§1. 少数の粒子を含む系:粒子の運動
粒子の位置や速度が時間とともに変化するとき、その数学的な記述の仕方を物理学では「運動学」という。まず
個の粒子の時刻における位置を表すことから始める。粒子の位置を表わすのに「直交座標系」を用いるのは最も普通の方法である。すなわち以下に説明する「右手の規則」と呼ばれる約束にしたがって割り当てられた互いに直交する軸
軸を持つ直交座標系を粒子が存在する空間に設定する。「右手の規則」とは、右手の親指、人差し指、中指の三本の指を互いに直角になるように開いたとき、三本の指のつけ根が原点で、順に親指、人差し指、中指を直交座標系の軸、
軸、軸に対応させる規則である。
この直交座標系で粒子の位置から軸に垂線を降ろし、それが
軸と交わる点までの原点からの距離を直交座標系における粒子の「位置座標」とする。
個の位置座標の組を与える代わりに、各直交座標軸の単位ベクトル
を使って粒子の位置をベクトル
<2-1>で与えてもよい。粒子が時刻で位置を変えると、
も
の関数<2-2>としてとともに変化する。その変化の様子、すなわち<2-3>あるいは<2-4>は速度である(「力学第一章」)。ここで時間に依存した変数の上のドットはニュートンの記法で、
のように、時間に関するその変数の微分係数を表す。
しかし物体の数が増えになると、それらの位置座標は<2-5>となり、が大きくなるにつれ座標変数が増えていき、その煩雑さは
とともに増す。そのようなときには位置の便利な表記法がある。すなわち、
番目の粒子の座標を、番目の粒子の座標を、
番目の粒子の座標を、番目の粒子の座標をというように各粒子の座標成分に通し番号をつけ、個の粒子の全座標
<2-6>をまとめて添え字のない一つの文字で簡単にと書く。 このように表した
個の粒子の座標を一般化座標という。同様にして、番目の粒子の速度
、番目の粒子の速度、
番目の粒子の速度、番目の粒子の速度をまとめて添え字のない一つの文字で簡単にと書く。
この節では粒子の数は数えることが可能な程度の少数であるときに、そのような少数粒子系の運動を我々は古典力学でどのように知ったかを復習する。(ここで「粒子の運動を知る」とは、粒子間に働く力が与えられたとき、任意の時刻における各粒子の位置と速度を知ることを意味する。)
粒子の位置や速度を数学的に記述する「運動学」に対して、粒子に作用する力によって起きる位置や速度の変化を記述することを物理学では「力学」という。先に述べておくが、古典力学における最も重要な「力」の概念は量子力学にはない。もっと明確に言えば、「力」はいくつかの要素が複雑に協同して巨視的なスケールで現れる現象であって、微視的なスケールの物理学である「量子力学」に「力」は存在しないのである。(したがって「量子力学」には高校物理で苦しめられた「力の釣り合い問題」も出て来ることはない。)しかし、この意味をいまの段階で理解する必要はない。
個の粒子の運動を知る方法にもどる。簡単のため粒子の質量を全て
とし、番目の粒子に働く力(番目の粒子が受ける力)を
<2-7>とする。かっこ内の三つの量はそれぞれ
の成分である。このとき、もし番目の速度成分の時間変化と粒子に働く力の番目の成分の間に
<2-8> (2.1.1)
の関係を設定すれば、個の粒子の運動に関する全ての観測事実が説明できることにニュートンは気がついた。(2.1.1)式が「運動の第二法則」と呼ばれるニュートンの「運動方程式」である。(2.1.1)式で気がつかなければならないことは、左辺の微分係数は運動学的な量であり、右辺のは力学的な起源を持つ量であって、それらを等号で結びつける代数的な理由が全くないことである。
古典物理学では、日常的な経験や簡単な実験を通じてこの第二法則の正しさを容易に知ることができた。この第二法則の背景には「最小作用の原理」という力学原理がある。その詳細は巻末の付録に与えてあるので、もし興味があればそれを参照すればよい。以下では簡単な例を使って「作用」と「最小作用の原理」の意味を説明する。
「作用」と「最小作用の原理」の意味を理解するために、直線軸上を力の作用を受けず自由に運動する質量の粒子の運動を考える。直線上の適当な点を原点として測った時刻における粒子の位置座標を
とする。粒子には力が働いていないのでニュートンの運動方程式は
<2-9> (2.1.2)
であり、この簡単な微分方程式の解は
<2-10> (2.1.3)
で与えられる。運動方程式には含まれていないと
は(2.1.2)式を解く際に現れた、時刻
における粒子の位置と速度を表す積分定数で、それぞれ「初期位置」と「初期速度」と呼ばれる。粒子に力が働いていないというこの物理系の力学的特徴は(2.1.3)式の第二式で速度が時間によって変わらず一定であることに反映されており、これが「力の作用のない物体はその運動状態を変えない」という「ニュートンの第一法則(慣性の法則)」の数学的表現である。(2.1.3)式のにはどのような値を与えてもよく、ならそれは過去を表しなら未来を表す。このようにしてニュートンの方程式は過去に粒子がいつどこでどのような速度を持っていたかを教え、粒子が未来にあるであろう位置と、そのときに持つ速度を予言する。
もし我々がニュートンの運動方程式を知らなかったとしたら、あるいはニュートンがこの世に現れて運動方程式を考えださなかったとしたら、我々はこのように粒子の運動を理論的に追跡・予言することが出来なかったのであろうか?否、おそらく出来たであろう。おそらくいつかは、我々は「作用」という考え方に至ったであろう。そして、ニュートンの運動方程式と同じ方程式をそれから得ることができたであろう。なぜなら、「すべての物理系はそれが持つ『作用』を最少とするように存在する」という考え方は古典力学や量子力学という枠組みを越えた自然原理だからである。その「作用」という考えに基づいた古典力学の捉え方を以下に簡単に説明する。
まず、直線上を運動する粒子の時刻における
位置を横軸上の座標、その時間微分である速度を縦軸上の座標とする直交座標軸を持った「仮想的な平面」を考える(これを実空間の
平面と混同しないよう注意せよ
)。そうすると粒子の運動状態を表す「位置と速度の組」はこの平面上の一点に対応し、時間の経過とともに粒子の位置と速度は変わるので、平面上の点は平面上を移動して軌跡を描く。この軌跡のことを粒子の「運動の経路」とよぶことにする。力が働いていない粒子が行う運動(2.1.3)式が与える経路は
平面で、縦軸の
の点を通り横軸
(軸)に平行な直線になることはわかるであろう。このような、運動方程式の解が与える運動の経路を、以下では「真の経路」とよぶ。
いま粒子の運動状態が、時刻に真の経路上の点
に、時刻に真の経路上の点にあることは観測できたが、その間の経路を観測することが出来なかったとする。もしその間の経路を観測することができなかったとしても、我々はニュートンの運動方程式を知っているので、それを解きさえすれば粒子がたどる経路(横軸に平行な直線)を正確に答えることができる。
しかしながら、もしニュートンがこの世に現れず我々がニュートン方程式を知らなかったとしても、粒子がたどる真の経路を我々が正確に知ることはきっとできたはずである。なぜなら、いつか誰かが「最小作用」という考え方にたどり着いたに違いないからである。その「最小作用」の考え方を説明するために、面上で粒子がからに至る適当な経路を考え、「ラグランジアン」という量を作る。重要なことは、ここで考えるはまったく勝手な時間の関数であって、その時間微分である
との関係は
の与え方によってどうにでもなることである。たとえば、もしと与えたならばであるから
の関係は<2-11>であり、もしと与えたならば、であるから
との関係は
<2-12>となる。言い換えると、との関係が決まらない限り、それらがのどういう関数であるかを言うことはできない。すなわち、とは独立な関数である。
そのような独立変数であるとの関数としてラグランジアンという量を考える。ラグランジアンはの関数を、
の関数をとするとき、それらの差すなわち
<2-13> (2.1.4)
で与えられる。ここで、もし実際に起きる運動で粒子の持つ速度がで位置が
であったとすると、はそのときに粒子が持つ運動エネルギーと同じ関数の形を持ち、は
「力学」第二章で与えた粒子が持つ位置エネルギーと同じ関数の形を持つ。ただ今の場合は関数が運動エネルギーや位置エネルギーとたとえ同じ形であったとしても、とが実際に起きる運動の速度と位置ではないので、を運動エネルギーと呼ぶことは出来ないし、を位置エネルギーと呼ぶことは出来ない。
左辺でを
と書かずに、汎関数を表す記号(「物理数学入門」第九章§1参照)を用いてと書いたのは、右辺に現れると
が他の変数(今の場合は時間を表す
)の関数であって、その関数の形を変えると右辺が与える
が変わるからである。このという量を得るまでに多くの試行錯誤があったことは言うまでもない。重要な点であるので繰り返すが、
と
は独立な変数であり、分かっていることは
がの関数として運動エネルギーと同じ関数形を持っていることだけである。
質量を持つ粒子の場合、は<2-14>で与えられる。すなわち、質量の粒子のラグランジアンは
<2-15> (2.1.5)
である。もう一度二つのことを強調する。
- が与えられればはそれからとして得られるが、と
の関係が与えられていないので、の与え方によって
との関係はどのようにもなる。したがってとは独立な変数と考えることができる。
- はとを通して時間に依存する。
もし
を具体的に与えれば、それから
が求められるのでそれらを(2.1.5)式に代入すると、得られた
は
と
を通して
の関数であるから、それを時刻
から時刻
まで積分することができる。そのようにして得られた量を「
作用積分」と呼ぶ。すなわち、
を簡単に
と書くことにすると、作用積分は
<2-16> (2.1.6)
で与えられる。ただしこのとき、時刻と
で粒子は正しい経路上にある、すなわち
とは時刻
とで実現する運動の正しい位置であり正しい速度であるという条件を与えておく。
古典物理学が近代物理学に発展する過程にあった世紀、オイラー、ラグランジといった人達が、(2.1.6)式の作用積分を使って粒子が行う運動を決めると
の正しい関係を与え、そして粒子がたどる正しい経路を決めることができることに気がついた。すなわち、自然界で実現する経路はを最小とするように
とを関係づける経路なのである。これは「最小作用の原理」と呼ばれ、後にこれが我々の知る全ての自然界を支配する自然原理であることが明らかになった。
「最小作用の原理」はその自然原理として見出された関係であって、結論が観測事実を正しく表すこと以外に正しさを検証することはできない。そこで、それが粒子の運動に正しい経路を与えることを、よく知っている次の例を使って確かめてみよう。
地面から高さまで物体を持ち上げて手を放すと物体は地面に向かって落下する。いわゆる「自由落下」である。いま物体を手放した時刻をとし、時刻で地面から測った物体の高さを
、物体の速さ
とする。もしそれらがニュートンの運動方程式から得られると
なら、すなわち実際に観測される運動なら、それらは
<2-17> (2.1.7)
であることを知っている。ここでは重力加速度である。
最初に、における位置の値を横軸上の座標、速度の値を縦軸上の座標として物体の真の経路を確かめておく。実際には
との関数関係を与えればよいから、(2.1.7)式の両式からを消去するとその経路が得られる。それは
<2-18> (2.1.8)
である。したがって、面における経路の形は左方に開いた放物線で、に頂点を持つ。放物線は
面の二点
<2-19>で縦軸(軸)と交わるが、縦軸より左方の側(の部分、すなわち地表より下の地中部分)は考える必要はない(もし物体が地面を突き抜けて地中を進むことができたとしても、それは自由落下と違った別な問題になる)。
まずは、この真の経路に対して(2.1.6)式の作用積分を計算してみよう。そのためにはこの運動のポテンシャルエネルギーが必要になる。それを与える過程はここでは重要でないので省略すると、ポテンシャルエネルギーはとして与えられる。したがってこの運動のラグランジアン((2.1.5)式)は
<2-20> (2.1.9)
である。このとに真の経路の式(2.1.7)式を代入すると、真の経路を持つラグランジアンをの関数として表すことができる。それは
<2-21> (2.1.10)
である。で手放した物体が地表に達する時間を
とすると、は(2.1.7)式の第一式でとすれば求まり、
<2-22>である。したがって真の経路に対する作用積分は
<2-23> (2.1.11)
となる。
ここで行いたいことは、で
面の座標点
にあり、
で地表すなわち
面の座標点
にあるが、しかしその間は(2.1.7)式の真の経路と異なった偽の経路をラグランジアンに与えた時、その作用積分が
より必ず大きくなるかどうかを検証することである。そこで、次のようなあり得ない偽の経路を考える:
<2-24> (2.1.12}
この経路がでとで確かに真の経路と同じ点を通ることは各自が確認せよ。この偽の経路を持つラグランジアンに対して(2.1.6)式の作用積分を実行すると、結果は
<2-25> (2.1.13)
となり、真の経路に対する作用積分よりも大きな値(負符号に注意)が確かに現われる。このように、でと
に
を通るどのような偽の経路も(負であることに注意)より大きな値を与えることを示すことができた。
それでは、真の経路を知らないとき、それを「真の径路は作用積分に最も小さな値を与える経路」という考え方を使って求めることができるであろうか?ここでは詳細を与えないが、物理数学で学んだ「変分」の考えを利用すればできる。そして、その結論として、「ラグランジ方程式」として知られる真の経路を表すと
が満足すべき方程式が導かれる。
【最小作用の原理】
との汎関数である作用積分((2.1.6)式)を最小とする経路は微分方程式
<2-26> (2.1.14)
を満足し、そのと
はこのラグランジアンを持った粒子の運動を表す真の経路を与える。この方程式を「ラグランジ方程式」という。
繰り返すが、ラグランジアンの変数であるは時間のどのような関数であってもよく、したがってその時間微分であると特定の関係を持たないが、ラグランジ方程式はそれらに特定の関係を与え、はその関係を満足する関数でなければならない。後に示すようにと
に特定の関数関係を与えるようを定めるラグランジ方程式はニュートン方程式と同じ内容を与える。
先に述べたように、「最小作用の原理」は「力学」の枠を越えた自然界の原理であって、これが成立するのは粒子の運動に限らない。ただし、それぞれに適切なラグランジアン(ということは、適切な運動エネルギーとポテンシャル・エネルギー)を考えなければならない。粒子が運動する場合にこれを実行すると「ニュートンの運動方程式」が再現される。
粒子が運動する場合に「ラグランジ方程式」が「ニュートンの運動方程式」と等価であることを示すため、以下に簡単な二つの例を与える。
【例1:一次元運動をする粒子】
直線軸上をポテンシャルエネルギーを持って運動する質量の粒子のラグランジアンは
<2-27> (2.1.15)
である。もしこの粒子が自由粒子ならとしてよい[1]。ラグランジアンが(2.1.15)式で与えられる場合、
<2-28>
であるから、(2.1.14)式のラグランジ方程式は
<2-29> (2.1.16)
を意味する。
もしここで
<2-30> (2.1.17)
をこの粒子に作用する力と呼ぶことにすれば(脚注[1]参照)、(2.1.16)中でであるから、ラグランジ方程式は
<2-31> (2.1.18)
となり、この式はニュートンの運動方程式と完全に一致する。このように、ニュートンの運動方程式はさらに基本的な原理である「最小作用の原理」によって置き換えられる。また、(2.1.17)式の左辺で定義されるが慣習的に「力」と呼ばれる物理量の真の姿であることもわかる。
【例2:単振動をする粒子】
直線軸上の適当な点を原点とし、それからの位置でポテンシャルエネルギー
<2-32> (2.1.19)
を持ち、軸上を運動する質量を持つ粒子のラグランジアンは、
<2-33> (2.1.20)
である。これに対し
<2-34>
であるから、ラグランジ方程式((2.1.14)式)は
<2-35> (2.1.21)
となる。これはバネ定数を持つバネの先端につけられた質量
の物体が「フックの法則」と呼ばれる復元力を受けて振動する運動( 単振動)を記述するニュートンの運動方程式である。
古典力学は「最小作用の原理」を量子力学への架け橋になる「正準形式」と呼ばれる形式にさらに発展させる。その「正準形式」を説明しよう。最初に、ラグランジアンを使って、に「正準共役な運動量」と呼ばれる量を
<2-36> (2.1.22)
によって導入する。もしこの物理系が【例】に与えたポテンシャル・エネルギー
を持って直線上を運動する粒子なら
<2-37> (2.1.23)
である。
次に、とを独立変数に持つに対してをに換えるルジャンドル変換を行なう。変換された結果、
とを変数に持つであろう関数を「ハミルトニアン」と呼ぶ。すなわち
<2-38> (2.1.24)
である。このように変換されたの独立変数が
とであることを確かめるため、その全微分を計算する。
ラグランジアンの独立変数はとであるから、その全微分は
<2-39> (2.1.25)
である。一方(2.1.24)式で定義されるの全微分は、
であるから、
<2-40>
であるが、最後の式の一項目にあるかっこの式は(2.1.23)式よりである。さらに、ラグランジ方程式((2.1.14)式)および(2.1.22)式より<2-41>であるから、ゆえにの全微分は
<2-42> (2.1.26)
となる。この式は、(2.1.24)式のルジャンドル変換によって、と
を独立変数に持つからとを独立変数とするが確かに生成されたことを表わしており、同時にそれならば
<2-43>
であるから
<2-44> (2.1.27)
であることを意味している。もしが具体的に与えられてが決まれば、(2.1.24)式からがとの関数としてわかり、そのとの微分もやはりとの関数であるから、よって(2.1.27)式はとに関する連立微分方程式である。この微分方程式を「正準方程式」という。
この関係式を利用するとには極めて面白くかつ重要な性質のあることがわかる。
はと
を通じ時間の関数なので、その時間変化(時間微分)は
<2-45> (2.1.28)
によって与えられる。もし、(2.1.27)式を使ってこのなかのとを書き換えたとすると、この式は
<2-46> (2.1.29)
となる。すなわち、の変数である
と
がもし正準方程式を満足する解であれば、は時間によって変わらない一定の量になる。物理では、このようにある量が時間によらないことをその量が「保存する」といい、その物理量を「保存量」という。その言葉を使うと、正準方程式の解
を持つ
は保存量である。物理ではこの保存量であるを「エネルギー」と呼び、それが保存することを「エネルギー保存則」と呼んでいる。
もしと
が(2.1.27)式を満足しなければ、すなわち(2.1.28)式に正準方程式((2.1.27)式)を使わなければ、は時間によって変わるため一定の量にはならないので、は保存量でもなければこの物理系のエネルギーでもない。物理をあまり知らない人のなかには、ハミルトニアンをエネルギーと誤解する人が少なからずいるががエネルギーであるのはその変数が正準方程式を満足する場合だけである。
その誤解を避けるために、が正準方程式((2.1.27)式)を満足してが保存するときに、それをエネルギーと呼んでそのイニシャルを用いて表し、と区別する。
ここまでのことを振り返るために、もう一つよく知られた具体例をあげよう。滑らかな床の上に水平に伸び縮みするばねを置き、その一端を固定し、他端に質量の物体を取り付けてばねを水平に振動させる。振動していないときの長さからバネが伸びた(あるいは縮んだ)長さをとすると、振動運動は
の時間変化として記述される。この物体の運動を表すラグランジアンは先の【例
】のラグランジアン、すなわち
<2-47> (2.1.30)
である。ここではばねに固有な正の定数で、ばねのかたさを表す。このラグランジアンから(2.1.24)式のルジャンドル変換によって得られるハミルトニアンは、<2-48>とすると、
<2-49> (2.1.31)
であり、正準方程式((2.1.27)式)は
<2-50> (2.1.32)
となる。第二式をもう一度で微分し、右辺の
微分に第一の式を使えば
<2-51> (2.1.33)
となる。についてのこの微分方程式は二つの未定定数
(ととする)を含む解
<2-52> (2.1.34)
を持つ(解法の詳細は「物理数学入門」参照)。
【一言】
上でを新しい定数で置き換える時に、
とせずに
としたことを不思議に思うかもしれない。
は正の定数量であり、正の量を置き換える時に
と定義しておけば、万一符号を間違えて
に負の値を与えたとしても、それによる決定的なミスを避けることができる。言いかえると、(2.1.34)式での符号を反転させても、それは(2.1.33)式の解になる。このようにありがちな失敗を致命的にしない工夫も時には必要である。
正準方程式の解である(2.1.34)式のを(2.1.31)式のに代入した量をと書けば、は
<2-53> (2.1.35)
である。右辺は定数しか含まないから、たしかには時間によらない一定の量になっている。
【道草】
寄り道を再度する。「ラグランジ方程式」も「正準方程式」も「ニュートン方程式」と等価であって、どの方程式を解いてもすべて同じ答えが得られる。なぜ一つですむものを、複雑な議論をして複数の異なる形式の方程式を扱わなければならないのか不思議に思うに違いない。
自然科学では、一つの事実を異なる角度から解釈をすることはとても重要であり、それによって理解出来なかったことが理解されたり、また新しい展開があることは少なくない。歴史がそれを証明している。事実、世紀に確立された古典力学のハミルトン形式が世紀に入って「量子力学」を作り出し、
世紀に確立されたラグランジ形式が
世紀後半の「場の理論」の展開と結びついて、我々の宇宙の始まりを理解することができたのである。
年にノーベル物理学賞を受賞し、数々の面白いエピソードを残した天才物理学者のファインマンはこんな言葉を残している。「『分かる』とは、少なくともそれに関して二つ以上の説明の方法を持つこと。それが出来たとき、初めて私は『本当に分かった』と感じる。」
この「一つの事実を異なる角度から解釈をすること」は物理に限らず、どのようなことに対してもその本質を理解する時に非常に有効な方法であり、「科学的思考法」の基本である。
§2. ポアッソン括弧という量
この節で学ぶ「ポアッソン括弧」は世紀の初頭にフランスの数学者であり物理学者であったポアッソンによって導入された正準方程式の一つの表現形式であり、世紀に現れる量子力学と非常に似た数学形式を持っている。実際に量子力学を提唱したディラックはその類似性に注目した。もし古典力学で「ポアッソン括弧」を知らなかったとしても、実際の問題を処理するのに大きな不利益はない。しかし「ポアッソン括弧」を知っておくことは量子力学の理解を深めるのにはとても役に立つ。
前節で行った個の粒子に対する議論を
個の粒子を含む物理系に拡張する。の冒頭で行なったように、個の粒子の座標成分に通し番号をふって、その個の集まりをとする。そうすると、この系のラグランジアンはと、やはり
個のを変数に持ち、と書ける。粒子に対するラグランジ方程式(2.1.14)式は粒子に簡単に拡張でき、
<2-54> (2.2.1)
となる。いうまでもなく、のはを、はを意味する。
このラグランジアンを使って個の正準共役な運動量を
<2-55> (2.2.2)
によって定義する。左辺にあるの
依存性はと
の依存性を通じて生じることを憶えておく。粒子の場合と同様に、
に対するルジャンドル変換
<2-56>
からハミルトニアンを作ることができ、(2.1.27)式の正準方程式と同様に、組の正準方程式
<2-57> (2.2.3)
が成り立つ。
物理量は一般にとの関数であり、それらの時間依存性を通して時間によって変化する。したがって、ある物理量の時間変化は
<2-58> (2.2.4)
で与えられる。とに(2.2.3)式の正準方程式を使えば、(2.2.4)式は
<2-59> (2.2.5)
と書き換えられる。
ここでと
を変数に持つ二つの一般的な量
と
に対して
<2-60> (2.2.6)
の右辺で定義される量を
との「ポアッソン括弧式」という。この記法を使うと(2.2.5)式は
<2-61> (2.2.7)
と書ける。すなわち「の運動は
とのポアッソン括弧式により完全に決まる」。
ポアッソン括弧式に慣れるため、以下に演習問題をいくつか与える。
【演習】
次のポアッソン括弧式に対する等式を証明せよ。
- <2-62>
ここでは「クロネッカーのデルタ」と呼ばれる便利な記号で、の時にのみであり、それ以外はであると約束する。
- <2-63>
- <2-64>
- <2-65>
【演習】
ハミルトニアンが(2.1.31)式の<2-66>
で与えられる「一次元振動運動」の
と
を得るために必要なポアッソン括弧式を求めよ。
【演習】
以下の問に答えよ。
- 前問の一次元振動運動の運動エネルギーは<2-67>、ポテンシャルエネルギーは<2-68>であった。このとき、等式
<2-69>を証明せよ。
- 周期で同じ値を繰り返す物理量の一周期平均を<2-70>とする。このとき、【演習2】で与えられたポアソン括弧式を使って、「調和振動子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの一周期平均が等しいこと」、すなわち
<2-71> (2.2.8)
を証明せよ。これは「ビリアルの定理」と呼ばれ、周期運動を行う物理系に対して成り立つ、非常に有用な定理である。
§3. 多粒子系の物理学
日常環境の中で、我々を取り巻く大気の存在は最も重要な環境要素の一つである。大気の性質を知ることは日々の生活の上でも、とても大切である。しかし大気中には
の中に気体の構成分子が
個くらい存在する。大気の性質を知るためにそれらの位置と速度が必要であるとして、それを知るためにどのくらいの労力が必要であるか見積もってみよう。たとえば、日本が誇る超高速コンピューター京(けい)の演算速度は
秒間に
回であるから、簡単な足し算あるいは引き算を全分子に一回行うだけで、京を休まずに稼働させても
秒=約一年はかかる。もちろんニュートン方程式を解くのには多数の演算過程が必要なので、
内の分子の様子を知るだけでも、少なく見積もって
年以上の時間がかかる。したがって、大気中の分子のような多数の粒子を含む物理系の性質を運動方程式を使って調べるのは、原理的に可能であるけれども、現実的にはとてもできない。
しかしながら、物理系が含む粒子の数が増えれば増えるほど、個々の粒子の運動学的特徴は失われ、集団としての平均的な性質が全体を支配するようになる。それを利用して多数の粒子を含む物理系を扱う物理学がある。それが
世紀後半にボルツマン、マクスウエル、ギブズといった人々が完成させた「統計力学」である。
「量子力学」が扱う現象は極微なスケールで発現すると同時に、扱う物理系に多数の粒子を含む場合が少なくない。そのような物理系を扱うために「量子力学」の発展とともに展開されたのが「量子統計力学」である。現代生活に欠かせない半導体技術やリニアモーターカーの運転に使われる超電導などは「量子統計力学」を使ってなされた研究の成果である。「統計力学」の処方を理解するためにはその基本的な考えを知っておかないといけない。また、量子力学の解釈の背景には統計力学的考え方があり、それを理解するためにも「統計力学」の知識が必要になる。以下で、「統計力学」の基本的な考え方のなかから特に量子力学に関わる部分を簡単に復習する。
質量が
の粒子を
個含み、温度が
に保たれた体積
の物理系を考える。
は大気中にある分子の数のようにとても大きな数であるとする。
個の粒子の座標に通し番号をふり、その座標
個の組みと、それに正準共役な
個の運動量の組みを
とし、この系のハミルトニアンを
とする。「統計力学」は、この系の粒子が
と
の間の位置にあり、運動量が
と
の間の値を持つ確率が
<2-72> (2.3.1)
で与えられることを教えてくれた。ここではボルツマン定数と呼ばれる定数であり、その数値とアボガドロ数
を使って気体定数にの値が与えられる。(2.3.1)式中の記号
は
個の粒子の座標と運動量に関する積分変数の簡略記号である。粒子数が多く
(個程度)になると煩雑になるのでこのように書くのである。そうでなければ
<2-73> (2.3.2)
のように書かなければならない。最後の式にあるという記号に初めて出合ったかもしれないが、「乗積」と呼ばれる演算を表す記号で、「その右側に置かれた量をそれが持つを
から一つづつ増やしになるまで『掛け算』せよ」という意味である。『足し算』の記号であるの掛け算版であると思えばよい。今後もこの簡便記号を用いる。また(2.3.1)式右辺の分母にあるは「分配関数」と呼ばれ、ハミルトニアンを指数に持つ関数の積分
<2-74> (2.3.3)
で与えられる。は「個々の粒子に対する座標積分を体積の内部で実行する」という意味である。
(2.3.1)式をその上で与えた意味を持つ確率と解釈することにとても重要な考え方がある。なぜなら、古典力学にしたがえば
個の粒子が持つすべての座標と全ての運動量は、微分方程式が数学的に処理できるかどうかは別にして、「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)から決まり、その値をハミルトニアンに代入すれば考えている系のエネルギーはただ一つに定まる。したがって「座標と運動量がとの間にある確率」は意味がないように思える。別な言い方をすれば、この確率を考えることによって、「統計力学」は「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)の解として実現する以外のの値を許している。その考え方は「ゆらぎ」という概念と関係するが、これ以上このことには触れないでおく。ただ、(2.3.1)式の確率的な考え方を認めると、産業革命を先導した熱機関の科学的研究から作られた「熱力学」の諸法則がすべて矛盾なく導かれるのである。
(2.3.3)式の「分配関数」はとても重要な関数で、多数の粒子を含む物理系の情報は全てこの関数に反映され、「分配関数」を知ることによってその物理系のすべての熱的な性質を知ることが出来る。その詳細は「熱力学」と「統計力学」で学ぶが、ここではこれから使う最も重要な関係式を一つだけ与えておく。それはによるの微分から得られる。すなわち
<2-75>
(2.3.1)式の解釈に与えた説明をもう一度繰り返して、この最後の式が持つ意味を考える。は考えている物理系のハミルトニアンであり、もし含まれる変数
が「ニュートンの運動方程式」(あるいは「ラグランジ方程式」、あるいは「正準方程式」)を満たしていれば、は系の保存量であるエネルギーになる。一方、は変数の組が様々な値を持つ確率である。の組み合わせの中には正準方程式を満たす組み合わせもあれば、満たさない、したがって「古典力学」では実現しない組み合わせもある。したがって最後の式の積分は、符号を除けば、ニュートン方程式が実現しないとする
まで含めた確率で
を平均した量である。これが、多数の粒子の存在によって生じる「揺らぎ」を考慮した系の平均的エネルギーである。それをと書けば、は分配関数から
<2-76> (2.3.4)
によって与えられる。
さて話をもとにもどし、(2.3.1)式の確率を導入したときに述べた「確率の考えは「熱力学」の諸法則を導く」の一例として、互いに力を及ぼさない質量の粒子個からなる系(自由粒子系という)に対し、(2.3.3)式からを求め、(2.3.4)式を使ってエネルギーを計算してみる。自由粒子系のハミルトニアンは
<2-77> (2.3.5)
であるから、粒子が含まれる空間の体積を一辺が
の立方体であると考えれば[2]、(2.3.3)式のなかにそれぞれ
個ずつあるの一つとの一つの積分はそれぞれ
<2-78>
であり、それがどのであるかによらず、すべて同じになる。よって自由粒子系の分配関数は
<2-79> (2.3.6)
となる。ここでとした。
(2.3.4)式、すなわちの対数をで微分することにより、この系のエネルギー(のマイナス)が得られる。上で得たの対数をとるとたくさんの項が出てくるが、で微分することを考えるとそれを
<2-80>
と書くことができる。で微分したときに
になる、を含まないすべての項は(を含まない項)のなかに含んだ。
(2.3.4)式にしたがってこれをで微分して
を求め、それを
で割って粒子個あたりのエネルギーにすると
<2-81>
を得る。 つまり、温度で体積
内にある個の分子から成る自由粒子気体を、どの分子もエネルギーを持った分子の集団と考えてもよい。
次にこの立方体の一つの頂点を原点として、その頂点を共有する三辺を軸とする座標系を考える。ただし座標系は、右手の親指、人差し指、中指を互いに直角になるように開き、親指の方向を軸、人差し指の方向を
軸としたとき、軸が中指の方向を向く右手系である。
(2.3.1)式の確率を使って個の粒子が持つ速度の平均値
と速度の二乗の平均値
を求める。はベクトル量であるから三つの成分を持っているので、を求めるにはの各成分について平均を求めなければならない。系に特定の方向を好む性質がなければ(「等方的」という)、どの粒子の、どの成分の平均をとっても同じであるから、それを
番目の粒子の成分
とする。しかるに、
はの奇関数であり、一方確率のは(2.3.5)式のハミルトニアンを通してを
乗で含むのでの偶関数である。積分区間<2-82>が
に関して対称であるから、したがって積分を実行しなくても(実行したとしても)
<2-83> (2.3.7)
である。つぎにを求める。<2-84>は運動量成分に関する偶関数
の積分であり、かつ特別な方向性はないからどの項の平均値も同じ値を与えるので、成分を計算し結果を倍する。すなわち<2-85>とする。の計算を(2.3.1)式の確率を使って実行すると、
<2-86> (2.3.8)
となるのだが、この計算は物理でしばしば現れる積分を含むので、詳しい計算を以下に与えておく。
【の計算】
積分は(2.3.6)式の積分とほとんど同じである。まず、(2.3.8)式の積分をに関する積分とに関する積分に分離してから、に(2.3.3)式を代入する。
に関する積分は(2.3.6)式の積分と同じように粒子
個について体積を与え、それが個あるので、結局
となる。よって
は
<2-87>
となる。残されたに関する積分は<2-88>
と変数変換を行えば、
<2-89>
である。に関する積分は物理でしばしば現れる積分なので、以下にその計算を与える。よく知られているガウス積分<2-90>を利用するのである。まず
を任意の正の定数とする積分
<2-91>
を考える。これに対し<2-92>の変数変換を行う。変換に際して<2-93>であり、の積分区間はと同じであるから、は
<2-94>
となる。次に、上式の両辺をで微分する。その結果は
<2-95>
であるから、上の二番目と三番目の式でとすると求めたい積分
<2-96>
が得られる。これを式に代入すると、
<2-97>
となる。したがって(2.3.8)式と同じ結果、すなわち
<2-98>
が得られる。
以上より、 およびであるから、
<2-99> (2.3.9)
を得る。
この結果を使ってさらに以下の順に考えを進める:
- この立方体の中で、速度の成分が
である個の粒子が、方向に
離れて対面する軸に垂直な二枚の面間を
往復するのにかかる時間
はである。
- 粒子は面間を一往復する間に、各面に一回づつ衝突する。粒子が一往復するのに要する時間はであるから、粒子が二つの面間を
秒間に往復する回数は
回であり、一回の往復で粒子は各面に一回づつ衝突するから、
いずれかの面に粒子が秒間に衝突する回数は回である。
- もし衝突が完全弾性衝突、すなわち衝突によって運動の方向は変わるが速さは変わらない衝突であるとすると、運動量
を持つ粒子は
軸に垂直な面に一回衝突することによって運動量の
成分をからに変える。ただし、複合のうち上の符号はにある面の場合、下の符号はにある面の場合に対応すると約束しよう(この符号は結論に影響しない)。したがって、回の衝突による粒子の運動量変化は<2-100>である。
- 粒子は面に秒間で回衝突するから、したがって軸に垂直な面に衝突することによって粒子が秒間にこうむる運動量変化は<2-101>である。
- ニュートンの運動第二法則が与える運動方程式は粒子の加速度(速度変化)と粒子に働く力を関係づける。すなわち、質量
の粒子に力が働いて、粒子の速度の
成分がの間に
からわずか変わって
になったとすると、粒子は方向に
の加速度を得たことになる。このときニュートンの運動方程式はこの加速度に相当するだけの方向を向いた力が
のあいだ粒子に働いたことを教えてくれる。
一方の間に粒子が持つ運動量の
成分はからに変わったので、このうちはこの間に生じた運動量変化を表していることが分かる。したがって、のあいだ粒子に働いた力はその間の単位時間に変わった運動量の成分に等しい。反対に、もし粒子が持つ運動量の成分が単位時間にだけ変わったとしたら、粒子はその間にだけの力を
方向に受けたことがわかる。すなわち
秒間当たりの運動量変化は、運動量変化が起こった成分の方向に向かって粒子に働く力である。
しかるにから、軸に垂直な一つの面に衝突した個の粒子は運動量の
成分を秒間当たりにだけ変化させるのがわかっているので、結局粒子は
軸に垂直な面からだけの力を方向に受けていることになる。
- 一方、作用‐反作用の法則から、軸に垂直な面は粒子から
の方向に向かう力を受けていることになる。すなわち、にある面とにある面のいずれも、粒子から大きさがの力を箱の外側に向かって受けていることになる。
- 考えている立方体はどの面も面積がであるから、したがって軸に垂直な一つの面は個の粒子から箱の面を内側から外側に押す、単位面積当たり<2-102>の力を受けている。
- 粒子の総数は個であるから、
軸に垂直な面はこの立方体内の粒子から総量
の外側に向かった力を受けていることになる。
- 気体粒子から容器の単位面積に外側に向かって働く力を気体の「圧力」と言う。それを
と書くと、ここで考えている気体の圧力は
<2-103>である。
- このに(2.3.9)式を使えば、ここで考えている気体の圧力は最終的に
<2-104>となる。
- モルの気体はアボガドロ数の粒子を含むから、もし考えている気体がモルであるとすると、その中には
個の粒子が存在する。したがって気体の圧力は<2-105>となる。熱力学ではを気体定数と呼ぶので、これを使うとモルの粒子を含む気体の圧力、体積、温度
の間に
<2-106> (2.3.10)
の関係が成り立つことがわかる。これが「熱力学」で現れる理想気体の「状態方程式」である。
(2.3.5)式のハミルトニアンを与える時に行った「気体の粒子が互いに力を及ぼさない」仮定(自由粒子の仮定)が理想気体の状態方程式を与えることに最初
に気がついたのは、数年後に光や電磁場の性質を統一的に説明する「マクスウエル方程式」を提唱したマクスウエルであった。後に統計力学と呼ばれるようになった考え方をもとにして、マクスウエルは温度
の希薄な気体中にある全ての粒子のなかで、
速度の
成分の大きさが
と
の間にある速度を持つ粒子の割合がもし
<2-107> (2.3.11)
であるとすれば、気体の(圧力、体積
、温度)の間に理想気体の状態方程式が成り立つことを発見した。ここで、を簡単に
と書き、
である。この速度の分布則を「マクスウエル分布」と呼ぶ。
実際にマクスウエル分布を仮定して、速度の成分の一つの平均値とその二乗の平均値
を計算すると
<2-108>
となり、自由粒子に対する(2.3.9)式の結果が得られる。したがって、そのときと同じ道筋をたどれば、マクスウエルによる速度分布の仮定から理想気体の状態方程式が導かれるのである。
また上の結果は、この系を作る各粒子に平均として
<2-109>
のエネルギーが分配されていることを表してもいる。
もし気体を構成する粒子(分子)が互いに力を及ぼし合っていれば(2.3.5)式のハミルトニアンが粒子の位置を含むポテンシャル・エネルギーを持つために、系のエネルギーを求める(2.3.4)式の計算がとても大変になる。その結論は自由粒子の系ほど単純ではないが、系のエネルギーは気体の体積
と温度に依存しと書けることがわかる。
自由粒子の場合と同じように、この状況をマクスウエル分布に少し手を加えることによって再現することもできる。すなわち、(2.3.11)式のマクスウエル分布の気体分子一個のエネルギーを<2-110>で置き換えて(2.3.11)式を
<2-111> (2.3.12)
と修正すればよい。右辺の定係数は
が
<2-112>
となるように決められるが、が具体的に与えられなければ計算ができない。
がわかればエネルギーの平均値もまた、次の手続きで計算できる。
- (2.3.12)式の確率を使って、と
の間にいる粒子が持つエネルギーの平均値
を求める。ここで、
である。
- 空間のあらゆるところにある粒子についてを加え、最終的に
を求める。すなわち
<2-113> (2.3.13)
である。
(2.3.12)式の粒子分布を自由粒子気体の「
マクスウエル分布」と区別して「
ボルツマン分布」という。また
が気体内部の要素だけで決まるエネルギーであることから、それを気体の「
内部エネルギー」という。
「
マクスウエル分布」を使った議論から「理想気体」とは自由粒子から構成された気体を意味することがわかったと思う。しかし実際の気体では、それを構成する分子や原子の間には力が働いている。ところが、その力は粒子が少しでも離れると急激に弱くなる特徴を持っている。そのため、気体を希薄にして粒子同士の距離が遠くなると、粒子はあたかも互いに力を及ぼし合っていないかのように振舞う。その時には
の中にあるポテンシャル・エネルギーが必要なくなり、「
ボルツマン分布」は「
マクスウエル分布」に置き換わる。このことは希薄な気体の状態が理想気体の状態に似ていることを意味しており、それは実験で確かめられている。
(2.3.12)式の「
ボルツマン分布」はエネルギー
を持つ運動状態にある気体粒子の割合を与えるが、そこに含まれている指数関数のためその割合は
を持つ粒子が一番多くて、
が大きくなるにしたがって急速に少なくなる。したがってこれだけなら、小数粒子系と同じように多くの粒子を含む物理系でも多くの粒子がエネルギーの小さな運動状態に存在することになる。しかしながら、すぐに分かるように、多数の粒子を含む系には小数粒子の系にはなかった状況が現れる。すなわち、粒子が多数あることによって生じる二つの条件がおり合った物理状態が実現するのである。二つの条件とは
- 一般に物理系はエネルギーが低ければ低いほど安定に存在できるので、気体はを出来るだけ小さくしようとする。
- (2.3.13)式によって与えられるは様々な
を持った状態を含み、それぞれのは気体粒子によって分かち持たれるが、気体粒子がを分かち持つやり方が多い状態ほどに含まれる割合も多くなり、結局はそのような状態を含む
が実現する。
である。すなわち、多くの粒子を含む気体は上の条件を折り合わせるような圧力
、体積
、温度
と内部エネルギー
を持って存在するのである。
上の二つの内容を数学的に表現して、実現する気体の状態を定める関数を作ることができる。まず、ボルツマン分布をヒントにして、
の事実を反映するために
という関数を用意する。ここで
は
と
の条件が折り合って気体の状態が定まったときの温度である。
は
で最大値
となり、
が大きくなると急速に
に近づく。したがって関数値が大きい状態ほど実現しやすいと考えれば、この関数によって
の特性が正確に反映されることになる。
次に
の事実である「粒子が
を分かち持つやり方が多い状態ほど
に多く含まれる」を数学的に表現する。そのため、気体が(2.3.13)式の
を持つと決まった時に、そこに含まれる様々な
を粒子が分かち持つやり方の総数を
とする時、それに最も大きな値を与えるような
が実現すると考えてもよい。しかるに、粒子が
を分かち持つやり方の数は
が大きくなるほど大きくなり、また
が大きくなればなるほど大きな
が
に含まれるので、
が大きいほど
も大きいと考えられる。
以上より、粒子が多数あることによって生じる状態は、上の二つの関数の積
が最も大きくなるときに実現すると考えることができる。
が小さい時、
は
のために小さくなり、
が大きくなると
は
のために
に近づく。したがって、その途中のどこかにある
の値で
は最も大きな値を持ち、その
を持つ気体が実現することになる。
それがどのような
であるかを知るために、ネイピアの定数を底とする自然対数の性質
<2-114>
を使ってを
<2-115>のように書き換え、を
<2-116>
とする。そこで
<2-117> (2.3.14)
という量を導入して、を
<2-118>
と書くことができる。さらに
<2-119> (2.3.15)