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第五章 定常状態

 量子力学を使って振る舞いを理解しなければならない物理系(量子系)は大きく分けて四つある。

  1.  第1は、素粒子、原子核、原子、分子のように極端に小さな系で、かつその内部の状態が変化しないと考えてもよい量子系である。もし内部の状態が変化する場合は以下の 2の場合に入る。

  2.  第2は、量子系の内部の状態や量子系自体が時間とともに変化し、その変化を考えなければならない系である。量子系が変化する過程を「量子遷移」という。原子炉の中で起こる「核分裂」も、きれいなエネルギー源として期待される核融合も、太陽が燃えるのも、量子遷移の結果である。

  3.  第3は、1の微小な量子系が非常に多く集まり、量子力学的特徴が非常に大きなスケールで現れる量子系である。 1940年代に出現して世界を変えた半導体、1950年代に現れた超電導体、1980年代に現れた高温超電導体、 1990年代末に話題になったナノチューブといった新素材はすべてこの第 3の量子系である。

  4.  第4の量子系は、我々の宇宙や星である。その誕生から死まで、宇宙や星に関わる全てが量子力学の対象である。それには上の123の量子系を扱う量子力学が全て深く関わる。
 この章では1の「定常状態」とよばれる量子系の状態について学ぶ。 234についてはここで学ぶ定常状態の量子力学をもとにして、各自が必要に応じこの先で学ぶことになる。たとえば2の「量子遷移」は物理学科に学ぶ高学年の学生、あるいは工学部の「原子核工学」を専攻する学生にとって必要であり、3の「量子力学的特徴が日常的な大きさで現れる量子系」は物理学科で「物性論」とよばれる分野で研究を行う学生や工学部で「新素材」を研究する学生にとって必要であり、 4の「宇宙の生成・消滅が関わる量子力学」は物理学科や数学科で「宇宙論」を研究する学生に必要である。
 できるだけ簡単な量子系を使って「定常状態」の意味を理解するために、この章では直線(x軸とする)上の限られた領域にあり、ポテンシャル関数V(x)を持つ質量 mの粒子を考える。「限られた領域」の意味は、量子系は無限に広くひろがっていないという意味であり、たとえばある大きさを持つ原子を想像すればよい。この系のハミルトニアンは

<5-1> (5.0.1) H=p2 2m+V(x)

で与えられる。いうまでもなく右辺のpは運動量演算子であって、その右側に関数 f(x)がくれば、それに対して

<5-2> (5.0.2) pf=-i dfdx

の演算を行う。またfに対する V(x)の演算は単なる掛け算である。
 この量子系の波動関数Ψ(x,t)はシュレディンガー方程式

<5-3> (5.0.3) iΨ t=-22 m2Ψx 2+V(x)Ψ

を満足する。xの微分が偏微分になっているのは、 Ψが二つの変数(x t)を持っているためで、一方の微分を計算するときには他方を一定に保つことを意味する。

§1. 定常状態の実現

 関数

<5-4> (5.1.1) Ψ(x,t)= e-iEt/ψ(x)

は定数Eと関数ψ(x)がある条件を満たせばシュレデインガー方程式((5.0.3)式)の解になる。関数のこの形が(5.0.3)式の解になることを示し、その解を求めることもできるが、ここではそれが求められたとしよう。E ψ(x)が満足する条件を求めるため、(5.1.1)式を(5.0.3)式に代入する。そのときに必要な微分は

<5-5>  Ψt=-iE e-iEt/ψ 2Ψx2 =e-iEt/ d2ψdx2

である。ここで、関数Ψ xt2 変数を持つが、関数ψ x1変数しか持たない違いに十分注意せよ。
 (5.1.1)式を(5.0.3)式に代入し、余分な指数関数を除くため両辺にe +iEt/をかけると、E ψ(x)

<5-6> (5.1.2) -2 2md2ψdx 2+V(x)ψ=Eψ

を満足すればよいことがわかる。この方程式が与えるEψ(x)を持つ(5.1.1)式の波動関数によって表される量子状態を「定常状態」という。すなわち

(5.1.2)式を満足するE ψ(x)を持つ(5.1.1)式のΨ( x,t)は「時間に依存するシュレディンガー方程式」((5.0.3)式)の 一つの解であり、「定常状態」にある量子状態を表す。「定常状態」の意味はすぐに与える。

上で(5.1.1)式を(5.0.3)式の一つの解としたのは、後に分かるように、(5.1.2)式を満足する Eψ(x)を用いて(5.0.3)式の解を無数に作ることができるからである。(5.1.2)式の方程式は「時間に依存しないシュレディンガー方程式」とよばれ、ふつう「シュレディンガー方程式」と呼ばれる方程式はこの方程式を指すことが多い。
 「時間に依存しないシュレディンガー方程式」はψ(x) に対する二階の微分方程式であるから、V(x)を与え、ψを解いた時に現れる積分定数を決める条件を与えて(5.1.2)式を解きさえすればよいように思えるが、そうは簡単にいかない。(5.1.2)式にはこれまで知っている微分方程式と大きく異なる特徴がある。
 すなわち(5.1.2)式の方程式をあるがままに読むと、それは「xで二度微分してから定係数をかけたψ(x)と、 ψ(x)V(x)をかけた 2つの項を加えたものが求めようとしている関数ψ(x)の定数倍になる、そのような ψ(x)を求めよ」という方程式である。最後にある「求めようとする関数に対する演算がその関数の定数倍になる」形の解を要求する方程式を「固有値方程式」、それを満たす関数を「固有関数」、そのときの定数((5.1.2)式のE)を「固有値」という。そして(5.1.2)式を解いて固有値と固有関数を求める問題を「固有値問題」という。
 (5.1.2)式は微分方程式でもあるので、方程式にはいま考えている物理系を正しく表すように条件が課される。今の場合は「系は直線上の限られた領域にあり、無限にひろがっていない」ことが条件であり、これを「境界条件」と呼ぶ。そしてそれを満足するように微分方程式を解いて固有値と固有関数を求めなければならない。
 つまり、(5.1.2)式を解く(固有値問題を解く)ときには、二つの作業を同時に行なわなければならない:

  1. 微分方程式を代数的に解く

  2. その解が境界条件を満たすような固有値と固有関数を求める
別な言い方をすれば、(5.1.2)式のEに勝手な値を与えても ψ(x)に要求される境界条件が必ずしも満足されるわけではなく、限られたEに対する ψ(x)だけが解になるということである。
 それではここで、(5.1.1)式の波動関数が表す「定常状態」の意味を説明しよう。いま「時間に依存しないシュレディンガー方程式」((5.1.2)式)を解くことができて、固有値も求まり、ψ(x)が求まったとする。このとき(5.1.1)式の波動関数が表す量子状態の確率密度((4.3.5)式)は

<5-7> (5.1.3)  ρ(x,t)=|Ψ(x,t )|2=| e-iEt/ψ(x)| 2=|ψ(x )|2

であり、ρ(x,t)tを含まない。すなわち確率密度は時間が変わっても変わらず一定である。そうすると ρt =0だから、(4.3.7)式の連続方程式から

<5-8> (5.1.4) j(x,t )x=0

となる。発散は、ある点から単位時間に流れ出る粒子数と流れ込む粒子数の差であったから、(5.1.4)式は考えている領域の任意の点で、そこに流れ込んだ粒子が全て流れ出ていることを表している。「流体力学」や「電磁気学」ではこのような流れを「定常流」と呼ぶので、ここでもそのような量子系を表す状態を「定常状態」と呼ぶのである。(「電磁気学」では、電荷を持った粒子の定常流を「定常電流」という)。まとめると、量子力学の定常状態は以下の三つの特徴を持つ:

  1.  時間に依存するシュレディンガー方程式の解が時間変数を位相に含む指数関数と、空間変数を含む関数に分離している。

  2.  確率密度が時間によらず一定である。

  3.  確率流密度が場所によらず一定である。(ある点にとられた微小体積に流れ込む粒子数と流れ出る粒子数が同じである。)
231の帰結であるが、この方が「定常状態」のイメージを描き易いであろう。


§2. 固有値方程式

 定常状態を具体的に定めるためには(5.1.2)式の固有値方程式を解かなければならない。そのために固有値方程式について知らなければならない重要なことがいくつかある。(5.1.2)式は波動関数の空間変数を含む部分に対する線型微分方程式でもある。いま(5.1.2)式を

<5-9> (5.2.1) Hψ(x)= (x)

と書く。 Hは演算子であって、ψ (x)にその演算を具体的に施すと

<5-10> (5.2.2) Hψ(x)=- 22md2 ψ(x)dx2+ V(x)ψ(x)

を与える。もし(5.2.1)式の書き方が理解しにくければ(5.1.2)式のまま扱ってよい。
 (5.2.1)式を固有値方程式と呼ぶ理由は、それが18世紀初頭に精力的に研究された「線形代数学の固有値方程式」

<5-11> (5.2.3) Muλ=λ uλ

と同じ形をしているからである。ここで、Mは行数が N、列数がNの行列(すなわち(N×N)正方行列)であり、 uλは行数が N、列数が1の列ベクトル(すなわち (N×1)列ベクトル)である。(5.2.3)式は、「(N×N)正方ベクトルに (N×1)列ベクトル uλをかけると、かけた結果の (N×1)列ベクトルは uλの定数倍になる」という式であり、与えられた Mに対して(5.2.3)式を満足する uλと定数のλを求める問題を「固有値問題」という。(5.2.3)式の固有値方程式のuλを「固有ベクトル」、λを「固有値」というのにならって、(5.2.1)式の ψ(x)を「固有関数(固有状態)」、Eを「固有値」という。
 「微分方程式でもあるシュレディンガー方程式を解くときに境界条件を課す」と書いた。たとえば量子系が原子であって、我々が波動関数によって原子を作る原子核と電子を表したいときには、原子はある拡がりをもって空間に存在するので、波動関数は限られた領域内でのみ値を持ち遠方で 0になるような境界条件を課す。本章の固有関数に対しても「直線 上の限られた領域にある」という境界条件が課されている。そのような境界条件の下にシュレディンガー方程式を解くと、限られた固有値だけしか境界条件を満足しないことがわかる。いいかえると、境界条件のために固有値が制限され、選ばれた不連続な値だけが許されることになる。
 この対極にあり、量子系が限られた領域にとどまらない量子系がある。すなわち、最近話題になる素粒子の衝突実験や、結晶構造を調べるために使われる電子顕微鏡の電子のような量子系は原子と逆の境界条件を持つ。衝突実験や電子顕微鏡では離れた所から標的(結晶)に撃ちこんで散乱され飛び散った粒子を遠方で測定することによって標的の情報を得る。そのような場合には、標的となる粒子と撃ち込む粒子が衝突の前後で遠く離れて存在する状態を表す波動関数が必要になる。シュレディンガー方程式を解く時に波動関数に課す境界条件もそれを表す条件でなければならない。この教科書では波動関数に課す境界条件としては限られた空間に量子系が存在する場合だけを考える。粒子が遠く離れて存在する境界条件を課して固有関数や波動関数を求めることは数学的にかなり面倒な手続きが必要で、この教科書で量子力学の基礎を学んだ後でそれぞれが将来の目的に合わせて学習をしてほしい。
 古典力学のハミルトニアンは、それに含まれる座標xと運動量 pがニュートンの運動方程式あるいは正準方程式の解であれば、時間が変わっても変わらない系のエネルギーを表した。量子力学ではその役割をハミルトニアンの期待値がはたす。そして定常状態では、ある量子状態におけるハミルトニアンの期待値は、その状態に対するハミルトニアンの固有値に等しくなる。すなわち

・固有値方程式((5.2.1)式)の固有値Eは定常状態におけるハミルトニアン Hの期待値に等しく、時間が変わっても変わらない量子系のエネルギーを表す。

このことを以下で確かめる。
 いま、定常状態を表す波動関数が(5.1.1)式のように固有値方程式の解である固有関数ψ を一部に含み、区間(-x +)で規格化されているとする。(波動関数が値を持つ実際の区間はもっと狭いかもしれないが、そのときは区間の外で波動関数が0になるから、規格化を行なう空間を無限にしておけば十分である。)すなわち

<5-12> (5.2.4)  -+|Ψ( x,t)|2dx=- +|ψ(x)| 2dx=1

とする。
 定常状態Ψ(x,t)におけるハミルトニアン((5.0.1)式)の期待値をEとすると

<5-13> (5.2.5)  E=- +Ψ*(x,t)H Ψ(x,t)dx =-+ e-iEt/ ψ(x)*H e-iEt/ψ(x) dx=- +eiEt/ ψ*(x)He-iEt/ ψ(x)dx =-+ eiEt/e-iEt/ ψ*(x)Hψ(x )dx= -+ψ*(x )Hψ(x)dx =E-+ ψ*(x)ψ(x)dx ((5.2.1)式より) =E ((5.2.4)式より)

となり、Eは固有値で時間が変わっても変わらないから一定、したがって Hの期待値E =Eは時間によらず一定である。このことから固有値 Eを「エネルギー固有値」ともいう。
 上の計算で一つのことに気がついたかもしれない。これまで物理量Aの期待値を「時間に依存するシュレディンガー方程式」の解を使って -+Ψ*( x,t)AΨ(x,t)dx としてきたが、もしAが時間微分を含まなければ、規格化されたψ(x)を使って期待値を - +ψ*(x)Aψ (x)dxと計算しても同じ結果が得られる。今後現れる物理量はすべて時間微分を含まないと考え、期待値を計算するときは規格化されたψ(x )を使うことにする。
 前章でエルミート演算子の期待値は実数であることを示した。さらに(5.2.5)式で、ハミルトニアンの定常状態における期待値は、その定常状態を表す固有状態の固有値Eに等しいことを示した。ゆえに、ハミルトニアンがエルミート演算子であれば、どの固有状態においてもその固有値 Eは実数である。このことは一般のエルミート演算子の固有値についても成り立ち、固有値方程式に関する一つの定理となっている。すなわち

【定理】 エルミート演算子の固有値は必ず実数である。

 (5.2.1)式を満足する固有関数と固有値は一般に複数個存在する。もし固有関数の持つ変数が今の場合のように一個 (x)であるときは、異なる固有関数の固有値はすべて異なる。平面や空間に存在する粒子の場合は固有関数が2つ以上の変数を持つが、そのときはいくつかの固有関数が1つの固有値を共有することがある(これを、 「1つの固有値を共有する固有関数の表す量子状態が『縮退』している」という。今の場合は変数が1つなので、そのような場合を考える必要はない。)
 いま(5.2.1)式がN個の固有値を持つとし、その n(=1,2,, N)番目の固有値をEn、その固有値を持つ固有関数をψnとする。このとき固有値方程式(5.2.1)式は

<5-14> (5.2.6) Hψn(x) =Enψn(x), (n=1,2,,N)

である。異なる量子状態と異なる固有値を区別するこの指標nを「量子数」という。
 複数の固有関数と固有値が存在する場合に、固有関数が有する非常に重要な性質がある。いま量子数が異なり、したがって固有値の異なる 2組の固有値と固有関数を (Ep,ψp)(Eq,ψq )とする。すなわち、

<5-15> (5.2.7)  Hψp(x)=Ep ψp(x)Hψ q(x)=Eqψq (x),(p q)

とする。この第二の式をその複素共役で置き換えるのであるが、このとき、以前に与えた注意をもう一度思い出しておく。それは

【注意】
 演算子Hを関数 ψq(x)に演算した結果の Hψq(x)は一つの関数である。したがって Hψq(x)の複素共役は H*ψq* (x)ではなく Hψq(x) *である。演算子の関数に対する演算は常にこのことに気をつけなければいけない。もし理解できなければ、 Hψq( x)を一つの関数(たとえばf( x))で置き換えて考えるとよい。

 このことに気をつけて(5.2.7)式の第二式の複素共役を作る。固有値Eq が実数であるから、右辺の複素共役は Eqψq(x) *=Eqψq*(x )である。したがって

<5-16> (5.2.8)  Hψp(x)=Ep ψp(x) Hψq(x)* =Eqψq*(x)

となる。
 この第一の式にψq*(x )をかけてxで積分した式から、第二の式に ψp(x)をかけて xで積分した式を辺々引き算すると

<5-17>  -+ψq* Hψpdx-- +ψp(Hψq )*dx= -+ψq *Epψpdx --+ψ pEqψq*dx

を得る。左辺第二項目の積分のなかにある関数、ψp( x)(Hψq (x))*の位置を入れ替え、右辺では定数の EpEqを積分の外に出すと、この式は

<5-18>  -+ψq *Hψpdx-- +(Hψq) *ψpdx =Ep-+ ψq*ψpdx-E q- ψq*ψpdx =(Ep-Eq) -+ψq *ψpdx

となる。次に左辺の二項目をエルミート共役演算子を作る定義(4.5.10)式を使って書き換え、 Hがエルミート演算子(H* =H)であることを使うと、上式の左辺は

<5-19> -+ ψq*Hψpdx- -+ψq *H*ψpdx=0

であるから、したがって

<5-20> (Ep-Eq )-+ ψq*(x)ψp(x )dx=0

を得る。今pqは異なり、したがってEpEqは異なるとしているから、 pqのときは必ず

<5-21> -+ ψq*(x)ψp (x)dx=0

となる。二つの固有関数を含む左辺のような形を持つ積分をψp (x)ψq( x)の「重なり積分」とよぶ。したがって「異なる固有値を持つ固有関数の重なり積分は 0である」ということになる。固有関数を常に

<5-22> (5.2.9)  -+ψq* (x)ψq(x)dx= -+|ψ q(x)|2dx =1

にしたがって規格化すると約束をしておけば、これら二つの場合をまとめて、

・二つの固有関数が同じ固有値を持てばそれらの重なり積分は 1であり、 異なる固有値を持てばそれらの重なり積分は0になる。これを式で表せば

<5-23> (5.2.10) -+ ψp*(x)ψ q(x)dx=δp,q

である。右辺のδp,qは、第一章の【演習】および第 章(4.5.9)式で定義した「クロネッカーのデルタ記号」である。

 このように、異なる固有値を持つ固有関数の重なり積分が0になることを二つの直交するベクトルの内積が0であるのになぞらえて、「異なる固有値を持つ ψp(x)ψq(x)直交する」ともいい、固有関数の規格化を含めた(5.2.10)式を「固有関数の規格直交関係」という。
 ここで、エネルギー固有値に関して知っていると便利な定理の証明を行っておく。その定理は

【定理】
 もし、考えている領域でポテンシャル関数に最小値(V0 とする)が存在すれば、その量子系のエネルギー固有値はV0 より小さくなることはない。

である。これは次のように証明される。

【証明】
 固有値Eqを持つ固有関数 ψq(x)が満足するシュレディンガー方程式は

<5-24> (5.2.11) -2 2md2ψq dx2+V(x)ψ q=Eqψq

である。固有関数は規格化されており、また異なる固有値を持つ固有関数は直交する、すなわち固有関数は(5.2.10)式の「規格直交関係」を満足しているとする。(5.2.11)式の両辺にψq*( x)をかけxで積分を行い、右辺に規格直交関係を使うと

<5-25>  -22m- ψq*d2 ψqdx2dx+ -ψq*V (x)ψqdx =Eq- ψq*ψqdx =Eq

となる。粒子が存在する領域の外では粒子の存在割合を決める波動関数は0でなければならない。粒子が存在する領域から存在しない領域へ波動関数の値は連続に変化しなければならないので、二つの領域の境界(今の場合は x=±)で波動関数は 0、すなわちψ q(±)=0でなければならない。上式の左辺第一項目に対して部分積分を行い、dψq dx=ψq'および d2ψq dx2=ψq''と書くと、左辺第一項目は

<5-26>  -22m -+ψq* ψq''dx=-2 2m ψq*ψq'x =+∞-ψq* ψq'x=-∞ +2 2m-+ ψq*'ψq' dx=2 2m-+ ψq*'ψq'dx =2 2m-+ ψq'2 dx

と書き換えられる。最後に現れた、必ず正である|| 2をさらに積分した結果は必ず 0でない正の値を与える。(この積分が 0になるのはψ q'がいたる所で0になる以外になく、粒子が存在する以上そのようなことはない)。さらに、どのようなxに対しても V(x)V0より小さくなることはないから、したがって Eq

<5-27>  Eq=-22m -+ ψq*ψq''dx+ -+ψq* V(x)ψqdx - +ψq*V(x) ψqdx V0-+ ψq*ψqdx=V0

となり、よって全ての固有値( Eq)はポテンシャル関数の最小値( V0)より大きいことがわかる。最後の式は固有関数の規格化(5.2.10)式による。この証明の過程で、上式の第一項目が「0でない正の値になる」ことを証明したが、積分の前にある“-”符号で積分が負になると早やとちりしてはいけない。
【証明終わり】

 Hの固有関数を使って「時間に依存するシュレディンガー方程式((5.0.3)式)」を満足する波動関数Ψ(x,t)を一般的に次のように表すことができる。

<5-28> (5.2.12) Ψ(x,t)= n=1NAn e-iEnt/ ψn(x)

これは「物理数学」の「第五章積分と関数の変換」にある「完全系による展開」の一つの例でもある。すなわち、ハミルトニアンの固有関数は完全系を形成し、それを使ってどのような関数でも表すことができる。(5.2.12)式は「時間に依存するシュレディンガー方程式」を満足する波動関数をハミルトニアンの固有関数が形成する完全系を使って展開したと考えてもよい。「時間に依存するシュレディンガー方程式」が微分方程式として代数的に解ける場合はほとんどなく、波動関数は(5.2.12)式の形で与えられることが多い。このとき、波動関数が反映していないといけない物理系の条件は以下に示すように、その展開係数を適切に与えることによってもたらされる。言い方を変えれば、考えている系のハミルトニアンの固有関数が作る完全系を使って波動関数の展開を行なったのは、以下に示すように、その展開係数に明確かつ重要な物理的な意味が与えられるからである。
 (5.2.12)式で「時間に依存するシュレディンガー方程式」を満足する波動関数を与える時、 Anは考えている量子系を表現するよう我々が与えなければならない複素定数であり、その与え方によってどのような量子系の状態でも表すことができる。別な言い方をすれば、一組のA nが与えられると一つの量子状態が指定される。
 それを説明する前に、(5.2.12)式のΨ(x,t )が確かに「時間に依存するシュレディンガー方程式((5.0.3)式)」の解になっていることを証明しておく。(5.2.12)式の Ψ(x,t)を「時間に依存するシュレディンガー方程式((5.0.3)式)」の左辺に代入すると、左辺は

<5-29>  iΨ(x,t) t=it n=1N Ane-iEnt /ψn(x) =in= 1NAne-i Ent/- iEnψn (x)= n=1NAne -iEnt/En ψn(x)

となる。一方、(5.0.3)式の右辺にあるHxに関する微分しか含んでいないので、 Ψに対するその演算はΨ のなかのψn(x) だけにしか影響しない。したがって(5.0.3)式の右辺は

<5-30>  HΨ(x,t)=n= 1NAne-i Ent/Hψ n(x) =n=1NA ne-iEnt/ Enψn(x)

となって左辺の計算結果と一致する。よって(5.2.12)式のΨ(x ,t)は確かに「時間に依存するシュレディンガー方程式」を満足していることがわかる。
 さて、(5.2.12)式の展開係数が持つ物理的な意味を説明しよう。もしΨ( x,t)が確率解釈のできる波動関数であれば、それを規格化することができる。規格化は Ψ(x,t)に対して

<5-31> (5.2.13)  -+|Ψ (x,t)|2dx= -+Ψ*(x ,t)Ψ(x,t)dx =1

を要求する。この式に(5.2.12)式のΨ(x,t )を代入すると、展開係数は積分に関係しないから、

<5-32>  -+Ψ* (x,t)Ψ(x,t)dx= -+ n=1NA ne-iEnt/ ψn(x)* × m=1NAme -iEmt/ψm (x)dx= n=1NA n*eiEnt/ m=1N Ame-iEmt /-+ ψn*(x)ψm(x )dx

となる。最後の積分はψn(x) ψm(x)の重なり積分であるから、(5.2.10)式よりδn,m (すなわち、等しい固有値を持つ固有関数の重なりであれば1で、異なる固有値を持つ固有関数のかさなりであれば0)に等しい。したがって上式で nの値を一つ固定してm の和を実行したとすると、mnに一致する値を持つ項の積分は 1で、それ以外の項は0になるから、

<5-33>  -+Ψ* (x,t)Ψ(x,t)dx= n=1NAn *eiEnt/ Ane-iEnt/ = n=1N|An| 2

となる。すなわち、ハミルトニアンの固有関数で展開された波動関数の規格化はこの左辺を1 とするよう係数を与えることで、それは展開係数Anに対して条件

<5-34> (5.2.14) n=1 N|An|2=1

を要求することに等しい。
 したがって(5.2.12)式の規格化された波動関数で一つの量子状態を表わそうとするときは、(5.2.14)式の条件を満足するように Anを与えなければならない。

【道草】
 時間に依存するシュレディンガー方程式を満足する波動関数を求める問題は、結局はそのハミルトニアンに対する固有関数と固有値を求める問題に帰着する。これが多くの教科書で「固有値方程式の解法は量子力学を学ぶために必要な数学」と言われる理由である。また、行列の知識なしに固有値方程式とその解法を学ぶことはできない。それが「量子力学を学ぶときには行列の知識が必要である」という理由である。

 「時間に依存しないシュレディンガー方程式」の一般解((5.2.12)式)の係数が持つ意味と同時に、量子力学が意味する最も重要な「確率の意味」を学ぼう。いま「一組のAnを与え、その係数を持つ(5.2.12)式の波動関数によって特定の量子状態を決めた」とする。その波動関数によって表された量子状態におけるエネルギー期待値

<5-35> (5.2.15) E= -+Ψ*(x ,t)HΨ(x,t)dx

を調べる。これに(5.2.12)式のΨ(x,t) を代入して、積分に関係のない部分を積分の外に出すと、この式は

<5-36> (5.2.16)  E=- +n= 1NAne-i Ent/ψn(x )*Hm =1NAme- iEmt/ψm( x)dx= n=1NAn *eiEnt/ m=1NAm e-iEmt/ -+ψn *(x)Hψm(x)

となる。最後の積分の中にあるψm(x )にその固有値方程式((5.2.6)式)を用いてから積分を実行し、(5.2.10)式の規格直交関係を使うと、

<5-37> (5.2.17)  E=n=1 NAn*ei Ent/m=1 NAme-iE mt/Emδn ,m= n=1NAn* eiEnt/ Ane-iEnt/ En= n=1N An2En

を得る。この結果と(5.2.14)式の<5-38> n=1N|A n|2=1を重ねて考えると、 「Eは一連のエネルギー En(n =1,…,N)がそれぞれ確率 |An|2( n=1,…,N)で分布している集合の平均エネルギーを与えている」ことがわかる。したがって期待値Eを与える 「状態Ψ(x, t)はエネルギー固有値Enを持つ定常状態ψn(x)が確率 |An|2 で分布している状態である」といえる。「一組のAn が与えられる一つの量子状態Ψ(x,t )が指定される」と書いたが、したがってこのことは

時間に依存するシュレディンガー方程式の一般解Ψ(x, t)は様々なエネルギー固有値を持った定常状態が混ざり合った状態を表し、「一組の Anを与え Ψ(x,t)を決める」ことは、その状態に定常状態がどのような割合で混ざっているかを指定することである。

と言うことができる。
 Ψ(x,t)のなかに定常状態 ψn(x)が混ざっている確率 |An|2を与える Anのことを「確率振幅」という。先に Ψ(x,t)が与えられているときには、そのなかにある定常状態ψn(x )の確率振幅Anを次のようにして求めることができる。(5.2.12)式の両辺にψn*( x)をかけて積分すると

<5-39>  -+ψn *(x)Ψ(x,t)dx= m=1NAm e-iEmt/ -+ψn* (x)ψm(x)dx =m=1 NAme-iEm t/δn,m =e-iEn t/An

であるから、この両辺にe+iEn t/をかけるとA n

<5-40> (5.2.18) An=e iEnt/- +ψn*(x) Ψ(x,t)dx

である。定常状態ψnΨのなかにある確率| An|2はこの Anの絶対値で決まる。右辺の積分記号の前にある大きさが 1の指数関数は|An| 2を作った時に現れないので、この因子はあってもなくても同じである。そのため、この指数関数を除いた <5-41>An= -+ψn *(x)Ψ(x,t)dx を確率振幅とよぶ教科書もある。


§3. 定常状態の例:一次元井戸に閉じ込められた粒子

 定常状態を求める時には固有値問題を数学的に解かなければならないことがわかった。実は、シュレディンガー方程式((5.2.11)式)にポテンシャル・エネルギーを表す関数V(x)が含まれるため、固有値問題が簡単に解ける例はそれほど多くない。そのため、量子力学の入門段階を学ぶ学生に定常状態の具体例を示すことはなかなか難しいが、それが簡単に求まる量子系がいくつかある。その一つに、ある状況におかれた粒子を近似的に表す「無限井戸に閉じ込められた粒子」とよばれる物理系がある。ここではその固有値問題を解くことによって固有値の決まり方を示す。
 ある領域から粒子を取り出すのにとても大きなエネルギーが必要で、粒子を取り出すことが非常にむずかしい物理系が自然界に多くある。そのような環境にある粒子の状態を知るために、その領域の外部にある粒子に人為的に(+ )のポテンシャル・エネルギーを粒子に与えるか、あるいは領域の内部にある粒子に (-)のポテンシャル・エネルギーを与えることによって、その領域から粒子が取り出せない状況を作る。この状況が無限に深い井戸の内部に粒子を閉じ込めた状況と似ているので、このようなポテンシャル・エネルギーを「無限に深い井戸型のポテンシャル」とよぶ。
 このポテンシャル・エネルギーを持つ量子系の固有値問題が少し変わったやり方ではあるが簡単に解けるため、粒子を取り出すのが非常にむずかしい量子系の特徴を知ると同時に、固有値問題の練習に用いられる。ここでは直線x軸上のある領域で「無限に深い井戸型ポテンシャル」を持つ量子系の固有値と固有関数を具体的に求め、前章で学んだ種々の事柄を具体的に示し、固有関数を使っていくつかの演習を行うことにする。
 最初に「無限に深い井戸型ポテンシャル」を持つ量子系を数学的に与える。領域外部にある粒子に (+)のポテンシャル・エネルギーを与えることと、領域内部にある粒子に(-)のポテンシャル・エネルギーを与えることは、ポテンシャル・エネルギーがない(V=0) 領域を井戸の内外どちらにするかが違うだけで、結果は同じになる。ここでは井戸の幅を aとして、粒子がその外部にあるときに(+) のエネルギーを与えることにし、

<5-42> (5.3.1) V(x)= (x0, xaのとき) +(0x aのとき)0

とする。
 (5.3.1)式の無限に深い一次元井戸に閉じ込められた粒子の定常状態は固有値方程式

<5-43> (5.3.2) -2 2md2ψ(x) dx2+V(x )ψ(x)=(x)

によって決定される。しかしこれを(-x +)の領域で代数的に解こうとすると難しい問題が出てくる。それは、(5.2.2)式を <5-44>d2 ψdx2=2m 2V(x) -Eψと書くとわかるように、 V(x)の値が (x=0)(x=a)で突然変化するため関数の二階微分もそこで突然変わり、任意のxについて解かなければならない微分方程式が代数的に処理できないからである。
 そこで、領域をいくつかに分けて(5.3.2)式を解いてψ(x) を求め、それに

【固有関数が満たすべき条件】 固有関数は全領域で一価連続かつ滑らかでなければならない。

という条件を課して、固有値と固有関数を決定する。これは固有関数に対して上の要求があるからできることである。
 さて実際にそれを実行して(5.3.2)式を解くことにする。

【(5.3.2)式の解】
 (5.3.1)式のポテンシャル関数がV(x)=0 を持つ領域(0xa) では(5.3.2)式を代数的に解くことができる。その領域で方程式は

<5-45> (5.3.3) -2 2md2ψ(x) dx2=Eψ(x)

である。(x0)または (xa)には粒子が存在しないので(5.1.3)式の確率密度は<5-46>ρ=| ψ(x)|2=0でなければならないからψ(x)=0でなければならない。したがって、ポテンシャルが存在する領域との境界(x =0,x=a)で固有関数が連続であるためには <5-47>ψ(0)= ψ(a)=0でなければならない。
 ここで前節のポテンシャルに最小値があるときの定理を思い出す。すなわち、「今考えている系にはポテンシャル関数の最小値 0が存在するので、エネルギー固有値は 0より小さくなることはない」。したがって必ず E>0である。これを頭において(5.3.3)式を代数的に解く。
 まず(5.3.3)式の両辺に-2 m2をかけて方程式を変形する。負にならない Eを使って正の実数 k

<5-48> (5.3.4) k=2mE, (>0)

によって定義すると、(5.3.3)式は

<5-49> (5.3.5) d2ψ( x)dx2=-k 2ψ(x)

と書き換えられる。
 この微分方程式の解は「物理数学入門」で与えたが、それを知らなくても(5.3.5)式をていねいに“読め”ば解は容易にわかる。すなわち(5.3.5)式は、「関数をxで二度微分を実行すると、同じ関数が符号を変え定数倍されて現れるような関数を求めよ」という方程式である。我々は xで二度微分を実行すると符号を変える関数を知っている。それは三角関数の sin(x)あるいは cos(x)である:

<5-50> (5.3.6)  d2sin(x) dx2=-sin(x) d2cos(x) dx2=-cos(x)

これが(5.3.5)式と違うのは、微分をする前の関数が現れるときに関数がk 2倍されていることである。xで二度微分を実行して元の関数がk2倍されるのであるから、一回の微分で k倍されると考えると、 sin(x)cos(x )を少し変えて、

<5-51> (5.3.7)  d2sin(kx) dx2=-k2 sin(kx) d2cos(kx)d x2=-k2cos(kx )

とすればよいことがわかる。したがって、粒子の存在しない領域も含めて、(5.3.2)式の解は

<5-52> (5.3.8) ψ(x)= (x0 の領域では)0 (0xaの領域では )sin(kx) またはcos(kx) (xaの領域では) 0

である。
 このように(0xa)の領域ではsin(kx)cos(kx)のいずれかが我々の求める解であるが、その解は領域の境界で領域外の固有関数ψ(x)= 0につながらなければならない。ところがcos(k x)はあきらかに境界の一つ(x= 0)0にならないから求める解ではなく、我々が考えている条件に適合する解は(x=0) 0になる sin(kx)である。すなわち、

<5-53> (5.3.9) ψ(x)= (x0 の領域では)0 (0xaの領域では) Asin(kx) (xaの領域では) 0

である。ここで、方程式が線型であるため、一つの解に任意の定数をかけても解であることを考慮して sin(kx)に複素定数 Aをかけた。数学的には、(5.3.5)式が二階の微分方程式であるため、未定の積分定数が2個あるはずであるが、その 1個をすでに決めたことに気づかなかったかもしれない。その 1個は(5.3.8)式の領域 (0xa)にある解、 sin(kx)または cos(kx)のどちらの関数を選ぶかに対応していた。
 領域0xaの固有関数は領域のもう一方の境界(x=a)で領域外の固有関数 ψ(x)=0につながらなければならない。すなわちsin(ka)=0 である。そのためには、任意の整数をnとするとき sin()=0であるから、

<5-54> (5.3.10) ka=, (ただしn=1,2,3, )

でなければならない。数学なら0および負の nでもsin( )=0であるが、ここでnを正の整数としたのは、(5.3.4)式で(k>0) としたことによる。(n=0は(5.3.8)式の固有関数をいたるところで0にしてしまい、粒子が必ずどこかにある条件に合わない)。
 (5.3.10)式は固有関数のなかにあるkが勝手な値を持つことが許されず、

<5-55> (5.3.11) k=a kn,(n=1,2 ,3,)

でなければならないことを示している。ここで、異なるnを持つ kを区別するために添え字をつけ knとした。knはこの系のエネルギー固有値Eと(5.3.4)式によって結ばれているので、この knの不連続性はエネルギー固有値が勝手な値を取ることができないことを意味している。実際に(5.3.4)式から

<5-56> (5.3.12) E=2 π22ma2n 2En,(n= 1,2,3,)

である。
 固有関数は(5.3.9)式で与えられるが、その中に(5.3.11)式で与えられるkを含むので、固有関数も異なるnによって異なる。したがってそれを改めて

<5-57> (5.3.13) ψn(x) =(x0 の領域では)0 (0xaの領域では) Asin(knx) (xaの領域では)0

と書く。
 いまだ決まっていないAはこの固有関数を規格化することによって決定される。すなわち、ψn(x)に対して(5.2.10)式による規格化を実行する。係数Aが複素数であることに注意すると、 sin(ka)=0 から <5-58>sin(2k na)=2sin(kna) cos(kna)=0であることを頭に置いて規格化を実行すると、

<5-59>  -+|ψ n(x)|2dx=|A |20asin2( knx)dx= |A|220a 1-cos(2kn x)dx= |A|22 x-12knsin(2 knx)0a =|A|2 2a

となるので、よって|A|=2 aとすれば良いことがわかる。しかしこれだけではA の符号が決まらないが、波動関数や固有関数は期待値の計算あるいは規格化に常に複素共役との対で現れ、そこには係数 Aは必ず|A |2の形でしか現れない。したがって| A|だけを決めておけば十分で、それをもってAとしてもよい。よって

<5-60> (5.3.14) A=2a

とする[1]。以下に、この物理系(「無限に深い一次元井戸に閉じ込められた粒子」)の固有値と、規格化された固有関数をまとめて与えておく。

<5-61> (5.3.15)  En=22m a2n2 ψn(x)= 0,(x0) 2asin ax, (0xa) 0,(ax)

である。ただしnは自然数 (n=1,2,)の値のどれかである。エネルギーが<5-62>ϵ= 22ma2を単位にして、<5-63>(E1=ϵ, E2=4ϵ, E3=9ϵ,)と高くなるにしたがって、その間隔が次第に拡がっていくのがこの量子系の固有エネルギーが示す特徴である。
 この固有関数を使って「時間に依存するシュレディンガー方程式」の一般解である波動関数を(5.2.12)式の形で

<5-64> (5.3.16) Ψ(x,t)= n=1An e-iEnt/ ψn(x)

と与えることができる。係数AnΨ(x,t)の規格化条件である(5.2.14)式に対応して

<5-65> (5.3.17)  n=1 |An|2=1

を満足しなければならない。固有関数が値を持つ領域に対応して、この波動関数が値を持つのは (0xa)の領域である。そこでの波動関数は

<5-66> (5.3.18) Ψ(x,t) =2an=1 Ane-iE nt/sin ax,(0x a)

である。
 この簡単な系は量子力学系が持つ最も重要な二つの特徴を我々に教えてくれる。第一の特徴は

 エネルギーの最も低い値が0でない値を持っている。

ことである。(5.3.1)式で与えたように、この量子系のポテンシャル・エネルギーは粒子が存在する区間では 0である。もし古典力学で

この系の最も低いエネルギーと、そのときの粒子の運動状態は?

と聞かれたとする。その答えは

系の最もエネルギーの低い状態は粒子が区間0xa のどこかに静止した状態で、したがって粒子は運動エネルギーを持たずポテンシャル・エネルギーも 0であるから、粒子の全エネルギーは 0である

ということになる。ところが量子力学系で粒子が持つ最も低いエネルギーは(5.3.12)式のn =1を持つエネルギー<5-67> 2π22ma2 であって、ポテンシャル・エネルギーが0 であっても系のエネルギーは0ではない。ポテンシャル・エネルギーが 0であるから、そのすべては粒子の運動エネルギーであり、したがって最も低いエネルギーを持つ状態であっても粒子は静止していないことが分かる。多少面倒であるがきちんとした議論をおこなうと、

自然界にある物理系は静止することはない

ことを証明することができる。この「無限に深い一次元の井戸に閉じ込められた粒子」の例はそれを具体的に教えてくれる。
 第二の特徴は、(5.3.12)式から分かるように、

 量子力学系ではエネルギー固有値が離散化され、古典物理学のように連続で勝手な値を持つことができない

ことである。エネルギー固有値を通じ他の物理量にも現れるこの離散化は「量子化」という言葉で表現される。「量子力学」が提唱されたとき、物理量の量子化は物理量が連続な値を持つ「古典力学」の“常識”に慣れた人々を非常に驚かせた。

【道草】
 物理量の連続な値に慣れ親しんだ人々はこの不連続性を初めて知ったときは驚いたが、その後に、物理量は不連続な値を持つことが当たり前で、我々がその不連続性を感知するほど極微な世界に関わらない限り、我々はその不連続性を認識できないことを知った。今では社会科学の分野でも、連続した現象がなんらかの意味で不連続に起きることがわかると、それを「量子化」という言葉で表現している。

 Ψ(x,t)が表す意味の理解と、「『時間に依存するシュレディンガー方程式』を満足する波動関数の固有関数による展開((5.2.12)式)」、「波動関数が表す量子状態におけるエネルギー期待値((5.2.17)式)」、「確率振幅((5.2.18)式)」の理解をさらに深めるために以下の演習を行う。

【演習】
 質量mの粒子が(5.3.1)式のポテンシャル関数を持つ、無限に深い井戸に閉じ込められている量子系を考える。その系の波動関数は(5.3.17)式で与えられる。いま(5.3.18)式の Anに一組の特別な値を与へたとき、波動関数Ψ (x,t)tを含まずに

<5-68> Ψ(x,t)= 0xa  で 1a (x0,xa)  で 0

という簡単な形になったとする。横軸をxとして (x-Ψ)のグラフを描くと、グラフは高さが1a 、幅がaの長方形になる。この波動関数は

<5-69>  -∞+∞|Ψ(x,t) |2dx=0a|Ψ( x,t)|2dx =1

であるから規格化されている。この波動関数に関して以下の問に答えよ:
【問1】 (5.3.16)式で与えられる定常状態のうち、(5.3.15)式の ψ1 ψ2がどのくらいの割合でこの状態に含まれているか。

【解】 Ψ(x,t)に含まれる状態ψnの確率振幅を Anとすれば、それは(5.2.18)式にしたがって

<5-70>  An=eiEnt/ -∞+∞ψn(x )Ψ(x,t)dx =eiEnt/ 1a0aψ n(x)dx

のように与えられる。このψn(x) に(5.3.15)式の固有関数を代入するとAn

<5-71> An=ei Ent/2a 0asina xdx

である。これを計算するが、ax= yと置き換えると、dx=a dyであり、x=ay= x=0y=0に対応するから、 An

<5-72> An=ei Ent/20sinydy

となる。これは簡単に積分ができて

<5-73>  An=eiEnt/ 2 -cosyy= --cosyy =0= eiEnt/2 -(-1) n+1= (n が偶数のとき)0( nが奇数のとき)eiE nt/22

が得られる。定常状態ψnΨ(x,t)に含まれている割合は |An|2で与えられるから、

<5-74> |An|2 =(n が偶数のとき)0 (nが奇数のとき) 8n2π20 .81n2

である。このAnは (5.3.17)式を満足し、したがって与えられた波動関数の規格化条件を満足していなければならない。Nとみなせるほど大きい場合には、もし <5-75> n (奇数)=1 1n2=π2 8であることを知っていれば、上で得た Anが規格化条件である(5.3.17)式を満足していることは理解できるであろう。ここで n( 奇数)=1( )()内の nn= 1,3,5,と奇数に限って まで加えることを意味する[2]。
 この最初のいくつかの定常状態が含まれる割合を%で与えると、 <5-76> (81%,0%, 9%,0%,3% ,0%,2%, 0%,1%,0%, 0%,)であり、与えられた Ψは最初の数個の定常状態だけで作られていることがわかる。

 このように、あるハミルトニアンを持つ量子系の波動関数が適当な方法で与えられたとすると、それにハミルトニアンの固有状態がどのような割合で含まれているか、いつでも計算することができる。逆に、(5.3.17)式を満足するようにハミルトニアンの固有状態を適当に混ぜた関数を作ると、それは系の一つの状態を表す。
 以上で「量子力学」に関する最低限必要な知識を与えた。様々な専門分野で「量子力学」を使うためには、それぞれの分野に応じて必要となることがさらにある。それは多岐にわたり一冊の教科書に網羅することはとても出来ない。これ以上は各自の専門に相応しい教科書や授業で学んでほしい。


[1] 規格化によって定まる定数の複素数性が特殊な環境下で重要な役割を果たすことがある。これはアハラノフとボームによって半世紀以上も前に予言されたが、それを実験で検証したのは前章で名前をあげた外村彰で、 1986年のことである。

[2] n (奇数)=1 1n2n(2m-1)に置き換えて、 mをこれまでのように1 から順にまで加えても同じことである。すなわちこの和を n=1 1(2n-1)2 と書くこともできる。