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第四章 粒子と波動の双対性

 波動場と考えられていた電磁場が粒子(光子)として振る舞えば、古典論で説明できなかったいくつかの不思議な現象を合理的に説明できることを知った。本章では、古典論で相容れない物理系の二つの在り方、すなわち波動として存在する物理系と粒子として存在する物理系の特徴を併せ持つ双対性の意味をさらに考える。そして、双対性が自然の姿であるとして、粒子として扱われてきた物理系に要求される波動的な振る舞いの意味を考え、その記述法(量子力学)を構築する。


§1. 波動場が持つ粒子性と粒子が持つ波動性

 この節では波動場の典型的な振る舞いである光の干渉現象を粒子描像に基づいて解釈する。まず二つの準備をする。最初に 波動を特徴づける物理量の一つ「 波数」を導入する。読んで字のごとく「波数」は波の数である。すなわち半径1を持つ円の円周 2πに波長λ の波が何個入るかを表す量である。したがって、波数をkと書くと

<4-1> (4.1.1) k=2πλ

である。ただし「半径1を持つ円の円周 2π」というときに半径に長さの次元を考えない(無名数にする)のが特徴で、その結果kの次元は(4.1.1)式右辺の分母にある波長 λの逆数の次元、すなわち 長さ -1になる。さらに、光の速さ(光速)を cとし光の振動数(後で厳密な定義を与えるが、円を 1秒間に回転する回数)を νとすると、光の場合は「電磁気学」でνλの積は光速cに一致することが示されているν= cλ=ck2π。また振動数ν1秒間に角度2πの値を繰り返す回数であるから、波動としての光が 1秒間に変える角度は( 2πνω)である。これを「角速度」とよぶと、 ν=ck2 πより、角速度は

<4-2> (4.1.2) ω=2πν=ck

と表される。
 次に、波動の特徴である「干渉」が高校で学んだ物理でどの様に説明されたかを振り返る。そこでは、干渉は三角関数の位相を使って説明された。ここではそれをもう少し厳密な(したがって少し面倒な)方法で説明しよう。いま点光源から、その前に垂直に立てられた光を通さない板 Aに向けて波長 λの光を発射した。 Aにはそこだけ光を通す非常に狭い切れ込み(スリット、典型的には 110000cm以下)が平行に二本開けられている。二つのスリットの間隔は非常に狭い(実際にそのような二つのスリットを作成する場合は、ガラスに墨を塗って不透明な板を作り、そこに二枚重ねて持った剃刀で適当な長さの水平な傷を作るとよい)。この二つのスリットを通った光は板 Aから垂直な方向にさらに 離れて Aと平行に置かれたスクリーン Bに到達し、その上に何本かの光の平行線を形成する。
 A板上の平行な二本のスリットの間隔を 2d、その中間に仮想的に引いたもう一本の平行線上の中点を原点 Oとして、そこから垂直に Bへ向かう軸を x軸、 A板上でO から垂直上向きの方向をy軸とする。そうすると、スクリーンは x=の位置にあり、スクリーン上に光が形成する水平線の一点を座標(x,y)=(, y)と表すことができる。
 一般に、ある点から光(波動場)が空間に放射されたとき、光はその点から半径がしだいに大きくなる球面を形成しながら空間をひろがり、時間がたつと空間の全ての点に達する。光が放射されてから時刻tに半径 rの球面上にある波動場は第二章の(2.4.8)式と(2.4.9)式で与えられるが、代表してその一つをf(r,t)とすれば、 fは「波動方程式

<4-3> (4.1.3) 1c2 2f(r,t)t 2-2f(r,t )=0

を満足する(第二章参照)。波動方程式の解の形については「物理数学入門」の第三章で簡単に触れたが、解を厳密に求めるにはかなり複雑な手続きを経なければいけない。今必要なのは(4.1.3)式を満足する解で、かつスクリーンに到達した光を表す解である。 Aにある二つのスリットの間 2dに比べ、 ABの距離がとても大きい時には以下で与える解が(4.1.3)式の一つの解になる。すなわち、d1のとき(4.1.3)式の一つの解は

<4-4> (4.1.4) f(r,t)= Aei(kr-ωt) r

である。ここでAは任意の複素定数であり振幅と呼ばれる。今はこの式を(4.1.3)式に代入して、d1とすればそれが成り立つことを各自が確かめることで満足しよう。
 さて、t=0にスリット 12から光が放出され始めたとして、この解を使って時刻tP点に到達した光の明るさを考える。スリット 1からPまでの最短距離をr1、スリット 2からPまでの最短距離をr2とし、 1からPに達した光をf1(r1, t)2から Pに達した光を f2(r2,t)とする。 f1 f2はともに(4.1.3)式の一つの解であるから、

<4-5> (4.1.5)  f1(r1,t) =A1ei(kr 1-ωt)r1 f2(r2, t)=A2ei(k r2-ωt)r2

である。A1A2はそれぞれの振幅である。一般に A1 A2は異なる定数であってもよいが、それらが等しくても同じ結果が得られるので、これ以降は A1=A2 =Aとする。すぐ分かるように、Aが複素数であることが干渉現象を説明するのに重要な役割をはたすので、このことはしっかりと意識しておかなければならない。
 スクリーン上のPにおける光の明るさは、そこでの波動場の強さ

<4-6> IP(t)=| f1(r1,t)+f 2(r2,t)|2

によって与えられる。右辺に(4.1.5)式を代入し、二つのスリットの中点からPまでの距離をrとして計算を慎重に行なうと、これは

<4-7> (4.1.6) IP(t)= 4|A|2r2 cos2r1- r2λπ

を与える。
 IPの値が大きければ大きいほどそこは明るくなるので、(4.1.6)式から分かることは、「光路差」と呼ばれる|r1 -r2|の値によって IPの値が変わり、スクリ-ン上の各所に明暗模様(干渉模様)ができることである。明るさはスクリーンに仕組まれた装置によって電気的に記録されるので、スクリーン上にできた干渉模様の位置と明暗を我々は数値データとして知ることができる。
 結局(4.1.6)式から、n 0を含む正の整数とすると、光路差D=| r1-r2|

<4-8> (4.1.7)  D=(2n+1)λ2 (の位置に暗い線) D=(2n)λ2 (の位置に明るい線)(n= 0,1,2,)

であるところに干渉模様の出来ることがわかる。
 もしスクリーンが写真フィルムの感光素材で出来ていれば、スクリーン上の明るい場所は白線となって現れ、暗い場所は感光せずに黒いまま残る。フィルムに白線が現れるのは、フィルムに塗布された銀化合物にエネルギーが与えられ、そこで化学反応が起こるためである。すなわち、スクリーン上の明線(白線)の場所には他の場所より多くの光のエネルギーがそそがれ、そこで強い化学反応が起こったことを示している。つまり、スクリーン上には光のエネルギーが多く注がれる場所と少なく注がれる場所ができて、それが干渉模様を作っているのである。
 このことを光子の言葉を使って表現すると次のようになる。光子1個は波長(振動数)によって決まったエネルギーを持っているから、スクリーン上の明線(白線)の場所にはより多くの光子が到達し、その結果より多くのエネルギーがそこに注がれているはずである。一方、暗線(元の黒色)の場所には到達した光子数が少ないため注がれるエネルギーも少ないことを表している。つまり、二つのスリットからスクリーンに向かって発せられた光子は均等にスクリーンに到達するのではなく、より多く到達する場所と、あまり到達しない場所をスクリーン上に作り、その結果干渉模様が出来ていることになる。これが典型的な波動現象である「干渉」を粒子描像を使って行なった解釈である。
 この逆を考える。すなわち、もし「自然には波動性と粒子性の双対性がある」の なら、古典力学で粒子的現象として知られている現象が波動の言葉を使っても解釈出来なければならない。そして粒子の波動性を表す波動関数が存在しなければならない。粒子の波動関数の意味は「量子力学」の問題で最も長く議論され、今でも完全に解決したとは必ずしも言うことはできないが、ここでは最もひろく受け入れられている考え方にしたがって粒子の波動関数を与えることにする。
 粒子の波動性を記述する波動関数を考えるため、双対性のあることをすでに知っている電磁場の波動方程式(4.1.3)式を参考にして議論を進める。波動方程式は

<4-9> (4.1.8) 1c2 2f(r,t) t2-2f(r, t)=0

であったが、もしω=ckであれば、(4.1.4)式で与えた関数は d1であるスクリーン上の点に到達した光を表す解であることをすでに知っている。実は、(4.1.4)式右辺で関数がe -i(kr-ωt)であったとしても、 d1であるときにそれが波動方程式を満足していることはやはり直接の代入によって確かめられる。すなわち、(4.1.8)式の解は(4.1.4)式よりもさらに一般的に

<4-10> (4.1.9) f(r,t)= Ae±i(kr-ωt) r

と書くことができる。右辺にある復号(±)のそれぞれを持つ二つの関数が解であるが、(4.1.8)式が線型方程式であることから、指数関数の実数部と虚数部を持つ二つの関数

<4-11> (4.1.10) f(r,t)= Asin( ωt-kr)rA cos(ωt-kr)r

が解であるといっても同じことである。
 波動方程式を満足する関数はそれを特徴づける定数として時間的変化に関係した「角速度(ω)と、空間的変化に関係した「波数(k)を持つ。この二つの量 (ωk) を使って、波動に関連した諸量の意味をもう一度思い出しておこう。

【時間変化に関係するωについて】

  • ①周期T
     (4.1.10)式の三角関数の角度(ωt-kr)2πの整数倍だけ変わると fは元の値にもどる。このとき、関数が元の値にもどるのに要する最短時間を「周期」という。それをTと書くと、時間が tからTだけ進んで (t+T)となると三角関数の角度が 2π変わるから

    <4-12> ω(t+T)-kr =ωt-kr+2π

    である。よって、ωT=2πであるから、 T

    <4-13> (4.1.11) T=2πω

    である。

  • ②振動数ν
     三角関数の角度が2π変わるのに要する時間が Tであるから、角度は単位時間に ω=2πTだけ変わる。単位時間に進む距離を速度というのになぞらえて、この単位時間に変わる角度のことを、「角速度」というのである。(4.1.10)式の三角関数は時間が T経過すると1回元の値にもどるのであるから、関数が単位時間に元に戻る回数は 1T=ω2πν であり、これを「振動数」という。すなわち

    <4-14> (4.1.12) ν=ω2π =1T

    である。この両辺にプランク定数hをかけ、定数 =h/(2π)を使うと、(4.1.12)式は振動数νの光子が持つエネルギーを振動数と角速度を使って表わした式

    <4-15> (4.1.13) hν=ω

    を与える。

【空間変化に関係するkについて】 

  • 波長λ
     波数kは半径1の円の円周2πに波長 λの波が入る個数k 2πλであった。逆に λは半径1の円の円周に入っている波1個当たりの波の長さであるから、

    <4-16> (4.1.14) λ=2πk

    である。

  • 波数ベクトルk
       kを大きさとし、波の進行方向(今はわからなくても支障はないが、気になるなら【付録】参照)をその方向とするベクトルkを「波数ベクトル」と呼ぶ。

 波動の時間と空間変化を特徴づけるωkに対応し、粒子の時間と空間変化の様子を特徴づける量はエネルギーEと運動量 pである。これを厳密に示すには、「量子力学」と同時期に現れた現代物理学のもう一本の柱である「相対性理論」の助けを借りないといけない。しかし残念ながら、この段階で「相対性理論」を理解するには数学的準備が不十分である。ここでは詳しい数学的説明なしに以下の「相対性理論」の結論だけを借りることにする。
 「相対性理論」は互いに等速で運動をする物理系で同じ物理法則が成り立つことを仮定する。運動の速度が我々が日常的に経験する程度の大きさならば、そのことで何も新しいことは現れない。しかし、地球の重力圏を脱出しようとする宇宙船であるとか、宇宙空間にある星の運動などは、我々が日常経験する運動の速さに比べて非常に大きい。その速さがさらに大きくなり光の速さ( 3×108[m/s])に近づくと、互いに運動する二つの物理系の長さや時間の尺度が速度によって変わってくる[1]。つまり、互いに異なる速度で動く二つの物理系では 1秒の時間や、1メートルの長さが同じではないのである。そして、座標と同じように時間もそれぞれの物理系における運動の状態を表す変数の一つになる。すなわち、物体の位置を指定する3個の座標に加え、時間が座標の 4番目の成分となる[2]。それに連動して全てのベクトルが第 4番目の成分を持ち、4 成分のベクトルとして表現される。そのようなベクトルを「四元ベクトル」という。たとえば、波動を特徴づける (ω/c)3成分を持つk 、粒子を特徴づける(E/c )3成分を持つ pはともに 4元ベクトルを構成する。 4番目の成分にある光速cはその成分に他の三成分と同じ次元を与えるためにつけた定数である。定数として光速を用いるのは、「相対性理論」が光速cを物理系の運動状態によって変わらないと仮定しているからであり、そしてこれまでのところそれを否定する証拠はない。このように 4個の成分をまとめた4 元ベクトルを(ω/c,k )(E/c, p)と書くことにする。脚注[2]でも述べたように、 4番目の成分を含む4 元ベクトルをこのように3成分ベクトルの前に表記するために、ここでは 4番目の成分を4元ベクトルの第0成分と便宜的に呼ぶことにする。
 角速度ωで振動する光に対してエネルギー Eの光量子を対応させる「プランクの量子仮説」((3.1.3)式)は

<4-17> (4.1.15) ω=E

であった。この関係を、

・ 波動場の四元ベクトルの第0成分 (ω/c)に定数 をかけた量と、粒子の四元ベクトルの第0成分(E /c)を結びつけた式

と解釈することができる。(前者にをかけることは次元を合わせるためにも必要である。)
 ここで、(ω/c,k )(E/c, p)のように4つがまとまって一つの量を表すという「相対性理論」が正しいとする。(もちろんその正しさはたくさんの観測事実が裏付けている。)そうすると、 4元ベクトルの一つの成分に対して特定の関係が成り立つなら、他の成分に対しても同じ関係が成り立つと考えるのが自然である(もし「ローレンツ変換」という議論をすれば、むしろ「同じ関係が成り立たなければならない」ことがわかる)。もしそれを要求すると

<4-18> (4.1.16) k=p

が成り立たなければならない。実はこの式はすでに予想されていた。なぜなら、この式の両辺はベクトルであるから、その大きさを考えると k=pであり、波数 kを波長λで表すとk=2πλかつ=h2πであるから、よって(4.1.16)式の大きさの関係は

<4-19> (4.1.17) hλ=p

を与える。これは光を粒子(光子)と考えた時に、その運動量と光を波動と考えた時の波長との間に成り立った関係((3.1.19)式)であり、また原子内部で軌道運動をする電子に安定性を与える条件として要求された関係式((3.1.28)式)に他ならない。その同じ関係式が、光量子仮説と「相対性理論」が矛盾しないよう要求することによって、再び現れたのである。気をつけなければいけないのは(3.1.19)式は波長 λを持つ波動が粒子的に振る舞うとしたときの粒子(光子)の運動量を与える関係式であったのに対して、(3.1.28)式やここの(4.1.17)式は運動量 p粒子が波動的に振る舞うとしたときの波長を与える関係式になっていることである。後者の、すなわち粒子の波動性を特徴づける波長を「ド・ブロイ波長」という。
 波動場の観測から結論された双対性を粒子に対し要求し、それを相対性理論と組み合わせると粒子が(4.1.17)式の波長によって特徴づけられる波動的振る舞いをしなければならないことがわかった。しかし、多くの物体の運動を日常的に知る我々にそれは容易には納得できない。なぜなら日常的に我々の出合う物体が波動的に振る舞っているとはとても思えないからである。もし粒子や物体が双対性を持つことができるなら、なぜ身近の粒子や物体が波動的に振る舞っていることに我々は気がつかないのであろうか。おそらく、日常的な環境では粒子が持つ「ド・ブロイ波長」が観測にかかるほど大きくないのであろう。以下にそのことを確かめる。

【ド・ブロイ波長の大きさ】
 いま質量1[g]=0.001 [kg]の弾丸が速さ300 [m/s](空気中での音速程度)で飛んでいる。この弾丸に粒子と波動の双対性があるとして、そのド・ブロイ波長を(4.1.16)式から見積もってみよう。弾丸の運動量の大きさp( =質量×速さ)

<4-20> p=0.3[kg ms-1 ]

である。プランク定数は(3.1.4)式から

<4-21> h=6.6×10- 34[Js]=6.6 ×10-34[kg m2s-1 ]

であるから、弾丸のド・ブロイ波長は

<4-22> λ=6.6×10 -34[kgm2 s-1] 0.3[kgm s-1] =2.2×10-33[m]

となる。
 現在、人類が知っている存在の最小の大きさは10-15 [m]程度で、標準的な原子の1 億分の1の大きさであり、いかなる手段を使ってもその大きさを直接認識することはできない。もし弾丸が波動的に振る舞うとしても、そのド・ブロイ波長はそれよりもはるかに短く、我々が弾丸の波動性に気がつくはずはない。

 ところが、ある状況で粒子の持つ波動性が大きく現れることがある。それが「超流動」や「 超伝導」と呼ばれる現象であり、この四半世紀で物理学があげた重要な成果の一つである。物理学科の学生の場合は「統計力学」や「物性論」という授業でそれを学ぶことになる。
 では、物体(あるいは粒子)が波動的に振る舞うとして、その波動性を記述する波動関数はどのような方程式にしたがうのであろうか。それを導出する厳密な議論はかなり複雑なので付録に与え、ここではその方程式を推論的に導出する。厳密な導出を知りたければ、付録を参照すればよい。
 電磁場に対する波動方程式の解として(4.1.5)式または(4.1.10)式で与えた解は波数ベクトル (k)の方向と位置ベクトル (r)の方向によらなかった。しかし一般的な解はこれらのベクトルの方向を含み、(4.1.4)式と少し違って

<4-23> (4.1.18) f(r, t)=Aei(k r-ωt)

の形で与えられる。ここでωは(4.1.2)式の関係、すなわち

<4-24> (4.1.19) ω=ck

を満たす。cは光速である。この式の両辺に をかけ、ω が波長λを持つ波動場の量子(光子)のエネルギー (E) kが光子の運動量(k )の大きさであったことを思い出せば、(4.1.19)式は光子のエネルギーと運動量の正しい関係 (E=cp)を与えていることを憶えておく(前章のコンプトン効果の項を参照)。
 (4.1.18)式のf(r, t)が波動方程式の解であることは、それを(4.1.8)式の波動方程式に直接代入することによって確かめられる。そこで必要になるf(r,t )の空間座標と時間に関する二階微分は

<4-25>  2f=-k2f 2ft2 =-ω2f

で与えられるから、(4.1.18)式の左辺は

<4-26> 2f-1 c22f t2=- k2+ω2c2 f

となる。ω=ckであるから、よって上式は 0となり、f( r,t)が波動方程式の解であることは確かめられた。すなわち、もし(4.1.18)式中の波動を特徴づけるωkがそれらに要求される正しい関係(4.1.19)式を満足していれば、(4.1.18)式が与える波動関数f(r,t )は波動方程式の解である。
 そこで、(4.1.18)式の波動関数に含まれるその波動性を特徴づける二つの量( ωk)を対応する粒子性を特徴づける二つの量(Ep )で置き換えてみる。ω= Eであり、k= pであるから、(4.1.18)式の波動関数を粒子の言葉で書けば、区別するために f(r,t) Ψ(r,t )と書くと、Ψ(r ,t)

<4-27> (4.1.20)  Ψ=Aexp ip r-Et =Aexpp r-Et

である。(4.1.8)式の波動方程式のf(r ,t)の代わりにこれを代入し、光子のエネルギーと運動量の関係 E=cpを使えば、この波動関数は波動方程式の解になっていることがわかる。
 そこで、「双対性」を自然が必ず持つべき性質であると考えて、粒子や物体に対しても上の波動関数に対する同様な議論が成り立つと考え、粒子や物体の波動性を表す波動方程式を導くことにする。上の議論と違う所はエネルギーと運動量の関係で、 E=cpを質量mを持つ粒子のエネルギーEと運動量p の関係、

<4-28> E=p 22m

で置き換えないといけない。そして質量mの粒子に対する波動方程式は、(4.1.20)式の Ψ(r,t) が代入された時に、このエネルギーと運動量の関係があればΨが解となっているようなものでなければならない。Ψtで一度微分をするとE が一次で現れ、Ψ rで一度微分をする(を演算する)と pが一次で現れる。欲しい関係は一次の Eと二次のp の関係であるから、一次のEと二次の r微分 (2)が必要になると考えられる。すなわち

<4-29>  Ψt=-iE ΨΨ=i pΨ2 Ψ=ip 2Ψ=-p 22Ψ

であるので、E= p22mが現れるためには波動方程式が

<4-30> (4.1.21) iΨ t=-22 m2Ψ

であれば良いことがわかる。これが「自由粒子のシュレディンガー方程式」と呼ばれる、自由粒子の波動関数が満足する波動方程式である。
 「ド・ブロイ波長の大きさ」で示したように、粒子の波動的性質は非常に小さなスケールで現れるため、通常の粒子や物体の運動でそれを知ることは簡単にはできない。実験を行うにしても、それほどの小さな量を測定することは技術的に非常に困難である。トムソン、デイヴィソン、ジャマーによって、結晶を透過した電子が波動のように回折模様を示すことが確認されたのは1929年のことであった。電子線が光と同じように二重スリットによって干渉模様を作ることをイェンセンが実験的に示したのはさらにそれから 30年後(1961年)のことであった。測定の困難さはともあれ、量子力学が予言する自然の双対性は疑いようのない事実として今は理解されている。
 電子の波動性が観測されて四半世紀後(1989年)、外村彰は洗練された技術を使って電子の波動性が示す意味を明らかにする非常に見事な実験を行った。外村は多数の電子を一度に発射するのではなく、少数の電子を次々と発射できる電子源を作成し、それを使って一点(電子源)から発射され、スリットを通過してスクリーンに到達する電子の様子を仔細に観測した。電子は先の「ド・ブロイ波長の大きさ」で取り上げた弾丸とちがって質量が非常に小さい(電子10 27個で弾丸1個の質量になる)ので、(4.1.16)式のド・ブロイ波長も短いとはいえ認識できる程度に長い。実際に、そこで用いた弾丸の代わりに電子を使っていたとしたらそのド・ブロイ波長は 2.2×10-6[m]となり、その程度の拡がりなら十分に測定可能である。
 外村が彼の実験で示したことは

  1. スリットを通って特定の方向に向けられた電子の集団の大多数はニュートン方程式が粒子に対して予言するように、スリットを通った電子が達するであろうスクリーン上の点付近に到達し、そこから少し離れたところに到達する電子は少ない。しかしスクリーンに到達する電子の数は距離が離れても単調に減少せず、さらに離れるとやや増加し、さらに離れると再び減少する。スクリーンに到達する電子数はこの増減を繰り返しながら最初の点から距離が大きく離れるとまったく到達しなくなる。この増減の周期は電子のド・ブロイ波長程度であり、上で述べたように認識は可能であるが非常に小さく、ド・ブロイ波長程度の拡がりを識別する特別な手段を用いなければ、すべての電子はニュートン方程式が予言する“一点”に到達したと認識されるであろう。

  2. 増減の周期性は少ない電子数で実験を行なっても現れる。つまり、その様子から、電子がたとえ 1個でも現れると考えられる。すなわち、1個の電子を同じ電子源から発射する実験を繰り返せば、ド・ブロイ波長の大きさ程度で電子が到達することの多い領域と少ない領域が波のようになって周期的に現れる
ということであった。量子力学の提唱以来、量子力学が示す粒子の波動性が多数の粒子を含む系に対する統計的な扱いで現れることなのか、あるいは 1個の粒子に対しても現れる自然の本質なのかという論争が長く続いたが、 2の事実はそれに決着をつけた。
 誤解のないようにもう一度強調しておくが、外村の実験は「粒子は決まった軌道を持つ」というニュートンの運動法則を否定し、時には神秘的な事実として受け取られがちであるが、決してそうではない。「電子が到達する位置が粒子の持つド・ブロイ波長程度に不確かである」ことを表しているのである。そしてこの不確かさは日常的な大きさを問題にする限り、気がつかれることはない。いいかえると、日常的な状況では依然としてニュートンの運動法則は“正しく”かつ有用である。

【道草】
 外村によるこの見事な実験は1989年に行われた。以来、日立製作所研究員であった外村はノーベル物理学賞の有力候補に名前を挙げられ続けていたが、ノーベル賞を受けることなく、 20125月、 70歳で惜しまれながら他界した。


§2. 波動関数とシュレディンガー方程式

 質量mを持つ自由粒子の波動関数 Ψ(r,t)が満足するシュレディンガー方程式((4.1.20)式)にはもう一つの理解の仕方がある。(4.1.20)式をもう一度書くと

<4-31> (4.2.1) iΨ t=-22 m2Ψ

である。この式を質量mと運動量 pを持つ自由粒子のハミルトニアンを与える式、

<4-32> (4.2.2) H=p 22m

と照らし合わせると、次のような対応が想像できる。想像のもとは関数f(x )の微分係数f'(x) の書き方にある。「物理数学入門」で簡単に解説してあるが、微分係数 f'(x)の定義には二通りの書き方があった。すなわち

<4-33> (4.2.3) f'(x)= (1)  limh0f(x+ h)-f(x)hdf (x)dx(2)  ddxf(x)Df(x)

があった。(1)は代数的な割り算と、それに続く極限操作を表した書き方である。一方(2)D=ddxによって表される「微分」という演算がその右側にある関数f(x)に施されることを表している。つまり(2)にある Dの意味は、「その右にある関数 f(x)に対して(1) の計算を行ってf'(x)を作れ」という演算指令である。このD を「微分演算子」という。
 そこで(4.2.1)式を微分演算子を使って表してみる。時間と座標に関する二種類の微分演算子 (t)があるが、それらに適当な係数をかけて次のような演算子Hop pop を定義する:

<4-34> (4.2.4)  時間が関係した微分演算子:i tHop 座標が関係した微分演算子: -i=-i ix +jy+ kz pop

ここで、Hp の右上についている記号opは、それが付けられた Hp が普通の数ではなく演算子であることを表わしている。(4.2.4)式の微分演算子を使って自由粒子の波動関数 Ψ(r,t) に対するシュレディンガー方程式((4.2.1)式)を書くと、それは

<4-35> (4.2.5) HopΨ= pop 22mΨ

となる。この式と(4.2.2)式と見比べると偶然とは思えない類似に気がつくであろう。つまり、自由粒子のシュレディンガー方程式は、(4.2.2)式にある Hp を(4.2.4)式のルールにしたがってHoppopに読み換え、それを座標と時間の関数Ψ(r, t)に演算させた結果が(4.2.5)式、すなわち自由粒子のシュレディンガー方程式であると解釈することができる。
 自由粒子のハミルトニアンを演算子に読み換えることによって自由粒子のシュレディンガー方程式が得られるのにならうと、ポテンシャル·エネルギーV(r)を持つ質量 mの粒子の波動関数が満足するシュレディンガー方程式は、対応するハミルトニアン

<4-36> (4.2.6) H=p 22m+V(r )

を(4.2.4)式にrop rをつけ加えたルールにしたがって演算子化し[3]、それを求めたい波動関数 Ψ(r,t) に演算することによって得られる。すなわち、

<4-37> (4.2.7)  HopΨ=iΨ t=- 22m2 Ψ+V(r)Ψ

波動関数が満足するこの微分方程式を「時間に依存したシュレディンガー方程式」という。粒子が x軸(直線)上にある場合の波動関数 Ψ(x,t)、あるいは (x-y)面上にある場合の波動関数 Ψ(x,y,t)が満足する(4.2.7)式は

<4-38> (4.2.8)  iΨt=- 22m 2Ψx2+V (x)Ψ(直線上) iΨt=- 22m 2Ψx2 +2Ψy2 +V(x,y)Ψ (面上)

となる。
 脚注[3]にもあるように、(4.2.4)式の演算子化のルールに根拠はないように思えるかもしれない。しかし実はそれには十分な根拠があり、このルールに曖昧さはまったくない。それを理解するためには少し面倒な数学的議論が必要なので、詳細は付録を参照してほしい。
 物理量を演算子化するルールをもう一度まとめておく。多少煩わしいが、演算子には対応する変数の右肩に (op)をつけて表してある。十分慣れて誤解することがないと思われた時にはその記号を省くことにする。演算子はその右側にもし関数があれば、それに対して指定された演算を行う。

物理量を演算子化するルール

物理量 演算の数学的内容 演算子の表記 f(r)に対する演算
ハミルトニアン it Hop Hopf(r )=if(r )t
運動量 -i
=-ii x+j y+k z
pop popf (r)=-if( r)
座標 r rop ropf (r)=rf( r)

全ての物理量は(r,p )の関数で表わされるので、それらをこのルールによってすべて演算子として表現することができる。したがって、量子力学ですべての物理量は演算子として与えられる。座標の演算が普通の掛け算であるのがこのルールの特徴である。
 双対性の観点から、粒子の波動性を記述する波動関数に対しても電磁場(光子)の波動関数と同じ意味を与えるのが自然である。すなわち、光の二重スリットによる干渉実験で光の明るさを与えた波動関数の二乗がその点における光子の数を与えると解釈されたと同じように、

【波動関数の意味】
 考えている空間にいくつかの粒子があるとき、(4.2.7)式(あるいは(4.2.8)式)を満足する波動関数を使って作った |Ψ(r ,t)|2時刻 tで点r に取った単位体積に検出される粒子の数を表す。

 自然に双対性があるかないかとは別に、時間が経っても変わらない物理量の存在することがしばしばある。物理ではそのことを「保存する」と言い、保存する物理量を「保存量」とよぶ。「エネルギーの保存」はその典型的な例である。
 粒子数を保存量とする物理系がある。物理学では「原因なしに粒子が現れたり消えたりせずに粒子数が保存すること」を「連続方程式」とよばれる方程式によって表現することができる。「連続方程式」が「粒子数の保存」を表すことを確かめよう。
 いまある数の粒子が存在し、その粒子は液体や気体のように空間を移動してもよいし、その場にとどまっていてもよいとする。今その空間に小さな箱型領域を想像し、そのなかに存在する粒子の数を考える。この時、次のことが一般的に成り立つ。

 もしある時刻に箱の内部に存在する粒子の数を観測し、それから適当な時間後にもう一度粒子数を観測したとする。そのとき、もし粒子数に増減がなかったとすれば、箱の中で粒子が突然現れたり消えたりしない限り、その間に箱に流れ込んだ粒子の数と箱から流出した粒子の数は同じでなければならない。

このことを次のように表すことができる。いま液体や気体のように空間を流れている粒子があるとする。その流れのなかの点 rで流れに垂直な単位面積を考えたとき、そこを時刻 tから1秒間に通過する粒子の数がj個であるとき、その流れを j(r ,t)と表す。ベクトルの方向は流れの方向である。そして、 rを中心とした小さな体積ΔVの中にある粒子の数をρ(r,t )ΔVとするとき、粒子がΔV中で増えも減りもしない、すなわち粒子数が保存することを

<4-39> (4.2.9) ρt +divj=0

と表すことができる。ベクトルj(r ,t)は「流れ密度」と呼ばれる。二項目の divj( r,t)は流れ密度 j(r,t)の「発散」と呼ばれ、rを中心とした単位体積から 1秒間に流れ出す粒子数と、そこに 1秒間に流れ込む粒子数の差を表す量である。(この説明は「物理数学入門」を参照すること。)この方程式が「電磁気学」で現れたときは、ρ(r, t)は「電荷密度」、j (r,t)は「電流密度」と呼ばれる量になり、(4.2.9)式は「電荷の保存則」を表す式になる。
 (4.2.9)式が粒子数の保存を表すことを数学定理「ガウスの定理」を使って示そう。まずは「物理数学入門」第七章§4で与えた「ガウスの定理」をもう一度書いておく。

【ガウスの定理】
 閉曲面Sの上とその内部 Vに存在するベクトル関数E( r)に対して、

<4-40> SE( r)n(r )dS=VdivE (r)dV

が成立する。ここで、Sは曲面 S上の面積分、n (r) S上の点rにおける外向き法線ベクトル、V Sに囲まれた体積V内の体積分を表す。左辺の dSS面上にあって、その内部では(En )の値が変わらないとみなせるくらい小さな面積、右辺の dVは体積Vの内部にあって、そこでは divEの値が変わらないとみなせるくらい小さな体積を表す。

 さて、(4.2.9)式が粒子数の保存を表す証明を始める。まず(4.2.9)式の両辺を体積V 内で積分し、それにガウスの定理を適用する。そうするとρ( r,t)j (r,t)に対して、

<4-41>  VρtdV +VdivjdV = VρtdV +Sj·n dS=0

である。二番目の式中第一項目の時間微分は積分と独立なので積分を実行した後に微分を行うことにすると、

<4-42>  VρtdV =ddtVρ dV= -Sjn dS

を得る。時間微分が偏微分ではなく常微分であるのは、座標に関する積分を実行した後に残る変数が時間だけで、偏微分記号を使って微分を行う変数を指定しなくてもよいからである。最後の式は粒子が存在する空間を囲む S面上の積分で、 <4-43>j( r,t)n(r )はその面上におけるj (r,t)の外へ向いた成分の大きさを与える。したがって、もし <4-44>j( r,t)n(r )0ならば粒子が領域の外に流れ出ていることになり、したがって必然的に Sの外に粒子が存在するということになり、 S内の空間Vが粒子の存在する全空間であるという条件に反することになる。よってS面上では <4-45>j( r,t)n(r )=0でなければならず、その結果第二項目は 0となる。よって上式は

<4-46> (4.2.10) ddtV ρdV=0

を与える。この結果、左辺の体積分は時間によって変わらないことがわかる。その一定の数を Nとすれば、したがって

<4-47> (4.2.11) VρdV= N

である。Nは小さな体積ΔV の中にある粒子数ρ(r, t)ΔVを粒子が存在する全空間で加えたものであるから全粒子数の意味を持ち、したがってこの式は全粒子数が時間によって変わらないで保存することを意味している。すなわち、

【粒子数の保存】 連続方程式((4.2.9)式)が成り立つとき、 その物理系に含まれる粒子の総数は保存する。

 シュレディンガー方程式は自然の双対性が要求する「粒子の波動性」を表す波動関数を与えるが、いぜんとして個数を数えることができる粒子を扱っている。したがって、粒子が自然に湧きだすか、あるいは自然に消滅するかしなければ、波動関数で記述される粒子の数は保存されなければならない[4]。言いかえると、量子力学にも「連続方程式」が存在しないといけない。実際にシュレディンガー方程式が「連続方程式」を与え、それが記述する物理系の粒子数が保存することを以下に示す。
 結論は、シュレディンガー方程式を満足する波動関数を使って、時刻tに単位体積が含む粒子の数ρ(r,t )

<4-48> (4.2.12) ρ(r, t)=|Ψ(r,t )|2=Ψ*(r ,t)Ψ(r,t)

で与えられる流れ密度であれば、ρは連続方程式を満足し、したがってこの系の粒子数は保存することになる。ρが単位体積中の粒子数であるから、小さな体積 ΔVの中にある粒子数はρ (r,t)ΔVで与えられる。以下で(4.2.12)式が与えるρが連続方程式を満足することを証明する。以下の証明では V(r )が実数であるとする。この仮定は必ずしも必要でないが、もし Vが複素数であれば結果の解釈が少し面倒になるので、この仮定を置くことにする。
 (4.2.12)式のρをつくる波動関数 Ψ(r,t)とその複素共役の関数 Ψ*(r, t)はシュレディンガー方程式およびその複素共役の方程式を満足する:

<4-49> (4.2.13)  iΨt=- 22m2Ψ +V(r)Ψ -iΨ*t =-22m 2Ψ*+V(r )Ψ*

このときρ(r,t )の時間変化は

<4-50>  ρt= 1-iℏ- 22m2Ψ*+V (r;t)Ψ* Ψ+ 1iℏ-2 2m2Ψ+V(r ;t)ΨΨ* =2im 2Ψ*Ψ- 2ΨΨ* (i)

となる。ここで、rの任意関数 f(r)g(r)に対して成り立つ微分の恒等式

<4-51> div(fg )=fg+f2 g(ii)

から得られる等式

<4-52> f 2g =div (f g )-f g (iii)

で、<4-53>(f=Ψ,g= Ψ*)とした式から、<4-54>(f =Ψ*,g=Ψ)とした式を引き算すると、 (i)式の右辺[ ]の中の式が求まるので(i)式は

<4-55> ρt =-2imdiv Ψ*(Ψ)-( Ψ*)Ψ (iv)

となる。したがって、もし流れ密度j( r,t)

<4-56> (4.2.14) j= 2imΨ*( Ψ)-(Ψ*)Ψ

で与えられるとすれば、(iv)式は

<4-57> (4.2.15) ρt +divj=0

となり(4.2.9)式の連続方程式が現れ、同時にシュレディンガー方程式で波動関数が与えられる物理系の粒子数保存が示された。(4.2.12)式の「流れ密度j(r ,t)は次節で波動関数に確率解釈を与えるときに重要な役割を果たすことになる。


§3. 波動関数と確率解釈

 シュレディンガー方程式は波動関数Ψ(r ,t)に対する線型微分方程式である。したがって、その一つの解に定数をかけた関数もまた同じ方程式の解になる。したがって(4.2.7)式の解が一つ求まったときは、それにどのような定数がかかっているのか判断できない。そこで求まった解から(4.2.12)式の <4-58>ρ(r ,t)=|Ψ(r,t )|2を作り、それを考えている空間の体積内で積分を実行する。 Ψにはどのような定数がかかっているかわからないので、積分の結果もどうなるかわからない。今それが

<4-59> (4.3.1) Vρ(r ,t)dV=C

となったとする。
 今このCを使って新しい関数

<4-60> (4.3.2) Φ(r, t)=1CΨ(r ,t)

を作ったとする。そうすると、このΦ( r,t)も同じシュレディンガー方程式((4.2.7)式)を満足するが、今度はこのΦ(r,t) から作った

<4-61> (4.3.3) ρ(r,t )=|Φ(r,t)| 2

はその積分が

<4-62> (4.3.4) Vρ(r ,t)dV=1

となる。(4.2.11)式からわかるように、いわばこれは考えている物理系の粒子数があたかも1 個であるかのような数学的操作を行なっていることになる。このように、シュレディンガー方程式の一つの解 Ψから(4.3.4)式を満足する Φを得る一連の手続きを波動関数の規格化」という。
 数学的な手続きに関するかぎり規格化の手続に問題はなにもないが、(4.3.4)式のように全粒子数を 1とする波動関数の解釈をめぐって量子力学の誕生初期に激しい論争があった。 ρ(r,t) は多数の粒子がある場合には単位体積中にある粒子数であり、それを構成する波動関数は単位体積中の粒子数がド・ブロイ波長程度の波動周期で増減する様子を与えるものであった。しかし全粒子数を1にした場合、この解釈が成り立つか否かという問題である。もしそれが1個の粒子に対しても成り立つとすれば、 1個の粒子が部分的にあちらこちらに同時に存在することになり、粒子は必ずどこか特定の一点に存在することを前提としたニュートンの運動方程式(古典力学)から始まる粒子の描像を否定することになる。この波動関数の解釈に対する論争は、以来長く続くことになる。ここではこの問題に触れず、(4.3.3)式の解釈として現在最も多く受け入れられている「確率解釈」を採用することにする。すなわち

【波動関数の確率解釈】
 粒子が1個ある系でその粒子を時刻 trにある小さな体積 ΔVのなかに見い出す測定を多数回繰り返したとき、 ρ(r,t) ΔVに「粒子 1」を見つける確率を与える。

と考える。量子力学と波動関数に対するこの解釈は、多数の粒子を含んだ物理系に対しても成立するが、粒子が 1個の場合であっても成立する。重要なことは、 ρは同じ1個に対して多数回の測定を行なったときに粒子1個を見い出す確率であって、それが決して 1個の部分的割合が見い出されることではないことである。このことは、先に紹介したように、後に外村の実験で明らかにされた。

【道草】
 この論争にはアインシュタインも加わった。彼が「確率解釈」に基づいた量子力学を批判するときに使った言葉「神はサイコロを振らない」は有名である。そしてアインシュタインは終生「量子力学」に対して懐疑的であった(もちろんアインシュタインは外村の実験を知ることはなかった)。そのことを書いた多数の物語があるので、もし興味があればその種の出版物を読むとよい。

 これ以降、特に断らない限り、波動関数を用いる時はそれが常に規格化された波動関数であるとして、そのことを特にことわらないことにする。また規格化にともなう確率解釈に合わせて、(4.3.2)式のρ(r ,t)を「確率密度」、規格化された波動関数を用いた(4.2.12)式を「確率流密度」と呼ぶ。
 これまでのことを規格化した波動関数Ψ(r ,t)を使ってまとめておく。

  1. シュレディンガー方程式を解いて得た波動関数の規格化
    <4-63> (4.3.5) V|Ψ |2dV=1
  2. 確率密度
    <4-64> (4.3.6) ρ(r, t)=|Ψ|2
  3. 確率流密度
    <4-65> (4.3.7) j(r ,t)=2im[ Ψ*(Ψ)-(Ψ *)Ψ]
  4. 連続方程式
    <4-66> (4.3.8) ρ(r ,t)t+ divj(r ,t)=0

 波動関数が満足するシュレディンガー方程式は二階微分方程式である。したがって、ほとんどの場合がそうであるように、もしポテンシャル関数が考えている空間で特別に奇妙な振る舞いをする関数でなければ、二階微分方程式を満足する全ての関数が必ず有する数学的特徴を波動関数は持つ。すなわち、

・ 波動関数の一階微分係数はいたるところで連続である。

これをシュレディンガー方程式を使って代数的に示すことはそれほど難しくはないが、ここでは行なわない。関数の一階微分係数が連続であることを数学では関数は「滑らか」と表現するので、以降その表現を使うことにする。
 さらに、波動関数の確率解釈を可能にするために(すなわち、(4.3.5)式の確率密度が意味を持つために)、波動関数に一つの数学的な条件を課す。

・ 波動関数は変数の一つの値に対して一つの値を持ち、変数を連続的に変化させると波動関数も連続的に変化する。

これを簡単に波動関数は「一価連続」であるという。
 上の二つ(動関数が持つ数学的特徴と波動関数に対する要求)をまとめて

・ 波動関数は考えている空間で「一価連続で滑らか」でなければならない。

と表現する。もう一度強調するが、「一価連続性」は波動関数に対して確率解釈を可能にするための要求であり、「滑らか」は波動関数が二階の微分方程式を満足することによって有する数学的な特徴である。


§4. 物理量の測定と期待値

 古典力学では、ニュートンの運動方程式を解いて粒子(質点、物体))の座標r (t)とその時間変化(速度)に質量をかけた運動量 p(t)を求めれば、それらの関数として与えられる任意の物理量をtの関数として決定することができた。一方量子力学で我々が決定することができるのは、体積Vの中にある粒子の数を 1個とするよう規格化した波動関数を Ψ(r,t)とすれば、時刻 tにおいてr にある小さな体積dV内に粒子が存在する確率

<4-67> (4.4.1) ρ(r, t)dV=|Ψ(r, t)|2dV

である。そして、量子力学の物理量は演算子とされ、古典力学と違ってその値を直接知ることはできない。では、量子力学で物理量の値とその時間変化をどのようにして知ればよいのであろうか。
 そのために二つのことが必要になる。

  • ① 物理量を表す演算子を知る。

  • ② 演算子から、それが表す物理量の値を得る。
①の演算子は、古典物理学の物理量からそれが含む座標と運動量に対し§2の表で与えた置き換えを行うことによって作られる。②に関しては量子力学の確率的性質が大いに関係しており、それに関しては歴史的にも多くの議論があったが、ここではその結論だけを与えることにする。それが観測や実験と矛盾しない結果を示すことと、後ほど「古典物理学」におけるニュートンの運動方程式が量子力学に含まれる証明を与えることで今は満足しよう。
 ①を少し詳しく説明する。物理量Ωを表す量子力学の演算子を Ωopとすると、 Ωopr pの関数であった古典物理学のΩ (r,p)から作られる。すなわち、Ωr ,pのなかの rpに対して§2にある表で与えた置き換え

<4-68> (4.4.2) p pop=-i =-ii x+j y+kz

<4-69> (4.4.3) r rop=r

を行ない、Ωop rop,p opを作ればよい。
 このときΩを時刻t で観測した時の値Ω(t)は、時刻 tにおける物理系の状態を表す規格化された波動関数 Ψ(r,t) を使って

<4-70> (4.4.4) Ω(t)= VΨ*ΩopΨdV

で定義される「期待値」によって与えられる。
 本来「期待値」は統計力学の概念であり、繰り返された測定の平均値を与える量である。繰り返しの測定を行って物理量の平均値を求める時には、直前の測定によって乱された物理系の状態を全て測定以前の状態に戻し、それからまったく同じ測定を行い、再度物理系を元に戻し、という手続きを非常に多数回行って得た測定値の平均値を求めないといけない。しかしながら、測定によって乱された系の状態を完全に測定前の状態に戻すことは実際には不可能である。幸いなことに、波動関数が数学的にその役割を果たしてくれる。詳しい説明は与えないが、「量子力学」における測定の意味は「統計力学」における考え方と共通しており、それがシュレディンガー方程式を満足する波動関数を使って(4.4.4)式の期待値を計算することの意味でもある。


§5. 物理量と演算子

 前節で「古典物理学の物理量を基にして作られた演算子の『期待値』はその物理量に対し繰り返し行われた測定の平均値と解釈される」ことを知った。このことでもわかるように、量子力学の特徴は「物理量が演算子で与えられる」ことにあるので、この節では演算子に対する理解をもう少し深めておく。
 古典物理学におけるほとんどの物理量は座標と運動量の関数であり、その時間変化を知りたければニュートン運動方程式を解いてその物理量を持つ粒子(物体)の座標と運動量を時間の関数として求め、それを物理量に代入することによって物理量の時間変化を知ることができた。一方、量子力学の物理量は座標演算子と運動量演算子の関数ではあるが、演算子自体は時間変数を持っていないので演算子は時間によって変わらない。しかし測定値である期待値は波動関数を通じて時間によって変化する。そして、その時間変化(物理量の運動)はおもしろいやり方で古典物理学と関係する。それを理解するため、まず演算子を特徴づける「交換関係」を知らなければならない。以下で「量子状態」という言葉が現れるので、その意味を与えておく。

量子状態
 量子状態」とは「(量子系)が与えられた状況の下で取り得る状態」であるが、ここでは簡単に「シュレディンガー方程式を満足する波動関数は一つの量子状態を表す」と理解しておく。

 量子力学が古典力学と大きく違うことの一つに測定の考え方がある。古典力学では運動する物理系が持つ物理量を測定することに特別な問題はなかった。しかし量子力学で測定は特別な意味を持つ。それは測定手段自体が量子力学で扱わなければならない物理系であるからである。たとえば、「オービス」という自動車の速度を測定する装置がある。これは走ってくる自動車に電波や光を照射して反射波の周波数を測定し、ドップラー効果を利用して自動車の速度を測定する装置である。自動車のような物体なら何の問題もないが、もしこれが原子や分子であったら、照射された電波や光を構成する光子のエネルギーが原子や分子が持つ運動エネルギーと同じ程度になるため、電波や光が照射されると原子や分子がそのエネルギーを受け取り、測定したかった運動状態が変わってしまう。したがって測定する対象が量子力学系の場合は、測定手段が何であっても測定の意味を厳密に定義しなければならない。

【道草】
 量子論が提唱された時代から測定および観測の問題は、それが対象とする物理系に与える影響が大きいため、絶えない論争の一つであった。それが認識に関わる哲学的な内容を含むため、物理学者のみならず、多くの数学者、文学者、社会学者、哲学者が論争に加わって、それは現在も続いている。そこには、人間の意識の関わりから脳の働きまで、実に様々な問題が含まれている。これらを論じることは実用的な意味の量子力学から離れるので避けるが、もし興味があればその種の出版物を読むとよい。

 ある量子状態Ψで物理量の測定を行なうことは一般にその量子状態を変えるが、数学的にその状態変化はΨに対する物理量を表す演算子の演算によって表現される。そこには1925年に「量子力学」を完成させたイギリスの天才物理学者ディラックの鋭い洞察があった。すなわち、デイラックは一つの量子状態とそれが観測により変化した量子状態の関係を数学の「 ベクトル空間の線型代数」を使って表現したのである。そこに至る数学的議論を詳しくは与えないが、その後に量子力学が示した革命的成功はディラックの洞察が正しかったことを十分に証明している。
 測定と量子状態の変化との関係を具体的に見て行くことにする。いま演算子ABが表す二つの物理量を量子状態 Ψで二通りのやり方で測定することを考える。

  1. 最初は、状態Ψでまず Aの測定を行なう。その結果状態はΨAが演算されてできた状態 (AΨ)に変わる。この状態でBの測定を行なうと、状態はさらに(B()= BAΨ)に変わる。これは状態Ψで物理量 (BA)を測定した結果とも考えられる。

  2. 次の測定では、まずBの測定を Ψで行なう。それで生じた状態()Aの測定を行う。結果として (A()=ABΨ)の状態が生じるが、これは状態 Ψ(AB )を測定した結果とも考えられる。
 ABが関数に作用する演算子であることを考えると、ABを順番を変えて演算(測定)して生じる二つの量子状態 (ABΨ) (BAΨ)は、一般に異なる。これは以下のように、ある数に「かけ算」と「足し算」を順番を変えて行った結果が一般に異なることを考えれば、その状況が理解できるであろう。すなわち、三つの数abcについて、
  1. 最初に掛け算、続けて足し算の順に演算を行う。つまり、最初にabをかけて(a ×b)を作り、その結果にcを加える。結果は、(a×b)+c= a×b+cとなる。

  2. 最初に足し算、続けて掛け算の順に演算を行う。つまり、最初にabを加えて( a+b)を作り、その結果にc をかける。結果は、(a+b)× c=a×c+b×cとなる。
このように二つの結果が異なることから、引き続く二つの演算(測定)はその順番によって結果の異なることがわかる。通常の測定によって状態の変わることがない古典力学では連続した二つの測定の順番を気にすることはあまりないが、測定によって状態が変わる量子力学ではその順番が重要になるのである。
 先の二つの演算子AB に対して、もしどのような量子状態で(AB)(BA)の測定を行っても、それによって生じた二つの状態が等しければ、それを演算子の関係として(AB=BA) であると書き、もし二つの状態が異なれば、それを演算子の関係として( ABBA)と書く。またこれらを(AB -BA=0)または(AB -BA0)と表してもよい。この時、引き続く二つの演算の差を表す演算子 (AB-BA)

<4-71> (4.5.1) AB-BA[A, B]

と書き、これをAB の「交換関係」または「交換子」という。交換関係」は一つの演算子を表すことを理解しなければならない。本書では説明しないが、量子力学で「不確定性原理」と呼ばれるものはこの交換関係と密接に関係している。
 交換関係に関する重要ないくつかの関係式と恒等式を以下にまとめておく。

  1. ABの交換関係に対して、次の恒等式が成り立つ。

    <4-72> (4.5.2)  [A,B]=- [B,A]

    <4-73> (4.5.3)  [A,A]=0

  2. [A,B]=0のとき、 ABは「可換である」(「交換する」)という。 ABが可換なときはA(BΨ)=B(A Ψ)で、二つの演算によって生じる量子状態は演算の順番によらず同じである。

  3. ABの連続した演算をABと書く。それともう一つの演算子 Cとの交換関係は

    <4-74> (4.5.4)  [AB,C]= A[B,C]+[A,C]B

    であり、演算子積ABCD の交換関係は

    <4-75> (4.5.5)  [AB,CD] =[A,C]BD+C[A, D]B+A[B,C]D+C A[B,D]

    である。すなわち、それらは基本の2個の演算子の交換関係で表される。

量子力学を使った計算を行う時には、これらの恒等式は非常に多く使われる。
 もし演算子が具体的に与えられれば、大抵の場合、交換関係は基礎的な交換関係を使って計算することができる。その計算の基礎となり、かつもっとも重要な交換関係は座標演算子と運動量演算子の交換関係である。以下でそれを与えておく。
 座標演算子(rop )と運動量演算子(p op)は座標の任意関数f( x,y,z)に対して(4.2.9)式で与えられる演算、すなわち、

<4-76> (4.5.6) rop f=rf

<4-77> (4.5.7)  popf=-i f =-ii fx+j fy+k fz

を行う。以降、混乱が生じない場合には演算子を表す記号(op)を省く。以下で、それぞれが3成分をもつ r pの交換関係を調べるが、その組み合わせは r 3個の成分同士で作る9個の交換関係、 p3個の成分同士で作る9個の交換関係、r3個の成分とp 3個の成分で作る 9個の交換関係で、計27 個の交換関係がある。しかし(4.5.2)式と(4.5.3)式の関係があるから、結果が自明ではない交換関係は

  • ① 異なる座標成分間の交換関係3組 <4-78> ([x,y],[ y,z],[z,x])

  • ② 異なる運動量成分間の交換関係3組 <4-79> ([px,p y],[py,pz] ,[pz,px])

  • ③ 座標と運動量の同じ成分間の交換関係3組 <4-80> ([x,px] ,[y,py],[z, pz])

  • ④ 座標と運動量の異なる成分間の交換関係6組 <4-81> ([x,py] ,[x,pz],[y, pz],[y,px], [z,px],[z,p y])
の計15個であるが、いずれもどれか代表的な一つを調べれば残りは推測できる。
 最初に①の異なる座標成分間の交換関係として[x,y ]を考える。交換関係の定義と(4.5.6)式を使うと、座標の任意関数 f(x,y,z)に対する演算 [x,y]f(x ,y,z)は定義にしたがって次のように計算される:

<4-82>  [x,y]f =(xy-yx)f =xyf -yxf

である。ここで最後の式にあるx yは演算子ではなく、(4.5.6)式にしたがって関数f(x ,y,z)x倍と y倍する単なる掛け算である。したがって一項目と二項目は同じ結果を与え、それらの引き算を行うと0になる。すなわち [x,y]は関数に0をかけるのと同じ演算を行なう。これを[x,y]=0 と書く。座標成分が含まれる他の交換関係も同様である。すなわち、この結果は

【・】座標成分間の交換関係は全て0である。したがって「座標演算子の成分は全て交換する。

 次に②の異なる運動量成分間の交換関係としてf(x,y ,z)に対する演算[px ,py]f(x,y,z )は定義にしたがって次のように計算される:

<4-83>  [px,py]f=p xpyf-pypx f= -ix -ify +iy -ifx =-2 2fxy+ 22fy x

である。最後の式でxy に関する微分の順番を入れ換えることができるから、二項の和は0になる。すなわち、<4-84> [px ,py]=0であり、他の交換関係も同様である。すなわち、この結果は

【・】 運動量成分間の交換関係は全て0である。したがって「運動量演算子の成分は全て交換する。

 次に順番を変えて、先に④の座標と運動量の異なる成分間の交換関係を考える。どの組み合わせを考えても同じなので[x,py ]の組み合わせを考えると、交換関係の定義と(4.5.6)式を使って、座標の任意関数 f(x,y,z)に対する [x,py]の演算は

<4-85>  [x,py]f=xpy f-pyxf =x-i fy-- i(xf)y =-ix fy- -ixfy =0

すなわち[x,py] =0であり、他の交換関係も同様である。したがって

【・】「座標演算子と運動量演算子は異なる成分間であれば交換する」。

 最後に、③の座標と運動量の同じ成分間の交換関係を調べる。どの組み合わせを考えても同じなので[x,px]を考える。座標の任意関数f(x,y,z) に対してこの演算を行えば

<4-86>  [x,px]f=x -ifx --i(xf )x =-ixf x+ix fx+f =if

すなわち、このときだけ交換関係の演算結果は0でない。

【・】 座標演算子と運動量演算子の同じ成分間の交換関係は関数をi倍する結果を与える。言いかえると「座標演算子と運動量演算子は同じ成分間では交換せず、その交換関係は状態を i倍する演算を行なう」。

 以上の結果をまとめておく。そのために、便宜上、座標演算子r =(x,y,z) (x1,x2,x3) 、運動量演算子p=( px,py,pz)(p1,p2, p3)と書こう。そうすると、 rpに関する交換関係は

<4-87> (4.5.8)  [xi,xj]= 0 [pi,pj ]=0[xi ,pj]=iδi ,j,(i,j= 1,2,3)

である。ここでδi,jは第二章でポアッソン括弧式を学んだときに現れたクロネッカーのデルタ記号であり、改めて与えると

<4-88> (4.5.9) δi,j =ij のとき: 0i=j のと:1

である。
 第二章§2「ポアッソン括弧という量」にある 【演習1】にあった古典力学の座標変数と運動量変数のポアッソン括弧式と、ここで求めた量子力学の座標演算子と運動量演算子の交換関係((4.5.8)式)がとても似ていることに気がつくであろう。すなわち、

ポアッソン括弧がすべて交換関係を1i 倍した量で置き換わっている、すなわち、<4-89>  {}1i []

である。

【道草】
 この置き換えはこじつけではなく、天才中の天才といわれる物理学者ディラックが1925 年に提唱した彼の量子力学はこの対応関係に基づいて作られた。つまり、ディラックはすべての物理量を直接測定できない演算子であると考え、ポアッソン括弧で表現された物理量間の関係を対応する演算子の交換関係を 1iした量で置き換えると、古典力学から量子力学を構築することができることを示した。(これが、この教科書の第一章でポアッソン括弧をていねいに説明した意味でもある。)当時は、そこに至るデイラックの定式化があまりにも数学的かつ抽象的であったため、その意味が十分には理解されず、翌年 (1926)に提唱された「シュレディンガー方程式」によって量子力学が代数方程式で表現され、それによってディラックの量子力学の意味を理解した人は少なくない。


【「エルミート共役演算子」と「エルミート演算子」】

 量子力学ではすべての物理量が演算子であると言ったが、その演算子の多くは「エルミート演算子」とよばれる 性質を持つ演算子である。その意味を理解するため、最初に任意の演算子に対してその「エルミート共役演算子」と呼ばれる演算子を定義する。
 いま二つの量子状態を表す波動関数をψφとし、任意の演算子A に対して演算子A*を積分

<4-90> (4.5.10) ()* ψdτ=ϕ*A*ψdτ

によって定義する。右辺にある演算子A*Aの「エルミート共役演算子」という[5]。(4.5.10)式の積分の中で という記号を使っているが、それは積分の詳細に関係ない議論を行いたい時に使う便宜的な記号である。具体的には、積分される関数をFとするとき:

<4-91> (4.5.11)  Fdτ= それが(-L xL)の線上における線積分の場合:  -LLF(x)dx それが曲面S上の面積分の場合:  SF(x,y)dS それが空間V内の体積分の場合:  VF(x,y,z)dV

を表す。
 重要なことなので強調しておくが、エルミート共役演算子は(4.5.10)式の積分によってのみ定義される。そのため、積分を行なった結果0になる量や積分の結果に現れない量を(4.5.10)式のA*に加えても構わないが、エルミート共役演算子を含む等式を書くときにはそれを省略し、同時に支障がなければ波動関数と積分を省略して等式を書くと約束する。以下の演算子 ABに対して成り立つ等式はその意味の等式である:

  1. <4-92> (A+B)* =A*+B*

  2. <4-93> (cA)*=c *A*  (ただしcは演算子でない普通の複素定数である)

  3. <4-94> (A*)* =A

  4. <4-95> (AB)*= B*A*

  5. 実数関数(複素数を含んでいない関数)f(x)の変数 xを演算子Aで置き換えた演算子f(A)に対して、 <4-96>(f(A))* =f(A*)が成り立つ。
これらの等式の証明を行う時には、等式の左辺(または右辺)にある演算子を(4.5.10)式の積分の中に入れて、右辺(または左辺)の演算子を含む積分式を導けばよい。そのときに気をつけることは、関数に演算子を演算させると一つの関数ができることである。たとえば、演算子 Qを関数Fに演算した(QF)は一つの関数として扱わなければいけない。例として恒等式4の証明を与えておく。

    4の証明】

    (4.5.10)式右辺のAを演算子 ABで置き換え、それを(4.5.10)式左辺でAを演算子 ABとしたものに等値すると、

    <4-97>  ϕ*(AB)*ψdτ= [(AB)ϕ]*ψdτ =[A()] *ψdτ

    であるが、は一つの関数であるので、それを χと書き、再度(4.5.10)式を使うと、

    <4-98>  ϕ*(AB)*ψdτ= [A()]*ψdτ =(Aχ) *ψdτ=χ *A*ψdτ

    となる。ここでχを元に戻し、また A*ψが一つの関数であるのでそれをξ と書き、それに再度(4.5.10)式を使うと、

    <4-99>  ϕ*(AB)*ψdτ= χ*A*ψdτ =()*ξ =ϕ*B *ξ

    となる。最後にξを元の A*ψに戻すと

    <4-100> ϕ *(AB)*ψdτ=ϕ* B*ξ =ϕ*B*A*ψ

    となるので、 4の等式が証明できた。

 (4.5.10)式で定義される「エルミート共役演算子」A*がもし

<4-101> (4.5.12)  *ψdτ=ϕ*Aψdτ

すなわちA=A*であるとき、 Aを「エルミート演算子」という。これは物理量を表すほとんどの演算子が有する重要な性質である。「エルミート共役演算子」を作ることと、演算子が「エルミート演算子」であることを混同しないよう注意する必要がある。「エルミート共役演算子」は任意の演算子に対していつでも作ることができる演算子名称であり、「エルミート演算子」は特定の演算子が持つ 性質である。
 「エルミート演算子の性質は物理量を表すほとんどの演算子が有する重要な性質である。」と述べた。実際に演算が(4.5.7)式で定義された運動量演算子はエルミート演算子である。まずそれを示すことにしよう。簡単のために一次元(変数 x)で、粒子は(-x )の領域に存在するとし、(4.5.12)式によって規格化した二つの波動関数を ψ(x)ϕ(x)とする。粒子は (-x)に必ず存在するので、その領域の境界でψ(±) =0でなければならない。

【運動量演算子はエルミート演算子である】
 一次元の運動量演算子<4-102> p= -iddxを(4.5.10)式の Aであるとして左辺に代入すると、

<4-103>  -p ϕ*ψdx= --iℏ dϕdx*ψdx = iℏ-dϕ *dxψdx

であるが、この最後の式に部分積分をおこない、ψ(± )=0を使えば、

<4-104>  - *ψdx=i ϕ*ψx=-x =-i- ϕ*dxdx =-i -ϕ*dx dx=- ϕ*dx

となる。そもそも最初の式は運動量演算子のエルミート共役演算子p* を定義する式、すなわち<4-105> - *ψdx=- ϕ*p*ψdx 、であるから、よってp*=pであることがわかる。すなわちpはエルミート演算子である。

【道草】
 二つの実数(xy) と虚数単位iを持つ複素数 z=x+iyの複素共役z *i -iに変えたz*=x -iyであることと、「エルミート共役演算子」を作ることとを混同する人が少なくない。そのような混同をする人は、運動量演算子p=-i ddxの微分演算子の前にある iのためにその「エルミート共役演算子」が +iddxであると誤解し、そのため 「pはエルミート演算子ではない」と間違った結論を下しがちである。 pの中にあるiは、pが積分の中にあるために部分積分を実行することができ、それによって生じる好ましくない符号変化を打ち消すためにiが必要なのである。その理由を上の証明でよく理解してほしい。
 まぎらわしいのは、演算子でない普通の複素数(z=x +iy)を、関数を単にz倍する演算子と考えても良いことである。そのときには、演算子としてのzのエルミート共役演算子は (z*=x-iy )であって、zの複素共役と同じ形になる。エルミート共役を作る手続きにしたがってこの証明を試みるとエルミート共役の意味がよく理解できるかもしれない。

 運動エネルギーはエルミート演算子である運動量の関数であるからエルミート演算子である。もしポテンシャル関数が実数関数であれば「実数関数の変数をエルミート演算子で置き換えた演算子はエルミート演算子である」ので、それもエルミート演算子である。ハミルトニアンはそれらの和であるから、したがってポテンシャル関数が実数関数ならばハミルトニアンはエルミート演算子になる。以下ではポテンシャル関数はいつも実数関数であり、ハミルトニアンは常にエルミート演算子であるとする。
   演算子Qが表す物理量がある。規格化された波動関数 Ψ(r,t) が表す量子状態でのQの期待値は

<4-106> (4.5.13) Q(t)= Ψ*QΨ

である。波動関数が時間によって変わるため期待値がtの関数であることに注意せよ。これを使って以下で二つのことを行う。

  1.  もしQがエルミート演算子ならば、(4.5.13)式で与えられる Q(t)は実数であることを示す。

  2.  Q(t)の時間変化は演算子 <4-107> 1i [Q,H]の期待値に等しいことを示す。
 先に「ほとんどの物理量を表す演算子はエルミート演算子である」と書いた。これから示すようにエルミート演算子の期待値は実数であり、したがって観測値が実数であるほとんどの物理量を表すのにエルミート演算子が都合良いのである。
 1を示すことから始める。ここで行いたいことは、もし Q*=Qであれば、 Q(t)が実数であること、すなわち Q(t)* =Q(t)を示すことである。そこで、 Q(t)の複素共役を作ると

<4-108>  Q(t)*= Ψ*QΨ* =Ψ QΨ*= QΨ*Ψdτ =Ψ*Q*Ψdτ →  Ψ*QΨdτ=Q(t)

となる。三番目の式から四番目の式へは、関数ΨQが演算してできた (QΨ)は一つの状態を表す関数であり、その複素共役 (QΨ)*も一つの関数であるから、それとその前にある関数 Ψの位置を入れ替えただけである。この結果はたしかに期待値 Q(t)が実数であることを示している。すなわち

・エルミート演算子の期待値は実数である。

 次にQ(t)の時間変化」を調べる。このポイントは二つある:

  • ① Q(t)の時間変化は演算子 Qではなく、波動関数Ψ (r,t)が担う。

  • ② Ψ(r,t )Ψ*(r ,t)の時間変化はシュレディンガー方程式

    <4-109> (4.5.14)  iΨt =-i Ψ*t=() *

    によって定まる。二番目の式は一番目の式の複素共役である。
    【注意】シュレディンガー方程式の右辺の複素共役を作る時に注意しないといけないことがある。 ΨHが演算してできた状態 ()は一つの関数であり、その複素共役は ()*である。くれぐれも H*Ψ*としないよう気をつけること。それが不正確だからではなく、間違いだからである。

ポイントのに注意して Q(t)の時間微分を計算する。

<4-110>  dQ(t)dt=ddt Ψ*QΨ =Ψ* tQΨ+Ψ*Q Ψt

であるから、(4.5.14)式を使ってΨ* t Ψtを書き換えると、

<4-111>  dQ(t)dt= 1-i( )*QΨ+Ψ*Q 1iHΨ =1i -()* QΨ+Ψ*QHΨ =1i -Ψ*H *QΨ+Ψ*Q =1 i-Ψ* HQΨ+Ψ*Q =1i Ψ*(QH -HQ)Ψ

となる。最後の式にある丸括弧内の演算子はQとハミルトニアンとの交換関係である。したがって期待値Q(t)の時間変化は

<4-112> (4.5.15) dQ(t) dt=1iΨ* Q,HΨ

で与えられることがわかる。
 この式と古典力学のポアッソン括弧(2.2.6)式が酷似していることに気がつくであろう。前小節の【道草】で「ポアッソン括弧で表現された物理量間の関係を対応する演算子の交換関係を1 iした量で置き換えると、古典力学から量子力学を構築することができる」と書いたが、これもそのことを示す一つの例である。

【道草】
 以前に「量子力学は1925年にハイゼンベルグと 1926年にシュレーディンガーが全く異なる形式の新しい理論を提唱し、これらの理論は同等なものである。」と述べたように、シュレディンガー方程式を使った量子力学の特徴は量子状態が時間的に変化し、それが観測量の時間変化を定める。
 一方、「行列力学」とよばれるハイゼンベルグが提唱した量子力学の特徴は本質的に(4.5.15)式にある。すなわち、物理量の時間変化が Hと物理量を表す演算子との交換関係で決まることに注目する。この教科書ではハイゼンベルグの量子力学にはふれないので、もし興味があれば適当な教科書を参照してほしい。
 ちなみに、シュレディンガー流の量子力学とハイゼンベルグ流の量子力学がまったく同等の内容を持っていることを示したのは、先に出たディラックである。


 (4.5.15)式の理解を深めるために、次の演習を行う。

  • 【演習1】
     直線x軸上を運動し、ポテンシャル V(x)を持つ質量mの粒子のハミルトニアンは

    <4-113> H=p2 2m+V(x)(i)

    で与えられる。演算子Hが関数に作用するとき Vの演算は関数との積を作るだけなので、それが演算子であると意識されにくいかもしれないが、Vもまた演算子であることを忘れないようにせよ。
     xの期待値を時間を添えた xの大文字でX(t)のように表し、 pの期待値を同様に時間を添えた pの大文字P(t)で表すとき、以下の問に答えよ。

    • (問1) <4-114>dX( t)dt=P(t)m であることを証明せよ。
    • 【解】 (4.5.15)式より、dX (t)dtは交換関係 [x,H]の期待値を計算してそれを 1i倍したものに等しいから、まずは[x,H]を計算する。しかるに、Hのなかの V(x)xの関数なので、いつでもマクローリン級数展開を使ってそれをxの冪級数で表すことができる。したがって、もしやろうと思えば、V xの交換関係をxの冪 (x,x2, x3,)xの交換関係の和として表すことができる。それを行ったとすると、xの全ての冪は xと交換するから、結局 [x,V(x)]=0となる。したがって [x,H]を考える時は、 xHのなかの運動エネルギー(pの関数)との交換関係を考えるだけでよい。演算子の前後を入れ換えた演算子恒等式((4.5.4)式)

      <4-115>  [C,AB]=-[AB,C ]=-A[B, C]-[A,C]B =A[C,B]+[C, A]B

      を使う。この中で、CxAp Bpと置き換えてから、[x, p]=iを使って以下のように計算を行なう。その結果

      <4-116>  [x,H]=x, p22m =12m[x, p2]=1 2mp[x,p] +[x,p]p =12m×(2i p)=i mp

      を得る。両辺をiで割り算してから期待値をとると、左辺は(4.5.15)式から座標の期待値X(t)の時間微分、右辺は運動量の期待値P(t)mで割った量となる。すなわち

      <4-117> dX(t)dt =P(t)m

      が得られた。

    • (問2) -dV( x)dxの期待値をF と書くと、dP(t)dt =Fであることを証明せよ。
    • 【解】 (4.5.15)式よりdP (t)dtは交換関係 [p,H]の期待値を 1i倍したものに等しいから、まずは[p,H]を計算すればよい。しかるに Hの中の運動エネルギーは pのみの関数であるからpとは交換するので、 pV( x)の交換関係だけを考えればよい。
       この交換関係を求めるには少し工夫を要する。まずxの適当な関数 f(x)を用意して、それに V(x)を演算した関数 [V(x)f(x )]pを演算する。 pの演算は -iddx を関数に演算することであるからp[ V(x)f(x)]

      <4-118>  pV(x)f(x) =-idV( x)f(x)dx =-i dV(x)dxf(x)+V(x)df(x)dx =-idV (x)dxf(x)+V( x)pf(x) =-idV(x) dx+V(x)pf(x )

      と書き換えられる。三行目の式を得る時に、二行目の第二項で運動量演算子の定義を使って -iddxpで置き換えた。さらに左辺を二つの演算子 pV( x)が続けて関数f(x)に演算する形、すなわち[pV(x)]f (x)のように書き換えると、上式の左辺と右辺はともに任意関数 f(x)に演算子が演算した等式となっている。したがって f(x)に作用する演算子だけを抜き出せば上の式は

      <4-119> pV(x)=-i dV(x)dx+V(x )p

      である。右辺第一項目のdVdxVの微分係数であり、それで一つの関数である。
       右辺二項目のVp の積を左辺に移すと、左辺にpV(x)の交換関係が現れ、 <4-120>[p,H] =[p,V(x)]であったから、ゆえに

      <4-121> [p,H]=-i dV(x)dx

      を得る。左辺の期待値は運動量の期待値P(t)の時間微分の(+i)倍であり、右辺の期待値は問題に与えられたF( +i)倍であるから、ゆえに共通の (+i)を外せば

      <4-122> dP(t)dt =F

      を得る。

  • 【演習2】 上問の結果を使って

    <4-123> F=md2 X(t)dt2

    を証明せよ。

    • 【解】 【演習1】の二つの結果をまとめると

      <4-124> (4.5.16)  dX(t)dt= P(t)mdP (t)dt=F

      であるから、第二の式のP(t)に第一の式から得られる <4-125>P(t)= mdX(t)dtを代入し、左辺と右辺を入れ換えると

      <4-126> (4.5.17) F=mddt dX(t)dt =md2X(t)d t2

      を得る。

いうまでもなく、ここで得た結果はニュートンの運動方程式である。つまり

 古典物理学におけるニュートンの運動方程式は、量子力学では期待値の形で再現される。

これが「古典力学」と「量子力学」の関係である。もしド・ブロイ波長が我々に認識できないほど小さな値を持つような物理系ならば、「古典物理学」あるいは「古典力学」を使って物理系を扱うことができる。しかしそのド・ブロイ波長の大きさが無視できないような状況になると、問題で与えたFは我々が日常的に観測する力と大きく異なり、もはや力とは解釈できなくなる。言いかえると、古典物理学の世界と大きく異なる状況がそこに現れる。実際に、この半世紀で新しい技術や多くの装置がそこから生まれた。 2045年に東京と大阪を67 分で結ぶというリニアモーターカーもその一つである。


[1] つまり、一方の物理系における1秒間が他方の物理系における1秒間とは異なる。この違いは日常的な環境では認識されないほど小さい。

[2] 時間を第0番目の座標と、第 4番目の座標とする二つのやり方があるが、どちらでもよい。この教科書では時間を第 0番目の座標とする。

[3] ropの演算はその右にある関数を単に r倍するだけであるが、これは決して都合よく設定したのではない。これに連動して他の演算子の演算規則が定まり、その背景には古典力学の「ポアッソン括弧」式がある。そのことについては付録で簡単に解説してあるので、もし興味があればそれを参照してほしい。また座標演算子の役割が単に関数を座標倍する演算子化規則を「座標表示」と呼ぶことがある。

[4] 「粒子が自然に湧きだす」あるいは「粒子が自然に消滅する」ことは実際にある。それを古典物理学で表すことは出来ないが、量子力学ではそのような現象を扱うことができる。二つ以上の原子核が融合して一つの原子核を作る「核融合」や一つの原子核が二つ以上の原子核に分裂する「核分裂」はその例である。

[5] エルミート共役演算子は演算子に対する概念であって、同じ表記をする複素数 zの複素共役z *と混同しないよう注意すること。