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第二章 古典物理学の復習

 量子力学は、18世紀から19 世紀に完成された古典物理学を基礎とし、同時期に進行した産業革命を背景にして基礎が築かれ、発展し、今も発展し続けている物理学である。本章では、量子力学とのつながりに注目してその基礎となった古典物理学の考え方をまとめる。その中には、量子力学の登場に重要な役割を果たした考え方が多くあり、それを知ることが量子力学に対する理解を深めることに役立つからである。
 ここで、この章で用いる物理系の呼称に関して一つの約束をしておく。もし、考えている物理系の大きさや内部の様子が運動に影響を与えなければ、その物理系がどれほど大きくてもそれを“粒子”あるいは単に“物体”と呼ぶことにする 。運動を考える時に物理系の大きさや内部の様子が考慮されなければならないときには、必ずそのことを述べる。したがって、“粒子”は原子や分子のように小さな物理系であることもあれば、地球や太陽のように大きな天体が“粒子”として扱われることもある。
 古典物理学は自然を3つの異なる対象に分け、それぞれを異なる枠組みで扱った。その 3つと、それらを扱った物理学の枠組みは:

  1. 少数の粒子を含む系 (力学)
  2. 多数の粒子を含む系(熱学、統計力学)
  3. 波動場(電磁気学)
である[1]。古典力学から量子力学に至る道程は、古典力学が異なると考えたこれら3 つが同じ自然の多様な姿であると理解する過程でもあった。以下にこの古典物理学の特徴を概観する。


§1. 少数の粒子を含む系:粒子の運動

 粒子の位置や速度が時間とともに変化するとき、その数学的な記述の仕方を物理学では「運動学」という。まず 1個の粒子の時刻tにおける位置を表すことから始める。粒子の位置を表わすのに「直交座標系」を用いるのは最も普通の方法である。すなわち以下に説明する「右手の規則」と呼ばれる約束にしたがって割り当てられた互いに直交する3(x,y,z)軸を持つ直交座標系を粒子が存在する空間に設定する。「右手の規則」とは、右手の親指、人差し指、中指の三本の指を互いに直角になるように開いたとき、三本の指のつけ根が原点で、順に親指、人差し指、中指を直交座標系のx軸、 y軸、z軸に対応させる規則である。
 この直交座標系で粒子の位置から3軸に垂線を降ろし、それが 3軸と交わる点までの原点からの距離 (x,y,z)を直交座標系における粒子の「位置座標」とする。 3個の位置座標の組を与える代わりに、各直交座標軸の単位ベクトル (i,j ,k)を使って粒子の位置をベクトル <2-1>(r=i x+jy+kz )で与えてもよい。粒子が時刻tで位置を変えると、 (x,y,z)tの関数<2-2> x(t),y(t), z(t)としてtとともに変化する。その変化の様子、すなわち<2-3> x.,y.,z. あるいは<2-4>v =ix.+j y.+kz. =ivx+j vy+kvz は速度である(「力学第一章」)。ここで時間に依存した変数の上のドットはニュートンの記法で、 x.=dx dtのように、時間に関するその変数の微分係数を表す。
 しかし物体の数が増えN(2)になると、それらの位置座標は<2-5>(r 1,r2, ,rN)= (x1,y1, z1),(x2,y2 ,z2),,(xN ,yN,zN) となり、Nが大きくなるにつれ座標変数が増えていき、その煩雑さは Nとともに増す。そのようなときには位置の便利な表記法がある。すなわち、 1番目の粒子の座標( x1,y1,z1) (q1,q2 ,q3)2番目の粒子の座標(x2,y2 ,z2)( q4,q5,q6)i番目の粒子の座標( xi,yi,zi) (q3i-2 ,q3i-1,q 3i)N番目の粒子の座標(xN,yN ,zN)(q3N-2,q3 N-1,q3N) というように各粒子の座標成分に通し番号をつけ、N個の粒子の全座標 <2-6>q1, q2,q3N をまとめて添え字のない一つの文字で簡単にqと書く。 このように表した N個の粒子の座標q 一般化座標という。同様にして、1番目の粒子の速度 q. 1,q.2, q.32 番目の粒子の速度q .4,q.5 ,q.6i番目の粒子の速度 q.3i-2 ,q.3i-1,q.3i N番目の粒子の速度 q.3N-2, q.3N-1,q. 3Nをまとめて添え字のない一つの文字で簡単に q.と書く。
 この節では粒子の数は数えることが可能な程度の少数であるときに、そのような少数粒子系の運動を我々は古典力学でどのように知ったかを復習する。(ここで「粒子の運動を知る」とは、粒子間に働く力が与えられたとき、任意の時刻における各粒子の位置と速度を知ることを意味する。)
 粒子の位置や速度を数学的に記述する「運動学」に対して、粒子に作用する力によって起きる位置や速度の変化を記述することを物理学では「力学」という。先に述べておくが、古典力学における最も重要な「力」の概念は量子力学にはない。もっと明確に言えば、「力」はいくつかの要素が複雑に協同して巨視的なスケールで現れる現象であって、微視的なスケールの物理学である「量子力学」に「力」は存在しないのである。(したがって「量子力学」には高校物理で苦しめられた「力の釣り合い問題」も出て来ることはない。)しかし、この意味をいまの段階で理解する必要はない。
 N個の粒子の運動を知る方法にもどる。簡単のため粒子の質量を全て mとし、i番目の粒子に働く力(i番目の粒子が受ける力)を <2-7>F (i)=(F3i- 2,F3i-1,F 3i);(i=1,2, ,N)とする。かっこ内の三つの量はそれぞれ F(i) (x,y,z )成分である。このとき、もしi番目の速度成分の時間変化と粒子に働く力のi番目の成分の間に

<2-8> (2.1.1) md2q idt2=Fi ,(i=1,2,, f=3N)

の関係を設定すれば、N個の粒子の運動に関する全ての観測事実が説明できることにニュートンは気がついた。(2.1.1)式が「運動の第二法則」と呼ばれるニュートンの「運動方程式」である。(2.1.1)式で気がつかなければならないことは、左辺の微分係数 d2qi(t)dt2 は運動学的な量であり、右辺のF iは力学的な起源を持つ量であって、それらを等号で結びつける代数的な理由が全くないことである。
 古典物理学では、日常的な経験や簡単な実験を通じてこの第二法則の正しさを容易に知ることができた。この第二法則の背景には「最小作用の原理」という力学原理がある。その詳細は巻末の付録に与えてあるので、もし興味があればそれを参照すればよい。以下では簡単な例を使って「作用」と「最小作用の原理」の意味を説明する。
 「作用」と「最小作用の原理」の意味を理解するために、直線x軸上を力の作用を受けず自由に運動する質量mの粒子の運動を考える。直線上の適当な点を原点として測った時刻tにおける粒子の位置座標を x(t)とする。粒子には力が働いていないのでニュートンの運動方程式は

<2-9> (2.1.2) md2x dt2=0

であり、この簡単な微分方程式の解は

<2-10> (2.1.3)  x(t)=x0+v 0tdx(t) dtv(t)=v0

で与えられる。運動方程式には含まれていないx0v0は(2.1.2)式を解く際に現れた、時刻 t=0における粒子の位置と速度を表す積分定数で、それぞれ「初期位置」と「初期速度」と呼ばれる。粒子に力が働いていないというこの物理系の力学的特徴は(2.1.3)式の第二式で速度が時間によって変わらず一定(v0)であることに反映されており、これが「力の作用のない物体はその運動状態を変えない」という「ニュートンの第一法則(慣性の法則)」の数学的表現である。(2.1.3)式のtにはどのような値を与えてもよく、 t<0ならそれは過去を表しt>0 なら未来を表す。このようにしてニュートンの方程式は過去に粒子がいつどこでどのような速度を持っていたかを教え、粒子が未来にあるであろう位置と、そのときに持つ速度を予言する。
 もし我々がニュートンの運動方程式を知らなかったとしたら、あるいはニュートンがこの世に現れて運動方程式を考えださなかったとしたら、我々はこのように粒子の運動を理論的に追跡・予言することが出来なかったのであろうか?否、おそらく出来たであろう。おそらくいつかは、我々は「作用」という考え方に至ったであろう。そして、ニュートンの運動方程式と同じ方程式をそれから得ることができたであろう。なぜなら、「すべての物理系はそれが持つ『作用』を最少とするように存在する」という考え方は古典力学や量子力学という枠組みを越えた自然原理だからである。その「作用」という考えに基づいた古典力学の捉え方を以下に簡単に説明する。
 まず、直線上を運動する粒子の時刻tにおける 位置を横軸上の座標、その時間微分である速度を縦軸上の座標とする直交座標軸を持った「仮想的な(x- v)平面」を考える(これを実空間の (x-y)平面と混同しないよう注意せよ )。そうすると粒子の運動状態を表す「位置と速度の組」はこの平面上の一点に対応し、時間の経過とともに粒子の位置と速度は変わるので、(x-v)平面上の点は平面上を移動して軌跡を描く。この軌跡のことを粒子の「運動の経路」とよぶことにする。力が働いていない粒子が行う運動(2.1.3)式が与える経路は (x-v)平面で、縦軸の v0の点を通り横軸 (x軸)に平行な直線になることはわかるであろう。このような、運動方程式の解が与える運動の経路を、以下では「真の経路」とよぶ。
 いま粒子の運動状態が、時刻t1に真の経路上の点 P1に、時刻 t2に真の経路上の点P2 にあることは観測できたが、その間の経路を観測することが出来なかったとする。もしその間の経路を観測することができなかったとしても、我々はニュートンの運動方程式を知っているので、それを解きさえすれば粒子がたどる経路(横軸に平行な直線)を正確に答えることができる。
 しかしながら、もしニュートンがこの世に現れず我々がニュートン方程式を知らなかったとしても、粒子がたどる真の経路を我々が正確に知ることはきっとできたはずである。なぜなら、いつか誰かが「最小作用」という考え方にたどり着いたに違いないからである。その「最小作用」の考え方を説明するために、(x-v)面上で粒子がP1から P2に至る適当な経路 x(t)v(t) を考え、「ラグランジアン」という量を作る。重要なことは、ここで考える x(t)はまったく勝手な時間の関数であって、その時間微分である v(t)との関係は x(t)の与え方によってどうにでもなることである。たとえば、もしx(t)=a t2と与えたならばv(t )=2atであるからx vの関係は<2-11> x=v24a であり、もしx(t)=a t3と与えたならば、v( t)=3at2であるから xvの関係は <2-12>x=v 327aとなる。言い換えると、 x(t)v(t )の関係が決まらない限り、それらがtのどういう関数であるかを言うことはできない。すなわち、x (t)v(t)は独立な関数である。
 そのような独立変数であるx vの関数としてラグランジアンという量を考える。ラグランジアンは vの関数をT(v)xの関数をV(x)とするとき、それらの差すなわち

<2-13> (2.1.4) L[x,v]= T(v)-V(x)

で与えられる。ここで、もし実際に起きる運動で粒子の持つ速度がvで位置が xであったとすると、T はそのときに粒子が持つ運動エネルギーmv 22と同じ関数の形を持ち、Vは 「力学」第二章で与えた粒子が持つ位置エネルギーと同じ関数の形を持つ。ただ今の場合は関数が運動エネルギーや位置エネルギーとたとえ同じ形であったとしても、vx が実際に起きる運動の速度と位置ではないので、Tを運動エネルギーと呼ぶことは出来ないし、Vを位置エネルギーと呼ぶことは出来ない。
 左辺でLL(x,v)と書かずに、汎関数を表す記号(「物理数学入門」第九章§1参照)を用いてL[x, v]と書いたのは、右辺に現れるxvが他の変数(今の場合は時間を表す t)の関数であって、その関数の形を変えると右辺が与える Lが変わるからである。この Lという量を得るまでに多くの試行錯誤があったことは言うまでもない。重要な点であるので繰り返すが、

xvは独立な変数であり、分かっていることは T(v) vの関数として運動エネルギーと同じ関数形を持っていることだけである。

質量mを持つ粒子の場合、T (v)は<2-14> mv2(t)2で与えられる。すなわち、質量mの粒子のラグランジアンは

<2-15> (2.1.5) L[x,v]= 12mv2(t)-V (x(t))

である。もう一度二つのことを強調する。

  1.  xが与えられれば vはそれからdxd tとして得られるが、xdxdtの関係が与えられていないので、xの与え方によって xvの関係はどのようにもなる。したがってx vは独立な変数と考えることができる。

  2.  Lx( t)v(t)を通して時間に依存する。
 もしx(t)を具体的に与えれば、それから v(t)=dx (t)dtが求められるのでそれらを(2.1.5)式に代入すると、得られたL[x,v]x(t)v(t)を通して tの関数であるから、それを時刻 t1から時刻t2まで積分することができる。そのようにして得られた量を「作用積分」と呼ぶ。すなわち、 L[x(t),v(t)]を簡単にf(t)と書くことにすると、作用積分は

<2-16> (2.1.6) S[x,v]= t1t2f (t)dt

で与えられる。ただしこのとき、時刻t1t2で粒子は正しい経路上にある、すなわち xvは時刻 t1 t2で実現する運動の正しい位置であり正しい速度であるという条件を与えておく。
 古典物理学が近代物理学に発展する過程にあった18世紀、オイラー、ラグランジといった人達が、(2.1.6)式の作用積分を使って粒子が行う運動を決めるxv=dxdt の正しい関係を与え、そして粒子がたどる正しい経路を決めることができることに気がついた。すなわち、自然界で実現する経路はS[x;v]を最小とするように xv= dxdtを関係づける経路なのである。これは「最小作用の原理」と呼ばれ、後にこれが我々の知る全ての自然界を支配する自然原理であることが明らかになった。
 「最小作用の原理」はその自然原理として見出された関係であって、結論が観測事実を正しく表すこと以外に正しさを検証することはできない。そこで、それが粒子の運動に正しい経路を与えることを、よく知っている次の例を使って確かめてみよう。
 地面から高さhまで物体を持ち上げて手を放すと物体は地面に向かって落下する。いわゆる「自由落下」である。いま物体を手放した時刻をt=0 とし、時刻tで地面から測った物体の高さを x(t)、物体の速さ v(t)とする。もしそれらがニュートンの運動方程式から得られるx(t)v(t)なら、すなわち実際に観測される運動なら、それらは

<2-17> (2.1.7)  x(t)=h-12 gt2v(t) =-gt

であることを知っている。ここでgは重力加速度である。
 最初に、tにおける位置 x(t)の値を横軸上の座標、速度v (t)の値を縦軸上の座標として物体の真の経路を確かめておく。実際には xvの関数関係を与えればよいから、(2.1.7)式の両式からtを消去するとその経路が得られる。それは

<2-18> (2.1.8) x=-12g v2+h  または  v= 2g(h-x)

である。したがって、(x-v)面における経路の形は左方に開いた放物線で、x=hに頂点を持つ。放物線は (x-v)面の二点 <2-19>(0,±2gh )で縦軸(v軸)と交わるが、縦軸より左方の側(x<0の部分、すなわち地表より下の地中部分)は考える必要はない(もし物体が地面を突き抜けて地中を進むことができたとしても、それは自由落下と違った別な問題になる)。
 まずは、この真の経路に対して(2.1.6)式の作用積分を計算してみよう。そのためにはこの運動のポテンシャルエネルギーが必要になる。それを与える過程はここでは重要でないので省略すると、ポテンシャルエネルギーはV( x)=mgxとして与えられる。したがってこの運動のラグランジアン((2.1.5)式)は

<2-20> (2.1.9) L[x,v]= 12mv2-mgx

である。このxv に真の経路の式(2.1.7)式を代入すると、真の経路を持つラグランジアンをt の関数として表すことができる。それは

<2-21> (2.1.10) L(t)=m g2t2-mgh

である。t=0で手放した物体が地表に達する時間を Tとすると、Tは(2.1.7)式の第一式でx=0とすれば求まり、 <2-22>T=2h gである。したがって真の経路に対する作用積分は

<2-23> (2.1.11) S[ x,v]=0T=2h/ g(mg2t2 -mgh)dt=- mgh32hg S0

となる。
 ここで行いたいことは、t=0(x-v)面の座標点 (h,0)にあり、 t=Tで地表すなわち (x-v)面の座標点 (0,2gh )にあるが、しかしその間は(2.1.7)式の真の経路と異なった偽の経路をラグランジアンに与えた時、その作用積分が S0より必ず大きくなるかどうかを検証することである。そこで、次のようなあり得ない偽の経路を考える:

<2-24> (2.1.12}  x(t)=h-gh2 tv(t)=- gt

この経路がt=0 (h,0)t=T 2hg で確かに真の経路と同じ点(0,2 gh)を通ることは各自が確認せよ。この偽の経路を持つラグランジアンに対して(2.1.6)式の作用積分を実行すると、結果は

<2-25> (2.1.13) S[x,v]= -mgh62hg

となり、真の経路に対する作用積分(S0)よりも大きな値(負符号に注意)が確かに現われる。このように、t=0 (h,0)t=T= 2hg(0,2gh) を通るどのような偽の経路もS0(負であることに注意)より大きな値を与えることを示すことができた。
 それでは、真の経路を知らないとき、それを「真の径路は作用積分に最も小さな値を与える経路」という考え方を使って求めることができるであろうか?ここでは詳細を与えないが、物理数学で学んだ「変分」の考えを利用すればできる。そして、その結論として、「ラグランジ方程式」として知られる真の経路を表すxvが満足すべき方程式が導かれる。

【最小作用の原理】

x(t) v(t)の汎関数である作用積分S[ x(t),v(t)]((2.1.6)式)を最小とする経路(x(t),v(t ))は微分方程式

<2-26> (2.1.14) ddtL v -L x=0

を満足し、そのx(t)v(t)はこのラグランジアンを持った粒子の運動を表す真の経路を与える。この方程式を「ラグランジ方程式」という。

繰り返すが、ラグランジアンの変数であるxは時間のどのような関数であってもよく、したがってその時間微分であるvと特定の関係を持たないが、ラグランジ方程式はそれらに特定の関係を与え、x(t)はその関係を満足する関数でなければならない。後に示すようにxvに特定の関数関係を与えるよう xを定めるラグランジ方程式はニュートン方程式と同じ内容を与える。
 先に述べたように、「最小作用の原理」は「力学」の枠を越えた自然界の原理であって、これが成立するのは粒子の運動に限らない。ただし、それぞれに適切なラグランジアン(ということは、適切な運動エネルギーとポテンシャル・エネルギー)を考えなければならない。粒子が運動する場合にこれを実行すると「ニュートンの運動方程式」が再現される。
 粒子が運動する場合に「ラグランジ方程式」が「ニュートンの運動方程式」と等価であることを示すため、以下に簡単な二つの例を与える。

【例1:一次元運動をする粒子】

直線x軸上をポテンシャルエネルギー V(x)を持って運動する質量mの粒子のラグランジアンは

<2-27> (2.1.15) L[x,v]= m2v2-V(x)

である。もしこの粒子が自由粒子ならV(x)= 0としてよい[1]。ラグランジアンが(2.1.15)式で与えられる場合、

<2-28>  Lv=m vLx =-dV(x)dx

であるから、(2.1.14)式のラグランジ方程式は

<2-29> (2.1.16) d(mv) dt+dV(x)dx=m dvdt+dV(x)dx =0

を意味する。
 もしここで

<2-30> (2.1.17) -dVdx=F (x)

をこの粒子に作用する力と呼ぶことにすれば(脚注[1]参照)、(2.1.16)中でdv dt=d2xdt2 であるから、ラグランジ方程式は

<2-31> (2.1.18) md2x dt2=F(x)

となり、この式はニュートンの運動方程式と完全に一致する。このように、ニュートンの運動方程式はさらに基本的な原理である「最小作用の原理」によって置き換えられる。また、(2.1.17)式の左辺で定義されるF(x )が慣習的に「」と呼ばれる物理量の真の姿であることもわかる。

【例2:単振動をする粒子】

直線x軸上の適当な点を原点 (x=0)とし、それからxの位置でポテンシャルエネルギー

<2-32> (2.1.19) V(x)=1 2Kx2  (Kは正の定数)

を持ち、x軸上を運動する質量 mを持つ粒子のラグランジアンは、

<2-33> (2.1.20) L[x,v]= m2v2-12K x2

である。これに対し

<2-34>  Lv=m vLx =-Kx

であるから、ラグランジ方程式((2.1.14)式)は

<2-35> (2.1.21) md2x dt2=-Kx

となる。これはバネ定数Kを持つバネの先端につけられた質量 mの物体が「フックの法則」と呼ばれる復元力を受けて振動する運動( 単振動)を記述するニュートンの運動方程式である。

 古典力学は「最小作用の原理」を量子力学への架け橋になる「正準形式」と呼ばれる形式にさらに発展させる。その「正準形式」を説明しよう。最初に、ラグランジアンを使って、xに「正準共役な運動量」と呼ばれる量p

<2-36> (2.1.22) pL[x ,v]v

によって導入する。もしこの物理系が【例1】に与えたポテンシャル・エネルギー V(x)を持って直線上を運動する粒子なら

<2-37> (2.1.23) p=L[x ,v]v=mv

である。
 次に、xvを独立変数に持つLに対してv pに換えるルジャンドル変換を行なう。変換された結果、 xpを変数に持つであろう関数Hを「ハミルトニアン」と呼ぶ。すなわち

<2-38> (2.1.24) H=vp-L[ x,v]

である。このように変換されたHの独立変数が xpであることを確かめるため、その全微分を計算する。
 ラグランジアンの独立変数はx vであるから、その全微分は

<2-39> (2.1.25) dL[x,v]= Lxdx+ Lvdv

である。一方(2.1.24)式で定義されるHの全微分は、 d(vp)=vdp+ pdvであるから、

<2-40> dH=d vp-dL =vdp+pdv-L xdx+Lv dv= p-Lv dv-Lx dx+vdp

であるが、最後の式の一項目にあるかっこの式は(2.1.23)式より0である。さらに、ラグランジ方程式((2.1.14)式)および(2.1.22)式より<2-41> Lx=dpdt であるから、ゆえにHの全微分は

<2-42> (2.1.26) dH=-dpdt dx+dxdtdp

となる。この式は、(2.1.24)式のルジャンドル変換によって、xvを独立変数に持つL からxp を独立変数とするHが確かに生成されたことを表わしており、同時にそれならば

<2-43> dH=H xdx+Hp dp

であるから

<2-44> (2.1.27)  H(x,p) x=-dpdt H(x,p)p =dxdt

であることを意味している。もしV(x)が具体的に与えられてLが決まれば、(2.1.24)式から Hxp の関数としてわかり、そのx pの微分もやはりx pの関数であるから、よって(2.1.27)式は xpに関する連立微分方程式である。この微分方程式を「正準方程式」という。
 この関係式を利用するとHには極めて面白くかつ重要な性質のあることがわかる。 Hxpを通じ時間tの関数なので、その時間変化(時間微分)は

<2-45> (2.1.28) dHdt= Hxdxdt+ Hpdpdt

によって与えられる。もし、(2.1.27)式を使ってこのなかの dxdt dpdtを書き換えたとすると、この式は

<2-46> (2.1.29) dHdt= HxHp -HpH x=0

となる。すなわち、Hの変数である x(t)p(t)がもし正準方程式を満足する解であればHは時間によって変わらない一定の量になる。物理では、このようにある量が時間によらないことをその量が「保存する」といい、その物理量を「保存量」という。その言葉を使うと、正準方程式の解 (x,p)を持つ H(x,p)は保存量である。物理ではこの保存量であるHを「エネルギー」と呼び、それが保存することを「エネルギー保存則」と呼んでいる。
 もしx(t)p(t)が(2.1.27)式を満足しなければ、すなわち(2.1.28)式に正準方程式((2.1.27)式)を使わなければ、Hは時間によって変わるため一定の量にはならないので、Hは保存量でもなければこの物理系のエネルギーでもない。物理をあまり知らない人のなかには、ハミルトニアンをエネルギーと誤解する人が少なからずいるが Hがエネルギーであるのはその変数(x,p )が正準方程式を満足する場合だけである。
 その誤解を避けるために、(x,p)が正準方程式((2.1.27)式)を満足してH(x,p) が保存するときに、それをエネルギーと呼んでそのイニシャルEを用いて表し、Hと区別する。
 ここまでのことを振り返るために、もう一つよく知られた具体例をあげよう。滑らかな床の上に水平に伸び縮みするばねを置き、その一端を固定し、他端に質量mの物体を取り付けてばねを水平に振動させる。振動していないときの長さからバネが伸びた(あるいは縮んだ)長さをxとすると、振動運動は xの時間変化として記述される。この物体の運動を表すラグランジアンは先の【例 2】のラグランジアン、すなわち

<2-47> (2.1.30) L[x,v]= m2v2-12K x2

である。ここでKはばねに固有な正の定数で、ばねのかたさを表す。このラグランジアンから(2.1.24)式のルジャンドル変換によって得られるハミルトニアンは、<2-48> Km=ω2 とすると、

<2-49> (2.1.31) H=p2 2m+12Kx2 =p22m+1 2mω2x2

であり、正準方程式((2.1.27)式)は

<2-50> (2.1.32)  dpdt=-mω2x dxdt=pm

となる。第二式をもう一度tで微分し、右辺の p微分に第一の式を使えば

<2-51> (2.1.33) d2x dt2+ω2x=0

となる。xについてのこの微分方程式は二つの未定定数 (Aδとする)を含む解

<2-52> (2.1.34) x(t)=Asin (ωt+δ)

を持つ(解法の詳細は「物理数学入門」参照)。

【一言】
 上でK/mを新しい定数で置き換える時に、 (K/m)=ωとせずに ω2としたことを不思議に思うかもしれない。 K/mは正の定数量であり、正の量を置き換える時に ω2と定義しておけば、万一符号を間違えて ωに負の値を与えたとしても、それによる決定的なミスを避けることができる。言いかえると、(2.1.34)式でωの符号を反転させても、それは(2.1.33)式の解になる。このようにありがちな失敗を致命的にしない工夫も時には必要である。

 正準方程式の解である(2.1.34)式のx(t)を(2.1.31)式のHに代入した量をEと書けば、E

<2-53> (2.1.35) E=12mω2A2

である。右辺は定数しか含まないから、たしかにEは時間によらない一定の量になっている。

【道草】
 寄り道を再度する。「ラグランジ方程式」も「正準方程式」も「ニュートン方程式」と等価であって、どの方程式を解いてもすべて同じ答えが得られる。なぜ一つですむものを、複雑な議論をして複数の異なる形式の方程式を扱わなければならないのか不思議に思うに違いない。
 自然科学では、一つの事実を異なる角度から解釈をすることはとても重要であり、それによって理解出来なかったことが理解されたり、また新しい展開があることは少なくない。歴史がそれを証明している。事実、19世紀に確立された古典力学のハミルトン形式が20世紀に入って「量子力学」を作り出し、 18世紀に確立されたラグランジ形式が 20世紀後半の「場の理論」の展開と結びついて、我々の宇宙の始まりを理解することができたのである。
 1965年にノーベル物理学賞を受賞し、数々の面白いエピソードを残した天才物理学者のファインマンはこんな言葉を残している。「『分かる』とは、少なくともそれに関して二つ以上の説明の方法を持つこと。それが出来たとき、初めて私は『本当に分かった』と感じる。」
 この「一つの事実を異なる角度から解釈をすること」は物理に限らず、どのようなことに対してもその本質を理解する時に非常に有効な方法であり、「科学的思考法」の基本である。


§2. ポアッソン括弧という量

 この節で学ぶ「ポアッソン括弧」は19世紀の初頭にフランスの数学者であり物理学者であったポアッソンによって導入された正準方程式の一つの表現形式であり、20 世紀に現れる量子力学と非常に似た数学形式を持っている。実際に量子力学を提唱したディラックはその類似性に注目した。もし古典力学で「ポアッソン括弧」を知らなかったとしても、実際の問題を処理するのに大きな不利益はない。しかし「ポアッソン括弧」を知っておくことは量子力学の理解を深めるのにはとても役に立つ。
 前節で行った1個の粒子に対する議論を N個の粒子を含む物理系に拡張する。 §1の冒頭で行なったように、N個の粒子の座標成分に通し番号をふって、その3f(=N)個の集まりをq(t)とする。そうすると、この系のラグランジアンはq(t)と、やはり 3f個の v(t)dqdt を変数に持ち、L(q, v)と書ける。1粒子に対するラグランジ方程式(2.1.14)式はN粒子に簡単に拡張でき、

<2-54> (2.2.1) i=1 ddt Lvi- Lqi=0

となる。いうまでもなく、L(q,v) q( q1,q2,,qf )を、v (v1,v2,,v f)を意味する。
 このラグランジアンを使ってf個の正準共役な運動量を

<2-55> (2.2.2) pi(t)= L(q,v)vi ,(i=1,2, ,f)

によって定義する。左辺にあるpit依存性はqvt依存性を通じて生じることを憶えておく。1粒子の場合と同様に、 L(q,v)に対するルジャンドル変換

<2-56> H(q,p)= i=1vi pi-L(q,v)

からハミルトニアンH(q,p)を作ることができ、(2.1.27)式の正準方程式と同様に、f組の正準方程式

<2-57> (2.2.3)  H(q,p) qi=-dpi dtH(q,p )pi=dq idt,(i =1,2,,f)

が成り立つ。
 物理量は一般にqp の関数であり、それらの時間依存性を通して時間によって変化する。したがって、ある物理量 Q(q,p)の時間変化は

<2-58> (2.2.4)  dQdt=i=1 fQ qidqidt+ Qpid pidt

で与えられる。dq idt dpidt に(2.2.3)式の正準方程式を使えば、(2.2.4)式は

<2-59> (2.2.5) dQdt= i=1f QqiH pi-H qiQpi

と書き換えられる。
 ここでq(t)p(t)を変数に持つ二つの一般的な量 A(q,p)B(q,p)に対して

<2-60> (2.2.6) i=1 fA qiBpi -Bqi Api {A,B}

の右辺で定義される量{A,B}ABの「ポアッソン括弧式」という。この記法を使うと(2.2.5)式は

<2-61> (2.2.7) dQdt={Q ,H}

と書ける。すなわち「Q(t)の運動は QHのポアッソン括弧式により完全に決まる」。
 ポアッソン括弧式に慣れるため、以下に演習問題をいくつか与える。

【演習1
 次のポアッソン括弧式に対する等式を証明せよ。

  • <2-62> (1)   {qa,pb }=δa,b {qa,qb}=0 {pa,pb}= 0
      ここでδa,bは「クロネッカーのデルタ」と呼ばれる便利な記号で、a=bの時にのみ1であり、それ以外は0 であると約束する。

  • <2-63> (2)  {A,B }=-{B,A}

  • <2-64> (3)  {A,B C}={A,B}C+B{A ,C}

  • <2-65> (4)  {AB,CD }=A{B,C}D+{A, C}BD+CA{B,D}+ C{A,D}B
【演習2
 ハミルトニアンが(2.1.31)式の<2-66>H= p22m+12 Kx2で与えられる「一次元振動運動」の dxdt dpdtを得るために必要なポアッソン括弧式を求めよ。

【演習3
 以下の問に答えよ。

  1. 前問の一次元振動運動の運動エネルギーは<2-67>T =p22m、ポテンシャルエネルギーは<2-68>V= 12Kx2=12m ω2x2であった。このとき、等式 <2-69>d(xp )dt=2(T-V)を証明せよ。

  2. 周期T=2πω で同じ値を繰り返す物理量A(t)の一周期平均を<2-70>A= 1T0TA(t)dt とする。このとき、【演習2】で与えられたポアソン括弧式を使って、「調和振動子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの一周期平均が等しいこと」、すなわち

    <2-71> (2.2.8) T=V

    を証明せよ。これは「ビリアルの定理」と呼ばれ、周期運動を行う物理系に対して成り立つ、非常に有用な定理である。


§3. 多粒子系の物理学

 日常環境の中で、我々を取り巻く大気の存在は最も重要な環境要素の一つである。大気の性質を知ることは日々の生活の上でも、とても大切である。しかし大気中には1cm3の中に気体の構成分子が1022個くらい存在する。大気の性質を知るためにそれらの位置と速度が必要であるとして、それを知るためにどのくらいの労力が必要であるか見積もってみよう。たとえば、日本が誇る超高速コンピューター京(けい)の演算速度は1秒間に 1015回であるから、簡単な足し算あるいは引き算を全分子に一回行うだけで、京を休まずに稼働させても107秒=約一年はかかる。もちろんニュートン方程式を解くのには多数の演算過程が必要なので、1cm3内の分子の様子を知るだけでも、少なく見積もって100年以上の時間がかかる。したがって、大気中の分子のような多数の粒子を含む物理系の性質を運動方程式を使って調べるのは、原理的に可能であるけれども、現実的にはとてもできない。
 しかしながら、物理系が含む粒子の数が増えれば増えるほど、個々の粒子の運動学的特徴は失われ、集団としての平均的な性質が全体を支配するようになる。それを利用して多数の粒子を含む物理系を扱う物理学がある。それが19世紀後半にボルツマン、マクスウエル、ギブズといった人々が完成させた「統計力学」である。
 「量子力学」が扱う現象は極微なスケールで発現すると同時に、扱う物理系に多数の粒子を含む場合が少なくない。そのような物理系を扱うために「量子力学」の発展とともに展開されたのが「量子統計力学」である。現代生活に欠かせない半導体技術やリニアモーターカーの運転に使われる超電導などは「量子統計力学」を使ってなされた研究の成果である。「統計力学」の処方を理解するためにはその基本的な考えを知っておかないといけない。また、量子力学の解釈の背景には統計力学的考え方があり、それを理解するためにも「統計力学」の知識が必要になる。以下で、「統計力学」の基本的な考え方のなかから特に量子力学に関わる部分を簡単に復習する。
 質量がmの粒子をN 個含み、温度がTに保たれた体積 Vの物理系を考える。N は大気中にある分子の数のようにとても大きな数であるとする。N個の粒子の座標に通し番号をふり、その座標f(=3N) 個の組みと、それに正準共役なf個の運動量の組みを (q,p)とし、この系のハミルトニアンを H(q,p)とする。「統計力学」は、この系の粒子がq=(q 1,q2,,qf) (q+dq) =(q1+dq1 ,q2+dq2,, qf+dqf)の間の位置にあり、運動量がp= (p1,q2,, pf)(p +dp)=(p1+ dp1,p2+dp2 ,,pf+dpf) の間の値を持つ確率が

<2-72> (2.3.1) P(q,p)d NΓ=1Ze-βH( q,p)dNΓ, β=1kBT

で与えられることを教えてくれた。ここでkBはボルツマン定数と呼ばれる定数であり、その数値kB= 1.3806488×10-23[J K-1]とアボガドロ数 NA=6.02×10 23[mol-1] を使って気体定数R(=NA kB)R =8.31[J/K mol]の値が与えられる。(2.3.1)式中の記号 dNΓN個の粒子の座標と運動量に関する積分変数の簡略記号である。粒子数が多く (1023個程度)になると煩雑になるのでこのように書くのである。そうでなければ

<2-73> (2.3.2)  dNΓ=1 N!dq1dq2d qfdp1dp2d pf 1N!i= 1fdqi i=1 fdpi

のように書かなければならない。最後の式にあるi =1fという記号に初めて出合ったかもしれないが、「乗積」と呼ばれる演算を表す記号で、「その右側に置かれた量をそれが持つi1から一つづつ増やしf になるまで『掛け算』せよ」という意味である。『足し算』の記号である i=1fの掛け算版であると思えばよい。今後もこの簡便記号を用いる。また(2.3.1)式右辺の分母にあるZは「分配関数」と呼ばれ、ハミルトニアンを指数に持つ関数の積分

<2-74> (2.3.3) Z(V,T)= Ve-βH(q,p) dNΓ

で与えられる。VdN Γは「個々の粒子に対する座標積分を体積Vの内部で実行する」という意味である。
 (2.3.1)式をその上で与えた意味を持つ確率と解釈することにとても重要な考え方がある。なぜなら、古典力学にしたがえば N個の粒子が持つすべての座標 qと全ての運動量pは、微分方程式が数学的に処理できるかどうかは別にして、「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)から決まり、その値をハミルトニアンに代入すれば考えている系のエネルギーはただ一つに定まる。したがって「座標と運動量が( q,p)(q+ dq,p+dp)の間にある確率」は意味がないように思える。別な言い方をすれば、この確率を考えることによって、「統計力学」は「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)の解として実現する以外の(q,p)の値を許している。その考え方は「ゆらぎ」という概念と関係するが、これ以上このことには触れないでおく。ただ、(2.3.1)式の確率的な考え方を認めると、産業革命を先導した熱機関の科学的研究から作られた「熱力学」の諸法則がすべて矛盾なく導かれるのである。
 (2.3.3)式の「分配関数」はとても重要な関数で、多数の粒子を含む物理系の情報は全てこの関数に反映され、「分配関数」を知ることによってその物理系のすべての熱的な性質を知ることが出来る。その詳細は「熱力学」と「統計力学」で学ぶが、ここではこれから使う最も重要な関係式を一つだけ与えておく。それはβ(=1 kBT)によるln Zの微分から得られる。すなわち

<2-75> d lnZV,T =1ZdZ =-1ZVH (q,p)e-βH q,pdNΓ =-VH( q,p)P(q,p)dN Γ

(2.3.1)式の解釈に与えた説明をもう一度繰り返して、この最後の式が持つ意味を考える。 H(q,p)は考えている物理系のハミルトニアンであり、もし含まれる変数 (q,p)が「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)を満たしていれば、H は系の保存量であるエネルギーになる。一方、P(q ,p)は変数(q,p )の組が様々な値を持つ確率である。(q, p)の組み合わせの中には正準方程式を満たす組み合わせもあれば、満たさない、したがって「古典力学」では実現しない組み合わせもある。したがって最後の式の積分は、符号を除けば、ニュートン方程式が実現しないとする (q,p)まで含めた確率で H(q,p)を平均した量である。これが、多数の粒子の存在によって生じる「揺らぎ」を考慮した系の平均的エネルギーである。それを Eと書けば、E は分配関数から

<2-76> (2.3.4) E =-dlnZ(V,T) =-1 Z(V,T)dZ(V, T)

によって与えられる。
 さて話をもとにもどし、(2.3.1)式の確率を導入したときに述べた「確率の考えは「熱力学」の諸法則を導く」の一例として、互いに力を及ぼさない質量mの粒子N個からなる系(自由粒子系という)に対し、(2.3.3)式からZを求め、(2.3.4)式を使ってエネルギーを計算してみる。自由粒子系のハミルトニアンは

<2-77> (2.3.5) H(q,p)= i=1f pi22m

であるから、粒子が含まれる空間の体積Vを一辺が Lの立方体であると考えれば[2]、(2.3.3)式のなかにそれぞれ f個ずつあるqの一つとpの一つの積分はそれぞれ

<2-78>  Vdqi=L -dp ie-β{pi2/ (2m)}= 2πmβ1/2  (i=1,2,, f=3N)

であり、それがどのiであるかによらず、すべて同じになる。よって自由粒子系の分配関数は

<2-79> (2.3.6)  ZV,T=1N !i=1 f=3NVd qi- dpie-βpi 2/2m =1N! V2πmβ 3/2N

となる。ここでL3=Vとした。
 (2.3.4)式、すなわちZ(V,T)の対数をβで微分することにより、この系のエネルギー(のマイナス)が得られる。上で得たZ(V,T)の対数をとるとたくさんの項が出てくるが、βで微分することを考えるとそれを

<2-80> lnZ(V,T)= -32Nlnβ+βを含まない項)

と書くことができる。βで微分したときに 0になる、βを含まないすべての項は(βを含まない項)のなかに含んだ。
 (2.3.4)式にしたがってこれをβで微分して Eを求め、それを Nで割って粒子1個あたりのエネルギーE Nにすると
<2-81>  EN=-1N dlnZ(V,T) =-1N -32N 1β=32 kBT

を得る。 つまり、温度Tで体積 V内にあるN個の分子から成る自由粒子気体を、どの分子もエネルギー 32kBTを持った分子の集団と考えてもよい。
 次にこの立方体の一つの頂点を原点として、その頂点を共有する三辺を(x ,y,z)軸とする座標系を考える。ただし座標系は、右手の親指、人差し指、中指を互いに直角になるように開き、親指の方向をx軸、人差し指の方向を y軸としたとき、z軸が中指の方向を向く右手系である。
 (2.3.1)式の確率を使って1個の粒子が持つ速度の平均値 vと速度の二乗の平均値 v2 を求める。vはベクトル量であるから三つの成分を持っているので、vを求めるにはv=i v1+jv2+ kv3の各成分について平均を求めなければならない。系に特定の方向を好む性質がなければ(「等方的」という)、どの粒子の、どの成分の平均をとっても同じであるから、それを 1番目の粒子のx成分 (v1)とする。しかるに、 v1=p1 mp1の奇関数であり、一方確率のP(q,p)は(2.3.5)式のハミルトニアンを通してp12乗で含むのでp 1の偶関数である。積分区間<2-82>(- p1+)p1に関して対称であるから、したがって積分を実行しなくても(実行したとしても)

<2-83> (2.3.7) v1= 1Z1mp1P( q,p)dNΓ=0

である。つぎにv2 を求める。<2-84> v2=v 12+v22+v3 2=1m2( p12+p22+ p32)は運動量成分に関する偶関数 (pi2)の積分であり、かつ特別な方向性はないからどの項の平均値も同じ値を与えるので、x成分を計算し結果を3倍する。すなわち<2-85> v2 =3m2p12 とする。 p12の計算を(2.3.1)式の確率を使って実行すると、

<2-86> (2.3.8) p12 =1ZVp12 P(q,p)dNΓ=m β

となるのだが、この計算は物理でしばしば現れる積分を含むので、詳しい計算を以下に与えておく。

p12の計算】
 積分は(2.3.6)式の積分とほとんど同じである。まず、(2.3.8)式の積分をq iに関する積分とpiに関する積分に分離してから、Zに(2.3.3)式を代入する。 qiに関する積分は(2.3.6)式の積分と同じように粒子 1個について体積V を与え、それがN個あるので、結局 VNとなる。よって p12

<2-87> (i) p12=1Z p12Pq, pdNΓ =1Z1N! i=1f= 3NVdqi -p 12e-βp12/ 2mdp1 × i=2f=3N -e-βp i2/2mdp i= 1N!VN 2πmβ 3N/2-11 N!VN -p 12e-βp12 /2mdp1 × 2πmβ 3N-1/2 =2 πmβ1/2 -p12e -βp12/2m dp1

となる。残されたp1に関する積分は<2-88> β2 mp1=sと変数変換を行えば、

<2-89> (ii)  - p12e-βp 12/(2m)dp1 =β2m -2/3- s2e-s2ds

である。sに関する積分は物理でしばしば現れる積分なので、以下にその計算を与える。よく知られているガウス積分<2-90> -e-x2 dx=πを利用するのである。まず aを任意の正の定数とする積分

<2-91> (iii)  I(a)= -e-ax2 dx

を考える。これに対し<2-92>a x=yの変数変換を行う。変換に際して<2-93> dx=dya であり、yの積分区間は xと同じであるから、I(a)

<2-94> (iv)   I(a)=- e-y2dya =1a ×π= πa

となる。次に、上式の両辺をaで微分する。その結果は

<2-95> (v)   dI(a)da=- -x2e-a x2dx= -12πa3

であるから、上の二番目と三番目の式でa=1とすると求めたい積分

<2-96> (vi)  - x2e-x2 dx=π2

が得られる。これを(ii)式に代入すると、

<2-97> (vii)  - p12e-βp 12/(2m)dp1 =β2m -2/3π2

となる。したがって(2.3.8)式と同じ結果、すなわち

<2-98> (viii)   p12= β2πm1/2 β2m -2/3π2 =mβ

が得られる。

 以上より、 p1=mv 1およびβ=1 kBTであるから、

<2-99> (2.3.9)  v12=1m2 mβ= kBTm

を得る。
 この結果を使ってさらに以下の順に考えを進める:

  1. この立方体の中で、速度のx成分が v1である 1個の粒子が、x方向に L離れて対面するx 軸に垂直な二枚の(y-z)面間を 1往復するのにかかる時間 2L v1である。

  2. 粒子は面間を一往復する間に、各面に一回づつ衝突する。粒子が一往復するのに要する時間は 2Lv1 であるから、粒子が二つの面間を 1秒間に往復する回数v1 2L回であり、一回の往復で粒子は各面に一回づつ衝突するから、 いずれかの面に粒子が1秒間に衝突する回数v 12L回である。

  3. もし衝突が完全弾性衝突、すなわち衝突によって運動の方向は変わるが速さは変わらない衝突であるとすると、運動量 mvを持つ粒子は x軸に垂直な面に一回衝突することによって運動量の x成分をm v1から±mv1 に変える。ただし、複合のうち上の符号はx=0にある面の場合、下の符号はx=Lにある面の場合に対応すると約束しよう(この符号は結論に影響しない)。したがって、 1回の衝突による粒子の運動量変化は<2-100> (±mv1)-( mv1)=±2mv1 である。

  4. 粒子は面に1秒間で v12L 回衝突するから、したがってx軸に垂直な面に衝突することによって粒子が1秒間にこうむる運動量変化は<2-101>(± 2mv1)× v12L=±m v12Lである。

  5. ニュートンの運動第二法則が与える運動方程式は粒子の加速度(速度変化)と粒子に働く力を関係づける。すなわち、質量 mの粒子に力が働いて、粒子の速度の x成分がΔtの間に v1からわずか変わって (v1+Δv1 )になったとすると、粒子はx方向に (a1=Δv 1Δt)の加速度を得たことになる。このときニュートンの運動方程式はこの加速度に相当する(mΔv1 Δt)だけのx方向を向いた力が Δtのあいだ粒子に働いたことを教えてくれる。
     一方Δtの間に粒子が持つ運動量の x成分はm v1からm (v1+Δv1)に変わったので、このうちmΔv1 はこの間に生じた運動量変化を表していることが分かる。したがって、 Δtのあいだ粒子に働いた力(m Δv1Δt=mΔv1 Δt)はその間の単位時間に変わった運動量の x成分に等しい。反対に、もし粒子が持つ運動量のx成分が単位時間に(mΔv1 Δt=mΔv1Δt) だけ変わったとしたら、粒子はその間に(m Δv1Δt)だけの力を x方向に受けたことがわかる。すなわち 1秒間当たりの運動量変化は、運動量変化が起こった成分の方向に向かって粒子に働く力である。
     しかるに4から、x 軸に垂直な一つの面に衝突した1個の粒子は運動量の x成分を1秒間当たりに±mv 12Lだけ変化させるのがわかっているので、結局粒子は x軸に垂直な面から ±mv12L だけの力をx方向に受けていることになる。

  6. 一方、作用‐反作用の法則から、x軸に垂直な面は粒子から mv 12L x方向に向かう力を受けていることになる。すなわち、x= 0にある面とx=Lにある面のいずれも、粒子から大きさがmv 12Lの力を箱の外側に向かって受けていることになる。
  7. 考えている立方体はどの面も面積がL2であるから、したがってx軸に垂直な一つの面は1 個の粒子から箱の面を内側から外側に押す、単位面積当たり<2-102> mv12/ LL2=mv 12Vの力を受けている。

  8. 粒子の総数はN個であるから、 x軸に垂直な面はこの立方体内の粒子から総量 N×m v12V=Nm v12Vの外側に向かった力を受けていることになる。

  9. 気体粒子から容器の単位面積に外側に向かって働く力を気体の「圧力」と言う。それを Pと書くと、ここで考えている気体の圧力は <2-103>P=N mv12Vである。

  10. このv12に(2.3.9)式を使えば、ここで考えている気体の圧力は最終的に <2-104>P=N kBTVとなる。

  11. 1モルの気体はアボガドロ数 NA=6×1023の粒子を含むから、もし考えている気体がnモルであるとすると、その中には N=nNA個の粒子が存在する。したがって気体の圧力は<2-105>P =nNAkBTV となる。熱力学ではNAk BRを気体定数と呼ぶので、これを使うと nモルの粒子を含む気体の圧力(P) 、体積(V)、温度 (T)の間に

    <2-106> (2.3.10) PV=nRT

    の関係が成り立つことがわかる。これが「熱力学」で現れる理想気体の「状態方程式」である。

 (2.3.5)式のハミルトニアンを与える時に行った「気体の粒子が互いに力を及ぼさない」仮定(自由粒子の仮定)が理想気体の状態方程式を与えることに最初(1861)に気がついたのは、数年後に光や電磁場の性質を統一的に説明する「マクスウエル方程式」を提唱したマクスウエルであった。後に統計力学と呼ばれるようになった考え方をもとにして、マクスウエルは温度Tの希薄な気体中にある全ての粒子のなかで、 速度の(x,y,z) 成分の大きさが(v1, v2,v3)(v1+dv1 ,v2+dv2,v3 +dv3)の間にある速度を持つ粒子の割合がもし

<2-107> (2.3.11) f(v) d3v=m kBT3/2exp -HkBT d3v

であるとすれば、気体の(圧力P、体積 V、温度T)の間に理想気体の状態方程式が成り立つことを発見した。ここで、dv 1dv2dv3を簡単に d3vと書き、 H=m(v1 2+v22+v32 )2である。この速度の分布則を「マクスウエル分布」と呼ぶ。
 実際にマクスウエル分布を仮定して、速度の成分の一つv1の平均値v1とその二乗の平均値 v12を計算すると

<2-108>  v1=0 v12=k BTm

となり、自由粒子に対する(2.3.9)式の結果が得られる。したがって、そのときと同じ道筋をたどれば、マクスウエルによる速度分布の仮定から理想気体の状態方程式が導かれるのである。
 また上の結果は、この系を作る各粒子に平均として

<2-109> m( v12+v22+v 32)2=3k BT2

のエネルギーが分配されていることを表してもいる。
 もし気体を構成する粒子(分子)が互いに力を及ぼし合っていれば(2.3.5)式のハミルトニアンが粒子の位置を含むポテンシャル・エネルギーを持つために、系のエネルギーを求める(2.3.4)式の計算がとても大変になる。その結論は自由粒子の系ほど単純ではないが、系のエネルギーは気体の体積 (V)と温度 (T)に依存しE (V,T)と書けることがわかる。
 自由粒子の場合と同じように、この状況をマクスウエル分布に少し手を加えることによって再現することもできる。すなわち、(2.3.11)式のマクスウエル分布の気体分子一個のエネルギーを<2-110>E =m(v12+v2 2+v32)2+V (q)で置き換えて(2.3.11)式を

<2-111> (2.3.12) f(v; q)d3vd3q =N0e-E/(kB T)d3vd3q

と修正すればよい。右辺の定係数N0f(v;q )d3vd3q

<2-112> V f(v;q)d 3vd3q=1

となるように決められるが、Vが具体的に与えられなければ計算ができない。 Vがわかればエネルギーの平均値 EU(V,T)もまた、次の手続きで計算できる。

  1. (2.3.12)式の確率を使って、(q1 ,q2,q3)(q1+dq1 ,q2+dq2,q3 +dq3)の間にいる粒子が持つエネルギーの平均値 ϵ(q)d 3qを求める。ここで、

    ϵ(q )=Ef(v; q)d3v

    である。

  2. 空間のあらゆるところにある粒子についてϵ(q )d3qを加え、最終的に E=U(V ,T)を求める。すなわち

    <2-113> (2.3.13) U(V,T)= Vϵ(q)d3 q

    である。

 (2.3.12)式の粒子分布を自由粒子気体の「マクスウエル分布」と区別して「ボルツマン分布」という。また U(V,T)が気体内部の要素だけで決まるエネルギーであることから、それを気体の「内部エネルギー」という。
 「マクスウエル分布」を使った議論から「理想気体」とは自由粒子から構成された気体を意味することがわかったと思う。しかし実際の気体では、それを構成する分子や原子の間には力が働いている。ところが、その力は粒子が少しでも離れると急激に弱くなる特徴を持っている。そのため、気体を希薄にして粒子同士の距離が遠くなると、粒子はあたかも互いに力を及ぼし合っていないかのように振舞う。その時には Eの中にあるポテンシャル・エネルギーが必要なくなり、「ボルツマン分布」は「マクスウエル分布」に置き換わる。このことは希薄な気体の状態が理想気体の状態に似ていることを意味しており、それは実験で確かめられている。
 (2.3.12)式の「ボルツマン分布」はエネルギーEを持つ運動状態にある気体粒子の割合を与えるが、そこに含まれている指数関数のためその割合はE= 0を持つ粒子が一番多くて、Eが大きくなるにしたがって急速に少なくなる。したがってこれだけなら、小数粒子系と同じように多くの粒子を含む物理系でも多くの粒子がエネルギーの小さな運動状態に存在することになる。しかしながら、すぐに分かるように、多数の粒子を含む系には小数粒子の系にはなかった状況が現れる。すなわち、粒子が多数あることによって生じる二つの条件がおり合った物理状態が実現するのである。二つの条件とは
  1. 一般に物理系はエネルギーが低ければ低いほど安定に存在できるので、気体はU (V,T)を出来るだけ小さくしようとする。

  2. (2.3.13)式によって与えられるUは様々な Eを持った状態を含み、それぞれの Eは気体粒子によって分かち持たれるが、気体粒子がEを分かち持つやり方が多い状態ほどUに含まれる割合も多くなり、結局はそのような状態を含む Uが実現する。
である。すなわち、多くの粒子を含む気体は上の条件を折り合わせるような圧力P、体積V、温度Tと内部エネルギーU(V,T)を持って存在するのである。
 上の二つの内容を数学的に表現して、実現する気体の状態を定める関数を作ることができる。まず、ボルツマン分布をヒントにして、 1の事実を反映するために e-U/(kBT)という関数を用意する。ここでT 12の条件が折り合って気体の状態が定まったときの温度である。e-U/(kB T)U=0 で最大値1となり、 Uが大きくなると急速に0に近づく。したがって関数値が大きい状態ほど実現しやすいと考えれば、この関数によって1の特性が正確に反映されることになる。
 次に2の事実である「粒子が Eを分かち持つやり方が多い状態ほどUに多く含まれる」を数学的に表現する。そのため、気体が(2.3.13)式のUを持つと決まった時に、そこに含まれる様々なEを粒子が分かち持つやり方の総数を g(U)とする時、それに最も大きな値を与えるような Uが実現すると考えてもよい。しかるに、粒子が Eを分かち持つやり方の数は Eが大きくなるほど大きくなり、またUが大きくなればなるほど大きなEUに含まれるので、U が大きいほどg(U)も大きいと考えられる。
 以上より、粒子が多数あることによって生じる状態は、上の二つの関数の積 P=g(U)e- U/(kBT)が最も大きくなるときに実現すると考えることができる。Uが小さい時、 Pg( U)のために小さくなり、Uが大きくなると Pe -U/(kBT)のために 0に近づく。したがって、その途中のどこかにある Uの値でPは最も大きな値を持ち、そのUを持つ気体が実現することになる。
 それがどのようなUであるかを知るために、ネイピアの定数を底とする自然対数の性質

<2-114> x=elnx

を使ってg(U)を <2-115>g=e lng=exp kBTlngkBT のように書き換え、P

<2-116>  P=g(U)e-U/( kBT)= exp-U-k BTlng(U)kBT

とする。そこで

<2-117> (2.3.14) kBlng(U )=S

という量を導入して、P

<2-118> P=exp -U-TSkB T

と書くことができる。さらに

<2-119> (2.3.15) U-TS=F

とすると

<2-120> P=e-F/ (kBT)

と書くことができる。考えている物理系の(F,U, T,S)Pが最大となるように決まるから、よってFは温度T で最も小さな値を持つことになる。逆に、物理系は(2.3.15)式で与えられるF を最小にするように存在する。すなわち、ある数の粒子を持つ物理系にある量のエネルギーが与えられたとき、実現する状態は Uが最小になる少数粒子の物理系とは違うのである。つまり Uが多少大きくなっても、(2.3.15)式左辺第 2項にあるSがその大きくなった量を打ち消けすだけ大きくなれば、結果的にFは小さくなる。
 g(U)Uに含まれる様々なエネルギー Eを多くの粒子が分かち持つやり方の総数であった。すなわち、それが大きくなればなるほどエネルギーが粒子の間に広く分散され、物理系はより乱雑になる。したがってlng(U) に比例するSも系の乱雑さを表す量であり、少数粒子から成る物理系にはなかった多数粒子系の特徴を反映する物理量である。
 多数粒子を含んだ物理系の状態を決定する(2.3.15)式のFを「ヘルムホルツの自由エネルギー」という。また、指定された温度をもって物理系が存在するとき、気体がそのエネルギーを構成粒子に分配する「多様さ」あるいは系の「乱雑さ」を表すSを「エントロピー」という。そのように物理系が定まったとき、Sと同時に Uも特定の値を持つ。もしそれらの値を変えようと思うと物理系が持つ内部エネルギーを変えて物理系を再設定するよりない。
 19世紀の中頃、様々な気体の熱変化を観測していた多くの研究者が、内部エネルギーの変化が二つの方法で与えられることに気がついた。すなわち

  1.  外部から系に熱を加える、あるいは系から熱を奪う

  2.  外部から力を加えて系を圧縮する仕事を行なう、あるいは系に加わる力を弱めて系を膨張させ系に仕事を行なわせる
これを式で表すと、

<2-121>  系に外部から与えられた熱量(エネルギー)=dQ(系が外部に熱を 放出したと表現すると-dQ) 圧力Pの下で、( 外部から力を加えて圧縮した系の体積)-(圧縮する前の系の体積)=dV(変化した後の系の内部エネルギー)-(変化する前の系の内部エネルギー)= dU

としたとき、これらの量の間に

<2-122> (2.3.16) dU=dQ-PdV

の関係があることを見い出したのである。(2.3.16)式は外部と熱的接触が系になく(すなわち、熱の出し入れをせずば)、外部と力学的な接触がなければ(すなわち、物理系の体積を変える力の作用を受けなければ)その系の内部エネルギーは変わらない(すなわち、保存する)ことを表しており、「熱力学の第一法則」とよばれる。「力学的エネルギー」が様々な力学過程で保存されることは 17世紀に確立していたが、それから 200年後の「熱力学の第一法則」の発見によって、エネルギーが熱的過程においても保存されることがわかったのである。ここで注意すべきことが二つある。

  1. (2.3.16)式右辺2項目の負符号は、系の外部との接触によってもし体積が大きくなりdVが正(膨張)であれば系は持っているエネルギーを膨張のために使ったので内部エネルギーは減り、もし体積が小さくなりdVが負(圧縮)であれば系は外部の力で圧縮されエネルギーが系に蓄えられたため内部エネルギーは増えることと矛盾しないように定められている。

  2. 内部エネルギーがdUだけ変化する前後、物理系はそれぞれ決まった内部エネルギーを持って Fが最小の状態にあり、相互に関係した圧力 (P)、体積 (V)、温度(T)、エントロピー(S)を持つ[4]。内部エネルギーが変わる前後で系は一般に異なる圧力を持つが、内部エネルギーの変化を十分小さい変化の連続によって行なえば、各小変化の過程で圧力は変わらないと考えてもよい。したがって(2.3.16)式のdUがそのような十分小さな量であるとすると、右辺第 2項目にあるPはその変化前後にあるいずれかの状態の圧力であり、状態変化の過程で変わらないと考えてよく、どちらの状態の圧力と考えてもよい。(2.3.16)式右辺の第二項目にあるPはそのような圧力である。妙に思うかもしれないが、そこには数学の「微分」の考え方がある。
 第一法則は、外部から熱あるいは仕事の形で物理系にエネルギーを与えたとき、加えた熱あるいは仕事と内部エネルギーの変化を関係づける法則である。この第一法則に加えて、「熱力学」で重要な法則がもう一つ発見された。それは「熱力学の第二法則」である。
 ある温度とエントロピーを持った系に、温度を一定に保ちながらわずかな熱dQを加える。そうすると、系は一般にエントロピーがわずかに変わった熱力学的状態に変化する。「熱力学の第二法則」は、そのとき生じるエントロピーのわずかな変化dSと加えた熱量 dQを関係づける法則である。すなわち、系が変わる前後の状態で系の温度を Tに保ちながら、系にdQの熱を与えたとき、「熱力学の第二法則」は系のエントロピーが

<2-123> (2.3.17) dS=dQT

だけ変わることを教えてくれた。この式は、状態変化に伴って生じる物理量の変化ではない dQを状態が持つ量の一つであるエントロピーの変化dSに関係づけている。以下に与えるように、これによって物理学の言葉である数学を使って「熱力学」を取り扱うことが可能になった。
 「熱力学の第二法則」を使って、「熱力学の第一法則」に現われる、物理系が外部とやり取りをする量 dQを物理系の状態が持つ量 dSを使って表し、「熱力学の第一法則」に含まれるすべての量を系の熱力学的状態が持つ量で表すことができる。すなわち、

<2-124> (2.3.18) dU=TdS-PdV

 そうすると、Fは(2.3.15)式で与えられる量であるから、その全微分は

<2-125> (2.3.19)  dF=dU-dTS =TdS-PdV -TdS+SdT =-SdT-PdV

と書ける。「物理数学入門」にある全微分の知識を借りると、これはFの独立変数が TVであることを示している。これを全微分dFの一般式

<2-126> (2.3.20) dF(V,T) =FTdT+ FVdV

と等値して、dT=0dV=0とする測定を独立に行なったと考え、 Fの測定からSPを得る式

<2-127> (2.3.21)  S=-F(V,T )TP=- F(V,T)V

を得る[5]。
 気体の状況によっては、諸量の測定に際し、必ずしもTVが制御しやすい変数であるとは限らない。そのときには Fに対し「ルジャンドル変換」を行なって制御しやすい変数を持つ関数を作り、同等なことを行なうことができる。この節の目的は統計力学の基本的な考え方を知ることであるから、ここでそれを与えることはしないので、これ以上の実践的なことは「統計力学入門」あるいは「物理数学入門」で学んでほしい。


§4. 波動場の物理学(電磁気学)

 本章の冒頭に「古典力学から量子力学に至る道程は、古典力学が異なると考えた3つの自然現象(力学的現象、熱統計力学的現象、電磁気学的現象)が1つの自然の多様な姿であると理解する過程でもあった。」と述べた。そしてここまで、自然を捉えた3つの枠組みのうち「力学」と「熱統計力学」の基本的な考え方を復習して来た。最後は「電磁気学」の基本的な考え方を復習する。ポイントは 波動場として電磁場を理解することである。それをポイントとする理由は高校の物理にある。そこでは「波動」に関係する学習が「電気」「音波」「光」に分けて行なわれるため、媒質がない真空では存在しない「音波」と、媒質の存在と無関係な「電気」や「光」があたかも異なった現象であるかのように受け取られる上に、「量子力学」が持つ波動性と密接に関係した「電気」や「光」が「電磁場」として統一的に把握されていないからである。ここでは波動場としての「電磁場」の捉え方にポイントを置き、「量子力学」に現れる波動性を意識しながら「電磁気学」を復習する。
 知っているように、電磁気学の始まりは古代ギリシャの時代までさかのぼる。異なる現象と考えられていた「電気」的現象と「磁気」的現象が相互に関係していることを1831年に発見したのはファラデーである。それをもとに、 1864年マクスウエルは「電気」的現象と「磁気」的現象が四つの微分方程式の形に整理され、これらの方程式が一つの波動的振る舞いを示す方程式に帰着することから、「電磁現象は、物質の存在と関係なく存在する「」が振動しながら伝播する現象」であることを明らかにした。波動場としての「電磁気学」の誕生である。マクスウエルがまとめた四つの微分方程式を「マクスウエルの方程式」という。
 ファラデーの「電磁気学」から「マクスウエルの方程式」にいたる道筋をたどることは「電磁気学」の問題として、ここでは「量子力学」が持つ波動的な振る舞いに密接に関係し、「マクスウエルの方程式」によって記述される「真空における電磁場(「輻射場」という)」の描像を復習する。電磁気現象は四つのベクトル量、「電場(高校では電界といった) E(r, t)」、「電束密度D (r,t)」、「磁束密度 B(r, t)」、「磁場(高校では磁界といった)H (r,t)」によって表現される。このうち、最初の三つのベクトル量は一組の方程式:

<2-128>  (2.4.1) B= 0(2.4.2) ×B =1c2 Et (2.4.3) D=0 (2.4.4) ×E +Bt= 0

で表され、関係している。ここでDEと、

<2-129> (2.4.5) D=ϵ0 E

によって結ばれており、B「磁場」 H

<2-130> (2.4.6) B=μ0 H

によって結ばれている。ここで、ε0は「真空の誘電率」、μ0は「真空の透磁率」と呼ばれる定数であり、それらは「光速c

<2-131> (2.4.7) c=ϵ0 μ0

によって関係する。
 以下のように、マクスウエルの方程式の構造を注意深く分析すると、方程式を解かなくてもとても重要なことが分かる。

  1. マクスウエルの方程式は3個のベクトル量 (B,E ,D)、すなわち、それぞれの成分を考えると 9個の関数に対する方程式である。

  2. (2.4.1)式と(2.4.3)式は左辺と右辺がスカラー量の等式であり、(2.4.2)式と(2.4.4)式は左辺と右辺がベクトル量の等式である。スカラー量を両辺に持つ等式は1個の式であり、ベクトル量を両辺に持つ等式は 3個の式なので、マクスウエルの方程式は計8個の方程式から構成されている。
  3. 結局9個の関数が8 個のマクスウエル方程式を満足することになるが、E Dは別個に(2.4.5)式の関係があって一方がわかれば他方がわかるので、いずれか(3成分)だけがあればよい。したがって 独立な量はB3成分と合わせて計6 である。

  4. 6個の未知関数を求めるためには 6個の方程式があれば十分であるから、結局8個の方程式のうち 2個の方程式が余分であることになる。

  5. 8個の方程式のいずれか 6個の方程式を使って得られた6個の関数を残りの 2個の方程式に代入すると、どれか 2個の関数をその他4個の関数を使って表すことができる。結局本当に独立な関数は4ということになる。

  6. 以上より、9個の関数( B,E,D )のうち独立な4個の関数を決めるには、それらが満足する 4個の方程式があれば十分である。言いかえれば、独立な 4個の関数が求められれば、それから (B,E,D )をすべて決定することができる。

 「なんとも理屈っぽい話」と思うであろうが、この 4個の独立な関数に対する4個の方程式が「量子力学」の基礎方程式のもとになる方程式なのである。
 そこにいたる詳細を省略して結論を書くことにする。いま上で述べた4個の独立な関数を1個のϕ( r,t)と、3 個のA1(r ,t)A2 (r,t) A3(r,t)であるとすると、それらは次の4つの方程式:

<2-132> (2.4.8) 1c2 2ϕ t2-2ϕ =0

<2-133> (2.4.9)  1c2 2A1t2- 2A1=0 1c2 2A2t2- 2A2=0 1c22 A3t2- 2A3=0

を満足する。(2.4.9)式が与える3式をまとめ、 A1, A2,A33成分とするベクトル A(r,t)

<2-134> (2.4.10) 1c2 2At2 -2A=0

を満足するとしてもよい。この4個の関数がわかれば、それから E(r ,t)B( r,t)

<2-135> (2.4.11) E(r ,t)=-ϕ- A(r,t) t

<2-136> (2.4.12) B(r ,t)=×A( r,t)

によって与えられることを証明することができる。このように、真空中の電磁場(輻射場)を定める方程式は(2.4.8)式と(2.4.9)式、あるいは(2.4.8)式と(2.4.10)式であり、それを満足する4個の関数 ϕ(r ,t),A(r ,t)が電磁場(輻射場)の本質なのである。
 ここでの結論は(2.4.8)式と(2.4.10)式である。「物理数学」で、それが「波動方程式」とよばれる方程式であり、それは空間の一点一点が振動しながら光速cで空間を伝播する波動を表す方程式であることを学ぶ。すなわち(2.4.8)式と(2.4.10)式の解である電磁場(輻射場)は物質が空間を運動する力学系とは違って、空間の各点が振動し、その振動が伝播する波動場なのである。日常的に身の周りで起きる電磁現象はすべてその波動場が産み出す現象である。「量子力学」の基礎方程式は電磁場が満足するこの(2.4.8)式あるいは(2.4.10)式から推論される。その詳細は本巻の付録に与えてあるので、興味があれば参考にすればよい。
 その後、波動場の概念はさらに発展し、物質の「力学系」と同じように、波動場の基礎方程式である(2.4.8)式と(2.4.10)式を最小作用の原理にしたがって与えるラグランジアンの存在することが分かった。詳細をここで述べることはできないが、二十世紀の後半になって電磁場のラグランジアンを発展させて構築されたのが「現代の物理学」である。ここでは、古典物理学が異なる対象として扱った物質の物理学と波動場の物理学が「最小作用の原理」という言葉で一つの枠組みに収まったことだけを知れば十分である。

[1] 「力学」で学ぶことであるが、粒子のポテンシャル・エネルギー V(x)の大きさが 2点間で異なるとき、粒子は一般に 2点を結ぶ方向に沿った力を感じる。その力は -dVdxである。粒子はポテンシャル・エネルギーが小さくなる方向に力を受けるといってもよい。したがってVが変わらなければ(定数でありさえすれば)力は 0になる。逆に、力が働いていない場合は位置を変えても Vの値が変わらないだけであって、それが 0である必要はない。

[2] 考えている粒子数がアボガドロ数程度に大きく、またそれを含む空間の拡がりが極端に小さくなければ、内部の粒子の状態にそれを含む空間の表面が与える影響は無視できる。したがって、そのような場合には粒子を含む空間の形状をどのように考えても得られる結論は変わらない。最も取り扱いやすい空間の形状はここで考える立方体である。球形状が扱いやすく感じるかもしれないが、必ずしもそうではない。

[3] 典型的には、理想気体22.7リットル中にはアボガドロ数6×1023個の粒子(分子)が存在し、それらが気体のエネルギーを分け合うやり方の数もやはり同じ程度の大きさになる。これから g(U)の大きさの程度を想像してほしい。

[4] もしヘルムホルツの自由エネルギー(F )がわかれば、それからSPを得る方法は後の(2.3.21)式で与えられるが、 TVについては「エンタルピー」と呼ばれる量を知ることによって得られる。この詳細は本シリーズの「物理数学入門」2.5.1ルジャンドル変換にあるので、もし興味があれば参照するとよい。

[5] 「測定」という言葉を用いたが、Fの測定から実際にSPを得るときには、(2.3.21)式の関係をそれらの微小量で置き換え、普通の割り算を実行する。たとえば Sの場合、なんらかの方法で気体の体積をVに保ち、その温度を Tから僅かな量ΔTだけ上げる。そのときのFを測定して Fの変化量ΔFを求め、それから普通の割り算 ΔFΔTを実行する。これをできるだけ ΔTを小さくして行なって得た量が温度 Tにおける気体のエントロピー Sを与える。