラックホールを理解するには「一般相対性理論」の言葉が欠かせない。一方では、高度な数学の助けを借りずに「一般相対性理論」を理解することは難しい。そのような理由のため、ブラックホールを取り上げずに本章を終えるが、それはブラックホールが重要でないという理由からではないことを知っておいて欲しい。
[1] これまで(億年で)宇宙が作りだしたと理論的に推定されるエネルギーの総量と、観測された銀河や星々の質量が持つエネルギーの総量は大きく違う。その差を埋めるために暗黒エネルギーと暗黒物質の存在が仮定され、それらのエネルギーが見積もられた。その結果、驚くべきことに、暗黒エネルギーが宇宙エネルギーの
、暗黒物質がを占め、我々が知ってる星々が持つエネルギーは宇宙が持つ総エネルギーの僅かであることがわかった。宇宙エネルギーの大部分を占める暗黒エネルギーや暗黒物質の正体について我々はまだ多くを知らないのである。
§2 遠い星と近い星、重い星と軽い星
星の近くまで行かずとも、地球からはるか遠くにある星までの距離や、その星の質量を知ることができる。手にとって観測できないものを測定することは不可能なように思うかもしれないが、物理は三つの手段を使ってそれを可能にする。一つは「観測」であり、もう一つも「観測」であり、最後の一つが「考えること」である。
我々がいま知っている地球から最も遠い星までの距離は約である。このように、宇宙の話をするとき出てくる数字にはいつもたくさのがついている。数え間違いをする上に、何と読むのかもわからない。そのため「天体物理学」や「宇宙物理学」では光が年間に進む距離を長さの単位として使うことが多い。光は秒間に進むので、年間
に光は進むことになる。この距離を光年という。すなわち、
<3-1> (3.2.1)
である[1]。言い換えると、光年とはある点から地球上の我々に光が届くのに
年かかる距離である。したがって、
光年遠くにある星の姿は年前の星の姿である。この単位を使って最も遠い星までの距離をもう一度書くと、約
億光年である。つまり、今地球上で見ているその星の姿は
億年前の姿であり、地球が生まれたのは今から
億年前であるから、今見ているその星の姿は地球が生まれるはるか前の姿なのである。では、はるかかなたにある星までの距離をどのように測ればよいのであろうか[2]。
比較的近くにある星に対しては、オランダの地理学者が年に地球上の地点
から地点までの距離を測るために考えた「三角測量法」が使われる。実際に測るのは
の距離ではなく、
の点からに垂直で互いに逆方向に同じ距離だけ離れた
点と
をとり、そこからを見たと
が
に垂直な方向となす角度を測る。この角度との距離がわかれば、三角関数を使った簡単な計算でを求めることができるのである。の点が作る三角形の性質を利用して直接測ることが難しい点までの距離を求めることから、この方法が「三角測量法」と呼ばれるのである。今の場合はが星までの距離であり、
に垂直な
点としては、地球が太陽を挟んでちょうど反対に来た時の
点を選ぶ。別な点を選べば、この方法を使って地球から太陽までの距離も測ることができる。そのようにして測った太陽までの距離は
[光分]である[3]。また、沖縄県や小笠原諸島から観測できるケンタウルス座にあって、太陽に最も近い恒星のプロキシマ・ケンタウリまでの距離を測ると[光年]であることがわかった。
さらに遠くにあって三角測量法では距離の測定がむずかしい星までの距離をどのようにして測るのであろうか。一つの方法は星を区別する要素の一つである明るさ(光度)を利用する。 ところが“明るさ”はとてもあいまいな概念で、星を観測する環境に強く依存する。たとえば同じ星を都会の歓楽街で観測するのと富士山頂で観測するのとでは明るさが全く異なる。星の明るさをあいまいさなしに定義するために、まず明るさを「絶対的な明るさ(または「絶対光度」)」と「見かけの明るさ」にわけて考える。「絶対光度」は(測定出来るか出来ないかは別にして)星が
秒間で外部に放出する光エネルギーの総量
によって与えられる。この光エネルギーは星から
離れると面積がの球面上に拡がる。したがって、もし地球が星から
の距離であるとすれば、地球上の単位面積には星から
<3-2> (3.2.2)
の光エネルギーが到達していることになる。これを「見かけの明るさ」という。「絶対光度」は星によって決まるが、「見かけの明るさ」はが大きければ大きいほど減ることになる。
は地球上における観測で分かるので、もし何らかの方法で絶対光度
を知ることができれば、星までの距離
を(3.2.2)式から
<3-3> (3.2.3)
のように求めることができる。を知るためには星の近くまで行かないといけないように思うかもしれないが、地球からでも絶対光度を知る手段がいくつかある。特に周期的に明るさを変える「変光星」のなかで「ケフェイド型変光星」とよばれる星では、その変光周期が絶対光度と関係のあることが分かっている。したがって、地球からこの星の変光周期を測定して絶対光度を知ることができる。そのようにして得られた絶対光度を(3.2.3)式に使って、その星までの距離を求めることができる。「ケフェイド型変光星」は観測された星の数も多く、この方法で距離が測定された星(あるいは銀河)は多い。たとえば、万光年の距離にある「大マゼラン銀河」や
万光年もかなたの「アンドロメダ銀河」がその例である。
冬、南の空(南天)に観測される「おおいぬ座」にあって、青く輝くシリウスや、夏の南天に観測される「さそり座」にあって、赤く輝くアンタレスのように、地球上で観測する星は様々な色で輝いている。その星の色から以下のようにして「星の大きさ」がわかる。前提として三つの仮定に基づいた「星の標準模型」を使う。
- 星は輝き続けるほとんどの期間を電子と原子と分子から成る気体(ガス)として過ごし、その間は「熱力学」と「統計力学」を使って星を理解することができる[4]。
- 星の温度と星を構成する気体粒子の運動エネルギー
の間には「熱力学」が与える関係式
<3-4> (3.2.4)
が成り立つ。ここではボルツマン定数とよばれる定数であり、今はその値を知らなくても良い。
- 星が放出する光のエネルギーは原子や分子の反応によって生成され、その性質は「量子力学」によって理解される。
星が生まれ、原子・分子の反応によって星の内部に発生したエネルギーは万年くらいの長い時間をかけて星の表面に達し、光として外部に放出される。地球から輝く星を見る我々は星から地球に達した、星が放出するこの光を見ているのである。星からの光は様々な波長の光を様々な明るさで含んでいる。その明るさを波長ごとに観測すると、その波長の光が持つエネルギーがわかる。そのようにしてある星の輝きを調べると、どの星もそれが放出する光に次の二つの特徴を持っていることがわかった。
- 波長の短い光と波長の長い光は放出されるエネルギーが少なく、したがって明るくない。
- どの星も、最も明るい、したがって最も大きなエネルギーを持って放出される波長の光がある。
我々はこの最も明るい光の波長が持つ色を見て、その星の色としているのである。
一方、年にドイツの物理学者ウィーンは実験室で高温に熱せられた物体から放射される様々な光の波長を測定して、その中に含まれる最も明るい(したがってエネルギーの最も大きい)光の波長
と物体の温度の間に簡単な関係があることを発見していた。それは「ウィーンの変位則」と呼ばれている:
<3-5> (3.2.5)
ウィーンの変位則は温度が高い(熱い)物体が出す光の波長は短く(青く)、温度が低い(冷たい)物体が出す光の波長は長い(赤い)ことを示している。これから輝く星を観測した結果を結びつけると、その星の温度がわかる。
さらに、年にオーストリアの物理学者シュテファンとボルツマンは、高温に熱した物体の温度と、物体表面の単位面積を通って単位時間に放射される光のエネルギーの間には「シュテファン-ボルツマン則」と呼ばれる簡単な関係があることを理論的に証明した;
<3-6> (3.2.6)
これを使うと、半径を持ち温度の星が秒間に放出する光のエネルギー((3.2.2)式、(3.2.3)式に使われた絶対光度)は
<3-7> (3.2.7)
となるので、“熱い(の大きい)”星ほど大きなエネルギー
の光を放出することがわかる。
星の色()を観測し、それを使って(3.2.5)式と(3.2.7)式を組み合わせれば、次のようにして星の半径()を求めることができる。
- 地球上で星の色を観測してを求め、「ウィーンの変位則((3.2.5)式)」にそれを使って星の温度<3-8>を求める。
- 地球から見える「見かけの明るさ」と「星までの距離」がわかれば、それと(3.2.2)式を使って星が放出する光のエネルギーの総量(絶対光度)
<3-9>が求められる。
- とがわかれば、(3.2.7)式から星の半径を
<3-10> (3.2.8)
にしたがって求めることができる。
星は「輝く」と形容される。ただし、ここでいう「輝く」星は星自らが発する光で輝いている星(「恒星」あるいは恒星の集団である「銀河」)のことであって、他の恒星の光が反射して観測される星(地球のような「惑星」や月のような「衛星」)のことではない。なぜ星は輝くのであろうか。
標準模型は、星の光はすべて原子や分子の反応によって発生すると仮定する。すなわち、「量子力学」が教えてくれるように、原子の内部にある電子は原子に固有な一連のエネルギー(「エネルギー•スペクトル」)のどれかを持って存在する。電子はスペクトル中でそのエネルギーを変えることができる。エネルギーが小さな値に変わるとき、電子はエネルギーの差で決まる波長の光を放出する[5]。これが原子が発する光の正体である。放出された光を詳しく調べれば、その光が属するエネルギー•スペクトルがわかり、原子を特定することができる。いわばスペクトルは原子の“指紋”のようなものである。多数の原子が様々な波長の光を放出すると光は混合して白色に見えるが、それを「分光器」を使って波長ごとに分解することができるので、その観測から原子がわかるのである。このようにして星から出る光を観測して、その星がどのような原子から構成されているかを知ることができ、さらには含まれている原子から星が進化のどの段階にあるかを知ることができる。
地球上で観測した星をその色で分類することが昔から行われていた。なかでもピカリングとキャノンが提唱した星の分類は世界中で広く使われている。ピカリングとキャノンは星が発する光の中から最も強い光の波長を調べ、その波長の短い(青色系の)側から長い(赤色系の)側へ星を
段階にわけて並べ、そして星を型と分類した。「ウィーンの変位則」(3.1.5式)から星が発する光の波長と表面温度は反比例することがわかっているから、ピカリングとキャノンは星を高温側から低温側
に分類したと考えてもよい。特定の原子は特定の波長の光を発するので、分類された星を構成する主たる原子もその光からある程度わかる。それにしたがって型星の温度と星を構成する主たる原子を表にしておく(表)。太陽も恒星の一つである。太陽の表面温度は
であるから太陽は
型の星である[6]。
星(恒星)の色と、温度と、星を構成する主元素
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星の重要な要素の一つに質量があるが、地球上で物体の質量を測るようにそれを直接測ることはもちろんできない。したがって間接的に知るより方法はない。しかしながら、そのなかでも連星と呼ばれる万有引力で対を作っている星の場合には、観測を行なって二つの星がその質量中心からどのくらいの距離にいるかを知ると、以下に示すようにそれらの質量を比較的簡単に知ることができる[7]。どのように求めるかを理解するため、連星がたがいに円軌道上を一定周期で回転しているとする。いま二つの星
(と)の質量
ととすると
- 二つの星を結ぶ直線上の適当な定点から測った二つの星までの距離がとであるとする。このとき
から星の質量中心までの距離は
<3-11>である。したがって、から星までの距離をとすると、
は
<3-12>
であり、星までの距離は
<3-13>
である。したがって<3-14>とおけば
<3-15>である。
- 二つの星の換算質量をとすると、
で与えられる星間距離と周期の間には
「ケプラーの第三法則」で与えられる関係<3-16>の関係がある(本シリーズの「力学」参照)。ここで
は万有引力定数と呼ばれる知られた定数である。これから
<3-17>であり、また<3-18>から<3-19>であるので、最後に<3-20>と
<3-21>を使うと
<3-22>
を得る。最後の式は全て観測された量によって決まる。したがってそれからが求まり、<3-23>によって
が求められる。
このようにして、たとえば、連星シリウスを構成するシリウスの質量
とシリウスの質量が求められた。ここでは太陽の質量である[8]。
[1] 日常生活の典型的な長さから考えてたいへん大きな距離であるが、一方でこの大きな世界が作られたとき、すべてがのなかで起きたことを考えると、とても不思議に思うに違いない。
[2] 実際には一個の天体ではなく、多数の星を含む銀河のこともあるであろうし、その銀河が多数含まれる銀河集団のこともある。また恒星の最後の姿である超新星かもしれない。それらははるか遠くにあると一個の星として観測される。
[3] 「光分」は光が分間に進む距離で約
である。
[4] 岩や石だらけの地球を考えると意外に感じるかもしれないが、太陽系の大きな部分を占める太陽自身はその一生億年の大半を「熱力学」と「統計力学」を使って理解することができる気体として過ごす。いま太陽は億歳であるが、今もその性質を「熱力学」と「統計力学」を使ってほぼ理解することができる。それは他の恒星に対しても同様である。
[5] 原子のなかの電子がある波長を持つ光からエネルギーを受け取ってエネルギーが変わる時、もしそれがその原子のスペクトルに属するエネルギーであれば、電子は対応する状態に移りかわる。
[6] ピカリングとキャノンの分類記号を憶えるのがむずかしいと思うのは誰しもで、これには昔から面白い憶え方がある。それには男性用と女性用があって、男性用は「Oh, Be A Fine Girl,KissMe!」であり、女性用は「Oh, Be A Fine Guy, Kiss Me!」というのである。
[7] 連星を作っている星は想像以上に多い。全恒星のからが連星であるといわれている。
[8] 「天体物理学」では星の質量を我々太陽系の太陽質量の何倍というように表すことが多い。
§3 ヘルツシュプルング‐ラッセル(HR)図
地上から(最近は人工衛星を使って)たくさんの星を観測し、多くのデータが蓄積された。それからこれまでに人類が知り得た星の特徴を以下の表
にまとめておく。
星についてわかったこと
星の性質 | 数値 |
質量 |
|
光度 |
|
表面温度 |
|
半径 |
|
スペクトル | 青色~赤色 |
ここでは太陽の質量、は太陽の光度、
は太陽の表面温度、は太陽の半径を表す。
さらに、我々は以下の関係があることを知っている:
- スペクトルの最大波長()と温度の関係(ウィーンの変位則)
<3-24>
- 光度、半径
、温度の関係(シュテファン・ボルツマン則) <3-25>
星の測定から分かるつの量(明るさ
、温度、大きさ、スペクトルの最大波長に対して上の二つの関係(と)があるから、
つの量のうち独立な量はつである。そこで独立な量をと
に選ぶ。「シュテファン・ボルツマン則」を表す式の両辺の対数をとると
<3-26> (3.3.1)
である。ここでは
を与えると決まる定数である。したがって
を横軸にとり
を縦軸にとって観測された星を
平面上に置いた図を描くと、(3.3.1)式は大きさの同じ星
(すなわちの同じ星)が一直線上に並ぶことを示している。その直線は星が大きくなればなるほど図の上部に位置する。横軸の変数は温度の対数であるが、温度と星が発する光の波長はウィーンの変位則で関係している(反比例する)から、を光の波長あるいはピカリングとキャノンが分類した色に対応させることもできる。したがって、もしそのような図があれば図上の星の位置で星の明るさと熱さと大きさがただちにわかることになる。下の表に図上の星の位置と星の(明るさ、熱さ、大きさ)の関係をまとめておく。
図上の位置 | 「明るさ」と「熱さ」と「大きさ」 |
左上 | 明るく、熱く、大きい |
右上 | 明るく、冷たく、大きい |
左下 | 暗く、熱く、小さい |
右下 | 暗く、冷たく、小さい |
年、ヘルツシュプルングとラッセルは観測された星の
を
に読み替えてそれを横軸にし、観測された星を平面上においた図(ヘルツシュプルング-ラッセル図と呼ぶ)を実際に作って見せた[1]。そうすると、観測された星は全てが(3.3.1)式で予言された直線上に乗るわけではなく、直線から離れた二か所にかたまって存在する星のあることがわかった。
(3.3.1)式にしたがって直線上に並ぶ星を「主系列星」という。右上にある(したがって明るく、冷えた、大きな)星は熱くないので、ウィーンの変位則((3.1.5)式)から長い波長の光を発しており、したがって赤色に近い色をしている。これらの星はかなり大きく、なかには太陽の数十倍から数百倍の大きさの星もある。このことから、これらの星がある領域を「巨星分枝」といい、そこにある星を「赤色巨星」、とりわけ大きい星を「超巨星」という。おうし座のなかで赤く光る大きな星アルデバラン(型星)は代表的な赤色巨星で、オリオン座の左上にある明るい大きな星ベテルギウス(型星)は代表的な超巨星である。アルデバランとベテルギウスの半径、質量、
絶対光度、温度
を太陽の半径
、質量、絶対光度、温度を単位にして下の表に示した。
アルデバランとベテルギウスの半径、質量、絶対光度、温度
巨星 |
半径 |
質量 |
絶対光度(L[L
SUN]) |
温度(T[K]) |
アルデバラン |
∼40 |
∼2.5 |
∼100 |
∼4100 |
ベテルギウス |
∼700 |
∼20 |
∼10000 |
∼3600 |
HR図の左下部にある(したがって、暗く、熱く、小さい)星の集団は私達の太陽のような小さく軽い星がたどる最後の姿であり、暗く熱い(したがって、かすかに白く光っている)小さな星であることから「白色矮星」とよばれる。たとえば、冬の南東の夜空に「冬の大三角形」とよばれる大きな逆三角形を作る明るい星が三つある。その逆三角形の下の頂点が前節の最後で紹介した連星シリウス(大きなシリウスAと小さなシリウス
B)である。逆三角形左上の頂点にプロキオンという星がある。プロキオンもシリウスと同じように連星で、小さなプロキオンBを伴っている。これらのうち、小さなシリウスB(A型星)とプロキオンB(F型星)がともに白色矮星である。シリウスとプロキオンの質量と絶対光度を以下の表に与えてある。
シリウスとプロキオンの質量と絶対光度
星 |
質量(M[
MSUN]) |
絶対光度(L[
LSUN]) |
シリウスA |
2 |
26 |
シリウスB |
∼1.06 |
∼0.6 |
プロキオンA |
∼1.5 |
∼5.8 |
プロキオンB |
∼0.6 |
∼0.0002 |
この表からおもしろいことに気がつく。プロキオンの連星とシリウスの連星の質量と光度を比べてみる。そうすると
<3-27>
質量:MBMA
∼0.4
(プロキオン)0.5
(シリウス)
光度:LB
LA∼
0.00003(プロキオン)
0.02(シリウス)
であり、すぐ気がつくように、プロキオンもシリウスも連星の質量がそれほど違わない(たかだか
1/2である)のに、それらの光度がとても違う
130,000∼150のである。なぜ連星の光度だけがこれほど違うのであろうか。これには理由がある。それは後で説明する。
光を発しないため、HR図上に示されていない星がある。「中性子星」と「ブラックホール」であり、ともに主系列星にあった重い星が“死後”に残した星である。冒頭に述べたように、ブラックホールに関しては詳細に立ち入らないが、中性子星に関しては§6として単独の節を設けた。
このようにHR図は星が特徴ある様々な形態(主系列星、巨星、超巨星、白色矮星)で存在することを教えてくれる。では、どのようにして星は様々な形態に分かれるのであろうか。また、様々な形態の星は互いにどのような関係にあるのであろうか。さらに、これらの星の内部では何が起きているのであろうか。次はこれらの疑問に答えていくことにする。
[1] (log
T-logL)図と
HR図は横軸の増減が逆になることに注意せよ。
§4 明るく輝く星の誕生と一生
「宇宙には星がいくつあるのか?」と問われることがある。大きさや明るさのどこからどこまでを星というのかあいまいな場合もあるが、肉眼で見える星がおよそ5,600個、理論的には
1,000億(=1011
)個といわれており、オーストラリアの天文学者が観測に基づいて推定した宇宙にある全ての星の数が
7×1022個ということになっている[1]。
星と星の間の空間には何もないと思うかもしれないが、実はそうではない。様々なデータを詳しく調べると、星以外の空間は宇宙のかなり大きな部分を占めており、そこは主に希薄で低温の水素とヘリウムの気体で満たされている。もちろん宇宙には水素とヘリウム以外にも様々な原子が存在する。そのなかで比較的多く存在するのは鉄原子である。後にわかるように、それには理由がある。
我々の太陽系が属する銀河も含め、多くの銀河は渦巻状に星が分布した円盤形をしている。渦巻き状の円盤のなかには星(物質)がたくさんある部分と少ない部分が腕のようになって、星の濃い中心部に巻きつくようにゆっくりと回転している[2]。星間ガスの半分は回転面全体に薄く分布しているが、半分は渦の中心部で分子雲とよばれる“星の素”を形成している。
銀河が形成されてからその中に星が誕生するまでは次のように考えられている:
- 重力で集まった星間ガスが万有引力で引き合って収縮を始め、その中心部が次第に高温になる。
- 収縮する星間ガスはさらに周辺のガスを吸収してその質量を増加させ、万有引力も大きくなり、周辺のガスをますます強く引きつけ吸収する。収縮で高温になってしだいに増す中心部のガス圧と釣り合いを保ちながらガスはさらに収縮する。中心部にあるガスの圧力が上がって中心部は加熱されてますます高温になり、その熱の一部が赤外線として星の外に放出され始め、外部からでも熱くなったガスが観測できるようになる。この段階の星を「原始星」という。(1)が始まってからここまで10万年から
100万年である。
- 原始星はエネルギーの一部を赤外線として星の外に放出することによって星中心部の温度が少し下がる。そのため内部のガス圧が低下し再び万有引力による収縮が始まる。
- 原始星の質量が0.08MSUN
以下の場合には、質量の小ささのために万有引力がそれと逆向きに働く内圧に勝てず、収縮が途中で止まってしまう。そして熱がまだ星の外に放出され続けているため、ガス全体が冷えて「褐色矮星」とよばれる星となる。
- 質量が0.08MSUN
以上の場合(我々の太陽の場合)には比較的強い万有引力のため収縮が継続し、内部温度がさらに上昇する。収縮が継続し温度が
10,000,000[K]に達すると中心部で水素の核融合が始まって温度が一気に上昇し、多くのエネルギーが星の外に放出され、星は輝き始める。この段階で星は「恒星」となり、
HR図にある主系列星のどこかに居場所を定める(ここまでが(1)から約
10,000,000年である)。
このようにして星は誕生する。最も軽い原子である水素から始まった核融合は内部の温度が上昇するにしたがって、次々と重い元素を燃料とする核融合に引き継がれ、内部にあるすべての元素が燃え尽きたときにその星の寿命が終わる。星は重ければ重いほど万有引力が大きくなって圧縮も強くなり温度も上昇するので、燃えにくい重い元素が早く燃焼し、寿命も早く尽きる。それと反対に、星の質量が軽ければ万有引力が弱く、燃焼がなかなか進まないために、星の寿命は長くなる。下に、次節のシナリオにしたがって星の質量から見積もった寿命(上限)を表にして与えておく。質量は太陽の質量を単位に与えてある。
星の質量と寿命
星の質量(MSUN) | 寿命(年) |
100 |
2.7×106 |
50 |
5.9×106 |
10 |
2.6×107 |
5 |
1.0×108 |
2 |
1.3×109 |
⇒
1(太陽) |
1.0×1010 |
0.7 |
4.9×1010 |
0.5 |
1.7×1011 |
地上に人類が現れたのが太陽誕生から4.6×10
9年後であったことを考えれば、我々の太陽が軽かったことに感謝しなければいけない。なぜなら、この表からわかるように、もし太陽が2倍重く生まれていたら、太陽は人類が現れるまで待つことができずにその寿命を終えていたであろう[3]。
それでは、なぜ軽い星は長生きし、重い星は短命なのであろうか。その答えは星の内部で燃料が燃える仕組みにある。
【エネルギー源としての原子核】
1926年エディントンは、星ができたとき、それを安定に保つのは三つの異なる状況で現れる三種の力の釣り合いが必要であることを「相対性理論」に基づいて示した。その三つの異なる状況とそこで現れる三種の力は
- 「力学」的な力で、星を圧縮する万有引力
- 「熱学」的な力で、星を膨張させる気体圧
- 「電磁気学」的な力で、星を膨張させる光の輻射圧
である。1の星を圧縮する力が
2と3の星を膨張させる力の合力と釣り合うが、ラッセルとボークトはそれがどのような状況で釣り合うかを決めるのは主として星の質量と化学的な組成であることを示した
(1927年)。すなわち、星の質量は万有引力の強さを決め、化学的な組成は気体圧や輻射圧を生じる原子核反応に関係する。
自然界にはたくさんの力があると思うかもしれないが、実は自然界には「重力」、「“弱い力”」、「電気と磁気の力(電磁気力)」、「“強い力”」とよばれる4種の力しか存在しない。これらは力が及ぶ距離と強さが非常に異なり、特に「“弱い力”」と「“強い力”」は我々に気がつかれる形で日常生活に現れることはない。しかしながら、星の進化にはこれら全ての力がそれぞれの重要な役割を果たす。すなわち
- 原始星ができ、それが主系列星に至るまでは、この中の「重力」と「電磁気力」がその役を演じる。
- 主系列星になってから寿命が尽きるまでは四つの力すべてがかかわる。
ラッセルとボークトの時代には「重力」と「電磁気力」の存在だけが知られており、あとの二つの力は知られていなかった[4]。「“弱い力”」と「“強い力”」が知られたのは20世紀半ばである。そのために、ラッセルとボークトが描くことができたのは原始星ができて主系列星に至るまでのシナリオであった。
では原始星が誕生してから四つの力の下で星はどのようにその一生を送るのであろうか。その説明にはアインシュタインが
1915年に発表した「一般相対性理論」の知識を少し借りないといけない。難しい理論は抜きにして、必要なことだけを与えておく。「相対性理論」が教えることの一つに「質量のある物質はその質量をエネルギーに変えることができる」という「質量とエネルギーの等価性」がある。具体的には、質量mがエネルギーに転化すれば、それは
<3-28> (3.4.1) E=mc2,
質量とエネルギーの等価性
だけのエネルギーを生み出す。ここで<3-29>c
=3×108[m/s]は光の速さ(光速)である。たとえば1[g]の質量をエネルギーに変えることができれば、それは<3-30>1[g]×
(3×108[m/s])2
=9×1013[J]
のエネルギーを生み出す。これは30
[W]の蛍光灯を10万年間にわたって連続点燈させるエネルギーに相当する。
星の内部ではこの質量からエネルギーへの転換によって質量が“燃え”、エネルギーが発生するが、それを引き起こすのが「原子核反応」であり、特に「核融合」とよばれる反応である。「核融合」では融合する原子核によって発生するエネルギーの大きさが異なる。
「原子」は、その中心にあって大きさが10-14
[m]程度の「原子核」とその周囲を取り巻く「電子」から出来ており、
10-10[m]程度の大きさを持っている。原子の中心にある原子核は、やはり原子内部にある電子と同数の「陽子」と、陽子とほぼ同数の「中性子」からできている。「陽子」と「中性子」は原子核を作るので、それらを総称して「核子」という。「陽子」と「中性子」の質量は等しく、ともに1個の質量は電子の
1個より2,000倍も大きい。たとえば
He原子は2個の電子と原子核から構成されており、原子核は2個の陽子と
2個の中性子(したがって
4個の核子)からできている。このことからHeの原子核を
( 24He
)と記す[5]。
星のエネルギー源となる核融合の基本的な過程は、二つの原子核Aと
Bが一つの原子核
Cに転換する過程である。この転換はAの質量
(MA)と
Bの質量(
MB)の和がCの質量
(MC)より大きいときに可能になり、それが生じるとMA+
MB-MCc2のエネルギーが発生する(これをAと
Bが“燃える”という)。
例えば二種類の原子核Aと
Bの反応から始まって、周囲にある他の原子核Dも含み、最後に原子核Eを生じる二段階融合反応を考える:
- (反応I)
A+B→C
- (反応II)
C+D→E
この核融合反応では二つの過程で以下のエネルギーが発生する
- (反応I)
(MA+MB-MC
)c2のエネルギーが発生する。
- (反応II)
(MC+MD-ME
)c2のエネルギーが発生する。
最終的に、この核融合反応では総計
(MA+MB
+MD-ME)c2
のエネルギーが放出されることになる。ここで(MA
+MB+MD)は核融合反応を引き起こす原子核の質量の和であり、MEは反応で生成された原子核の質量である。つまり反応前後で反応に関わる原子核の質量の差がエネルギーに変わることになる。
しかしながら、この反応の実現を難しくすることが一つある。反応に関係する力が非常に短い距離でしか働かないため、反応を起こすためには原子核をその距離まで接近させなければならないのである。この距離は原子の大きさの
1100,000∼110,000
倍という短い距離で、正電荷を持つ原子核をこの距離まで近づけようとすると、非常に強い電気的反発力が働く。それに打ち勝って原子核を接近させるためには非常に大きなエネルギーが必要になる。もし最初の反応が起きさえすれば、その反応で発生したエネルギーを次の反応に利用することができ、核融合反応が次々と連鎖的に起きる。これを「連鎖核反応」という。
以下に連鎖核反応が実現するとして、最も反応が起きやすい水素の核融合反応を具体的に与えておく。以下で
Dは重水素の原子核、
Tは三重水素の原子核、4
Heはヘリウム原子の原子核、nは中性子である。
D+T→4
He+n
【道草】 融合反応を制御して自在にエネルギーを取り出そうとするのが核融合発電である。核融合発電は、反応と同時に放射性元素が生成される核分裂を使う原子力発電と違って、有害な放射線を発生することもなく、また融合に使う材料も豊富に存在するので、有効なエネルギー源として期待されている。しかし星の中と違って、最初の反応の引き金となるエネルギー供給が難しく、いまだに実現していない。たとえば
He生成の融合過程は上の反応式であるが、反応に使われる重水素は天然の水に(0.014∼0.015)%の割合で存在するので、資源の枯渇を心配する必要はほとんどない。さらに三重水素も天然に豊富にあるので案ずる必要はない。難しい問題は正の電荷を持つ原子核の間に働く、接近すればするほど強くなる反発力に逆らって二つの原子核を接近させ、最初の融合を起こすことである。最初の融合を起こすことが出来さえすれば、そこで発生するエネルギーと中性子を使って引き続く反応が可能になる。最初の反応を起こすために原子核を熱してその熱エネルギーを使う手段が考えられており、熱する方法として8千万度のプラズマが使われるが、問題はそのような高温状態のプラズマを格納する容器がないことである。現在は容器の代わりに強い磁場を使ってプラズマを閉じ込めるやり方が有力な方法として提案されているが、まだ融合反応が起きるほど十分長い時間の閉じ込めには成功していない。
主系列星の中心部では高い温度のために多くの水素原子が正の電荷を持つ陽子と負の電荷を持つ電子に電離しており、その外側からの重力が普通の環境下では接近を妨げる電気力に勝って陽子同士を接近させ、重水素の原子核が生成される核融合反応を起こさせる[6]。この反応で重水素の原子核はエネルギーを持って生成され、そのエネルギーを利用して重水素核が周囲にある三重水素の原子核と反応してヘリウムの原子核を生成する。このとき発生する中性子が周囲にあるLiと反応して次の三重水核を作るのに使われ、そして反応が継続する。
【主系列星】
原始星の内部で核融合反応が始まったときが、原始星が一つの星になった瞬間である。このようにして、いったん水素を燃やしてヘリウムができる核融合反応が始まると、燃料となる水素がある限りその核融合反応が進んでいく。最初の段階からもう一度どのように反応が進むかをまとめておく。
- 原始星の重力が内圧に打ち勝って中心部を圧縮し、中心部の温度が上昇する。
- 中心部の温度が上昇すると、そこで水素の核融合が起こり、内部の温度が上がって圧力が大きくなり中心部が膨張を始める。
- 中心部が膨張すると内部温度が下がるので核融合の割合が減少し、その結果内部の圧力が減少する。
- 内部の圧力が減少すると中心部外側からの重力が内圧に打ち勝ち、中心部が逆に圧縮されて
1の状況に戻り、中心部の温度が上がって1→
2→3→4→1のサイクルが繰り返される。
この繰り返しは中心部で燃える“燃料”の水素が燃え尽きるまで安定な状態を保ちながら長時間継続する。我々が観測する明るい星の大多数がこの段階にある。
このように、様々な熱核反応は星を輝かせる重要な物理過程である。その熱核反応に対して、ユダヤ人であったためナチスによる迫害を受け
1935年に米国に移住した物理学者のベーテは、星のエネルギーを生み出す中心的な役割を果たしている熱核反応は小さな星と大きな星で異なるという、天体現象における物理学の積極的な役割を初めて強調した理論を
1939年に提唱した[7]。それは:
- 小さな質量を持つ星の主たるエネルギー源は水素原子の原子核である陽子同士の連鎖的核融合反応である。反応は次のような過程で起こる。以下で+eは陽電子、
νはニュートリノ、
3Heはヘリウム同位体のヘリウム3
、γは光子である:
- (1)p+p
→D++e+ν
- (2)D+p
→3He+γ
- (3)3He
+3He→4He+
p+p
最後の反応に関与する2個の
3Heを生成するためには計6
個の陽子が必要であるから、結局この1サイクルが終わると
6個の陽子から多量のエネルギーとともに
1個のヘリウム原子核、
2個の陽子、2個の陽電子、
2個のニュートリノ、
2個の光子が生成される[8]。このとき中心部で発生したエネルギーは中心部から星の外周部に向かって伝えられ、星の表面に達したエネルギーは光となって表面から放出される。中心部で発生したエネルギーが表面に達するまでに要する時間はおよそ
10万年である。このとき核融合反応で発生したニュートリノは周囲と反応せずに星の外にそのエネルギーを持ち去り、結果的に星を冷やす役目をする[9]。この陽子の連鎖反応が
1サイクルを終えるのに約
10億年の時間がかかる。それにも関わらず、星がはるかかなたから観測されるほどに輝くだけのエネルギーが生まれるのは、とてつもなく多数の陽子が同時に、かつ絶え間なく、上の反応を起こすからである。
大きな質量を持つ星の主たるエネルギー源となる熱核反応は「CNO
サイクル」とよばれ、炭素(C)、窒素
(N)、酸素
(O)を触媒とした陽子-陽子の連鎖反応である。CNOサイクルは3.8億年で1サイクルを終えるので、1サイクルに
10億年かかる陽子-陽子連鎖反応よりも3倍近く速く進み、しかも陽子と陽子の反応サイクルとほぼ同じエネルギーを発生する。CNOサイクルは重い元素を内部に持つ高温の重い(M>2M
SUN)星で起こる。我々の太陽はこれほど重い星ではないが、エネルギーの
1.6%を
CNOサイクルで生成している。
- p+12C→
13N+γ
- 13N→
13C++e+ν
- 13C+p→
14N+γ
- 14N+p→
15O+γ
- 15O→
15N++e+ν
- 15N+p→
12C+4He
サイクルの最後に生成された12Cはもし周囲に陽子があれば上の反応を繰り返す。この反応は周囲に4
Heを蓄積しながら、陽子が無くなるまで続く。
星の内部の核融合反応で発生した熱は星の表面に向かって運ばれるが、その輸送は熱の対流と輻射による。質量が大きく
(∼10M
SUN
)、かつ熱い
(∼4TSUN)星の場合には、その中心部の温度は2千万度くらいに達し、
CNOサイクルが主たるエネルギー源である。このときのエネルギーの輸送は中心部では対流が主となり、外側に運ばれたエネルギーは輻射によって星の表面まで運ばれる。対流でエネルギーが運ばれる内部の体積は星全体の
1/4くらいを占め、中心部のエネルギー生成が大きくなればなるほどこの対流域の体積が増える。
一方、暗く(L∼0.56L
SUN)軽い(∼0.6
MSUN)、スペクトルが
M型およびK型の主系列星や赤色矮星は重力が弱く、中心部の温度が9×106
[K]程度にしか達しない。そのため
CNOサイクルが生じにくいので、陽子-陽子連鎖反応が星の主たるエネルギー源となる。このときのエネルギー輸送は質量の大きな星とは違って、中心部では輻射による輸送が主となり、外側では対流によってエネルギーが星の表面まで運ばれる。輻射でエネルギーが運ばれる内部の体積は典型的な赤色矮星で全体の1/10くらいである。
我々の太陽はスペクトルがG型の主系列星に属する星であり、その寿命の約半分を終えた星である。中心部の温度は1,400万[K]
で、そのエネルギー生成は主として中心部の陽子-陽子の連鎖的核融合反応によって行なわれ、補助的に
CNOサイクルが稼働している。エネルギーの輸送機構は赤色矮星に似ているが、対流域が星全体の1/50と非常に小さい。すでにかなり長期
(45億年)にわたって陽子-陽子連鎖反応を継続してきたため、中心部には燃えた核の“灰”が多量にたまっている。
このようにして主系列星にある星は“輝き”を続けるが、燃料を使い果たすとその輝きを失い一生を終える。では星はどのくらいの時間で一生を終えるのであろうか。連星の研究から、似た光度の星は多くの場合ほぼ同じ質量を持ち、光度L
と質量Mの間に
L∝M3∼4の関係のあることが知られている。一方、質量Mの星の質量が全てエネルギーに変えられたとすると、最大で
Mc2のエネルギーが生成される。光度
Lは星が1秒間に星の外部に光として放出するエネルギーであったから、したがって星の寿命の上限は
<3-31> (3.4.2) 星の寿命の上限
=Mc2L[
s]∝1M2∼3
[s]
のように、一般に質量で決まることがわかる。したがって、Mが大きく重い星は
L∝M3∼4
であるからLが大きく明るく輝くが、短命に終わる。つまり「星は重く短くか、軽く長く」生きるのである。たとえば太陽の10倍重い星は太陽より1,000∼10,000倍も明るいが、寿命は太陽より短く、その
1/100∼1/1,000である。
【太陽ニュートリノ】
前節で、燃焼する星のエネルギーを外部に持ち去るニュートリノという粒子があった。ニュートリノは、
21世紀に入って続けて日本人研究者にノーベル物理学賞が与えられたことから何度もニュースに現われたので、耳にしたことがあるかもしれない。以下で説明するように、ニュートリノは星の進化に密接に関係し、星や宇宙の寿命を決める重要な粒子である。そのためニュートリノの性質を知ることはとても重要であるが、地上でその性質を知ろうとすると特殊な理由があってとても難しい。そのニュートリノについて少し話すことにする。
星の「標準模型」にしたがえば、星は「陽子の連鎖反応」と「CNOサイクル」という燃焼機構を通じてエネルギーを生み出しながら進化する。重い星が発する光のスペクトルは
CNOサイクルが稼動してできる重い元素の存在を実際に示しており、「重い星はCNOサイクルによって燃焼し進化する」という標準模型と矛盾しない。我々の太陽の場合は中心部分で起こる核融合反応で発生した光が10万年かかって表面に到達する。そして表面から発せられた光は我々に暖かさとともに太陽内部の情報をもたらしてくれる。そのときに標準模型が正しければニュートリノ
(νという記号で表す)も太陽中心部の核融合反応によって作られる。ニュートリノは物質とほとんど反応せずに星の外に飛び出すので、もしその量やエネルギーが測定できれば、それらを理論的に与える星の標準模型の検証になる。
ニュートリノは本巻の第一章でも現れた粒子の一つで、他の粒子と力をおよぼし合わない“お化け”のような不思議な性質を持っていて、普通の方法でその存在を検知することがとても難しい[10]。実際に、ニュートリノの測定は科学史上最も困難な測定の一つであった。その困難を克服してニュートリノの存在を人類が直接観測したのは1987年のことであり、それを行った小柴昌俊は2002年にノーベル物理学賞を受賞した。小柴は岐阜県神岡山中の地中深くに、ニュートリノの発するごく微弱な信号を感知する高精度の測定器を設置した。
標準模型にしたがえば、多くの星からたくさんのニュートリノが宇宙に放出されているが、ニュートリノは他の物体と力をおよぼし合わないため、宇宙の何にもほとんど邪魔されずにどこまでも宇宙をただよう。地球上にも遥か昔に遥か遠くで生まれた無数のニュートリノが絶えず降り注いでいる[11]。そのニュートリノは地球も我々の体も素通りして地球を飛び去って行く。他の多くの粒子や物体も地球をめがけて宇宙のあらゆる所から飛んで来るが、その大部分は地球に到達するはるか手前で他の天体や物体に邪魔をされ、かろうじて地球に到達した粒子や物体も地球の大気に入るや否や(流れ星のように)大気との摩擦で燃え尽きるか、あるいは方向を変えて飛び去る。なんとか地上に到達した粒子や物体も地表から地中に僅かな距離を潜り込んだだけで停止してしまう。したがってもし地球上でニュートリノを測定しようと思うなら、たとえば山中の地中深くに粒子ニュートリノの測定器を設置すればよい。そうすると、ニュートリノ以外の粒子や物体はそこまで到達できず、そこにはニュートリノしか到達できない。そうであるから、もし測定器がニュートリノの発する微弱な信号を感知するほど高性能であれば、他の粒子や物体に邪魔されずにそれを検知できるはずである。これが小柴の考えたことである。
元々小柴の目的は当時話題になっていた太陽から飛来するニュートリノを測定することにあった。
1967年、ニュートリノ観測の先駆者デービスは米国サウスダコタ州の金鉱地下に巨大な空洞をつくり、そこに高精度の測定器を設置して標準模型が太陽から地球に到達すると予言した数のニュートリノの測定を試みた。しかし彼が測定したニュートリノは標準模型が予言した数のわずか30%であった。デービスを含め多くの研究者はそれは測定の間違いであると思いたかった[12]。もしデービスによる測定の数値が正しければ、我々が標準模型に基づいて理解したと思っている太陽の性質に大きな疑問が生じ、さらには標準模型さえも信頼を失い、これまでの宇宙に関し人類が得た理解の信ぴょう性を揺るがしかねない。したがってこの大きな食い違いは深刻な問題であった。
ニュートリノの測定は困難をきわめたが、1990年代になって新たに観測に加わったイタリア、ロシア、日本の3グループがデービスの測定結果を確認した。すなわち太陽から地球に到達するニュートリノは間違いなく標準模型が予言する数の1/3なのである。これは星の進化に対する標準模型の正当性に投げかけられた疑問を強める結果であり、この謎の解決は「太陽ニュートリノ問題」とよばれた。はたして標準模型が正しくないのか、あるいは我々が宇宙のなかでもっとも良く知っていると信じていた太陽の理解に何か間違いがあったのか、それに答えなければならなかった。
「太陽ニュートリノ問題」解決のヒントは20世紀後半の「素粒子論」の進歩からきた。20世紀半ばを過ぎた頃、ニュートリノには
3種類のニュートリノのあることがわかり、太陽内部で陽子の連鎖的核融合反応から発生し地球に到達すると考えられるニュートリノはその中の電子ニュートリノとよばれるものであって、測定装置も電子ニュートリノを測定するよう作成されていた。ところが1967年、素粒子論がニュートリノが他種のニュートリノに姿を変える“ニュートリノ振動”という現象があることを予言した。太陽から地球に飛来する電子ニュートリノが少ないのは、地球に到達する前にその一部が他種のニュートリノに姿を変えてしまった可能性がある。それを確かめるためには、測定器が電子ニュートリノのみならず、他種のニュートリノも測定しなければならず、ニュートリノの測定はますます難しくなった。
ニュートリノの測定に日本、カナダ、イタリアの新施設がさらに加わわり、そのなかでついに
2013年、日本の観測グループがニュートリノ振動の証拠を捕らえることに成功した[13]。そして、太陽から地球に飛来した電子ニュートリノの数が標準模型の予言した数より少ないのは、ニュートリノ振動によってそれが他種のニュートリノに転換したことによるとわかった。電子ニュートリノが転換したとされる他種のニュートリノの数を測定し、同時に測定した電子ニュートリノの数に加えると、その数は太陽が生成すると標準模型が予言した電子ニュートリノの数に完全に一致することがわかった。そして、宇宙に関する標準模型の正当性は失われることはなかった。
[1] 推定数は3億光年程度までの遠くにある星の観測に基づいている。しかしながら、宇宙の大きさは138億光年と考えられている。そのなかにはたくさんの銀河があり、また暗くて観測されない銀河もたくさんあるに違いない。一つの銀河に星が
1,000億個ほどあると推定されるから、宇宙にはまだまだ多数の星が存在するのであろう。
[2] 我々の銀河の回転速度は毎秒220
[km]でありとても速いように思うかもしれないが、我々の銀河が誕生して以来、銀河は
130億年間にまだ20
回ほどしか回転していない。
[3] もっとも重ければ重いで、重力が二倍になることで様々な条件が変わり、その星に人類が生まれることができたかどうかはまた別な問題である。
[4] 「重力」と「電気と磁気の力」は我々の生活する範囲から宇宙の大きさにまで作用が及ぶ力であり、その存在と影響を容易に知ることができる。しかし「“弱い力”」と「“強い力”」は作用を感じることができないほど短い距離
10-15[m]でしか働かないために、20世紀になるまでそれを発見することが出来なかった。
[5] 上付き添え字の4は核子(陽子+中性子)の総数、下付き添え字の2は陽子の数を、したがって
eを単位とした原子核の正電荷数を表す。
[6] 二つの陽子が大体10-15
[m]まで接近することができれば、<3-32>
p+p⟶D+e++ν
e(ニュートリノ)の反応を通じて重水素の原子核(D)が作られる。二つの陽子を
10-15[m]まで接近させるには相当の力が必要であるが、星の中心部では莫大な重力によってそれが実現する。
[7] ベーテはこの1939年の業績によって
28年後の1967年にノーベル物理学賞を受けた。
[8] 実際にはこの他に2個のニュートリノと、
2個の光子が発生する。
[9] 地球上で陽子と陽子の連鎖的融合反応を人工的に起こそうと、二つの陽子を接近させても
10億年に1度の割合でしか起きないが、星の内部には水素が多量にあるため反応は数多くかつ長期にわたって起き、多量のエネルギーを発生することができる。もし
2つの陽子を接近させて10
億年に1度の割合で反応が起きるとすれば、
1016個の陽子があると
1秒間に一度はそのうちのどれかが融合反応を起こしている計算になる。
「1016個の陽子」は大変に大きな数と思うかもしれないが、 1グラムの物質の中にある陽子の数が
1024個であることを考えれば、
1016は決して大きな数ではない。
[10] 未知粒子の性質は、性質をよく知っている他の粒子と未知粒子が作用する状態を観測して知る以外に方法はない。したがって、他の粒子と力をまったく及ぼさない粒子の性質を知ろうとすることがいかに難しいか、その理由は理解できるであろう。
[11] 太陽からだけでも地球上の1
m2に毎秒660個のニュートリノが“降って”いる。
[12] 後でわかるように、この数値は正しかった。デービスは世紀の大発見を逃したのである。
[13] 日本のグループは筑波にある「高エネルギー加速器研究機構」の陽子加速器で発生させたニュートリノを
295[km]離れた岐阜県神岡町の山中地下深くにある検出器に向けて発射し、ニュートリノが地中を飛行する過程で他種のニュートリノに変わる個数の測定を試みた。イタリアのグループはスイスにある欧州原子核研究機構
(CERN)の加速器で作られたある数のニュートリノを730[km]離れたイタリアのグラン・サッソ山中地下深くにある検出器に向けて発射し、やはりそれが他種のニュートリノに変わる数の測定を試みた。いずれも、ニュートリノが他から影響されないことと、地球が丸いことにより生じる地面のわずかな曲がりを利用した壮大な実験である。
§5 輝きを終えた星の運命
長い時間(太陽で約100億年)を主系列星として過ごした星は、水素が燃えつきた後、「力学」と「熱力学」の法則にしたがってその後の時間を送る。その過ごし方は軽い星と重い星で異なる。
【軽い星の運命】
軽い星M∼(1
∼6)MSUNの場合は我々の太陽の将来を含むので、興味があるのではないだろうか。そのような星は次のような過程をたどって一生を閉じる。
- 星の中心部にある水素が燃焼する過程で生成されたヘリウム原子核が中心部に徐々にたまっていく。
- 水素燃焼がある程度進むと燃料の水素が少なくなるので燃焼で生じるエネルギーが減少し、中心部の温度と内圧が下がり、外周部にある物質が重力で中心部に向かって落下し、星が収縮を始める。ある程度星が収縮すると中心部の圧力が高まって中心部の温度が再び上がり、それが中心部周辺を加熱して、そこに残った水素を燃焼させる。
- その水素燃焼による輻射圧で星の半径が急速に増加する。
- 急速に半径が増大したため星の中心部と表面の温度差が大きくなって強い対流が発生し、内部から表面に向けて熱い気体が送りこまれる。そのため星がいっそう大きくなり光度が増すが、同時に星が安定する。この状態の星を「赤色巨星」という。このとき星の半径は
R∼160RSUN、絶対光度はL∼2,000LSUN、温度は
T∼3,500K<
TSUN程度に達する。
- 燃焼がとまると星は重力によってゆっくり収縮するので、冷えた中心部の温度が徐々に上昇する。温度が
2×108K
になると水素燃焼によって生成された中心部にあるヘリウムが燃え始め、その熱で中心部の外側にある残った水素が燃焼を始める。
- 中心部にあるヘリウム燃焼により熱が大量に発生して中心部が急速に膨張するため、熱力学が教えるように中心部の温度と圧力が急速に低下し、ヘリウムと水素の燃焼が停止する。
- 燃焼による熱がなくなると内部の圧力が下がって外周部が重力で中心に向かって落ち込み、星全体が収縮する。
- 収縮によって中心部の温度が急速に上がり、残ったヘリウムが再び燃え始める燃焼温度に達し、生成元素である炭素が中心部に増え始める[1]。
- ヘリウムが燃焼し尽くされると中心部の圧力が低下するため、再び重力で外周部が中心に向かって急速に落下する。
- 重力落下によって外周部が持つ大量の位置エネルギーが熱エネルギーに変わり、その熱で中心部の周辺に残った水素とヘリウムが燃焼を始める。
- 再び対流によってその熱エネルギーが星の表面に運ばれ、その結果表面近くの温度が上昇して星の半径が増大し
(R∼180R
SUN) 、絶対光度が
L∼3,000LSUNの赤く光る超巨星が誕生する。
- 表面近くの温度が上がると圧力も上がり、それが星の外周部を内部に落下させようとする重力に打ち勝って外周部を外側に押し出し、それを希薄な気体にする。
- わずかに内部に残ったヘリウムの断続的な燃焼によって発生したエネルギーがある程度たまると、外に押し出された希薄な気体と気体化されずに外周部に残った物質がそのエネルギーで一気に星の外に吹き飛ばされ、星は宇宙で最も美しい情景といわれる惑星状の「星雲」を創り出す(たとえば1786年にできたキャッツアイ星雲)。
- ここまでの燃焼過程で中心部には最終的に炭素と酸素が残り、星は冷えて光を失って「白色矮星」となり、その生命を終える。
以下で、我々の太陽を含む軽い星の最後の姿である白色矮星の様子を少し詳しく話そう。
【白色矮星】
軽い星の一生に対して描かれたシナリオの正しさは、最後の星の姿とされた白色矮星の発見によって裏付けられた。最初に白色矮星を発見したのはベッセルである。1844年のことであった。ベッセルはこれまでたびたび登場した「冬の大(逆)三角形」の下の頂点にある連星シリウスの伴星であるシリウスBを発見した。そのシリウスBが以下の解析で白色矮星とわかったのである。
§2で、星の観測から得た温度
Tと絶対光度Lから半径Rが
<3-33> (3.5.1) R=1T2
L4πσ
が得られることを知った。これにベッセルが発見したシリウスAと
Bの表面温度
TA,TB
と絶対光度LA
,LBからシリウス
AとBの半径の比が
<3-34>RA
RB=TB
TA2LA
LBのように与えられるから、これに観測で得られた温度と光度の比<3-35>LB
LA∼0.001を代入するとシリウス
Bの半径がシリウス
Aの半径RAを使って
<3-36> (3.5.2) RB∼0.005R
A
と表される。シリウスAの半径が
RA=1.76R
SUNであるからRB
=0.01RSUNとなり、したがってシリウス
Bは地球とほぼ同じ大きさを持つ小さな星であることがわかる。また
LBLA
∼0.001からわかるように、シリウスBはシリウスAに比べて非常に暗い。地球から観測されるシリウス
Bの色がスペクトル上の白色領域にあり青白く光る星なので、結局シリウス
Bは「白色矮星」であると同定された。
1989年に欧州宇宙機関はヒッパルコス衛星を打ち上げ、すでに発見されていた白色矮星のより細密なデータを収集した。そのデータを解析することによって既知の白色矮星の大きさと質量が非常に良い精度で得られた。その最新のデータ(典型的な白色矮星の大きさと質量)を下表に与えておく。
典型的な白色矮星の大きさと質量
白色矮星 |
大きさ[RSUN
] |
質量[MSUN]
|
シリウスB |
0.0042 |
1.0 |
プロキオンB |
0.0048 |
0.60 |
40エリ
B |
0.0068 |
0.50 |
これまで500個を越える数の白色矮星が発見されており、観測されたデータから白色矮星の平均密度ρを見積もると、それは
ρ=109
[kg/m3]∼
106ρSUNであり、地球の密度
5,513[kg/m3
]=(3∼4)ρ
SUN
と比較するとその密度は地球の数十万倍も大きい。
発見された多くの白色矮星の質量を調べるとある質量以上の白色矮星は観測されず、白色矮星の質量には上限のあることがわかった。それには極微世界の物理が密接に関係している。
【白色矮星がつぶれない理由】
我々の太陽のような軽い星は冷えた白色矮星となって一生を終える。冷えた星には自重を支えるだけの内部圧力がないので、自重でつぶれてしまうように思う。しかし白色矮星はつぶれることなく、その姿のまま死を迎える。何が地球の数十万倍もの密度を持つ星の自重を支えているのか、不思議に思うであろう。実は、その星を支える仕組みに、小さな素粒子の世界を支配する「量子力学」が密接に関係している。
白色矮星を物理の対象として扱うときは、§2で用いた星の標準模型に似て、白色矮星は力をおよぼし合わない同数の陽子と中性子(総称して核子)と、電気的に中性な状態を作るために陽子と同数の電子からできていると考えれば十分である。すなわち白色矮星の物理模型は:
- 白色矮星はNp個の陽子と
Nn個の中性子(したがって
N=Np+Nn
個の核子)、および、Ne個の電子からできており、それらは互いに力を及ぼしあわないと考える。
- 陽子と中性子は電荷を除けば全て同じ性質を持ち同数存在する。すなわちN
p=Nn=N/2である。
- 白色矮星は電気的に中性であるから、陽子と電子の個数は等しい。すなわち
Ne=Np=N/2である。
これで白色矮星の性質を十分正確に再現することができる。核子1個の質量
(mN)は電子
1個の質量(
me)よりも約2,000倍も大きく、核子の総数Nが電子の数N
eの2倍であるから、星の質量を考える限り、電子の質量は考えなくてもよい。すなわち質量に関する限り、白色矮星は核子だけで構成されていると考えてもよく、したがってその質量
Mは(M
=NmN)であるとしてよい。実際に観測されたデータから得られた白色矮星の単位体積当たりの質量(すなわち質量密度)はρ=10
9[kg/m3
]であった。陽子(あるいは中性子)
1個の質量はmN=
10-27[kg]であるから、したがって観測された白色矮星内部にある単位体積当たりの核子の数n=ρ/m
N(数密度)はn=10
36[m-3]である。これを地球上で普通に見られる原子核の内部にある核子の数密度1044
[m-3]および金属内部にある電子の数密度1027
[m-3]と比較するとおもしろい。つまり、白色矮星は
- 原子核内にある核子と比較すれば、白色矮星は核子が疎に詰まっている低密度
気体である。
- 金属内の電子と比較すれば、白色矮星は核子が密に詰まっている高密度気体である。
もし白色矮星の質量Mが半径
Rの球に一様に詰まっているとすると、球内にある質量の重力による位置エネルギー
Egを計算することができる。「力学」の授業に現れる典型的な演習問題であるが、それは
<3-37> (3.5.3) Eg=-C
gM2R
で与えられる。ここでCgは正の定数であるが内容はいま必要ない。重要なことはEgが負であり、星の半径
Rに反比例することである。自然はどんな場合でもそれが持つエネルギーを低くするように存在する。(3.5.3)式のEg(負)は
R→0で最も小さな値
(-∞)になるので、このままだと星は
R→0となるように変化し、重力の作用だけでは星はつぶれてしまう。しかしながら白色矮星は現実に宇宙に存在しているのであるから、何かが星を押しつぶそうとする重力に抗って星を安定に保っているはずである。この星を安定に保つ力は「縮退圧」とよばれる電子の量子力学的な力である。その説明の前に少し準備をしよう。
物理系を扱うときは、それに「古典物理学」を使うか、あるいは「量子力学」を使うかを決めなければいけない。その理由をここで説明することはできないが、「量子力学」を使わなければならないのはその系に含まれる粒子の運動量(
p)が小さくなり、そのため粒子が持つ「ドブロイ波長」とよばれる量
<3-38> (3.5.4) λ=hp
(hはプランク定数)
が粒子どうしの平均的な距離よりも大きくなる場合である。一方、質量mの粒子を多数含む系が温度Tの理想気体と考えられるとき、気体の中で粒子が持つ運動エネルギーの平均値Kは、
<3-39> (3.5.5) K=32
kBT
であることが「熱力学」からわかっている。ここでkBは「ボルツマン定数」とよばれる、よく知られた定数である。運動量を使ってKを表した式
K=p22mとこの式を等値して、温度Tを使って運動量を表すと、
<3-40> (3.5.6) p=3mkB
T
であるから、(3.5.4)式のドブロイ波長は
<3-41> (3.5.7) λ=h3mk
BT
となる(ドブロイ波長を温度を使って表した時、それを「熱波長」とよぶ)。このように熱波長は
Tに反比例するために、温度を低くすると
λが大きくなるので、低温で熱波長が粒子間距離を越える温度が必ずある。したがって、それより低い温度では量子力学を使って物理系を扱わなければならない。
典型的な白色矮星の温度はT=10,000
Kであるから、(3.5.7)式に電子の質量を使って電子の熱波長を見積もると
λ∼10-8[m]
を得る。それを白色矮星内にある電子の数密度1027
[m-3]から逆算した電子間の平均距離
d∼1.24×10-9
[m]と比較すると、λは
dより10倍程度大きい。したがって、白色矮星内の電子を議論するときは「量子力学」を使わなければならないことがわかる[2]。
ここで、第一章と第二章で学んだことを思い出そう。電子はフェルミ粒子であり、量子力学的に電子を扱う場合には、同じフェルミ粒子は同じ状態にあることができないという「パウリの排他原理」を考慮する必要がある。その結果として、一つのエネルギー値を持つ電子の数は限られてしまうので、多数の電子を含む系の電子が絶対零度で小さなエネルギーを持とうとしてもエネルギーはある範囲に拡がってしまう。「統計力学」を使うと、そのとき電子が持つ最大のエネルギー(ε)は電子の数とともに増加することが分かる。その結果は
<3-42> (3.5.8) ε=(3π
2ne1/3)22m
∝ne2/3
であり、電子の最大エネルギーは電子数密度neの
(2/3)乗に比例して増える。
電子の質量は核子に比べて小さいので、質量に関する限り白色矮星は核子だけで出来ていると考えてもよかった。星の質量が
Mで核子1個の質量がmNであったから、したがって星の中にある核子の総数はN=MmN
である。陽子の数はその半分で、それは電子の数Ne
に等しかった。すなわちNeは
<3-43> (3.5.9) Ne=M
2mN
である。したがって、もし白色矮星が半径Rの球であるとすると、星内部で単位体積にある電子の数(数密度ne)は星の質量
(M)および大きさ
(R)と
<3-44> ne=Ne
4πR3/3∝M
R3
のように関係している。(3.5.8)式より電子の最大エネルギーεは
ne2/3に比例するから、したがって
εは
(M,R)と
<3-45> (3.5.10) ε∝M2/3
R2
のように関係している。一方「統計力学」の計算から、最大エネルギーεを持ち総数Ne個の電子が白色矮星内で持つエネルギーの総量は
<3-46>Ee=
Ne×35εによって与えられることが分かっているから、(3.5.9)式を使うと星の中にある電子が持つエネルギーの総量E
eは
<3-47> Ee∝M2
mN×35
M2/3R2
となる。すなわち、MとR
以外の定数をまとめてCe(>0
)とすれば、Eeは
<3-48> (3.5.11) Ee=Ce
M5/3R2
のように星の質量(M)と半径
(R)に依存する。
もし白色矮星に重力だけが存在すれば、星はエネルギーを低くしようとしてつぶれてしまう、すなわち
(Eg→-∞
がR→0で実現する)ことを(3.5.3)式で知った。しかるに、(3.5.11)式で与えたEeは
R→0で
+∞となる。これは、白色矮星のエネルギーを考える時に重力で星がつぶれようとするのを妨げるように働く。実際に、白色矮星のエネルギーEWDは(3.5.3)式と(3.5.11)式の和
<3-49> (3.5.12) EWD
=CeM5/3R2
-CgM2R
である。この一項目はRの
2乗に反比例し、二項目はRの
1乗に反比例するので、
R→0のとき一項目は二項目より速く発散する。
CeとCgがともに正であるから、したがってそのことはEWDは
R→0で
+∞に発散することを意味する。一方、
R→∞のとき
EWD=0であるから、E
WDはR=0と
R=∞の間で最小値を持つ可能性がある。もしそれが最小値を持つとすれば、その半径Rは
<3-50> (3.5.13) dEWD
dR=0
を満足しなければならない。実際に(3.5.12)式と(3.5.13)式から得られる等式
<3-51>
dEWDdR=-2C
eM5/3R3+C
gM2R2
=0
を満足するRは存在し、それは
<3-52> (3.5.14) R=2Ce
CgM1/3
である。この式を少し書き換えると
<3-53> (3.5.15)
MR3=2C
eCg3
=定数
となる。すなわち、白色矮星は重力によるエネルギーと電子の量子力学的エネルギーとのかね合いによって(3.5.15)式を満足するように安定に存在する。したがって、もし星の質量Mが大きくなればその半径
Rは小さくなり、M
が小さくなればRは大きくなる。すなわち「大きな白色矮星の質量は小さく、小さな白色矮星の質量は大きい」。これは「典型的な白色矮星の大きさと質量」の表にあった白色矮星の観測値と矛盾しない。
以上の簡単な白色矮星の模型を用いた簡単な計算によって、白色矮星がつぶれないのは星内部にあって量子力学的に振る舞う電子の影響(「縮退圧」という[3])に起因することがわかった。一方、前節の最後に「発見された白色矮星の質量には上限がある」ことを指摘したが、その理由はこれではわからない。では、なぜ「ある質量よりも大きな質量の白色矮星は存在しない」のであろうか。次はこの疑問に答える。こんどの主役は「相対性理論」である。
(3.5.15)式より白色矮星の質量Mと
R3は反比例するので、白色矮星の内部に存在して星の重量を支えている電子が持つ最大エネルギーε((3.5.10)式)は星の質量が大きくなるとM4/3のように大きくなる。実際に白色矮星の質量が太陽程度の質量であるとして計算してみると、電子の最大エネルギーはかなり大きくなり、それから逆算した電子の速さが光の速さを越えてしまう。もちろんそのようなことが起きるはずはなく、そのようなことになった場合には電子のエネルギーを考える時に「相対性理論」を使わないといけない。残念ながら「相対性理論」を使った計算の詳細を与えることはできないが(3.5.8)式を得るまでの過程を繰り返すと(3.5.8)式が少し形を変え、εが
ne1/3に比例するという結論になる。それを使って(3.5.11)式を得る議論を繰り返すと、(3.5.11)式が
<3-54> (3.5.16) Ee=Ce
'M4/3R
で置き換わる。その結果(3.5.12)式は
<3-55> (3.5.17)
EWD=Ce'
M4/3R-CgM
2R=
CgM(MC
-M)R
と形を変える。ここでMCは
<3-56> (3.5.18) MC≡
Ce'CgM1/3
で与えられる「チャンドラセカール質量」とよばれる特別な質量である。
ここに至る途中が理解できなくても構わない。重要なのは(3.5.17)式であり、これから以下のことがわかる。もし星の質量
Mが軽くてM
Cを越えなければ、E
WDはどのようなRの値に対しても正であり、したがって、分母のRが大きければ大きいほど
EWDは小さくなる。すなわち、M
Cより軽い星は半径が限りなく大きくなって行く。しかし、もし星の質量
MがM
Cを越えて大きくなると、(3.5.17)式の
EWDはどのようなRの値に対しても負になり、R→0で最も小さな値の
-∞になる。これは、誕生した星がより安定を求めて次第に半径を小さくし、最終的につぶれてしまうことを意味する。したがって、M
Cを越えた質量を持つ白色矮星は存在しないことになる。よって(3.5.18)式に与えられるチャンドラセカール質量を実際に計算するとM
C∼1.4MSUN
で、理論的にはこれより大きな質量の白色矮星がないことになり、先に与えた白色矮星の観測データと合致する。
【重い星の運命】
以上で、チャンドラセカール質量以下の軽い星は最後の姿として白色矮星を宇宙に残すことが分かった。我々の太陽も(地球と他の惑星たちも一緒に)いつか白色矮星になる。それでは主系列星のなかにある重い星の最後の姿はどうなるのであろうか。
軽い星と同じように、重い星でも中心部にあるエネルギー源の水素がなくなって燃焼がとまり、内圧が下がって外周部の物質が中心部に落下し、星が収縮を始めるところまでは同じである。しかし星が重い場合にはその重力収縮が急激で、周辺部にある大量の質量の位置エネルギーが中心部で大量の熱に変わるため、その熱が外層部分を加熱し、そこで核融合をおこさせる。星の質量が大きいので熱も大量に発生するため、普通なら進行しない重い元素の核融合が外層部分で進行して、質量の重い元素が生成される。そこでの燃焼が終わると再び星は収縮を始め、上のサイクルが繰り返され燃焼がさらに外層にひろがって行く。何回かのサイクルの後、内部の膨張する力が重力収縮を大きく上回る時がきて、外層部が大きく膨らみ星は赤色巨星になる。軽い星と異なるのは星の中に質量の大きな元素が存在することである。典型的な重い赤色巨星は中心部に鉄の原子核
(Fe)がたまり、星の表面に近づくにしたがって軽い元素の原子核が多くなって、表面にはわずかに残った水素原子核(陽子)の核融合反応でHe
原子核が生成され蓄積されている(中心部に蓄積される原子核が鉄であって、何故それ以上に重い元素の原子核でないかについては注釈[4]を参照せよ)。
赤色巨星の中心部の大きさ、質量、温度はそれぞれ
<3-57> (3.5.19)
R中心部∼103
[km]M
中心部∼(1.2∼1.5)M
SUNT中心部∼1010[K]
である。
さらに時間が経過し、中心部がしだいに冷えてエネルギーを生成しなくなり、内部圧力が外側の重力を支えきれなくなった瞬間に、星の中心部が外側の重力によって一気に押しつぶされる。しかしながらどのような物質でも非常に小さく圧縮されると[5]非常に強い反発力の生じることが知られている。そのために外周部が一気に中心部に落ち込んだとき、その強い反発力のため衝撃波が発生し、それが落ち込んだ外周部を星から吹き飛ばす。これが「超新星爆発」である。宇宙の所々で起きた超新星爆発によって吹き飛ばされ、散り散りになって宇宙を漂う星のかけらが万有引力で引き合い、しだいに集まって次の星を作る。
高速計算機の発展にともなって、超新星爆発の際に発生する衝撃波が星のなかを伝わる様子がとても詳しく調べられるようになった。それによると、中心部で発生した衝撃波は星の中を光速の(1/10)くらいの速さで星の表面に向かって進行し、数時間で表面に達する。一方、外周部が中心部に落ち込むことで極めて高い密度の状態が中心部に作られ、そこで稀にしか起こらない反応が多数生じ、それによって多量のニュートリノが生成される。そのニュートリノは光とほとんど同時に表面に到達して星の外に放出され、星の99%のエネルギーを星の外に持ち去る。このエネルギーの大きさは、たとえば、我々の太陽がその一生で作り出すエネルギーの約100倍に達する。
超新星爆発の後には中心部だけがそこに残される。残された中心部の性質はその質量M
の大きさで大きく異なる。ポイントは、残された中心部の質量が持つ負の重力エネルギーと、残された中心部にある電荷を持った粒子が持つ正の電気的エネルギーの競争である。
- 残された中心部の質量が軽くM<3M
SUNのときは重力エネルギーはそれほど大きくないので、荷電粒子が持つ電気的エネルギーが残された星の運命を支配する。残された中心部は圧縮されているので粒子が非常に密に存在しており、そのため正電荷を持つ多量の陽子は非常に大きな電気的エネルギーを持つ。陽子はその電気的エネルギーを減らそうとして、周辺にある電子を吸収し中性子となる[6]。そのために星は中性子を主成分とした半径が数10[km]の「中性子星」になる。
- 残された中心部の質量が重くM>3M
SUNなら、大きな負の重力エネルギーが運命を決定し、星は自重でさらに圧縮され「ブラックホール」となる。
1572年、ティコ・ブラーエが「カシオペヤ座」に発見し、後に
SN1572と名付けられた星が、人類が最初に知った超新星である。この星は後に「ティコの星」と呼ばれるようになった。ついで1604年に、彼の助手であったケプラーが「へびつかい座」に突如明るく輝いた星を発見した。後にSN1604と名づけられ「ケプラーの星」とよばれるようになった、人類が二番目に知った超新星である。それからほぼ400
年たった1987年2
月23日、地球から
16万光年の距離にあるマゼラン星雲に突然明るい星が現れた。「ケプラーの星」以降に人類が肉眼で観測した初めての超新星
SN1987Aである。
超新星が誕生するとき、大量のニュートリノが星の99%のエネルギーを持ち去ると書いた。SN1987Aから放出されたニュートリノも大量のエネルギーを持って
16万年前に星から飛び去った。それから
16万年間の時を経てそのニュートリノは地球に到着した。
1987年2月
23日16時35分
35秒に、岐阜県神岡の山中にある廃坑となった鉱山深くに違う目的で設置されたばかりの測定器に11個の予期せぬ信号が記録された。これが
16万年前にマゼラン星雲を離れ、宇宙を飛び続けて地球にやって来た
11個のニュートリノである。この予期せぬニュートリノの到来によって、宇宙から飛来するニュートリノが宇宙の貴重な情報をもたらしてくれることを人々は知った。それまでは太陽からのニュートリノを捕捉することに目的があったニュートリノ観測の目的が大きく広がり、神岡のできごとは「ニュートリノ天文学」の幕を開ける役割を果たした。その業績で神岡におけるニュートリノ測定を計画した小柴昌俊に2002年のノーベル物理学賞が与えられた。
[1] 中心部の温度が高くなるとヘリウム同士が燃焼を始め、<3-58>
4He+4
He→8Be、
<3-59>8Be
+4He→12C
の反応で12Cが生成される反応が起きる。
[2] 白色矮星の体積をV、その中の電子の数を
Neとすれば電子の数密度は
<3-60>n=N
eVである。また電子1
個がVの中で占める体積
vは<3-61>v=
VNe=1nである。もし
vが半径rの球であるとすれば<3-62>v=
4πr33であるから、等式<3-63>
4πr3
3=1nより
<3-64>r=
34πn1/3を得る。星の中にある2つの電子の平均間隔
dは2rと考えてよいから、したがって
<3-65>d=2×
34πn1/3となる。これに
<3-66>n=1027
[m-3]を代入して計算すると
<3-67>d=1.24×
10-9[m]を得る。
一方、電子よりも質量が2,000倍大きい核子の熱波長は電子の熱波長の
12,000∼1
50倍ととても短くなり、そのため白色矮星の内部では核子に「量子力学」を使う必要はない。
[3] 厳密な言い方ではないが、体積の関数として与えたエネルギーを体積で微分した量(のマイナス)は圧力を与えることが「熱力学」で知られており、(3.5.13)式の下の式は本質的に二つの圧力(電子の量子力学的なエネルギーによって生じる星を膨張させる圧力と、重力により星の中心に向かう圧力)の釣り合いを表している。前者の圧力を「縮退圧」というのである。
[4] 中心部で起きる核融合によって生成された最も重い元素が鉄であるのはそうであるべき理由がある。言いかえると鉄より大きな原子番号を持つ元素を生成する核融合反応は起きない。そのかわり鉄より大きな原子番号を持つ元素は分裂して鉄を生成することもある(「核分裂」)。
[5] たとえば、地球がNaClの結晶くらいに小さく圧縮されたと考えればよい。
[6] 陽子よりも(僅かであるが)質量の大きい中性子が単独に存在すると、それは
15分で電子を放出して陽子に変わる(「ベータ崩壊」)。その反対に質量の軽い陽子が中性子になることはない。しかし星の内部のように陽子が多くあると、陽子間の電気的反発力に基づくエネルギーの上昇を減らそうとして、ある条件を満たすと軽い陽子が、重いが電荷を持たない中性子に変わることが起きる。
§6 中性子星
§3でヘルツシュプルング・ラッセル図を説明したときに「十分な光を出さないため中性子星はHR図の上に載らない。」と書いた。中性子星は主系列星にある重い星が超新星爆発を起こした時、残された中心部の質量
Mが(
MSUN<M<3M
SUN)であり、半径が
(R∼10[km])である時の星として、
1934年に米国の天文学者であるバーデとツビッキーによりその存在が予言された。1939年にオッペンハイマーとボルコフは中性子星について重要な理論研究の成果を発表し、中性子星が物理学の対象として非常に興味深い星であることを指摘した。
中性子星は太陽質量の数倍というとても大きな質量を持つが、半径が地球の1
600以下である10
[km]程度の小さな星である[1]。中性子星の発見にはとても有名な話がある。
1967年、ケンブリッジ大学のヒューイッシュが指導する大学院生たちが惑星から地球に届く電波に対し太陽コロナが与える影響を夜を徹して観測していた。たまたまある夜、当番にあたった
24歳の大学院生ジョスリン・ベル・バーネルは非常に弱い電波を規則正しく発する不思議な星があることに気がついた。その電波の発し方からこの星は「パルサー」と名付けられた。この「パルサー」の発見によって、発見者のバーネルに対してではなく、彼女の指導教授ヒューイッシュに1974年のノーベル物理学賞が与えられた[2]。
その後1,000個以上のパルサーが発見され、それらは毎秒
10~660回という高速回転を行いながら、(宇宙の原子時計といわれるくらい)正確な周期のパルスを送り続ける星であることがわかった。多くのパルサーが超新星爆発を起こした星の中心部で発見されたため、パルサーはバーデとツビッキーにより予言された中性子星ではないかと考えられた。
一方、その大きさからパルサーが白色矮星である可能性も考えられた。もしそれが白色矮星であるとしたら、その大きさから回転周期は1秒以上であると期待された。しかし観測された回転周期はそれと比べられないほど短く、パルサーが白色矮星である可能性はすぐに否定された。
また、パルサーがブラックホールである可能性も考えられた。しかしブラックホールは周期的に電波を発生する電波の発生源を星の表面に固定して持つことができないので、その可能性も否定された。その他にも多くの可能性が検討され、最終的にパルサーは中性子星であると認められた。
中性子星の内部では、中心部から表面に向かって地球上の実験室では行なうことができない極限的な物理環境が実現している。そのため地球上で発現しない様々な現象が起こり、それが全て星の性質として観測できる。そのため、中性子星に対しては天体物理学者のみならず多くの人々が関心を寄せた。中性子星の観測には国際的な計画が組まれており、そのデータが蓄積されるにしたがって、中性子星にはいまだ我々が理解しえぬ謎があるようである。
太陽程度の質量を持つ恒星の最後の姿として静かに冷えていく白色矮星は電子の縮退圧が星の中心に落ち込む外周部の重力を支えていたが、
中性子星の場合は陽子が電子を吸収して中性子に転換するため電子の数が少なく、その縮退圧によって外周部の重力落下を防ぐことはできない。しかしながら中性子星は相当の長期間にわたって安定にパルスを発し続けるので、電子に代わる何かが周辺部の重力による落下を支えているはずである。その役目を務めているのは電子と同じフェルミ粒子である多数の中性子の縮退圧以外に考えられない。実際にその仮定の下に計算を行い、結果をデータと比較することによって、周辺部が重力で中心に向かって落下するのを中性子の縮退圧が防いでいることがわかった。
中性子星の内部は物理法則を使って扱うことができるため、様々な物理分野で起きる現象の良いモデルとしても、中性子星の性質はとても詳しく調べられてきた。したがって観測も多く行われたため、数多くのパルサーや特異な性質を持つ中性子星がこれまで発見されてきた。強い磁場を持つ「マグネター」、「軟γ線リピータ」あるいは「異常
X線パルサー」とよばれ、
X線やγ線を放射する中性子星はその例である。また伴星を持つ連星型パルサーや孤立したパルサーのあることもわかった。これ以上は詳細に入りすぎるので、これでこの節を閉じることにする。
[1] 典型的な中性子星の重力加速度は(
g中性子星∼1011×g
地球)と地球上の重力加速度の
1,000億倍くらいあり、もし人間がその表面に立ったとしたら、一瞬のうちににつぶれてしまう。
[2] 1974年のノーベル物理学賞がパルサーの発見者である大学院生のバーネルに与えられずに、彼女の指導教授であるヒューイッシュに与えられたことは大きな論争を巻き起こした。「バーネルに与えられるべきであった」という世間の声に対しバーネルは一言も無念さを表すことなく、むしろヒューイッシュに対する感謝と賞賛を送った。その態度がバーネルに対する評価をさらに高めた。その後、ジョスリン・ベル・バーネルは英国で一流の天体物理学者となり、後にイギリス天文学会会長、英国物理学会会長を歴任した。